転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない)   作:ニテーロン

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第14話 封印領域

 ――悪意があった。瘴気に汚染された空間に、黒紫の粘液が広がっていた。

 どろどろと、ぐちゃぐちゃと、何かが入り混じったような音を立てながら這いずり、世界を侵食していた。

 

『cdslktv,um oambv iolav,ryolm,』

 

 粘液状の魔物――スライム。その進化の果てに生み出された魔王。

 侵食と汚染。戦うためではなく、傷つけるために在り続ける邪悪。

 

『kaosyfgwenas;lidfuhnv』

 

 封印領域の中に不快感を搔き立てる音が響く。粘液は蠕動し、胎動している。

 人を滅ぼすために生みだされ、邪神の呪いを受け継いだ魔の生物。

 

『hw;e,tv:iweoa.irc:ope,w!』

 

 人を理解できない化け物。人には理解できない怪物。

 

 故に、魔王は領域に現れたヒトに飛び掛かる。汚染し、蹂躙し、憎悪を実現せんとする。

 ただただ、邪神の憎悪のままに。魔王は、白と青のヒトに襲いかかり――。

 

「――」

 

 ――しかし、そこには神威があった。

 白い使徒が一歩踏み出す。白と金の脚甲が地を踏み鳴らす。

 

『aoi;ut,wheiv,up:awo!!??』

 

 雷が拡散する。金色が邪悪を焼いていく。

 飛び掛かった魔は蒸発する。踏みとどまった魔は焼かれて転がる。そして、未だ遠くで様子見していた魔は、距離を取ろうとした魔は――。

 

 ――バチリ、と使徒の手の中で、雷が奔る。

 雷が収束し、形を成したような槍。輝きが振りかぶられ――――。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 ――コノエは、領域を疾走する。雷を拡散し、黒紫を焼きながら。

 手の中には槍。足には脚甲。神によって与えらえた武装は閉ざされた空間を金色で満たし、邪悪を焼き尽くしていく。

 

 そこは縦横数キロほどの広さの世界だった。底面が正方形に切り取られた直方体。高さは百メートルほどか。

 その地面はスライムに埋め尽くされ、封印の壁と天井にも這いずっている。空からは雨の様に粘液が降り注いできていて……まるで魔王の体内にでも入っているかのごとき光景。

 

「……」

 

 コノエは空を駆け、槍を振るう。雷を放ち、広範囲を焼く。

 それはまるで嵐の夜、雷雲から落ちる雷のように。コノエの周囲一帯に無数の稲光が生み出され、領域中に落ちていく。

 

 威力よりも拡散力に重点を置いた攻撃。金の光が地面を這うように奔り、地で蠕動するスライムを燃やしていき――。

 

『djks;hcniwiv mev m』

 

 ――そんなコノエに反撃するためか、天井へと魔王が集まっていく。

 急激に質量を増したスライムが弾丸のような形になり、コノエの頭上より打ち出されて。

 

「コノエ、上は私がやる」

「……ああ」

 

 ――青い光が、邪悪を断ち切る。

 その両の翼で空を飛ぶフォニアが双剣を振るう。撫でるように虚空を斬ると、斬撃が世界を二つに断ち切る。

 

 斬られたスライムは、その粘液の体故にまた接続し、再生しようとして……しかし、それは叶わない。邪悪を断ち切る神の双剣の力。その浄化の力は魔の再生を許さない。

 溶け堕ちるように消えていく魔王。せめてもの反撃か、消える直前に己の一部をフォニアに向かって打ち放ち。

 

「……ん」

 

 べちゃり、と。フォニアの盾に、難なく遮られる。宙に浮かぶ断絶の盾はその数を五つまで増やしている。

 ありとあらゆる攻撃を防ぐ守護の盾。その強度は、少なくともコノエの火力では貫くことが出来ない。

 

 フォニアは弾かれて地に落ちていくスライムを切り落としつつ。

 

「――ふっ」

 

 舞うようにくるりと回る。彼女から無数の斬撃が天井へと放たれる。

 頭上を覆っていたスライムは瞬く間に切り刻まれていく。

 

 そんなフォニアの姿を見ながら、邪悪の中心へとコノエは槍を構え、駆け抜ける。

 

「――雷よ」

 

 槍に魔力を込める。神威武装が魔力で臨界する。

 雷が溢れ出し、コノエの周囲で渦を巻く。

 

 そして――。

 

『uisycuey――』

 

 ――封印領域の中心に雷霆が落ちる。轟音が響く。

 その場を這っていた邪悪が消滅し、放たれた雷光は空間を金色に染め上げていき――。

 

 ◆

 

「――――なんというか、弱いな」

 

 数分後、空間を埋めるスライムを全て燃やした後、コノエはそう呟く。

 何がかと言えば、当然先程まで戦っていた魔王のことだ。魔王という名前からは想像もできないくらいに弱かった。

 

「言ったでしょう? 危険はほぼないと」

「……ああ」

 

