転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない)   作:ニテーロン

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第4話 交渉

 人でありながら、竜の力を持つもの。

 人でありながら、人の枠を外れているもの。

 

 ――竜人。

 美しい角と翼をもつ、異世界でも一等特別な種族。

 

 地球人からすれば異種族は皆特別だが、竜人はこの世界の中でも特別だ。

 世界中で一万人程度しかいない希少性と――なにより、人の枠を超えた力。その強靭な体と莫大な魔力は、生まれながらにして、成人した只人を優に超えるとさえ言われている。

 

 宝石の輝きと強大な力。それを併せ持つのが竜人という存在であって。

 

「――久しぶり、コノエ、メルミナ」

 

 ――その竜人の王族(ちょうてん)こそが、コノエの目の前にいるフォニア・アーキノルカだった。

 囁くような、静かな声。決して大きくはなく、しかしはっきりと耳に入ってくる。そんな不思議な声をコノエは聞く。

 

「……ええ、久しぶりね」

「………………ああ、久しぶりだ」

 

 メルミナから一拍遅れて挨拶を返しつつ、コノエは突然現れた王女――フォニアを見る。

 身を包むのは華美なドレス。光を反射して輝く角と翼。真っ青な髪に、青く輝く眼。両腕には何か、白いものを抱えている。

 

「コノエ」

「……?」

 

 フォニアの声。そして、彼女はコノエに向けて足を踏み出す。カツンカツンと近づいて来て、すぐに彼女は目の前まで来る。

 ほとんど交流のない美人の急な接近に、コノエはつい逃げたくなり……。

 

「はい、これ」

「……え?」

 

 そんなコノエに、端的な言葉とフォニアが抱えていた白い……紙束だろうか、が差し出される。

 

「見て」

「……うん?」

 

 ――見る? この紙束を?

 コノエは言われるままに紙束に手を伸ばす。一番上を手に取ると、その紙は少し硬めの素材でできていて、二つ折りになっているようだった。

 

 それを開くと……。

 

「…………?」

 

 中には細々とした文字と――女性の写真が入っていた。何年か前に再現できたと聞く写真。

 着飾った女性の姿が写っている。その人は目の前のフォニアと同じ竜人で、思わず目を奪われそうになるすごい美人でもあって、穏やかに微笑んでいた。

 

「………………これは?」

「駄目? じゃあ次」

 

 駄目とは。問いかけようとするコノエに、しかしフォニアは次と言って二枚目を差し出す。

 それを開いてみると……やっぱり写真が入っていた。今度は先ほどとは違う女性――少女が写っている。綺麗に着飾った竜人の少女が快活そうに笑っている。

 

「………………??」

「次」

 

 その調子でポンポンとフォニアから写真を手渡される。

 十枚あって、全てに竜人の女性が写っていた。

 

「………………????」

「どう?」

 

 どこまでも端的にフォニアは問いかける。

 ……そうだ、コノエは思い出す。彼女はこういう話し方をする人だった。あまり口を開かず、開いても淡々と話す人だった。まあ、無口はコノエが人様に言えることではないけれど。

 

 でも、だからこそ、あの夜――月明かりの下で。

 

「――」

 

 コノエは僅かに過去を思い出し――軽く頭を振る。

 過去のことよりも、問題は今だ。そもそもの話、さっきから渡されているこれは。

 

「……これは、いったい?」

「? 釣書(つりがき)

「…………うん?」

 

 ――つりがき?

 首を傾げるコノエに、フォニアも首を傾げ……数秒して、小さく頷く。

 

「これは、移籍交渉。拠点をアーキノルカ自治区に移してくれるのなら、この子たちをあなたのハーレムに入れていい」

「………………えっ」

 

 ◆

 

 ――え? 今なんて言った?

 コノエはぽかんと口を開けて目の前の王女を見る。

 

「……この子たちは」

 

 フォニアが、とん、と。指でコノエの持つ写真に触れる。

 

「長く、アーキノルカに仕えてくれている重臣たちの家の娘」

「……?」

「竜人の中でも特別な血を持つ家の娘。普通なら竜人以外の男に嫁ぐことはありえない」

「……??」

「でも、あなたなら、あなたがアーキノルカの地を、民を守ってくれるのなら、ハーレムに入りあなたに尽くすと自ら手を挙げてくれた」

 

(………………???)

