転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない) 作:ニテーロン
――教えてと言われ、コノエはフォニアに問いかけた。僕は何をすればいい? と。
するとフォニアは……。
『あなたは、どうやって金色になったの? それを私にも教えて欲しい』
……淡々とした口調で、そう言った。ただ、当時を再現してくれればいいと。
だからコノエは、己が金色になった瞬間を思い出す。竜との戦いの最中の記憶。そしてシルメニアの街での時間を思い出して――。
◆
「………………」
「………………」
――それで、今ベンチで並んで座っている。そこは街の中でもちょっとした高台になった場所で、気持ちのいい風が時折吹く場所で……少しだけ、シルメニアの物見塔を思い出すような、そんな場所だった。
少し狭く、羽が生えた竜人のためか背もたれはないベンチの上。
二人はただ隣に座っていて。
「…………」
「…………」
二人の間に会話は無かった。何をしたのかとフォニアに問われて、コノエはただ傍に居たと答えた。そうしたら、じゃあその通りにして欲しいと言われたから。
……時間が過ぎていく。無言の二人の間を、風が通り抜ける。
二人がいるのは、アーキノルカの公園だ。岩盤を削ったままの石畳に、所々大きな植木鉢が置かれて草や木が生えている。
そんな場所に置かれていたベンチの上で、二人は隣に居て、それだけだった。
公園には他に誰もいなくて、二人だけがいる。街の中心から少し離れたところにあるそこは喧騒からは遠く、風の音と、木の葉が擦れる音があった。標高が高いからか虫の声も聞こえない。
「………………」
「………………」
……コノエは、教えるってこれで良いんだろうか、流石にこれはアレなのではと思いつつ、でも、これがコノエにとっての金色だった。どうやって金色になったのかと言われたら、これ以外にはない。
コノエの中に残る温もり。願いの在処。
コノエが二十五年の果てに、ようやく見つけたモノだった。
コノエは竜との戦いの中で、白雷の奥にテルネリカの姿を見た。
コノエは、物見塔の上でテルネリカと過ごす時間が好きだった。ただ隣に座っているだけでよかった。それを、その温もりを、コノエは好きになった。
……教えるという観点から見れば、どう考えても間違っているけれど、でもコノエはこの点に関しては、嘘をつきたくなかった。
「…………」
だから、言葉もなく、ただコノエはフォニアの傍にいる。
それだけの時間だった。フォニアは文句も言わず、隣に居て――。
「………………………………」
「………………………………?」
――そして、時計の長い針が四分の一くらい動いた頃。
ふと、コノエは気付く。背中からゆっくりと近づいてくる気配があった。それは……。
……つん、と。硬いものがコノエの背中に触れる。触れて、すぐに離れていく。
それが何なのかは、振り返るまでもなく理解していた。
――フォニアの翼だ。翼の先端が、コノエの背中に一瞬触れた。
つつくように少しだけ触れて、すぐに離れていった。
「…………?」
コノエは何だろうとフォニアを見る。でも彼女は前を向いている。
……なので、たまたま触れてしまっただけだろうかと思う。コノエもまた前を向いて。
「………………」
「………………」
……しかし。また少しして、段々とフォニアの翼が近づいてくる。
ゆっくりと近づいてきて……つん、と。また背中に触れた。そして今度は続けざまにもう一回。合計二回触れた。
「…………?」
流石にこれは偶然ではないだろうと、コノエは思う。
ちらりとフォニアを見ると、今回は彼女もコノエを見ていた。そのまま少し目と目が合う。数秒見つめ合って……彼女は小さく首を傾げた。
「……だめ?」
「……いや、ダメでは、ないけれど」
「そう、よかった」
ダメかと言われると、ダメではなかった。別に拒絶するほどでもない。
なので、それで会話は終わる。
……すると、すぐにまたフォニアの翼がコノエの背中に近づいてくる。
しかも今度はつんつんと、何度もつついてきた。
これは何だろうと首を傾げるコノエに、フォニアの翼はつついたり数秒触れていたりする。そして触れたかと思うと、今度は文字を書くように撫でたり、またつついたりして。
