転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない) 作:ニテーロン
――その頃、一階では。
メルミナは休憩を終え、仕事に戻っていた。少し騒がしくなった城の様子に気付き、目を細めながら。
これはもしかして、コノエが今日は城から出ずに応接室に籠っていることに関係があるのだろうかと思い、しかし、余所様の国のことなので許可なく覗き込むことはしなかった。
だから、ただ、今頃コノエとフォニアは何をしているんだろうなと思うくらいで……。
「……」
……その自分の考えに、メルミナはふと休憩時のテルネリカを思い出す。
少しそわそわしていた姿。コノエとフォニアのことが気になっている姿。昨日帰ってきたときのコノエの様子は確かに。
そんな色々にメルミナは……。
「……」
……でも、メルミナはそわそわしない。何故って、メルミナは知っているからだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「――十番目の日記から遠くないうちに死んでいる。彼女は熾天結界の継承者だから」
フォニアの声が、コノエの鼓膜を叩く。
一瞬、コノエはその言葉の意味を理解出来なくて……。
……死、そして熾天結界。……継承者?
「コノエ、これはあなたが文字を翻訳してくれたから伝えられること」
「…………え、あ、ああ」
「これは継承者と深い関係にある者と……いざという時のために、各国のトップとごく一部のアデプトだけが知っている機密」
混乱するコノエに、フォニアは何処までも淡々と言葉を放つ。
その顔は、瞳は、昨日共に街を歩いた時と同じだった。感情を感じさせない表情。
「コノエは、おかしいと思わなかった?」
「……?」
「熾天結界について。魔王を封印できる特別な結界。それがなぜ、神国にないのか。こんなに強力なら、他の国だって使いたいはず」
――――それは。
確かに、コノエも疑問に思ったことはあった。
初めて魔王の話を聞いたときもそうだし、ここに来た後は特に思った。特に扉の隠密性に驚いたし、あれだけでも他で使えたら便利そうだなと。
「その答えは、単純。熾天結界は一つしかないから。――コノエ、熾天結界はね、固有魔法なの」
「……固有、魔法?」
「千年前、初代が魂を砕いて造り出した、異界を作る権能。それが熾天結界」
◆
かつて、千年前。そんな言葉で、フォニアの話は始まった。
――それは千年前、世界が不死の魔王の手によって崩壊の危機を迎えていたときの話だ。
全てを飲みこみ、侵食する魔王。殺しても殺しても復活するその権能と、呪詛を弾く力。それらによって、世界は瞬く間に黒紫の波に飲みこまれた。
その被害は、当時の世界人口の二割。まともに抵抗も出来ず、次々と国が飲みこまれていった。逃げまどう人々で、世界中がパニックになっていて――。
「――でも、アーキノルカは、竜人は逃げる訳には行かなかった。だって、竜人の赤子は山の上……標高が高い地点から降りることが出来ない。コノエは、知ってる?」
「……ああ、それは、習ったよ」
――竜人が、わざわざ山をくりぬいて街を作った理由。それが、高度に依存する特殊な生態だった。最強種族――神の恩寵が厚い種族故に、生まれて一年は
「汚染されたら、飲みこまれたら、生まれてきた子供たちはどうやって育てばいい? 子のためを思って長い時間をかけ、山を抉り、やっとの思いでアーキノルカの街を造った先達たちに、どうやって顔を向けたらいい?」
「……」
「だから、当時の竜人たちは、この地に辿り着く前に魔王を迎え撃つと決めた」
六十日にも及ぶ死闘だった、とフォニアは目を伏せる。
決死の戦いだった。他国の手も借り、世界中の英雄たちを呼び寄せた。原初も、銀も、その他の伝説も。
「……でも、それでもだめだった」
どうしても、復活を阻止できなかった。閉じ込めようとしても物理的なものは溶かされ、魔術的な結界もその浸食の力で穴をあけられた。
英雄たちも長い戦いに疲弊していき――それどころか、時が経つにつれて、世界各地で迷宮氾濫や災厄級の出現まで確認された。おそらくは邪神の援護だった。
「時間が、無かった。だから初代は、賭けに出た」
「……それは」
「改造の固有魔法の持ち主に、己の魂を、固有魔法を改造させた」
元々、初代は異界系の固有魔法を持っていたの、とフォニアは呟く。
その固有魔法をより強固に、絶対的なものにする。魂を燃やして、魔王を封じ込める。そのために、
例え改造により、己の魂が砕け散ったとしても。二度と、生まれ変われなかったとしても。
成功する確率が、ごく僅かだったとしても。意味もなく死ぬ可能性が高かったとしても。