 

 知らないところで進んでいる話に混乱するコノエに、フォニアは続ける。正妻以外ありえないはずの娘達だと。本来は恥辱に死を選んだだろう娘もいる、と。 

 

「男は、こういう高貴で希少な血の娘が好きなんでしょう?」

「………………」

 

 …………本当に、何の話?

 

「血を守る必要があるから全員は無理だけど、三人までなら」

「…………」

「……?」

「…………」

「…………? なんでさっきから黙ってるの? ……もしかして全員がいいの?」

「違う」

 

 なんだかとんでもない勘違いをされそうになって、コノエは本気で否定する。

 というかハーレムって、なんでそんなことをと思う。いや、確かに自分はかつてハーレムを目指していた。それは事実だ。けれど、と……。

 

(……あ)

 

 そこでコノエは気付く、目の前の王女は当時の目標を知っていてもおかしくない。

 だって十年も同じ場所で訓練していたのだから。

 

「……? じゃあ、この娘達はダメなの?」

「……いや、その、ダメというか」

 

 根元のところで色々変なことになっている気がした。

 ようやく意識が追い付いて、混乱が少し落ち着いてくる。とりあえずどこから説明すればいいかと。

 

「この娘達の血筋でダメだとすれば、王族しか……もしかして、私?」

「…………えっ」

「……そう、それなら――条件付きで不可能ではない」

「…………えっ」

「……これから、よろしく?」

「…………えっ!?」

 

 ポンポンと飛び出してくる爆弾に、またコノエは衝撃を受ける。

 フォニアは変わらず淡々とした声で、私は家督を継承しないし、弟も三人いるし、そもそも……なんて呟いていて――。

 

「――お姉さま、お姉さま!」

「――お姉さま、少しお待ちを!」

 

 ――そして、新しい声が二つ聞こえてきたのは、ちょうどそんなときだった。

 見ると廊下の角から新しい少女が二人、近づいてくる。フォニアとは違う、緑色の角と翼をした竜人の少女たちだ。その二人は双子なのか、顔がそっくりだった。髪型も格好もよく似ている。

 

「どうしたの?」

「「お姉さま――」」

 

 首を傾げるフォニアの耳に少女たちが左右から口を近づけて、小さく何かを話す。

 ……微かに、『なにか変です!』とか、『聞いていた話と違います!』 とか、『一度戻って作戦会議を!』なんて言葉が漏れて聞こえた。

 

 それにフォニアは不思議そうな顔をした後、頷いて。

 

「わかった。……ごめんなさい、コノエ。今日は失礼する」

「……あ、ああ」

 

 フォニアはそう言ってさっさと立ち去っていった。

 呆然とコノエはその後姿を見送り。

 

「……そう」

「……メルミナ?」

 

 そこで、先ほどから隣でずっと黙っていたメルミナが小さく呟く。

 顔を伏せていて、コノエからはその表情が見えなくて――。

 

「――やっぱり、手を打った方が良いわね」

 

 そして、メルミナは少し低い声で、そう呟いた。

 ――手を打つ、とは?

 

「コノエ、今日はお開きにしましょう。手伝ってくれてありがとう、助かったわ」

「……え、ああ」

「お礼は後日必ずするから――じゃあまた、近いうちに」

 

 メルミナもそう言って足早に去っていく。

 それを、コノエはまた呆然と見送った。

 

「………………」

 

 数秒、そのまま廊下の先を見続けて。

 

「……帰るか」

 

 なんだか妙に疲れたなと思いながら呟く。

 訳が分からないことも驚くことも多すぎた。

 

 こういう時は早く宿に戻ってゆっくりしようと、書架を出て、受付の前を通って――。

 

「――あ、コノエ様、ちょうどよかった! 教官様の準備が出来たようです!」

「……」

 

 受付に声を掛けられる。

 教官、準備――宿に届いた、呼び出しの手紙。

 

「………………」

 

 コノエは、大きく息を吐く。……ああ、そういえば、そのために学舎に来たんだった、と。 

 

 

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