少し擽ったいような、そんな時間。
フォニアの翼がコノエの背中に触れていく。肩、背骨、腰。確かめるように触っていく。上から下に、円を描くように。段々とその範囲を広げて行って……。
「…………??」
――最後に、翼の皮膜の所がぺったりとコノエの背中に当たった。
コノエに、冷たい感触が伝わる。
竜人の少し低い体温がコノエに伝わってくる。石のように硬くて滑らかな鱗と柔らかい皮膜が触れていて、少し不思議な感覚があった。
「……そう、これが」
「……?」
そして、フォニアはポツリと呟き。
「……温かい」
――ほう、と。
まるで、息を吐くように、彼女はそう言った。
コノエは、竜人の翼は体温が低いんだなと思いつつ、そのまま、静かな時間が過ぎて――。
◆
――しばらく後、公園の入り口から子供の声が聞こえてきて、その時間は終わる。
示し合わせたわけではないけれど、なんとなく、二人とも立ち上がった。
そのまま入って来た親子とすれ違って――子供に姫様とアデプト様だとすごい勢いで手を振られて、軽く手を振り返しつつ、少し照れつつ、コノエはフォニアと通りに出る。
そして、コノエは、ではそろそろ戻ろうと……。
「コノエ、次は、なに?」
「……え? 次?」
「次」
「……えっ」
◆
まさか、続きを求められるとは思わなかった。
どう考えても色々駄目だったはずなのに、何故とコノエは問いかけて。
「あなたは、あれが好きなんでしょう?」
「……え、ああ」
「なら、私も好き。好きになった。温かかった」
そんな返事が返ってくる。……コノエは予想外の返事に何度か瞬きして。
「……………………」
「……次は?」
「…………じゃあ、その……街に、行こう」
「うん」
少し悩み、街に出ることにする。
他に何かあっただろうかと思って、街を歩いた記憶を思い出したからだ。
ただ街を歩いて、偶々目についた商店街に入る。
店がずらりと並んでいて、その合間に出店も並んでいた。
神都の市場に比べれば規模は小さいが、それでも多くのものが並び、多くの人が歩いている。活気ある様子。楽しそうに会話をし、買い物する人々。
食べ物の屋台も多く、通りには甘い匂いと香ばしい匂いがしていた。そんな匂いにコノエは、そういえば昼食を摂っていなかったなと思い。
「……ああ、そう、そうだった」
「……?」
「コノエ、あれ」
……ふと、フォニアが呟き、甘味屋を指差す。
そこにあったのは生地にクリームが詰まったクレープのようなお菓子だった。
二人でその店に入って、注文する。受け取って、口に含んだ。
生地が小麦ではないらしく、普段食べている物とは違う風味がする。
「私は、これが好き。そうだった。あなたにも食べて欲しくなった」
「……? ああ」
「あなたは、これは好き?」
「……あまり食べたことのない味だけれど、好きだよ」
神都の物と何が違うんだろうかと呟くコノエに、フォニアはこれは何々という植物で、この辺りで栽培している穀物であって、何月くらいにどれくらい採れて、外に輸出すると一キロどれくらいの金額になる、と説明してくれる。
ついでにクリームに使われている乳は牛ではなく高山で生息するヤギのもので、臭みを取るために飼料を工夫したり色々頑張ってきた、とも。
それをコノエは素直に勉強になるなぁと思いながら聞いて、食べながら移動し、近くにあったベンチに座る。
また二人並んで、今度は一緒にお菓子を口に運ぶだけの時間があった。
「…………?」
「…………」
そのうちに、またフォニアの翼がコノエの背中をつつき始める。
コノエはまたかと不思議に思いつつ、しかし拒否するほどでもないので、されるがままになっていて――。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――そんな二人を、通りがかった竜人の少女が頬を赤く染めて見ていたりもした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
……一方その頃。
アーキノルカの城の一室では。
「……メルミナ、なんでこんなに書類を増やしちゃったんですか……?」
「……ふふ、私も今少し後悔してるところよ」
二人の少女が書類に埋もれて必死にペンを動かしていた。