転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない)   作:ニテーロン

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第3部 2章
第7話 約束の言葉


「………………」

 

 ――翌日、目が覚める。

 その日もコノエはベッドの上でうつ伏せのまま目を覚ました。

 

 瞼を開け、いつものように気配察知などの日課をこなす。

 ……そして思った。夢を見たな、と。

 

「……あれは」

 

 それは昔の嫌な夢――ではない。なかった。

 起きてすぐに胃の辺りが重くなるような夢ではなかった。

 

 そうじゃなくて、つい昨日の――。

 

『――拠点をアーキノルカ自治区に移してくれるのなら、この子たちをあなたのハーレムに入れていい』

『――この娘達の血筋でダメだとすれば、王族しか……もしかして、私?』

『――あのね、コノエ、これ原始魔法だよ』

『――まさか、固有の才能が無さ過ぎて原始に目覚めることがあるとは思わなかった……』

 

 メルミナの姉のエリクサーの話。釣書と条件と移籍の話。

 アーキノルカと封印の話。そして原始魔法と固有魔法の話。

 

 昨日一日、学舎で起こったあれこれを、もう一度繰り返すような夢だった。

 ……どうやら夢に見るくらいには衝撃が大きいものばかりだったらしい。

 

(……それにしても、移籍、か)

 

 軽くため息を吐きながらコノエは思う。

 久しぶりに顔を合わせたフォニアと彼女が持ってきた提案。

 

 昨日は途中で帰っていったものの、条件を変えてまた来るだろうねと教官も言っていた。

 コノエもその理由は理解できたし、おそらくそうなるのだろうと思う。

 

「……」

 

 ……あれから一晩経って、コノエも色々と考えた。

 突然現れた移籍という選択肢を、コノエなりに真面目に考えてみた。

 

 その結果出た率直な答えとしては……あちらには悪いけれど、正直その気にはなれない、というところだ。

 今はこの世界で生きるものとしてアーキノルカの成したことには感謝しているし、教官に教わった彼らの国の窮状は理解できるけれど、しかしコノエは……。

 

「……」

 

 頭を掻きながら、もう一度大きく息を吐く。

 ……誰かの影が、脳裏に浮かんで。でも、思考を整理できなくて、気持ちをうまく言語化できなかった。

 

 ◆

 

 ――その日の朝、コノエは宿の窓から都を見た。

 

 宿のすぐ前には大通りがあって、それは学舎や王城へと続く道だ。白い石畳が敷かれ、綺麗に舗装された道。

 両脇には高級店が並び、身なりの良い人々が歩いている。白く、背の高い石造りの建物が並ぶ中を馬車と自動車が同時に走っていく様子にはギャップが感じられ、だからこそ教官が言っていたように、先進性が見える気がした。

 

 そして、その通りから街の外周へ視線を向けると、そこには大きな市場が広がっている。

 先日コノエがテルネリカと歩いた時には多くの店や露店が並んでいて、以前通ったときには店主たちの大きな呼び声が飛び交っていた。彼らの声の先には多くの――。

 

 ――商人、町人、冒険者、衛兵、騎士。

 ――人間、エルフ、ドワーフ、獣人。

 ――男、女、子供、大人、老人。

 

 ――ありとあらゆる立場の人がいて、同じ場所を歩いていた。

 異国情緒ならぬ異界情緒がある光景。店先に薬が詰まった瓶が並び、きれいに磨かれた鎧に、剣や盾などが丁寧に飾られている。中には巨大なドラゴンの剝製が飾られた一角もあった。

 雑多な開拓村ともまた違う、整備された異界の情景。日本に居た頃にプレイしたゲームを思い出すような。

 

 ……ただ、あえてゲームと大きく違う場所を挙げるならば……所々、地球――日本の文化が散見されることだろうか。

 料理が並んでいる辺りを見ると、この世界の料理が並ぶ中にポツポツとタコ焼きやら焼きそばやら、中には綿あめのようなものもあったりする。

 どうやってソースや機械を再現したのかと首を捻ったものだ。それなりに繁盛もしているようで、楽しげな雰囲気の子供たちが綿あめを持って走ったりしていたのはコノエの記憶にも新しくて……。

 

 …………そして最後に。

 その市場からさらに外へ視線を向けると……都のスラムが見えてくる。薄汚れた街並みと、項垂れ、背を丸めて歩く人々。

 厳しく、残酷で、多くの人が苦しんでいる。……しかし、それでも神様達の懸命な努力によって百年前から比べれば人の数は半分以下に減ったらしい。試算ではもう五十年もすれば完全に人がいなくなるだろうと聞く。

