転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない) 作:ニテーロン
――ナイフを雷で破壊し、鍛え、拳で撃ち出す
――魔道具を多重起動し、回路をつなぎ留め、幾百幾千のナイフを造り上げる。
それはコノエが茸との戦いの中で目覚めた新しい力だ。
メルミナを取り戻すために手に入れた力。
「……こんなところでしょうか」
「…………」
土煙が立ち込める訓練場に、コノエの声が響く。
設置された岩山には教官の指示通り数百のナイフが突き刺さっていて、その中には雷を内包していた。
単純攻撃にも罠にも使える便利な力。コノエはこの力をそう認識している。
唯一の欠点は戦闘後に魔道具が壊れることだけれど、それもナイフ作成のようなそれほど高くないものなら問題ないし、と。
「…………」
「……教官?」
「……驚いた」
なぜか教官の言葉が無くて問いかけると、一言だけ帰ってくる。
……驚いた?
振り返ると、教官はコノエが見たことが無いくらいぽかんと口を開けていた。
「いや、驚いた。本当に驚いたな」
「……?」
「あのね、コノエ、これ原始魔法だよ」
……原始魔法?
◆
――原始魔法。
それは技術ではなく本能で発動する魔法だ。
神様に与えられた魔法とはまた違う、外れた魔法。
神様が作り出した技術ではなく、人の本能から削りだされた技。
原始魔法とはそういう魔法だった。一般的な魔法とも固有魔法とも違う特殊な魔法。
人の手による新たな魔法の創造であって、ごく一部の天才だけがたどり着ける境地で。
「……これ、原始魔法なんですか?」
「うん、間違いないね。……というか君もおかしいと思わなかった? 普通燃え尽きる魔道具の回路を無理やり繋いだりなんて出来ないよ」
「……それは」
「これ、明らかに魔力操作とかの域を超えてる。もちろん生命魔法でもない。命じゃないし。……錬金魔法か陣魔法なら似たような事できるかもしれないけど……」
言われてみればその通りだった。
……いや、本当は何かおかしいなとはコノエも思っていた。でも、天才だけが目覚めるという原始魔法と自分が結びつかなくて、そういうこともあるのかな、と。
(……あれ? というか、つまりこれは……僕に、原始魔法の才能があったということなんだろうか……?)
天才しか使えない原始魔法。知らないうちに使えるようになった自分。
何一つ才能を持たなかった己にも、まさかこんな才能があったのか、と。コノエは先程ナイフを撃ち出した自らの手をまじまじと見る。
アデプトを目指し、鍛錬を始めて二十五年。
やっと自分の才能を見つけられたのかと――。
「本当に驚いた……まさか」
「……はい……」
「まさか、固有の才能が無さ過ぎて原始に目覚めることがあるとは思わなかった……」
……うん?
◆
「……??」
――固有の才能が、無さ過ぎて?
瞬きするコノエに、教官は軽く頭を振って口を開く。
「……コノエ、これから話すことは、他所には広めないようにね」
「……え、はい」
あまり一般には知られたくないことだから、と教官は前置きする。
そして……。
「実はね、原始魔法って魔力じゃなくて魂の――意志の力で使うものなんだよ」
「……魂? それは……」
「固有魔法と同じだね。この二つは源は同じなんだ」
比較しながら話をしよう、と人差し指を立てる。
「まず、固有魔法について、固有魔法とは渇望によって魂に刻まれた魔法のことだ」
固有魔法とは、死すら厭わぬほどの願いを己の魂に刻み付けることで発動する力だと教官は言う。
だからこそ、固有魔法は一人に一つ。それは魂が一つしかないからであり、一度削った形はもう戻らないからでもあると。
「――故に固有魔法は渇望を叶えたとしても変わらない。新たな渇望を得てもだ。魂についた傷は変わらないから。……まあ、報告にあった茸みたいに魂を操る力を持ってたら話は別かもしれないけどね」
「……はい」
「……というか、今更だけど例の茸の力、とんでもないよ。君が殺してくれてよかった。魂を自由にって……一歩間違えたら魔王になってたかも」
……それは、確かに。コノエは当時のことを思い出しながら頷く。
二種類の固有魔法を使った茸の魔物。もし仮にあの茸が三種類、四種類の固有魔法を使っていたら……果たしてコノエは対応しきれただろうか?
