転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない) 作:ニテーロン
主な変更点としては、
※汚くて潰れた文字→潰れた文字
※調査場所が封印領域→応接室になっています
封印領域での実地調査から資料調査に変わりました。
18話で封印領域に向かうところで、その前に応接室に向かって……という感じです。
それに伴って色々表現が変わっていますので、申し訳ありませんがよろしくお願いします。
第19話 日記
日本語。地球上にある、一つの国の言葉。
それはこの世界にとっては異物のような言葉だ。言語の神様の加護により、全ての人類が同じ言葉を話す――バベルの塔が崩れる前のようなこの世界には馴染まない言葉。
そして、召喚され同様の加護を得た異世界人にとっては、懐かしいけれどもう使うことは無い過去の言葉でもある。
コノエとしても学舎に入る前の研修以来、二十五年間目にしていなかった言葉だ。過去の記憶の中に浮かんではいても、日々遠くなっていくかつての言葉であって――。
――しかし、そんな言葉が今目の前にあった。
「……やっぱり、これは日本語だ。僕の祖国の言葉。かなり読み辛いけれど、間違いない」
「日本、語? コノエの祖国って……異世界? え? コノエ、それが読めるの?」
「……ああ、こちらの言葉に翻訳すると――」
≪ぼくが■女に出会ったのは、あの日から十五年■、秋のことだった。≫
≪そのとき、ぼくは■王が■印されているという■を一目見てみようと■国から――≫
机の上の資料に書かれた文字を指でなぞりながら、飛ばし飛ばしに読み上げる。最初の二行はきっとそう書いてある。潰れて読めない字は複雑な漢字だろう。それでもかなりの部分を読み取ることが出来た。……■王は魔王、■印は封印だろうか?
「――本当に? 日本語――異世界の言葉? が、なんで封印領域に?」
「……なんでかは、分からないけど。でも、間違いない」
フォニアが大きく目を見開いている。普段の無表情が崩れ、ぽかんと口を開いている。
そして、目を宙に彷徨わせて。
「え? 本当に? でも、だとしたらなんで今まで分からなかったの? 研究者たちも異世界の言葉は知っているはず」
「……それは……もしかしたら、字が潰れているから?」
コノエは文字を見る。線が太くて潰れた字。とても読み辛い。……これは、母国語の人間でもない限り、そうそう分からないのではないかと思う。特に日本語は文字の数が多くて形状が複雑だし。
「――字が潰れていて、同定出来なかった? そんなことが? でもコノエがその場で読めるんでしょう? 潰れていると言ってもその程度のはず。二百年もあってなんで誰も…………ああ、いや、違う二百年じゃない、のかも」
「……?」
「だって、異世界人がこの世界に召喚されるようになったのはここ三十年の話。神国が技術を聞き出して安全性や再現性を検証し、他国に周知し始めたのはその五年後。それまでは異世界人は極稀に迷い込んでくる程度だったはず。言葉の研究なんてほとんど出来なかった、と思う」
迷い込んでくる異世界人、というのはコノエも聞いていた。召喚以外にも、神隠しに遭ったように、この世界にやってくる異世界人がいると。
……まあ、それはそうだ。召喚しか異世界人に接触する方法が無いとすれば、まず最初にどうやって異世界の存在を知ったというのか。
「……でも、それでも二十五年ある。機密だから閲覧できる人は極一部だし、研究室に異世界人は居ないけれど、なんで誰も気づかなかったの? ……もしかして――
…………ああ、いや、それも違う。前提から間違っている」
「……??」
「いいえ、いいえ、今はそんなことを考えている場合じゃない。そうじゃなくて――」
そこで、俯きながら呟いていたフォニアが顔を上げる。
コノエの目を見て――
「――これは、大発見。すごい。コノエ、これは本当にすごい」
「……あ、ああ」
「長年の謎が解けた。コノエ、ありがとう……!」
フォニアが言う。少し上気した頬。僅かに潤んだ瞳。
その表情はうっすらと笑みが浮かんでいて、何度も何度もすごいと繰り返す。その感情に連動するようにフォニアの翼がバサバサと羽ばたき、断絶の盾も周囲でぶんぶんと飛び回っていた。固有魔法は感情と繋がっているからだろう。