初代は、たった一つの希望に己の全てを賭けた。世界のため、竜人の未来のため。……そして何より、生まれたばかりの、我が子のため。
その結果、産み出されたのが――。
「――熾天結界。初代の魂と引き換えに産み出された、魔王を封印できるただ一つの魔法」
そうやって、戦いは終わった、と。フォニアは胸を張る。
……でも。
「でも、問題が一つ残っていた」
「……ああ」
……それが何かは、話の流れでコノエにも理解できた。
「――どうやって、熾天結界を維持するか」
そうだ。それが問題だった。固有魔法は、確かに使用者の死後も維持される。かつてテルネリカの家族の死後も、封鎖結界が維持されたように。しかし、その力は永遠ではない。時が経つにつれて弱まっていく。世界には修正力があるからだ。どれほど強力でも千年も維持できるはずがない。
「だから、残された者達で話し合って決めた。その固有魔法を、継承していくと」
「……継承?」
「初代の夫が、同じように魂を砕いて己の固有魔法を改造し、新たな権能を作り出した。その固有魔法は熾天結界に寄り添い、それによって熾天結界は継承する力を手に入れた」
「……」
「――故に、熾天結界は、所有者が死ぬと『次』へ接続する」
接続して、その魂の力を使って結界を維持する、とフォニアは言う。
『次』はあらかじめ決めておいた竜人の誰かであり、そうやって、竜人は千年間熾天結界を維持してきたのだと。
「これが、熾天結界の真実。分かってもらえた?」
「……あ、ああ」
「うん、ならよかった。……あと、実はコノエを案内した地下の扉はただの飾り。熾天結界はアーキノルカの地下には無くて、アーキノルカの裏側――異空間にある」
「……うん?」
コノエは何度か瞬きし……先程の話を思い出す。
そうだ。だって先ほど熾天結界は異界を作る権能と言っていた。
「あの扉は、解析が難しいように複雑に、そして気配を薄くしただけの、何の効果もない魔道具。ああいうのが周辺に沢山ある。真実を隠すため、街が襲われないように狙いを逸らすため、封印の調査依頼を受けたアデプトにすら嘘をついてきた」
「……」
「守るためには、真実を知るものは少ない方がいい。そうやって私達は本当の熾天結界を守り抜いている。……まあ、メルミナみたいな感知能力が高いアデプトは言わなくても気づくけど」
「……なる、ほど」
「実は、熾天結界にはアーキノルカの街周辺ならどこからでも入れる。それこそ応接室の扉からでもいい」
同時に入れるのが二人まで――だから調査任務は大勢でなく二人で行っている――で、必ず
ちなみに条件の理由は、改造前の初代の固有魔法が夫と過ごすために作られたものだからそうなったらしい、とも。元の名前は『
コノエはそんな事実にただただ驚き――。
――
――
――
――――え?
「――――え? 継承者が入っていなければならない?」
今、フォニアはそう言ったような。あまりに普通に言うので聞き逃しそうになったけれど。
でもコノエが入った時、一緒にいたのは――。
「そう、私が、今代の継承者」
「――」
「二十五年前に継承した、熾天結界の固有魔法の持ち主。それが私」
……フォニアが、熾天結界の固有魔法を? コノエは混乱する。あまりに変化のないフォニアの声色になんの話をしているのかわからなくなりそうになる。
いや、でも、しかし……。
「……君の固有魔法は、断絶の盾では?」
「あの盾は結界を一部流用してそれらしく仕立ててるだけ。本体は熾天結界」
「……」
「代々の継承者はカモフラージュのため、私のように他の権能を装ってる。例えば日記に姫巫女ファティマは切断の権能を持っていると書いてあったけど、おそらく結界を伸ばして剣のように扱ってたんだと思う」
……それは。…………え? ファティマ?
そうだ。コノエは思い出す。そもそもこの話の最初は……。
「それで、最初の話に戻る。姫巫女ファティマが日記から遠くないうちに死んでいる理由だけど」
「……あ」
「熾天結界の力は極めて強大。あれほど広大な異空間生成に、魔王を抑えきる断絶の力。それは普通の固有魔法の枠から大きく逸脱している」
「……」
「しかも、常時展開していなければならない。力の消費は膨大で、本来の回復ではとても追いつかない」
淡々と、どこまでも淡々としたフォニアの言葉。
それはまるで世間話をするかのように感情を感じられなくて……。
「……」
……でも、コノエの心臓が跳ねる。嫌な予感がしてくる。
それはきっと、コノエが学んできた固有魔法の知識が、戦闘技術が、その答えを予想しているからだ。
「結果、継承者の魂は、継承直後から
――つまり。
「熾天結界を継承したものは、三十年で死ぬ」