転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない) 作:ニテーロン
――そして、コノエは五つ目六つ目七つ目と解読を進めていく。
内容は五つ目は二人が恋人になる話で、六つ目は二人が結婚する話。七つ目は二人が結婚生活を送る話だった。
幸せそうな二人の日々がこれでもかと言うくらい書かれていた。
「………………」
……まあつまり、抱き着いたとか行ってらっしゃいのキスがどうとか、イチャイチャしているところの日記もそれなりに多かった訳で。
その度に、コノエはアレな様子をフォニアに解読して伝えていた。
「……………………」
……コノエは横をちらりと見る。フォニアは平然としていた。
「コノエ、どうしたの?」
「……いや、なんでもない。それよりこれで七つ目は終わりだ」
落ち着かない気分になりつつ、コノエは七つ目を終える。
では、と八つ目を手に取って……
「コノエ、そろそろ昼」
「……うん?」
「休憩をしよう。一度、皆にも状況を伝えておきたい」
……でもそこで、フォニアの言葉で一度休憩を取ることになった。
◆
それから、フォニアは資料を持って部屋から出て行った。
これまでの解読資料と写しを研究室に持って行く、と。資料を厳重に魔道具で封印したりしてから持って行った。なお封印をした理由は、応接室は機密を話すこともあるため厳重な結界に包まれているが、その外に出すときは厳重にする必要があるから、らしい。
部屋から出る間際には、少し騒ぎになるかもと言っていて……まあ、内容はともかく、偶然からとはいえ、長年の謎が解ければそうなるんだろうなとコノエも思いつつ。
「……ふぅ」
コノエは部屋で一人、息を吐く。色々と予想外なことが起こった。
日本語の発覚と、その後の慣れない解読作業。
「……」
……あとは、内容についても。
アレな内容。しかも女性の前で。間違ったことはしていないはずなのに、間違っているような気分。
(……しかし本当に何だったんだあの日記は)
改めて、コノエは思う。なぜあんなものが書いてあったのか。
一人の異世界人が、アーキノルカに来て、姫巫女と出会って、仲良くなる話。どう考えても、魔王の封印領域にあるべき内容じゃない。
……まあ、それでも現実としてある以上、魔王の思惑があるのだろうけれど。まさか暇つぶしで書いたなんてことは無いだろうし。
(……いったい何のために? 暗号とか?)
コノエがぱっと思いつくのは、それくらいだった。
実はあの文字はただの日本語ではなくて、カモフラージュして暗号が仕込まれているとか、そういうヤツだ。例えば、熾天結界の場所とかが仕込まれているんじゃないかと。その場合、魔物にその情報がバレたら大変なことになる。
というか、まず間違いなく先ほどのフォニアが日記の写しを機密として扱っていたのも、その辺りを警戒しているからだろう、と思う。熾天結界を守るため、決して魔物に見られないように持ち出しを厳重に管理し、一部の人間だけしか閲覧できないようになっている。
(……熾天結界、すごかったし)
コノエは、昨日の結界を脳裏に浮かべながら頷く。あれを守るためなら当然の対応だろうと。
なにせ入り口の隠蔽から凄かった。厳重に気配が隠されていて、しかも入り口はどう見ても普通の鉄の扉だ。蔦まで這っていて、とんでもないカモフラージュ技術だった。
全力で情報を隠し、魔王を千年も封印してきた結界。
コノエは改めて凄まじい仕組みだと思い。
「……コノエ、ただいま」
「……ああ」
そこで、扉がノックされる。フォニアが帰ってきた。
手には皿を持っていて……乗っているのは、クレープのようだった。肉や野菜が巻かれている惣菜タイプのクレープ。
どうぞ、と渡されたそれを、二人で摘まむ。
フォニアは食事しながら、城の中がどんな感じだったかを教えてくれて――。
「――やっぱり大騒ぎだった」
「……だろうな」
皆驚いて、王族も姫巫女も我先にと翻訳を覗き込んで――数分後には皆首を傾げたらしい。
……そうなるよな、とコノエも思いつつ。
「皆困惑していたけれど、でもまだ全部じゃないから期待してる。だからコノエ、残りの翻訳もよろしく」
