転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない) 作:ニテーロン
人でありながら、竜の力を持つもの。
人でありながら、人の枠を外れているもの。
――竜人。
美しい角と翼をもつ、異世界でも一等特別な種族。
地球人からすれば異種族は皆特別だが、竜人はこの世界の中でも特別だ。
世界中で一万人程度しかいない希少性と――なにより、人の枠を超えた力。その強靭な体と莫大な魔力は、生まれながらにして、成人した只人を優に超えるとさえ言われている。
宝石の輝きと強大な力。それを併せ持つのが竜人という存在であって。
「――久しぶり、コノエ、メルミナ」
――その竜人の
囁くような、静かな声。決して大きくはなく、しかしはっきりと耳に入ってくる。そんな不思議な声をコノエは聞く。
「……ええ、久しぶりね」
「………………ああ、久しぶりだ」
メルミナから一拍遅れて挨拶を返しつつ、コノエは突然現れた王女――フォニアを見る。
身を包むのは華美なドレス。光を反射して輝く角と翼。真っ青な髪に、青く輝く眼。両腕には何か、白いものを抱えている。
「コノエ」
「……?」
フォニアの声。そして、彼女はコノエに向けて足を踏み出す。カツンカツンと近づいて来て、すぐに彼女は目の前まで来る。
ほとんど交流のない美人の急な接近に、コノエはつい逃げたくなり……。
「はい、これ」
「……え?」
そんなコノエに、端的な言葉とフォニアが抱えていた白い……紙束だろうか、が差し出される。
「見て」
「……うん?」
――見る? この紙束を?
コノエは言われるままに紙束に手を伸ばす。一番上を手に取ると、その紙は少し硬めの素材でできていて、二つ折りになっているようだった。
それを開くと……。
「…………?」
中には細々とした文字と――女性の写真が入っていた。何年か前に再現できたと聞く写真。
着飾った女性の姿が写っている。その人は目の前のフォニアと同じ竜人で、思わず目を奪われそうになるすごい美人でもあって、穏やかに微笑んでいた。
「………………これは?」
「駄目? じゃあ次」
駄目とは。問いかけようとするコノエに、しかしフォニアは次と言って二枚目を差し出す。
それを開いてみると……やっぱり写真が入っていた。今度は先ほどとは違う女性――少女が写っている。綺麗に着飾った竜人の少女が快活そうに笑っている。
「………………??」
「次」
その調子でポンポンとフォニアから写真を手渡される。
十枚あって、全てに竜人の女性が写っていた。
「………………????」
「どう?」
どこまでも端的にフォニアは問いかける。
……そうだ、コノエは思い出す。彼女はこういう話し方をする人だった。あまり口を開かず、開いても淡々と話す人だった。まあ、無口はコノエが人様に言えることではないけれど。
でも、だからこそ、あの夜――月明かりの下で。
「――」
コノエは僅かに過去を思い出し――軽く頭を振る。
過去のことよりも、問題は今だ。そもそもの話、さっきから渡されているこれは。
「……これは、いったい?」
「?
「…………うん?」
――つりがき?
首を傾げるコノエに、フォニアも首を傾げ……数秒して、小さく頷く。
「これは、移籍交渉。拠点をアーキノルカ自治区に移してくれるのなら、この子たちをあなたのハーレムに入れていい」
「………………えっ」
◆
――え? 今なんて言った?
コノエはぽかんと口を開けて目の前の王女を見る。
「……この子たちは」
フォニアが、とん、と。指でコノエの持つ写真に触れる。
「長く、アーキノルカに仕えてくれている重臣たちの家の娘」
「……?」
「竜人の中でも特別な血を持つ家の娘。普通なら竜人以外の男に嫁ぐことはありえない」
「……??」
「でも、あなたなら、あなたがアーキノルカの地を、民を守ってくれるのなら、ハーレムに入りあなたに尽くすと自ら手を挙げてくれた」
(………………???)
知らないところで進んでいる話に混乱するコノエに、フォニアは続ける。正妻以外ありえないはずの娘達だと。本来は恥辱に死を選んだだろう娘もいる、と。
「男は、こういう高貴で希少な血の娘が好きなんでしょう?」
「………………」
…………本当に、何の話?
「血を守る必要があるから全員は無理だけど、三人までなら」
「…………」
「……?」
「…………」
「…………? なんでさっきから黙ってるの? ……もしかして全員がいいの?」
「違う」
なんだかとんでもない勘違いをされそうになって、コノエは本気で否定する。
というかハーレムって、なんでそんなことをと思う。いや、確かに自分はかつてハーレムを目指していた。それは事実だ。けれど、と……。
(……あ)
そこでコノエは気付く、目の前の王女は当時の目標を知っていてもおかしくない。
だって十年も同じ場所で訓練していたのだから。
「……? じゃあ、この娘達はダメなの?」
「……いや、その、ダメというか」
根元のところで色々変なことになっている気がした。
ようやく意識が追い付いて、混乱が少し落ち着いてくる。とりあえずどこから説明すればいいかと。
「この娘達の血筋でダメだとすれば、王族しか……もしかして、私?」
「…………えっ」
「……そう、それなら――条件付きで不可能ではない」
「…………えっ」
「……これから、よろしく?」
「…………えっ!?」
ポンポンと飛び出してくる爆弾に、またコノエは衝撃を受ける。
フォニアは変わらず淡々とした声で、私は家督を継承しないし、弟も三人いるし、そもそも……なんて呟いていて――。
「――お姉さま、お姉さま!」
「――お姉さま、少しお待ちを!」
――そして、新しい声が二つ聞こえてきたのは、ちょうどそんなときだった。
見ると廊下の角から新しい少女が二人、近づいてくる。フォニアとは違う、緑色の角と翼をした竜人の少女たちだ。その二人は双子なのか、顔がそっくりだった。髪型も格好もよく似ている。
「どうしたの?」
「「お姉さま――」」
首を傾げるフォニアの耳に少女たちが左右から口を近づけて、小さく何かを話す。
……微かに、『なにか変です!』とか、『聞いていた話と違います!』 とか、『一度戻って作戦会議を!』なんて言葉が漏れて聞こえた。
それにフォニアは不思議そうな顔をした後、頷いて。
「わかった。……ごめんなさい、コノエ。今日は失礼する」
「……あ、ああ」
フォニアはそう言ってさっさと立ち去っていった。
呆然とコノエはその後姿を見送り。
「……そう」
「……メルミナ?」
そこで、先ほどから隣でずっと黙っていたメルミナが小さく呟く。
顔を伏せていて、コノエからはその表情が見えなくて――。
「――やっぱり、手を打った方が良いわね」
そして、メルミナは少し低い声で、そう呟いた。
――手を打つ、とは?
「コノエ、今日はお開きにしましょう。手伝ってくれてありがとう、助かったわ」
「……え、ああ」
「お礼は後日必ずするから――じゃあまた、近いうちに」
メルミナもそう言って足早に去っていく。
それを、コノエはまた呆然と見送った。
「………………」
数秒、そのまま廊下の先を見続けて。
「……帰るか」
なんだか妙に疲れたなと思いながら呟く。
訳が分からないことも驚くことも多すぎた。
こういう時は早く宿に戻ってゆっくりしようと、書架を出て、受付の前を通って――。
「――あ、コノエ様、ちょうどよかった! 教官様の準備が出来たようです!」
「……」
受付に声を掛けられる。
教官、準備――宿に届いた、呼び出しの手紙。
「………………」
コノエは、大きく息を吐く。……ああ、そういえば、そのために学舎に来たんだった、と。