転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない)   作:ニテーロン

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第9話 二人の話

「………………」

 

 コノエは、学舎からの階段を下りきり、宿への道を歩く。

 つい先ほどまでしていた話し合いの内容を思い出しつつ、依頼された日程までの予定を考えて……。

 

「……」

 

 そこで、思う。依頼内容を浮かべながら。

 今回テルネリカはアーキノルカに一緒に来てもらうべきだろうかと。

 

 アーキノルカは前回の開拓村と違い、きちんと都市としての機能と形を持っている場所だ。連れて行っても危険はない気はする。……する、けれど。

 

(……アデプトが三人死んでるんだよな。守りは大丈夫なんだろうか……?)

 

 コノエの頭を一抹の不安がよぎる。聞いた限りでは、滞在中何度か封印領域に向かうのでずっとテルネリカの傍に居られるわけではない。万が一のときに対応できない可能性があった。

 

(……まず大丈夫、だとは思うけれど。……少し、不安な気が)

 

 コノエは心配になってくる。この都に居てもらった方が良いのではと思う。

 だって、都には教官がいる。教官がいる限り、都は安全だという安心があった。……というか、教官がいて駄目なら他に誰がいても絶対に駄目なわけで。

 

(……教官は冗談交じりに、私がいて嬉しいでしょ? なんて言ってたけど、実際にあの人がいるかどうかで全然違う)

 

 間違いなく、教官がいるという事実はこの国に居る大きな利点の一つだった。あまりにも当たり前すぎて、コノエの反応が遅れてしまった位には。

 

「……」

 

 ……そういう訳で、どうしようかとコノエは悩み――。

 

「――え?」

 

 ――そのとき、宿の近くの公園まで来たところで、コノエはある気配に気づく。

 公園内部にいる気配。知っている二つの気配。

 

「…………え?」

 

 それにコノエは驚き、動きが一瞬停止する。

 でも次の瞬間には急いで動き出し――

 

「――テルネリカ。あなた、せっかく髪が綺麗なんだからもっと良い薬液を使いなさいな。言えばあいつだって嫌とは言わないでしょうに」

「いえ、そんな……それを言うのならメルミナの方が」

「私は生命魔法で傷が消えてるだけ。元の髪質的にはあなたの方が余程いいわ。……そうね。今度うちの商品を回してあげる。それを使いなさい」

 

 知っている声。公園の中に少し入ったところ。ベンチに、二人の影が並んでいる。 

 その金色と赤色の後ろ姿は……。

 

「………………えっ」

「あら、コノエ。帰ってきたの?」

「コノエ様? お帰りなさいませ」

 

 ……仲良さげに話している、テルネリカと、メルミナだった。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 時を少し遡って、朝。

 コノエの宿の前に、一人の赤い人影が現れたのは、コノエが学舎の階段を上り切った頃だった。

 

「ここが、あいつの宿ね」

 

 小さくメルミナは呟く。背中に資料を抱えながら。

 今日のメルミナは、コノエと話をしに来ていた。何の話かと言えば、一昨日のアーキノルカとの件の話とか、その前にしたエリクサーの件の話とかだ。

 

 積もる話が色々あって、あと、ついでに二日前は出来なかったお茶でも飲めたらなとメルミナは思っていた。

 

 なお、神威武装を飛ばすのではなく己の身でやってきたのは、個人(やど)を訪れるのにレンズ越しというのは失礼だと思っているからだ。

 レンズで話しかけるのは、相手が外に居る時か緊急時だけとメルミナは決めている。

 

 なので、メルミナは正面から玄関に入り、ホテルマンにコノエを呼び出してもらえるように頼んで……。

 

「コノエ様でしたら、先ほど外出されました」

「……え? そうなの? タイミングが悪かったかしら」

 

 すると、あっさり不在という返事が返ってきて、メルミナはがっかりする。

 完全に入れ違いだったようだ。街中だと気配察知もし辛いので気付けなかった。

 