 

「………………」

 

 ――それが、この国の首都だ。

 活気のある都市。新しい文化を取り入れ、進歩を続ける都。

 

 神様のお膝元。広い広い世界に十しかない、最高神の分体がおわす聖なる地。

 この国――イリシア神国の神都だった。

 

 ◆

 

「――という訳で、アーキノルカから移籍の話があった」

「……そう、ですか」

 

 昼、コノエは頭の中で整理した後、テルネリカに今回の一件について報告する。

 受けるかどうかはともかく、共に暮らしているのだからそういう話があったことは伝えておくべきだと思った。

 

 伝えた内容はアーキノルカからの交渉があったこと、それに対し、コノエがどう思っているのかということ。そして、これからもそういう交渉が定期的にあるかもしれないということ。

 

 ……今回提示された条件に関しては、まあ、その、次は変わるそうだからいいとして。

 

「……」

 

 一通り伝え終わると、テルネリカは口を閉じ、顎に指をあてる。

 なにか考え込んでいるようだった。しばしの沈黙。

 

 そして、時計の針が二周した頃、ふとコノエを見る。

 青い目とコノエの目が合った。

 

 コノエはそれに……条件を伏せたためか、目をなんとなく逸らす。するとテルネリカはそんなコノエにまた考え込むような顔をして。

 

「……なるほど」

 

 ――しばらくして、テルネリカは小さく頷く。

 

「ありがとうございます。移籍、少し驚きましたが、アデプト様にそういうお話があるということは父母より教えられています。定期的に交渉の時期がやってくることも」

「……ああ」

「その上で、私の言葉を述べさせていただくのならば――」

 

 テルネリカはそこで一息、空白を開けて。

 

「――私は」

 

 ――静かに、微笑む。花のような微笑み。

 ゆっくりと口を開き……。

 

「――あなた様と共に居られるのならば、どのような土地でも構いません」

「――」

「……どうか、お傍に。それだけが私の望みでございます」

 

 テルネリカの声は、何処までも穏やかで、決して大きくはなくて。

 ……でも、ふと、耳の奥に入ってくるようだった。

 

 それはコノエが想像していたのとは少しズレた言葉だ。

 この国が良いとか、他のどういう国が良いとか、そういうのではなかった。……ただコノエの傍にと、それだけの言葉。

 

「……そ、そう、か」

「ええ」

 

 そんな言葉に、コノエは言葉に詰まる。

 驚いて、目が右へ左へと動いて。

 

 でも、テルネリカは変わらず微笑みかけて、泳ぐコノエの目をしっかりと見つめ――。

 

「――だって、約束したではありませんか」

「……え?」

「――この身は、御許に咲く聖花(はな)ですもの」

「――」

 

 ――それは……あの黄昏時の時の。

 

『――あなたが、そう望んで下さるのなら』

 

 竜との戦いの後、金色に染まる錬金工房の一室で。

 伸ばしたコノエの手を包む掌が、確かにあった。

 

 涙を流し、でも微笑むテルネリカの姿。

 頬を伝う涙は、夕陽に照らされて輝いていた。

 

「ね? コノエ様」

「……ああ、覚えている」

「ふふ、嬉しいです」

 

 コノエは、あの日を思い出す。

 必死に口を動かし、言えないはずのことを言った。みっともなくても、間違っていても、それでも――ただ、僕の傍に、と。

 

「……」

 

 ……思い出すと照れくさくて、顔が熱くなる。

 テルネリカはそんなコノエに、くすくすと口元を緩め、楽しそうに微笑む。

 

 コノエは……やっぱり何と言えばいいか分からなくて。

 

「……その」

「はい」

「……なんでもない」

「……ふふ、はい」

 

 出てきたのは意味のない言葉。

 でも、それでもいいと。それが許されているような空気があった。

 

「……」

「……」

 

 ……静かな部屋の中には、二人だけがいる。

 そのまま、ゆっくりと時間は過ぎていった。

 

 ◆

 

 そして、一日の終わりが近づいてくる。

 前日の慌ただしさが嘘のように時間。二人でお茶を飲んだり、少し買い物に出かけたりするうちに日は沈んでいき――。

 

「――コノエ様、お手紙が届きました」

 

 テルネリカが封筒をホテルマンから受け取って部屋に戻ってくる。

 それは鮮やかな青い色の封筒で、中を開けて見ると。

 

「……これは、アーキノルカからの手紙と……依頼書?」

 

 中に入っていたのは、綺麗な筆致で書かれた手紙と一枚の依頼書だった。

 

「――調査依頼。対象は……封印領域?」

 

 

 

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