転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない) 作:ニテーロン
そうして、夕暮れ時。コノエはアーキノルカの城に戻ってくる。
フォニアと二人、色々と街を見て回ってからの帰宅――帰城だった。
その間はずっと名所だというところに案内されたり、時折フォニアの翼でつつかれたりする時間だった。あとは目についたものを食べ歩いて――。
『これが、美味しい。食べてみて。頭から丸かじり』
『……美味そうだ――え? 丸かじり?』
『うん。頭から丸かじり』
『…………』
揚げた魚の屋台で、四十センチはありそうな魚を手渡されて困惑したりした。
コノエは郷に入ってはなんとやらだと、口を強化しつつ食べきり……食後になって丸齧りは基本竜人専用だと教えられたりもして。
『コノエ、この近くに百年前の慰霊碑がある』
『……ああ』
でもまあ、そんなこともありつつ、基本的にはずっと穏やかだった。
フォニアはずっとアーキノルカの説明をしてくれて、歴史などの話を聞きながら慰霊碑や観光名所のような所を二人でのんびりと巡り――。
「――じゃあ、明日もよろしく」
「……ああ」
「調査と、金色、両方とも」
「…………ああ」
そして、城に戻ったところで、そんな感じで別れる。
フォニアは翼を広げ、ふわりと宙に浮かび、そのまま城の上の方へと飛んでいき。
――ふと、ピタリと止まる、そして振り返り。
「――コノエ」
「……うん?」
「今日は、ありがとう」
「……え?」
コノエは、そんなフォニアを見て少し驚く。
フォニアはそれだけを言って、すぐに飛んでいった。
「……」
……コノエは何度か瞬きする。
それは、いつも無表情のフォニアが薄く笑っているように見えたからだ。
◆
「――お帰りなさいませ、コノエ様!」
「ああ、おかえり、コノエ」
「……テルネリカ、メルミナ」
――城の一室に戻るとテルネリカとメルミナが迎えてくれた。
二人の顔にコノエは少し安心しつつ、メルミナに礼を言う。
そして、テルネリカと共に部屋を出て、『書類が沢山ありました……本当に、本当に、沢山』と呟くテルネリカの話を聞きながら宿へと向かい……。
「……それで、コノエ様……?…………え?」
「……?」
……と、通りを歩いているとき。ふと隣を歩いていたテルネリカが立ち止まる。
何だろうと振り返ると、テルネリカがじっとコノエを見ていた。
「……テルネリカ?」
「……むぅ」
首を傾げるコノエをよそに、テルネリカは小さく唸るとコノエの傍に寄る。
コノエの手を見て、腕を見て、肩を、足をと順繰りに眺めていく。コノエの周囲を一周するように回り。
「……なるほど」
「……?」
顔を伏せて、小さく呟く。その表情はコノエからは見えない。
数秒間の沈黙があって。
「……コノエ様、少し買い物をしてもよろしいでしょうか?」
「……え、ああ」
テルネリカは軽く周囲を見渡した後、近くの店へと走って行く。
そして少しの時間の後、手に包みを持って出てきた。
「ありがとうございます。では、宿に戻りましょう!」
「……? ああ」
なんだか楽しそうになったテルネリカとコノエはまた歩き出す。
宿に戻って、二人で夕食をとり……。
◆
「……ではコノエ様、早速ですが」
「……うん?」
食後、テルネリカが持って帰ってきた包みを解く。
中は缶が入っていて、テルネリカはその蓋を開ける。
「……クッキー?」
「はい!」
そこには、アーキノルカ特有の穀物で作られたクッキーが並んでいた。昼に食べたクレープと同じ素材のものだ。
これ、風味が少し変わっていて美味しかったなと思うコノエに、テルネリカはにっこりと笑いながら、ポットからお茶を淹れて互いの前に置いていく。
……なるほど、テルネリカはデザートを食べたかったのかとコノエは思い――。
「では、コノエ様」
「……ああ」
「はい、あーん、です!」
「……えっ」
◆
「コノエ様、あーん、して下さい」
「……その」
――宿の部屋の中に、カチカチという時計の音が響く。
驚くコノエの口元にテルネリカはクッキーを運ぶ。
「……いや、その」