……いやまあ、すごいと言われても日本人だから読めたというだけなので、コノエには素直に受け取り辛いけれど。アデプトの力のように努力の結果という訳でもないし。
なのでコノエは苦笑しながら、頬を掻き……。
「コノエ。あなたがいてくれてよかった……!」
「……」
……でも、まあ、そこまで言われると、背筋がむず痒くなりつつ。
何も言わずコノエは目を逸らす。そのままフォニアに褒められるだけの時間があって……。
◆
「――それで、最初のところ以外はなんて書いてあるの?」
「……ええと、じゃあ読んでいく」
「うん……あ、私が訳してくれた内容のメモを取る」
それから少しして。冷静になったフォニアに催促され、コノエは資料の文字に向き合う。机の上に資料を広げ、輪郭から潰れている文字を予想しつつ読んでいった。
フォニアも腰のポーチから手帳を取り出してペンを持って。
≪ぼくが彼女に出会ったのは、あの日から十五年前、秋のことだった≫
≪そのとき、ぼくは魔王が封印されているという国を一目見てみようと神国から転移門を使ってアーキノルカを訪れた。高い山をくりぬいて作られた都市は圧巻で、ぼくは――≫
≪――この世界は地球と比べると何もかもスケールが大きいように思う――≫
≪――高山だけあって気温は低く、寒暖差は大きかった。しかし、空気が薄いという気はしなくて、これもきっと神のご加護なのだろう――≫
おそらくそんな感じではないかと、コノエは文章を解読するように読んでいく。
そこに書いてあったのは……『ぼく』の話だった。一人の男がアーキノルカを訪れた、という話が書かれている。
寒かったとか、感動したとか、驚いたとか。
つまり、これは……。
「――コノエ、これ、日記?」
「……そんな感じがするな」
フォニアが走らせていたペンを止め、不思議そうに呟く。確かにそんな感じだった。
見る限りでは、これは『ぼく』の日記だ。文字が書かれている場所が魔王の封印領域だということを忘れてしまいそうな内容。
「……? どういうこと……?」
何でここに日記が、と、つい先ほどまで喜び一色だったフォニアの顔は訝しげに変わっている。
コノエもそれは同じだ。場所が場所だし、もっとこう、重要そうなことが書いてあるのかと。
≪――ぼくは市場を調べてみた。すると、まだこの辺りにはマヨネーズのレシピが伝わっていなかったらしく――≫
……コノエは首を傾げたまま、解読を再開する。
日記の意味は分からず、でも読んでいくうちに『ぼく』のことが段々と分かってくる。
『ぼく』は、地球出身の日本人らしい。アーキノルカに来る数年前に異世界に来て、なんとか生きてきたようだ。最初は神国に迷い込んで冒険者になり、何度か死にかけながらも金を稼いで商売を始めたと書いてある。
商売人としての主力商品はマヨネーズで、莫大な利益が出るほどではないが、それなりに稼ぐことは出来た、と。
≪――アーキノルカでも、マヨネーズはそこそこ売れた。この辺りで揚げ物がよく食べられているのも大きかったのだろう。まったく、マヨネーズ様々だった。あれがなければ、きっとぼくはとっくの昔に死んでいた≫
マヨネーズの作り方を覚えておいてよかった、とも書いてあった。日本にいた頃に異世界モノの小説で読んだと。
……なので、日本にいた頃の年代はコノエと同じくらいの可能性が高かった。二百年前に書かれたはずの文章と二十五年前のコノエが近いのは……世界間で時間の流れが違うからか。召喚も、迷い込む異世界人も、ほぼ全員が二十一世紀初頭の地球からだとコノエは習っていた。
そして、そこまで読んで……。
「……コノエ、正直に言って、現状では魔王と関係があるようには思えない」
「……ああ」
「文中に魔王の封印が出てくるから、魔王の正体が異世界人だったという訳じゃない、でしょう?」
「……ああ、そうみたいだ」
コノエも、書かれているのが日本語だった時点で魔王が元は日本人だったのかと少し思ったが、この日記を読む限りでは違うようだった。
……つまりこれは、魔王が『ぼく』の日記を書き写した、ということになるのだろうか。正直に言って訳が分からない。なんでこんなものが?