「……あ、本当。学舎に居るわ」

 

 改めて上空から都を見ると学舎の前庭でコノエの姿を見つける。

 ではそちらに向かおうかと、メルミナは――。

 

 ――踵を返した、ちょうどそのときだった。

 

「少し外出してきます」

「はい、テルネリカ様、行ってらっしゃいませ」

 

 その声が、メルミナの耳に届いた。

 振り返ると、そこには――。

 

「……あ」

「……え?」

 

 ――金色の髪。エルフの少女。

 少女の青い瞳と、メルミナの赤い瞳が重なる。

 

 メルミナの動きが止まる。金髪の少女も止まる。互いが互いを見つめ合う。

 メルミナは彼女を知っている。きっと彼女も、メルミナのことを知っている。

 

「……」

「……」

 

 カチ、カチとロビーの振り子時計の秒針が動く音が聞こえる。

 メルミナの目の前に現れたのはコノエと一緒に暮らしている少女だった。コノエを、金色に染めた少女だった。

 

 雷と同じ色の髪。新しいコノエの色。コノエを変えた(ヒト)

 メルミナはずっと不思議だった。なぜ、コノエはこの少女の色に染まったのか。

 

 だってメルミナは十五年コノエの傍にいた。毎日のように顔を合わせた。なのにコノエは赤く染まらなかった。

 それがたったの三十日で。なぜなのか。メルミナは口には出さなかったけれど、うず巻くぐちゃぐちゃとした感情と共に、ずっと疑問に思っていて。

 

「……」

「……」

 

 そして今、メルミナはレンズ越しではなく、両目で少女を見る。

 金色の少女の近くに立って、互いの瞳を合わせる。

 

「……ああ、そういうこと」

「……?」

 

 ……ああ、()()()()()()()

 

 メルミナは、理解した。

 

 一目で、コノエが何故この少女の色に染まったのか理解した。

 コノエには分からなくても、アデプトの中でも特別強い感知能力を持つメルミナには理解できた。……できてしまった。

 

 ……この少女が為したのは――。

 

「――そう、そうだったのね」

「……あの……?」

 

 ……だから。

 それが、己には()()()()()()だと理解できたから。

 

「……ねえあなた、時間はある?」

「え?」

「少し話をして……そうね、お知り合いになりたいわ」

 

 ◆

 

 テルネリカとメルミナは、二人で近くの公園へと移動する。

 そして、少し長い話をした。

 

 これまでのこと。互いが持つ、コノエとの記憶の一部。

 これからのこと。コノエに来ている交渉と、依頼について。

 

「……きっと、あいつはアーキノルカに向かうことになるわ。内容は言えないけれど、まず確実にね」

「そうなのですか?」

 

 メルミナは知っている。魔王の調査依頼。己も一度通った道だ。

 あの悍ましい封印領域に、コノエもきっと向かうことになるはずだった。そして。

 

「そして……あなたはおそらくこの都に残ることになる」

「それは………………そう、かもしれませんね」

 

 開拓村に向かうとき、テルネリカが一人都に残されたように。

 コノエは、危険のある場所にテルネリカを連れて行こうとしない。

 

 テルネリカは少し悲しそうな顔で視線を地面に向け――。

 

「――ねぇ、そこで、なんだけど、私が連れて行ってあげましょうか?」

「……メルミナ様が、ですか?」

「ええ、ちょうど私もアーキノルカに向かう用事が出来たの。だから私があなたの護衛をしてあげる。私は都市から出ないからあなたの傍に居られるし、あいつも駄目とは言わないはずよ」

 

 メルミナは、それくらいにはコノエの信頼を得ている自信があった。

 コノエも好きでテルネリカを都に置いて行っているわけではないだろうし。……まあ、そこは、胸の奥が痛むけれど。

 

「どう? 悪い話じゃないでしょう?」

「……はい。悪い話では、ないです」

 