「……」
数日経った今になって、コノエは安堵の息を吐く。
竜然り、茸然り、結果的に勝利できたとはいえ、一歩間違えれば死んでいたかもしれない。それが災厄との戦いだった。
「……ごめん、脱線したね。つまり固有魔法はそういう力だ。ここまでは君も知ってると思う。で、それに対して原始魔法なんだけど」
「……はい」
「原始魔法は魂の力で発動する点では固有魔法と同じだけど、魂に刻まれたりはしない。だから一人一つじゃなくていくつでも使える」
しかも、その力は多種多彩で、持っている加護に関わらず使える便利な力だと教官は言う。
「――でも、もちろん問題もある。まず、出力が低い。費用対効果も低いし――異世界風に言うと、燃費が悪い。似た力を使うにしても、固有と原始じゃ数十倍は違うと思ってくれていいよ」
「……数十倍」
「そして、なにより……難しいんだよ。魂の力って。魔力と違って感じ取ることも難しい。魔法にするなんてなおさらだ。普通は魂に固有として刻んで、そこに力を流すことが精いっぱい」
コノエはなるほど、と頷く。それで天才しか使えないと言われているのかと。
ここまでは理解できた。……しかしだからこそ、不思議に思う。
最初に言っていた、コノエに才能がなさすぎるから、とはどういうことなのか。
「――それで、君がそんな難しい力を使えるようになった理由だけど」
「……はい」
「魂の力が、器から溢れちゃってるからだね……」
――溢れる、とは
「魂の力を貯め込み過ぎて、溢れて、使い道を求めて勝手に原始魔法になった感じ」
「……勝手に?」
「多分? 私も初めて見たから断言はできないけど……勘では、そう思う」
困惑するコノエに、教官は顎に手を当てて呟く。
「こんなの初めてだよ。普通は、そうはならない。溢れるくらい魂の力があれば、原始より先に固有を使えるようになるし」
固有魔法として魂の力を消費するから、溢れることは無いはずなのだと。
「魂が強くなってるのはおかしくない。魂は生まれつきのモノではあるけれど、苦難の中でも鍛え上げられる。それ故に、固有を持たないアデプト候補生が訓練の中で覚醒することも珍しくない」
「……はい」
「なんで君、そんなに固有魔法使える様にならないの?」
「……そういわれても」
……それはコノエが一番知りたいことだった。
憮然とした顔で、僕だって固有魔法を使えるようになりたいのにと思う。
「おかしいな。それだけ
「……?」
「……異世界人だから? いや、固有を使えるようになった異世界人の報告あったよね……? じゃあなんで?」
教官は眉を顰めて呟く。
コノエはそんな教官の姿に、なんとも言えない気分になりつつ――。
◆
「まあ、分からないものは仕方ない、か」
「………………」
――しばらくして、教官がそう言って諦める。
そして、原始魔法についての細々としたことを説明し始めた。
「で、原始魔法なんだけど、一般に広めるのは禁止されてるから」
「……そうなんですか?」
「うん、だって魂の力って、普通の人が使うと廃人になることがあるし。……あと、原始魔法には安全機構もないし」
危ないから、禁止されているのだと教官は言う。
もっと便利で修得しやすくて――なにより安全な一般の魔法があるんだからそちらを使って欲しいと。
それにコノエは……ああ、そういえば教官は原始魔法のせいで寝ぼけて愛犬を殺しかけたんだったと思い出し、頷く。
使う力は安全であるのに越したことは無い。
「……」
今度から眠るときは魔道具を外すようにしよう、と思いつつ。
◆
「――じゃあ、帰ろっか!」
「……はい」
そして、片づけをして二人で訓練場を出る。
二人並んで階段を一段一段上がっていく。
「いやー今日は色々あったねー」
「……はい」
一仕事終えた後の空気。雰囲気は穏やかで、のんびりとした足取りだった。