「……これ、本当に現地に書いてある文字なのか?」
あまりに訳が分からなくて、そんな疑問も湧いてくる。
もしかして書いてある内容がすり替わっていたりは?
「それは、間違い無い、その資料を書き写したのは私だし……それに、書き写したのは一度じゃない。以前書いた物もたくさんあって、比較もちゃんとしている」
「……なるほど」
よく見ると、資料の下にフォニアのサインがある。それなら間違いないのだろうか。
いやしかし、疑いたくなるような内容だった。
「……とりあえず、続きを読む」
首を傾げながら、コノエはまた資料に目を落とす。……まあ、なんだったらこの後にでも実際の物を見に行ってもいいし。
その後もしばらく『ぼく』がアーキノルカの街を楽しむ様子が書かれていて――
「……?これは」
――でも、それは一つ目の資料が終わりに近づいてきた頃だった。
そこで、日記の中に変化が訪れた。それは『ぼく』がアーキノルカの街から近くの街へ乗合馬車で移動している途中だ。
≪突然だった。馬が飛んできた岩に潰され、護衛の冒険者が吹き飛ばされた。道の両脇から灰色の毛が全身に生えた怪物が姿を現した≫
≪トロールだった。上級の魔物だ。それも一匹じゃない。数十匹の群れだ。馬車の中はあっという間にパニックになった≫
慌てて逃げ出し、しかしすぐに追い詰められていく『ぼく』。一人二人と殺され、食われていく同乗者たち。『ぼく』は死にたくないと必死に逃げるも、ゲラゲラと笑うトロールに追い詰められていき――。
≪――トロールが投げた石が足に当たった。地面に倒れ込んで、転がった。当たった場所が変な方向に曲がって、立てなくなった。それでも這って逃げようとしたら、目の前に毛むくじゃらの足があって――≫
『ぼく』は追い詰められ、絶望したという。
棍棒が振りかぶられて、せめて頭はと、腕で守ることしか出来なかったと。
……でも。
≪――でも、そのときだった、緑色の光が見えた≫
≪空から緑色の閃光が降って来て、トロールたちを切り刻んでいった≫
立場が逆転したように、『ぼく』の目の前でトロールは死んでいく。
そして――。
≪――彼女が、下りてきた。豪奢なドレスを着た、竜人の女性だった≫
≪緑色の、エメラルドのような角と翼だった。彼女は周囲を見渡して、ただ一人生き残っていた僕の元へ歩いてきた≫
≪彼女は、大丈夫? と手を差し出してくれて、ぼくはその手を伝うように彼女の顔を見た≫
≪美しかった。本当に美しかった。見たことがないほどに綺麗だった。緑色の瞳が僕を覗き込んでいた。日の光に反射する角と翼が、その緑色がとても綺麗で≫
≪だから、ぼくは、彼女に心を奪われた≫
≪それが、ぼくとファティマの最初だった≫
「――ファティマ?」
「……?」
と、名前を読み上げたところでフォニアが反応する。
そして、持っていたペンの持ち手を顎に当て、何かを思い出すような顔をした。
「……その名前、見たことがある、ような。あれは……」
「……?」
「そう、家系図を習ったとき。三百年くらい前の姫巫女で……皆で、変わってるねって言った。たしか――思い出した。
――彼女は、夫が、異世界人だった」
――異世界人?