 ……でも、と。そこでテルネリカは真っ直ぐにメルミナを見る。

 メルミナ(アデプト)を相手に、怯まず、堂々と、金の少女は見る。

 

「でも、私はメルミナ様にこう問いかけなければなりません。()()? と」

「……」

 

 何故。何故。何故。

 その何故に含まれる意味を、感情を、メルミナは理解している。当たり前だ。メルミナはコノエのように鈍くない。四十年以上生きて、きちんと人生経験を積んでいる。

 

 だから分かる。その何故はきっと――。

 

「――何故、目の前の恋敵と親しくなろうとするのか」

「はい」

「――何故、一時離れるはずの恋敵をわざわざ彼の傍に連れて行こうとするのか」

「はい」

「――それとも何故……そもそもあなたを排除しようとしないのか?」

「はい」

 

 何故。それは全てが必然の問いだった。

 何故――あなたは、()()()()()()()()()()()

 

 メルミナの言葉に己に対する敵意が見えなかったからこそ、テルネリカは何故、と問いかけた。どうして? ありえないでしょう? と。

 

「……そうね」

 

 一人の男に、二人の女。

 この状況における前提の話として、法と倫理を考えると……一人の男が複数の女性を妻にする、というのはこの国では法的にも倫理的に許されている。

 

 魔物との戦いや瘴気氾濫によって死が近いこの世界では、男女比が崩れやすく、一対一の結婚をしていれば、バランスが取れなくなってしまうからだ。

 また死別が多いのも理由の一つで、親友が死んだ後、その妻を二人目の妻として娶り、子を己の子として育てた男の話は美談として語られていたりもする。

 

 故に、この国はメルミナが噂に聞く異世界のような一夫一妻制ではない。

 余裕があるものが多くの異性を囲うことを許されている国。一夫多妻も多夫一妻も当たり前のようにあることで……。

 

「……」

 

 ……うん、まあ、それは、()()()()()? というだけの話でもあるのだけれど。

 

 法が許す。倫理が許す。それがどうしたというのか。

 そんなもの、愛にはこれっぽっちも関係ない。

 

 不快に決まっている。排除したくなるに決まっている。はらわたは捩じ切れそうになっている。

 惚れた男の傍に、別の女がいる。これがどれくらい腹立たしいことかなど、語るまでもない。

 

 ――だって、恋しているのだから。だって、愛しているのだから。

 自分にとってたった一人の(ヒト)に、自分もたった一人として見て欲しい。ただ、それだけの話。

 

 ……でも、しかし。

 それなのに、メルミナがこうして恋敵の隣に落ち着いて座っているのは。

 

「……それは、きっと」

「はい」

「あなたに、感謝してしまったからなのでしょうね」

「……え?」

 

 メルミナは、理解出来た。出来てしまった

 金色の少女を見て、一目で分かった。

 

 その鍛え上げた感知能力をもって、メルミナは視た。

 この少女が抱えている願い(かつぼう)を。心の在り方を。テルネリカという少女は、いったいどういう存在(ヒト)なのか。

 

「……あなた、コノエを愛してるのね」

「……? はい」

「他の何よりも、ただあいつだけを、愛している」

「はい」

 

 迷うことなく、テルネリカは頷く。

 そうだ、この少女は――ただ、愛している。金色に。全力で。献身的に。輝かしいほどに。

 

 ――己の全てで、コノエを愛している。

 そんな、どこまでも純粋な愛の在り方。

 

 明日にでも固有魔法に昇華しそうな想い。

 傍に居るだけで、その()()()()()()()()ような(ねがい)の形。

 

「……だから、あいつは」

 

 アデプトは、皆気配に敏感だ。メルミナは特にそうだけれど、コノエだって人より遥かに敏い。見えないものを感じ、知らないものを知る。だから例えば――傍に居る人が己に対しどんな感情を持っているのかも、うっすら知ることが出来たりする。

 