いつかの公園を思い出すような状況。ただ違うのは、ここが部屋の中ということだった。
コノエは、人目がない状況だということには安心しつつ、しかし、やっぱりこれは恥ずかしくて……。
「ね? コノエ様」
「…………その」
でも、テルネリカはコノエの目の前でニコニコと笑っている。
その顔に、コノエは気分的に段々と押されていって。
「…………」
「えへへ」
恐る恐る開けた口の中に甘味が広がる。コノエはゆっくりと咀嚼する。
そして、飲み込んだところで、どうして、とテルネリカに問いかけた。
「……したかったんです。嫌ですか?」
すると、そんな返事が返ってくる。
それにコノエは嫌とは言えなくて――また一枚、クッキーが近づいてくる。
頬が熱くなっていくのを自覚しながら、コノエは口を開く。食べたらさらにその次も近づいてくる。その繰り返し。
一枚食べるごとに、血液が頭に昇っていく気がして……。
「……その、これ以上は」
「えへへ、そうですか?」
結局、コノエは六枚目で顔を逸らす。
テルネリカはクッキーをつまむ手を止めて、コノエはそれに、少し安心し――。
「……ではコノエ様」
「……?」
――でも。
「残りは、また今度ですね!」
「……………………えっ」
当然のように言うテルネリカと、驚くコノエ。
もう一度、嫌ですかと問うテルネリカに、嫌とは言えない……。
「……」
「えへへへへ」
……いいや、嫌では、きっとないコノエ。
否定の言葉は出ないまま、そうして、夜は更けていった。
◆
――翌日。
コノエはテルネリカをメルミナの元へ連れて行った後、フォニアと合流する。
そして、では今日の仕事をと……。
「コノエ、先に情報共有しておきたい」
「……ああ」
そこでフォニアが城を指さす。
封印領域に入るより先に城で文字が書かれた順番や場所を共有しておきたいと。
それはそうだ。準備を適当にして現地で混乱するようなことがあってはならない。
既に文字という目標がある以上、初日の先入観なく、というのとは話が違う。
「機密だから、応接室で」
「……わかった」
なので、二人はまず一度城を上り、最上階の応接室に入る。そこはアーキノルカに来て最初に通された所だ。結界が張り巡らされた部屋。
少し待っていてとフォニアが応接室内の扉に入り、それを椅子に座って待っていると、数分もしないうちにフォニアが帰ってきた。
「おまたせ」
……小型の断絶の盾に、資料を山積みにしながら。
フォニアの断絶の盾は、こういうところでも便利だった。
「まずこれが地図。最初の殲滅の時に、地図の場所は壊さないように注意して」
「……ああ」
「あと、これが文字の写し。現地でも見る事は出来るけれど、一応」
コノエはフォニアにポンポンと資料を手渡される。
それに、コノエはまず地図を見て昨日の記憶と照らし合わせた。破壊してはいけない地点を脳内で反芻する。
そして次に、文字の写しに軽く目を、通し――。
「―――――――――?」
――そのとき、コノエは、己の脳が混乱するのを感じた。
何かが間違っている気がした。でも正しい気もした。
かつての記憶と、与えられた物が脳の中でぶつかって……。
「………………え?」
……コノエは、見る。資料に書かれた文字を見る。
何度か瞬きする。違和感があった。よくよく観察する。
トレースしたのか、薄紙に書き写された文字。それは線が太くて字が潰れている。しかし……コノエはこの文字に見覚えがあるような。
「…………」
潰れた文字。濡れた紙にインクで書いたような。昨日の断片では判別できなかった。
けれど、それは、確かにコノエの記憶にある――。
――だから、コノエはその文字を……この世界の言語とは異なる文字を、
≪ぼくが■女に出会ったのは≫
「………………これは」
そんな言葉から始まる文章。下にはまだまだ続いている。
それを、コノエは読むことが出来た。複雑な文字は特に潰れているので文脈と輪郭で判断する必要があって、読み辛い。ネイティブのコノエでも一文字判別するのに苦労しそうな。でも……。
≪あの日から十五年■、秋のことだった。そのとき、ぼくは■王が■印されているという■を一目見てみようと■国から――≫
「……これ、日本語では?」