転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない) 作:ニテーロン
「……これは?」
コノエは模様を凝視する。この違和感は何なのかと不思議だった。
「…………?」
しかし、よくよく見てもその違和感の正体は分からない。
砕けて一部しか判別できないからだ。これではよく分からない。なので、砕けていないものを見ることは出来ないかと周囲を……。
「……これ以外の模様は、瓦礫の下か」
「これがそんなに気になる? でも今日はもう無理だと思う。明日になったら全部復活するから、その後調べた方が良い」
あと二回調査はあるから、とフォニアは言う。
今回の調査任務は三日をかけて合計三回行うことになっていた。
一日目は、ただ倒す。二日目、三日目はそれを踏まえて調査する。
依頼を受けたものは皆そういうスケジュールになっているようだった。復活する様子を確認しながら調査をしてほしいのだとか。
……なお、事前に内部の情報を聞かされていないのは先入観なく見てほしいから、らしい。情報を手に入れてから見るのは後からでもできるけれど、何も知らずに見るのは最初しかできないからとコノエは聞いていた。
「……明日は、模様がある場所の地図も持ってくる。気づいたことがあれば何でも言って」
「……ああ」
「おねがい。手がかりがあれば何でも欲しい。……残念だけれど、我々はこの魔王に対してほとんど何も解明できていない。復活の権能も、魔物としての性質も……この魔王の
フォニアが目を伏せる。
そして、せめて呪詛対策だけでも解明出来たら、と呟いた。
「……呪詛対策、か」
◆
魔王の呪詛対策とは何のことか。それは呪詛系の固有魔法への対策のことだ。
力無き人々が、それでも邪悪に突き立てんとする、憎悪の刃への対策。
――固有魔法には、呪詛と呼ばれる種類のものがある。
それは発現者の願いや性質によって千差万別に変化する固有魔法の中でも、一等特殊な固有魔法だ。
憎悪だけが作り出す魂の在り方。
己をも焼き尽くす憤怒の向かう先。
……この世界では、意志は力を持つ。
愛、祈り、欲望――強い思いは、強大な魂は世界を揺るがし、改変する。そういうものだ。
だから当然、憎悪もまた、力を持つ。
子を殺された親。親を殺された子。夫を殺された妻。妻を殺された夫。愛を、願いを踏みにじられた絶望は魂を歪め、傷を刻み込む。
憎悪に狂った彼らは、その多くは己の身を灼いたとしても怨敵を滅ぼさんとする。己の命と引き換えにしてでも仇を討とうとする。それはかつて、竜がコノエを討ち滅ぼさんとしたように。
……しかし、ときに、その怨敵がたとえ固有魔法をもってしても届かない存在であることがある。身を灼き、命と引き換えに討ち果たさんとしても、殺せない敵がいる。一般人がいかに強力な固有魔法に目覚めても、災害にはまず届かない。
――命を使っても、怨敵に何の痛痒も与えられない。
その絶望を理解したとき、果たされない憎悪は殺意から呪いに変貌する。
そうやって産み出されるのが、呪詛だった。
ただ、
――
ただただ、相手を貶めるための力。相手を傷付けるための力。相手の足を引っ張るための力。
己の手で殺すのではなく、己を強くするのではなく、ただ怨敵を呪い、その存在を否定する権能。
その力は、怨敵の体に直接作用する。たとえば、対象の魔力を一部剥奪する力だったり、目を見えなくするような力だったり。腕を一本腐らせるような力だったり――
己の全てを代償にし、極限まで圧縮し、条件を限定した力は強大で、たとえ遥かに格上の相手だとしても力が全く通用しないということはまずありえない。
一般人と災厄ほどの力の差があっても、数分程度は抑えることが出来る。そんな力だった。
相手に直接作用する力であるために永続することは無く、時間が経てば解除されるが、それでも一時的には抑えられる。
実際に、数多の街を蹂躙した災厄が呪詛で縛り付けられ、その隙に討伐されたという話はいくつも伝わっていた。