 軽く焼けば燃える粘液と、鈍い動き。体積だけは少し厄介だったが、しかし厄介なだけでもあった。これなら冒険者ギルドの階級では災害程度になるだろう。……これはやはり、復活が問題なのだとコノエは再認識する。

 

「……コノエ、あれを」

 

 と、そこでフォニアが指さした先を見る。

 先ほどまでの戦いで砕け散った床からじわりじわりと黒紫色の粘液が湧きだしていた。

 

 ……殺し切ってから、一分程度。もう復活するのかと思いつつ。

 

「…………」

 

 コノエは軽く頭を掻き、周りをぐるりと見渡す。

 正直、固有魔法がないコノエではこの復活の魔王を討伐する方法は浮かばないが、それでも考えるのがコノエの今回の仕事だった。

 

 コノエの周囲には、瓦礫の山が積もっている。先の戦いで破壊した結果だ。最初にこの領域に入った時、この領域はスライムに覆われつつも街の形をしていた。ここに来る前に通った廃墟よりも、まだまともな形を――。

 

「……うん?」

 

 ……と、そこで疑問に思う。この封印領域では過去多くのアデプトが戦ってきたはずだった。それなのに、なぜほんの数分前まで原形をとどめていたのだろうかと。

 

「……ああ、それは、おそらく魔王の能力の一部」

 

 問いかけると、フォニアからそんな答えが返ってきた。

 

「この領域の物は、破壊しても一日もすれば再生する。これは千年前からそう。結界にそんな機能はないし、おそらくは魔王の能力。自分以外も復活できる」

「……自分以外も」

「だから研究者の一部では、そもそも復活の権能ではなくて一定範囲の回帰の権能じゃないか、とも言われている。まあ、教官が復活の気がするって言ってからは復活が主流になったけど」

「……なるほど」

 

 コノエはあの人が言うのならそうなんだろう、と弟子的な思考で納得する。教官の勘は大体当たるからだ。

 

「……」

 

 コノエは改めて瓦礫をまじまじと見る。生き物ではない無機物が復活ということに違和感を覚えつつ――ふと思う。復活で再生する廃墟。もしかしたら、この瓦礫は無機物ではなく魔王の一部であって、これも破壊しなければ殺し尽くしたことにはならないのではと。

 

 ――もしかしたら、瓦礫ごと全て破壊すれば何か変わるのではないだろうか?

 

「そういう意見もあった。だから、広域殲滅が得意なアデプトが何度か塵一つ残さず破壊したこともある。直近ではメルミナがやった。領域をレンズで埋め尽くす勢いで全部破壊した」

「……それで?」

「一日後には元通り」

 

 ……なるほど。どうやらコノエがその場で思いつく程度のことは既にやり尽くされているようだった。まあ当然かもしれない。千年あって誰も気づかない方が異常だ。

 

「……」

 

 それなら……他に何かあるだろうか?

 コノエはもう一度瓦礫に向き合う。コノエは真面目であると決めているので、仕事中に手を抜くつもりはない。

 

「……ではこの――」

「それは――」

 

 コノエは思いついたことを質問をし、フォニアが答える。

 真面目に、コノエなりに。瓦礫や地を這うスライムや領域を観察して、問いかけて。

 

 ……そして、それはいくつか質問を繰り返した時だった。

 

「……じゃあ、この瓦礫に書かれている模様は?」

「それは……」

 

 フォニアの言葉が止まる。コノエが指差しているのは、細かく砕けた瓦礫に刻まれている模様だった。小さくて黒い模様が断片的に転がっている。何故気になったかというと少し歪で周りから浮いている気がしたからだ。

 

「……それは。まだ何も分かっていない」

「……うん?」

「その模様は、今から二百年前に突然現れ始めた」

 

 ――二百年前?

 

「原因は不明。この領域で起きた、千年間で一番大きい変化」

 

 フォニアは言う。この模様は年月を得るごとに増えているのだと。

 最初は一か所だったけれど、段々と増えて今は十か所に刻まれていると。

 

「研究したところ、規則性があるみたい。だから、魔物の文字じゃないかと言われている」

「……魔物の文字」

 

 一瞬そんなものがあるのか? とコノエは思って、いや、当然あるかと考え直す。それはそうだ。魔物は愚かではない。というか、コノエは見たことがないけれど一部のデーモンは文字を使うこともあると習っていた。デーモンより賢いはずの魔王が文字を使っても何一つおかしくない。

 

「まだ、解読は出来てない。どうやらすごく難しいみたい」

「……なるほど」

 

 コノエは、模様――文字をまじまじと見る。

 書かれていた瓦礫が崩れているのでよくは見えない。でも真面目に、真剣に観察して――。

 

「………………?」

 

 ――そこで、あれ、と。

 コノエはそう思った。

 

「……? …………うん?」

 

 何かが、頭の中でぶつかるような感覚がある。

 わからないけれど、変な気がするというか……文字に、少し違和感のようなものがあるような。そんな気がした。

 

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