転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない)   作:ニテーロン

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第8話 調査依頼

 アーキノルカから届いた依頼書。

 そこには、どこまでも端的に依頼内容が書かれていた。

 

『封印領域の調査依頼』

 

 依頼名と金額と期間。それだけが書かれた紙があって、同じ封筒に包まれていた手紙には、こちらも端的に依頼内容に機密を含むので学舎内で話をしたい、と書かれていた。

 

(……封印領域の調査、とは?)

 

 ――翌日、朝。学舎への階段を上り、門を潜りながらコノエは首を傾げる。

 

 アーキノルカの封印と言えば、コノエは教官とも話した魔王の封印を思い浮かべる。

 しかし、その調査とはいったいどういうことなのかと。

 

「……む」

 

 と、そこでコノエは気付く。学舎の入り口に立つ二つの人影があった。

 その二人は緑色の角と翼を持っていて――

 

「――お待ちしておりました、コノエ様」

「――御足労いただき、ありがとうございます」

 

 ――つい一昨日、フォニアをお姉さまと呼んでいた竜人の少女達だった。

 顔がそっくりな二人が、学舎の入り口でコノエを迎える。

 

「早速ですが、主の元へご案内させていただきます」

「どうぞ、こちらへ」

「……ああ、よろしく」

 

 そして、二人に先導されて学舎の中に入った。

 その背を追いかける形でコノエは足を進める。

 

「………………」

 

 ……慣れた学舎の中を誰かに案内されるという状況に、コノエは違和感を覚えつつ。

 それでつい、目の前の二人を見る。窓からの光に照らされて鮮やかに輝く、緑色の角と翼。日本でいつか見たエメラルドの宝石のように輝いていて……。

 

(…………あれ? この色)

 

 そこでふと、疑問に思う。なんだかコノエは以前にこの色を見たことがある気がした。

 しかしどこでかは思い出せない。首を傾げ……。

 

「……あの? コノエ様」

「私たちに、なにかありましたでしょうか?」

「……あ、いや……申し訳ない」

 

 くるりと振り返った二人に問いかけられる。

 コノエはまじまじと見ていた自分に気付き、慌てて謝って、理由を説明して。

 

「……あら、まあ」

「……覚えて下さっていたのですか!?」

 

 二人は共に驚いたように口を押さえる。一人は柔らかに微笑み、もう一人は口を開け明るく笑った。そして立ち止まり、くるりと振り返ってコノエに向き直る。

 

「では、せっかくお声がけいただきましたので、自己紹介を。私はコレットと申します」

「私はエレニカと申します! ――私達は共に、アデプトの候補生として学舎に在籍しております!」

 

 ――候補生。ああ、そういうことかとコノエは思い出す。

 いつだったか、教官に戦技の見本として新しく入った候補生の前に駆り出されたことがあった。そのときに彼女たちがいた、ような。竜人は珍しいので印象に残っていたのだろう。

 

「以前見せて頂いたコノエ様と教官の打ち合い、本当に凄まじくて……感動しました」

「はい! 我ら新入生は皆、己もこう戦えるようになりたいと思ったものです!」

「……はは」

 

 ……打ち合い。打ち合いか。コノエは思わず乾いた笑みを漏らす。

 コノエからすると一方的にボコボコにされていただけの気がしたが。一度も反撃できなかった記憶があった。

 

 まあ、きっと彼女らはきっと細かいところが見えなかったのだろうなと思いつつ……。

 

「……」

 

 少し、ほんの少しだけ、素直な賞賛に、内心照れたりもしつつ。

 だって、コノエは後輩にこんな風に言われるのは初めてだったから。

 

「……もしご縁がありましたら、指導をつけて頂ければと思います」

「はい! もちろん、ご迷惑でなければ、ですが……私たちは、『次』ですので、少しでも早く強くなる必要があるのです!」

 

 ……次? 僅かにコノエは疑問に思い、しかし、お願いしますと頭を下げる二人の勢いに狼狽え、対応に困っているうちに頭から抜けて――

 

 ◆

 

 ――少しの時間の後、三人はまた歩き出し、その部屋に辿り着く。

 そこは学舎の中でも応接室に当たる場所だった。

 

「――呼び立ててごめんなさい、コノエ」

「……いや」

 

 凄まじく高そうな椅子に少し躊躇いがちに座るコノエと、当然のように気品ある雰囲気で座るフォニアが机を挟んで向かい合う。

 そしてちょっとした挨拶のようなものがあって。

 

「では、話を。あなたに依頼をしたいことがある」

「……ああ」

「最初に言っておくけれど、これはあなたへの移籍交渉とは全く関係ない――とは言わないけれど、基本的にはそれとは別の案件になる」

「……別の、案件?」

 

 ええ、とフォニアは机の上に一枚の紙を広げる。

 そこには……名前、だろうか。誰かの名前が数十人分ほど並んでいた。また、並んだ名前のうちのほとんどには横にチェックが付いている。

 

「コノエ様の名前は、こちらになります」

「……え?」

 

 横に立っていた双子の一人――コレットが指差された場所を見ると、確かにコノエの名前が書きこまれている。

 一番最後に書かれていて、その横にはチェックが無かった。

 

 なんだろうと思うコノエに、続いてエレニカが口を開く。

 

「こちらは全世界で、この数十年の間に新しくアデプトになった方のリストです。そしてチェックは、過去に封印領域の調査依頼を受けて下さった方々についております」

 

 ちなみに、メルミナ様はここです、とコレットが紙の一角を指差して、そこにはメルミナの名前とチェックが書きこまれていた。

 

