転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない) 作:ニテーロン
第13話 調査一日目
――そこは、かつて放棄されたと思しき街の廃墟だった。
アーキノルカの連なる山々の一つ。その中腹にぽっかりと口を開けた空間。
かつて人が作り、しかし、今は人の気配を感じさせない土地。
廃墟の中央には崩れた結界塔の残骸が転がり、周囲には土台だけが残った家屋がある。背の高い草はそこかしこに生い茂り、かすかに残った痕跡を覆い隠していた。その下には虫や小動物が元気に走り回っている。
「……」
「……」
そんな場所に、今、二つの人影があった。
大きめの迷彩用の外套に身を包んだ二人。その動きは速く、しかし音は聞こえない。気配は薄く、すぐ傍を通ったのに野生動物は変わらず木の実を齧っている。
――コノエとフォニアは、気配を消して行動していた。
◆
なぜ二人がそんなことをしているのかと言えば、今回の目的地、魔王の封印場所は隠されているからだ。そこはごく一部の者しか知らない特別な場所であって、厳重に情報が管理されている。
そして、なぜそこまでして封印場所を隠しているのかと言えば……その理由は言うまでもない。邪神に見つからないようにするためだ。
千年前、数多の犠牲を払って成し遂げた魔王の封印――熾天結界。もし仮に邪神に破壊されてしまえば、世界はまた混沌に包まれてしまうだろう。
それを防ぐために当時の人々が考えた策こそが、徹底した封印場所の秘匿だった。
要は、邪神がやっていることと一緒だ。邪神が迷宮のどこにいるか分からなくて殺せない人類と、封印がどこにあるか分からなくて破壊できない邪神。
攻撃されないためには、まず見つからなければいい。それはどこまでも単純な策であって、しかし効果的な策だった。
実際に、この策は結果を出してもいる。百年前の天蓋竜だ。この国はかの魔王に襲われ、莫大な被害を出し……しかし、封印だけは最後まで隠し通した。
決死の偽装。世界を守るための戦い。
アーキノルカは竜人の部隊をあえて関係のない場所に展開し、国の至る場所に偽物の結界を展開して、偽りを重ねることで封印を守った。
――故に、封印の場所は、アーキノルカの極一部と、依頼を受けたアデプトだけが知らされている。千年前からそう決まっていた。
◆
「……」
「……」
しばらく移動した後。二人は廃墟の一角にある地下への階段へ辿り着く。
フォニアが指をさし、それに頷き合った後中に足を踏み入れて――。
「コノエ。ここは遮音結界が張ってあるから、もう隠れなくて大丈夫」
「……ここが」
地下に下った先。少しだけ開けた、五メートル四方程度の空間。
明かりもなく、壁も地面も土がむき出しのそこには大きな金属の扉が一つあった。
それは本当に何の変哲もない扉だ。二メートル四方ほどの扉。錆びていて、蔦が張っていたりもしている。一目見た限りではとても魔王を封印するための扉とは思えなかった。
魔王を封印する扉がこのような荒れた状態だということに驚きつつ……。
「……!」
……しかし、不思議に思いながら気配を探ったところで、コノエは驚く。どういう仕組みだろうか、強く意識を集中すると、確かに何かがある。
なるほど。これなら、場所を教えられなければ分からないだろう、と思い。
「外套を脱いで、戦闘準備を」
「……ああ」
フォニアに促されて、コノエは隠蔽用の外套を脱ぐ。外套の下はいつものコート姿だった。
フォニアも被っていた外套を脱ぎ、青いバトルドレスの姿になる。
「――顕現」
フォニアは両手に、青い二振りの剣を作り出す。双剣型の神威武装。
そして、同時に一つの浮遊する盾がフォニアの傍に顕れる。それは人くらいの大きさをした浮遊する真っ青な盾で、装飾のないラウンドシールドのような形をしていた。
見覚えのある姿――断絶の盾。
これこそがフォニアの固有魔法だった。害ある物の全てを弾く、守護の権能。
「…………顕現」
そんなフォニアに続くようにコノエも神威武装を作り出す。
金色の槍と脚甲が生み出され――。
「……フォニア、では――うん?」
「……それ」
――そこで気付く。先ほどまで淡々と目的に向けて行動していたフォニアが、扉から目を離してコノエの手を見ている。
もっと正確に言うならば手の中の槍を。
「金色」
「……」
フォニアが呟く。それにコノエは思い出す。
つい昨日の話。別れ際の言葉。
「それが、あなたが手に入れたものでしょ?」
「……ああ」
十五年前の記憶。手に入れたものと、それを教えるという約束。
じっと槍を見つめるフォニアに、コノエは――。
(……そう言われても、困るんだけどな)
――すごく、困っていた。
◆
『――ねぇ、コノエ。私に、金色を教えてくれる?』
――コノエは首を傾げる。そもそもの話、金色を教えるってどうやって?と。
そして次に、何で僕にそんなことを? とも。
コノエにはよく分からないし、理解できない。
もしかして昔、彼女に何かしたのだろうかと思って、しかしコノエの頭の中にフォニアとの記憶はあの夜しかない。本当に縁がなかったからだ。
フォニアは天才で、王女だった。
コノエは凡人で、異世界人だった。
立場も力も違いすぎて、組手をしたこともない。訓練以外の時間も、話しかけてくれたのはメルミナと教官くらいだった。
当然コノエから話しかけるようなこともないし――というか、フォニアは浮世離れした美女であり、コノエは美女から逃げたくなるタイプのコミュ障なのでむしろ避けていた。
……あの夜だって、正反対だとフォニアが涙を流して――約束をしよう、と言われた。ただそれだけだ。
流石にこれ以上の記憶はコノエの中にはない。昨晩布団の中で散々過去の記憶を掘り返したけれど浮かばなかったので、きっともう無いはずだった。
――だから、コノエには分からない。困惑することしか出来なくて。
◆
「……ああ、ごめんなさい。今言うことじゃなかった」
「……いや」
と、そんなことを考えているうちに、フォニアがそう言って、コノエから視線を逸らす。
そして扉を向いて、剣を握りなおした。
それにコノエは――同じように軽く頭を振って、思考を切り替える。
そうだ。これからコノエが向かうのは封印領域であって、そこにいるのは千年前に世界を汚染し、人類の二割を殺した崩壊の魔王だ。
世界を滅ぼす力を持った邪悪。油断していい相手であるはずがない。
たとえ戦闘能力は低かったとしても、それは決して変わらなかった。
「…………」
――困惑を忘れ、コノエの思考が冷えていく。
鍛え上げた体が戦闘へ向けて最適化されていく。
そして――。
「――では、封印の中に入る」
「……ああ」
「扉を開けたら、すぐに中へ入って」
フォニアが扉に近づく。その胸元には……何かの魔道具がある。
その魔道具が一瞬光ったかと思うと、扉がゆっくりと開いていった。
コノエは足を前へ進め――
◆
『――zxcvbnm,./llesjqwerchuio;,mv』
――その瞬間、ガラスを擦り合わせたような音が鼓膜を叩く。
――黒紫の粘液が津波のようにコノエに襲い掛かってきた。