「……ああ」
それはもちろん、仕事なのでコノエも責任は果たすつもりだった。
……まあ、少し思うところがあるのは許してほしいなと思いつつ。フォニアは真顔で聞いてるけれど、だからこそ、いたたまれない部分もあった。
「…………ふう」
コノエは、もう一度小さく溜息を吐く。
そしてクレープを口の中に放り込んだ。
「コノエ、疲れてる?」
「……うん?」
と、フォニアの声。見ると、コノエの顔を覗き込んでいた。
それにコノエは、少し考え。
「……いいや、なにも」
首を振る。疲れている訳じゃない。ただ考え事をしていただけだ。
……でも、フォニアがそんなことを気にするなんて、もしかして、みっともない顔をしていたんだろうか、と思う。
「そう?」
「……ああ」
フォニアは、そんなコノエをじっと見つめ……。
「…………」
「……?」
「……ああ、そういえば」
……しばらく見ていたかと思うと、何かに気付いたように、ポンと両手を合わせる。
コノエはそれに、なんだろうかと首を傾げて。
「コノエ、選んで」
「……選ぶ?」
「抱き着くのと、膝枕、どっちがいい?」
「……………………?」
……………………えっ。
◆
「…………??」
「コノエ、どっち?」
「…………だ、抱き着くのと?」
「膝枕。どっちがいい?」
コノエは突然現れた二つの選択肢に混乱する。いったいなんのことなのか。
脈絡のないそれらに、コノエは理解が全く及ばない。
コノエは驚いたまま、数秒口を開いたり閉じたりして……。
「……その」
「うん」
「……何故その選択肢が?」
「……? コノエが疲れてそうだったから」
問いかけると、そんな返事が返ってくる。
……疲れてそうだったから?
「日記で思い出した。抱き着いたり、膝枕したりすると殿方は嬉しい。そうでしょう?」
「…………あぁ」
言われて、コノエも思い出す。確かにそんなことが書いてあった。と言うか何度も書いてあった。二人がイチャイチャする話はそんなのばっかりだった。だからこそコノエも読みづらかった。
……しかし。
「だから、どっちかしてあげる。どっちがいい?」
「……いや、その……」
「……? どっちもが良いの? じゃあ翻訳が終わったら」
「……いやいやいやいや」
なんというか、何かが色々ズレている気がした。噛み合っていない。しかし、何が噛み合っていないのかは分からない。
なので、コノエは、どう返せばいいか悩み。
「……どっちも、必要ないよ」
「………………そう?」
「……ああ、そういうのは、疲れたからってすることじゃない」
「………………」
そうだ。そもそもそういうのは、恋人同士がすることだ。少なくとも日記の彼らは、恋人同士だからこそしていた。その前提を無視してはいけない、とコノエは思う。
なので、コノエが何度か首を横に振ると、フォニアはじっとコノエを見た。
そしてそれを最後に、二人の間に沈黙が広がる。
フォニアの青い瞳が、コノエを覗き込んでいる。
感情を感じさせない宝石のような瞳が、静かにコノエを見据えていた。
「……そう」
少しして、フォニアがコノエから目を逸らす。
コノエは分かってくれたのかと、小さく息を吐き。
「………………?」
……そこで、ぺちん、と。コノエの背中に衝撃が走った。
それが何かと言えば……。
「……フォニア?」
「……」
フォニアの翼が、コノエの背中を軽く叩いた。
今度は何だろうと思っているうちに、続けざまに二度三度と。コノエの背中を叩く。
「…………?」
「…………」
フォニアの翼はコノエをぺちぺちと叩き、時々つつく。
何度も叩いて……。
……一度だけ、ぺたりと。
「……?」
「……」
……そうしているうちに、時間は過ぎていった。
◆
そして、その後コノエとフォニアは調査に戻り、資料を広げた。
八つ目、九つ目……そして、十、と。
コノエはそれらの翻訳を続けていく。
『ぼく』と姫巫女が仲良くしている様子を翻訳していって――。
「……」
――数時間後、十番目が終わる。
「……いや、本当に最後までイチャついてるだけ……?」
日記は、最後の最後まで二人がイチャイチャしているだけだった。
仲良くキスして終わり。