 ……つまりこれは、メルミナも含め、新しくアデプトになったもののほとんどが受けている依頼、と言うことになるのだろうか。

 そう首を傾げるコノエに、ゆっくりとフォニアが頷き。

 

「……今回の依頼は、それくらい重要な依頼。封印領域の調査、つまりは――

 ――魔王の、調査」

「……魔王の?」

「そう、封印された不死の魔王を、殺せるかどうか試してもらう。それがこの依頼の意味」

 

 ◆

 

 ――かつて、千年の昔。

 誰一人として殺すことが出来なかった魔王がいた。

 

 復活の権能を持った不死の魔王。当時の世界中の英知を結集しても殺せなかった不定形の怪物。最後は多大な犠牲を払い、封印することしか出来なかったそれ。

 

 莫大な財と時間をかけて作り上げたと言われる結界――熾天結界と呼ばれる大結界は今もアーキノルカの奥深くで魔王を封じ込めている。

 アーキノルカは長い長い間、その封印を守り続けてきて――。

 

「――でも、決して討伐を諦めたのではない」

 

 フォニアは語る。諦めたのではなく――希望を繋いだのだと。

 

「後の世に、きっと、いつか誰かが魔王を殺せるようになると信じた。いつか誰かが不死を殺せる固有魔法に目覚めると願っていた」

 

 ――だから。

 

「新しくアデプトになった者に、一度魔王に向き合ってもらう。そして試してもらう。それを、私達は千年間続けている」

「……」

「だから、できればあなたにも挑んでほしい。……ああ、危険はほとんどない。中は超高濃度の瘴気が充満しているけれど、アデプトなら大丈夫だし――元より魔王は汚染と復活が強力だっただけで、直接戦闘能力は高くなかったから」

 

 世界のために、お願い。そうフォニアは呟く。

 コノエはそんな彼女に。

 

「……話は、わかった。しかし……」

「……?」

「……君も知っているとは思うが、僕は固有魔法を使えない」

 

 そうだ。それが問題だった。魔王に新しいアデプトの固有魔法を試すというが……そもそもコノエは固有魔法を持っていない。

 だから自分では試すも何もないのではとコノエは思う。

 

「いいえ。関係ない」

「……え?」

「私たちは、そのアデプトの固有魔法が不死殺しに向いていなくても、この依頼をしている」

 

 例えば。フォニアの指がメルミナの名前を滑る。

 

「知っての通り、彼女の魔法は千里眼。普通に考えればどうやっても不可能」

「……まあ」

「それでも彼女に依頼したのは、なにかを見つけてくれるかと思ったから」

 

 違う人間、違う視点、違う能力。なにかがあるかもしれない。なにかに気付いてくれるかもしれない。そう願って封印領域に入れるアデプト全員に試して貰っているのだと、フォニアは言った。

 

「だから、あなたも試してほしい」

「…………わかった。そう言うのなら」

 

 フォニアの目に見詰められ、頷く。

 固有魔法が無くてもいいと言うのなら、断るつもりはコノエには無い。

 

「ありがとう……そして、できれば――」

 

 そこで、フォニアは一度息を吸う。

 

「――今回の件で、あなたにアーキノルカを知って欲しい」

「……それは」

「同時に、アーキノルカもあなたのことを知りたい。これが、交渉と無関係ではないと言った理由」

 

 互いを理解し合えたら良いと思う。そうフォニアは言った。

 

 ◆

 

 ――そして、話を終えてコノエは席を立つ。

 コレットとエレニカが先んじて扉を開けてくれて、コノエは礼を言いながらそこを潜り。

 

「――コノエ、最後に聞いてもいい?」

「……?」

 

 ――潜り抜ける、間際。

 フォニアが、コノエの名を呼ぶ。

 

 振り返ると、そこには立ち上がったフォニアがいる。

 コノエの目とフォニアの目が、真っ直ぐに重なる。真っ青な宝石のような目。感情を感じさせない瞳で、彼女はただコノエを見つめていた。

 

 ……そして。

 

「コノエは、もういいの?」

「……え?」

「ハーレムは、もういいの?」

 

 問いかける言葉。もういいのかと。

 フォニアはコノエにかつての(ねがい)を問いかける。

 

 そして、彼女はほんのわずかに、目を細めて――。

 

「――」

 

 ◆

 

 ――そんな彼女に、コノエはかつての夜を思い出す。

 

『――ねぇ、コノエ』

 

 十五年前の夜。屋外の訓練場。

 月明かりだけが照らす、青白い夜の下で。

 

 いつもの無表情を崩し、少しだけ細めた目で、僅かに潤んだ瞳で。

 コノエを見つめる青い(ヒト)が、確かにいた。

 

『――私たち、きっと正反対ね』

 

 ◆

 

「…………」

 

 ほんのわずかなやり取り。十年で、ただ一度の会話。

 時の流れは記憶を曖昧なものにして、でも、コノエはあの瞬間の彼女の一筋の涙を覚えていた。

 

「……コノエ? もういいの?」

「……あ、ああ。……もう、いいんだ」

 

 重なる問いに、コノエは困惑し、しかし本心を返す。

 もういい。もういいと思った。だって、コノエはもう温もりを、熱を知っているから。

 

「……そう、わかったわ」

 

 フォニアは、ただ無表情にコノエを見つめ……ふと、くるりと背を向ける。

 その背を、コノエは数秒見つめて。

 

「……」

 

 何も言わず、また歩き出す。

 双子に案内されて、今度は学舎の外へ、そして門を潜り街へ階段を下りて行き。

 

 ――見つけたのね。

 

 その間際、コノエはどこからか、声がかすかに聞こえた気がした。

 

 

 

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