「こういう日はお酒が美味しいよ……あれ、お酒と言えば、君と飲みに行ったことない気がする」
「……それは、はい」
「近いうちに一度飲みに行こうか! 私いいお店知ってるからさ」
「……まあ、その、機会が、あれば」
コノエはもう帰るだけ。教官も酒の話をするあたりこの後の仕事はないのだろう。
師弟故、そして二十五年の付き合い故の、主に教官方面からの遠慮が全くない関係。しかしコノエが教官に全く心を許していないのかと言えばそういう訳でもなく。
「――それでね、見合いの相手が言ったんだよ。今まで戦った中で二番目に強かったのはどの魔物ですかって、席に着いて挨拶が終わった直後に。普通趣味とかから聞くよね? おかしいと思わない?」
「……はい」
「一番目を除外してるのがなんか小賢しいというか……まあ一番は天蓋竜だけどさ」
「……はい」
コノエはなんてことのない話題を投げてくる教官に適当に返事をしながら歩く。
――そして、これは、そんな雑談の途中。
「――ところで、最近の君さ」
「……なんですか?」
「女の子と一緒にいることが多いよね」
「……」
……そうだろうか?
コノエは予想外の言葉に瞬きしつつ……いや、確かにテルネリカとは一緒に住んでいるか、と思い。
「それでね、これは君の師匠というよりも、少しだけ長く生きているお姉さんとしてアドバイスしておこうと思うんだけど」
「……はい」
「……」
「……」
「今、お姉さんって年じゃないだろって思った?」
「……いいえ」
思ってない。……というか、最近の教官はこういうのが多い気もした。
もしかして何かあったんだろうかと不思議に思う。
「……ふーん。とにかく、お姉さんとして一つアドバイスしておくけど――女の子の中でも、固有魔法持ちはね、要注意だよ」
「……固有魔法持ち?」
「そう。あのね、さっきも言った通り、固有魔法持ってるのは、
――――重い女が、多い」
――重い、女?
「注意しなよ? 軽い気持ちで近づいたらダメ。気付いたら逃げられなくなってたりするよ?」
「……はあ、そうですか」
「コノエ、君、よく分かってないね? 近づくなら覚悟がいるよ? 固有魔法持ちと……あと、目覚めそうなのにも気をつけた方が良いよ」
そう言われても、教官の言うことがコノエにはよく分からない。
コノエにはその――重い女というのが想像できないからだ。
……というか、固有魔法持ちはともかく、目覚めそうなのってどんな人だろう。
そんなことをコノエは少しぼうっとした意識で呟く。
「目覚めそうっていうのは……そうだね。活力にあふれてると言うか」
「……はあ」
「普通には出来ないことをしそうな感じ……格上の魔物をポンポン倒したり、何日も徹夜で勉強したり、何カ月も休みを取らずに働き続けたり」
それは確かに活力にあふれていそうだ。
でもそういう人は周囲にはいないよな、とコノエは思う。
「ま、とにかく注意した方が良いよ」
「……はぁ、まあ、わかりました」
話半分に聞き流しながら、そうしているうちに学舎の玄関に辿り着く。
雑談だからこそ終わりもあっさりとしていて、二人はそのまま軽く挨拶をして別れ――。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――そして別れた後、教官――レナティアリカは、一人自分の部屋へと向かう。
先ほどまで一緒にいた弟子との会話を思い出しつつ、階段を上って。
「……あ、そうだ。もう一つあった」
ふと、呟く。それは直前まで話していたことだ。
固有魔法に目覚めそうなの。それは。
「――末期の死病になっても、根性で動いてるのとか」
きっかけがあればすぐにでも目覚めそうだよね、と。
五十日ほど前、コノエの腕の中で血を吐きながら叫んだ少女を思い出しつつ、そう呟いた。