 そんなアデプトのコノエの傍に、テルネリカは三十日間居た。

 三十日間ずっと、コノエに寄り添った。コノエは少女(あい)の隣に居て、その(こころ)に触れ続けていた。伝わってくる少女の愛を、知らないが故に抵抗することなく受け入れた。

 

 ――だから、コノエはテルネリカの色に染まった。

 言葉ではなく、温度でもなく、魂で理解したからだ。

 

 つまり、この少女は――その愛をもって、コノエに愛を教えたということ。

 ……それが、たった三十日で無色のコノエが金色になった理由だった。

 

「……あなたがしたことは、私には出来なかったことよ」

 

 メルミナには、テルネリカと同じ事は出来ない。

 もちろんメルミナもコノエを愛している。心から恋をしている。間違いない。

 

 ……でも、そこまで純粋にはなれない。コノエを己の全てとする事は出来ない。

 だって、メルミナには救わなければならない開拓村(もの)が沢山ある。経営している商会がある。己を慕う、多くの部下たちがいる。

 

 最初の願い(きおく)は叶っても、メルミナには多くの願い(かつぼう)があって、それを投げ出すことなんて出来るはずがない。

 

 ――そして、姉のことも心から愛しているから。

 

「……だから、したくなかったけど、感謝しちゃったの。私にはあいつを救えなかったから」

「……」

 

 メルミナは知っている。コノエは確かに変わった。愛を、心のどこかで理解していた。

 十年前よりずっと雰囲気が柔らかくなった。前よりずっと笑うようになったし、少しだけ、他者に興味が向くようになっていた。

 

 ……今日こうして会うまで、メルミナはそれが悲しくて、十年会わなかった己が悔しくて仕方なかったけれど。

 

「……まあ、それが、私があなたを敵として見ない理由ね」

「……はい」

 

 テルネリカは、全ての話を聞き終えて静かに頷く。

 そのまま少し俯いて、目を閉じて。

 

「………………」

「………………」

 

 しばし、沈黙が広がる。

 公園のベンチの上。遠くからは鳥の声が聞こえてきて、虫の声もどこからか聞こえてくる。楽しそうにはしゃぐ子供の声に、怪我をしないようにと声をかける親の声。

 

 ……そして。

 

「……私も」

「……?」

「私も、メルミナ様には、お礼を言わなければなりません」

 

 ……ふと、テルネリカは口を開く。

 首を傾げるメルミナに、テルネリカは自嘲するような笑みを浮かべて。

 

「……開拓村から帰って以来、コノエ様は少し肩の荷が下りたように思います」

 

 少女が語りだしたのは、この数日間のコノエの変化だった。

 少しだけ、いつも張っていた気が緩んだ気がする。少しだけ、意味のないことに前向きになった気がする。

 

 それを為したのが誰かと言えば。

 

「私はコノエ様を、メルミナ様のように支える事は出来ません。……私は戦う力を持たないから」

「……そう」

「……だから、私も、したくないけれど、感謝してしまいました」

 

 そう言って、テルネリカは口を噤む。

 そのまま、また無言の時間があって……。

 

 ……

 ……

 ……

 

「……私達、お知り合いになりましょうか」

「……はい、私からも、お願いします」

 

 どれくらい時間が経ったか。ふと、そういうことになる。

 だから向き合って、目を合わせて。そして――。

 

「――よろしく。私のことはメルミナで良いわ。様はいらない」

「はい、よろしくお願いします、メルミナ。テルネリカと呼んで下さい」

 

 二人で笑い合う。お知り合いとして。

 互いに思うところはあれど、飲みこみながら。だって。

 

「コノエは、私達がいがみ合っていたら悲しむでしょうし」

「そうですね。それが一番の理由です」

 

 結局、色々理由を話していたけれど、一番の理由はそれだった。

 排除できない相手なら、そうするしかない。もしかしたら、今回の話は互いに己が納得できる理由を探していただけなのかもしれなかった。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 ――こうして、二人はお知り合いになった。

 コノエが並ぶ二人を見て驚く、ほんの数分前の出来事である。

 

 

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