故に、これもまた、人が強大な魔物に対抗するための方法の一つであって――。
◆
――それなのに。
「……千年前、この魔王に呪詛は全く通用しなかった、だったか」
「そう。実際に戦った人が言っていたから間違いない」
世界の二割を殺し尽くしたような魔王なのに。数えきれないほどの人に恨まれていたはずなのに。
数百、数千を超える呪詛に襲われても、この魔王の動きは鈍らず、固有魔法は一瞬たりとも封印されなかった。
――この魔王は、何らかの方法で呪詛を弾いている。
……だから、千年経った今も討伐出来ずにいる。
「それを解明するために、沢山調査をしてる。新人のアデプトを呼ぶのはその一環。あなたも頑張ってくれると嬉しい」
「……ああ、わかってる」
とりあえず、明日は模様の調査をしよう、と。
そういうことになって、軽く打ち合わせをして――。
◆
――二人は並んで結界の外に出る。
そしてすぐにローブを被り、廃墟から抜け出し、街に戻る。
魔王の領域から、人の住む町に戻ってくる。
アーキノルカの中心。神都とはまた違う街の風景。竜人――翼を持つ者の街であるからか、三次元的な形をしている。
中空で途切れている道に、極端な角度の階段。
縦に長い入り組んだ構造は地面を歩く人間からすると疲れが溜まりそうで……しかし、空を飛ぶことを前提にすると問題なさそうな形をしている。一定間隔で空から降りる用のポイントが用意されていたり。ヘリポートを小さくした感じだ。
「……」
見慣れない光景にやっぱり種族が違えば色々違うんだなと思いつつ……まあ、なんにせよ封印内部とは違う。周囲に人の気配があった。コノエは小さく息を吐き、警戒レベルを少し下げる。
とにかく、これで今日の仕事は終わりだった。コノエは魔王の領域から帰ってきた。なので、テルネリカとメルミナの元へ戻ろうと、フォニアに別れの挨拶をして……。
「待って。コノエ。教えて」
「…………」
……そこで、コノエは捕まる。
無表情なフォニアが、宝石のような瞳でコノエを見ていた。
教えて、とフォニアは言う。何をかと言えば、彼女の言う金色なのだろう。彼女の言っている言葉だけはコノエにも分かる。
……でも、そもそもがわからない。金色を教えるってどうやるのか。何故自分にそんなことを求めるのか。それがコノエには分からなくて。
「……その、僕よりももっと、教えるのに向いた人がいるのでは……?」
なので、コノエは意味も分からないままに、逃げるようにフォニアにそう勧めて……。
「いいえ、あなたがいい」
「……え?」
「あなたじゃなきゃ、ダメ」
「――――」
しかし、すぐにそんな言葉が返ってくる。真っ直ぐな視線と言葉にコノエは呆然とする
――あなたがいい。あなたじゃなきゃダメ。
あっさりとフォニアが呟いた言葉に、コノエは言うべき言葉を見失う。
だって、それはきっと、コノエがかつて……。
「……」
「教えて」
「……」
「約束」
加えて、約束という言葉にもコノエは困る。
真面目であろうとするコノエは、約束と言われると守らなければならない気がしてくるからだ。少し……かなり一方的だった気はしたけれど、ちゃんと断らなかったのはコノエであって、コノエはそんなのは知ったことじゃないと言える性格でもなかった。
……それにフォニアはちゃんと約束を果たそうとしていたし。
渡された釣書はかなり本気だと教官も言っていた。姫巫女がどうとか。姫巫女は王族の次にすごいとか。
「……その」
「なに?」
「……あの釣書を用意するのは、大変だった?」
「うん、とても」
恐る恐る問いかけると、即答が帰ってくる。望む望まぬに関わらず、己が受け取ったものを自覚する。
……だからコノエは。
「……僕は、何をすればいい……?」
すごく困りながらも、フォニアにそう問いかけ――。
◆
「………………」
「………………」
――そして、五分後。
コノエとフォニアは、街の公園にあるベンチに座っていた。
……少し、距離を開けて。