転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない)   作:ニテーロン

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第9話 治癒

 

「……しかし、あっさり終わってよかった」

 

 紫色の空に背を向け、城に戻ったコノエは残党を掃討しつつポツリとつぶやく。

 指揮官が普通の災害級でよかったと安堵の息を吐いた。

 

 もしこれがもう一つ上の災厄級だったり、災害級でも固有魔法(オリジン)――特殊な力を使える個体だったらこうも簡単には終わらなかった。

 相性が悪ければアデプトでも死闘になる相手。相性が良くても、殺しきるまでどれくらい時間が必要になるか分かったものじゃない。

 

 まあ、もちろんそんな魔物は滅多にいない。世界全体で一年に一体も出てきたら多いくらいのはずだが、この迷宮氾濫は十年に一度の規模だと言われていた。だから、低いけれど可能性はあった。

 

 運が良かった――いや、悪くなかった、と言った方が正しいかとコノエは思って。

 

「……テルネリカ」

「……コノエ様」

 

 残党を片付けた後、テルネリカと合流する。彼女は転移門の近くで息絶えていた女騎士の傍で涙を流していたが、魔物の掃討や謁見の間の状況、生存者の数、そして、これから住民の治療に入ると告げると、涙をぬぐって立ち上がった。

 

 真っ赤に腫れた目で、悲しみに満ちた瞳で、しかし――。

 

「騎士たちは、確かに成し遂げてくれたのですね」

 

 ――しかし、誇りに満ちた顔で。胸を張ってそう言って笑った。

 

「……」

 

 コノエはそんなテルネリカの姿に、言葉に迷う。

 そしてコノエが迷っているうちに。

 

「では、行きましょう! 私も出来る限りのサポートをいたします!」

 

 テルネリカが歩き出す。コノエはそんな少女と共に謁見の間へ向かい――。

 

 ――そこには、もう一つの戦場が待っていた。

 

 ◆

 

 コノエとテルネリカは城の最上階へ着くと、すでに扉は開け放たれていた。

 もう準備が始まっているのか入り口付近では治療用の台などが並び始めていて、用意している騎士たちが体を引きずるように走っている。

 

 ……そして、他の人影は遠目からは全く見えない。

 それはつまり、騎士の他に立っている者は……。

 

「……」

 

 二人は、急ぎ謁見の間へ入り――

 

「――」

「――ぁ」

 

 そこには酷い、本当に酷い状況が広がっていた。

 多くの人々が床に横たわっている。かつてはきっと飾り立てられていたであろう広間は、死病に侵された人で埋め尽くされていた。

 

 死病の進行を遅らせるために張られた聖魔法の陣。けれども、その中に動いている者は殆どいない。

 ただ横になっていることしかできない人々。うつろな表情で天井に目だけを向けている。

 

 微かに聞こえてくる掠れた悲鳴。苦悶の叫び。父や母を呼ぶ声。

 かすかに風が吹くような音がしていて、でもそれは音になっていない声だった。

 

 扉が開き、アデプトとテルネリカ(ひめ)が来たというのに、ほとんどは顔を向けることさえしない。気付いてもいない。耳はどこまで無事なのか。五感はいくつ残っている?

 

 よく見ると並んだ人の列には死人が混ざっていて、しかし、それは死病で亡くなった訳ではない。その死体の首には、切りつけられたような跡がある。傍にナイフが落ちている者もいて、おそらく、彼らは苦しみに耐えられずに――。

 

「――そんな」

 

 テルネリカは絶句し、目に新しい涙を浮かべる。

 

 ――でも、これが死病だった。

 

 体に瘴気が入り込み、魂ごと体が侵される。腐り続ける体は痛み続け、休まる暇はない。動けるのは精々初期のうちだけ、今回のように十五日も経てば、普通は身動きすら取れなくなる。

 

 その後は、ただ苦しみ続け、死を待つだけ。

 ここに居る人々は、もうそんな状態になっていて――

 

「――」

 

 コノエは、小さく息を吐きつつ、そんな人々に一歩足を踏み出す。

 魔力を回し、生命の魔力を紡ぎ上げる。

 

 ――シルメニアの街、生存者三千人超。

 アデプトならいつものことだ。魔物との(ころすための)闘いの次は、人との(いかすための)闘いが待っている。

 

 ◆

 

 コノエが最初に行ったのは、まだ動けている騎士団の治癒だった。

 重症度は低く、突然死の可能性も一番低い。しかし、それでもコノエが彼らを優先したのは、手伝いが必要だったからだ。

 

 三千を超える人々。その容態の確認や搬送をコノエ一人でするのは厳しい。故に、コノエはまず自分の手足になる人間の治療をした。

 

 そしてそれが終われば、子供や老人など体力のない者の治療に入り、それと同時に特殊な技能――病人の面倒を見る看護技能の持ち主や治癒魔法使い。子供の世話をする者。水や火を出せる魔術師なども治していく。

 

 自らの周りにベッドを円形に並べ、同時に複数人の治癒を行う。一グループが終わればまた次のグループの治癒に入る。それを延々と繰り返していく。

 

 看護技能持ちでトリアージをさせて、治癒魔法使いに延命させつつ、危険な状態の者から迅速に治癒を行う。

 魔法使いに水を出させ、火を使って流動食を作らせる、病み上がりの老人も動員して倒れている者たちに水や食料を与えていく。

 

 そうしているうちに日が暮れ、城の外が闇に包まれる。

 遠くから魔物の鳴き声が聞こえてきて、騎士団がその警戒に数人抜ける。コノエは何人か力自慢の治療をし、その者たちにも治療のサポートをさせて――。

 

 ――夜が明けて、朝が来る。そして、また夜が来る。

 立っている者たちは動き続ける。終わりはまだまだ遠く、先は見えない。

 

 ……しかし、二日が経った頃だろうか。

 ここで少しずつ街が動き始めた。

 

 治った者の数が増えて、皆が出来ることをし始める。

 魔物と戦えるものは、騎士団の手助けに向かう。力がある者は城下に出て使えるものを探し、料理が出来るものは料理をする。子供たちも洗い物や掃除などをしていた。

 

 三日目が来て、四日目が来る。

 そのころ、街に最上級の魔物(デーモン)が近づいてきて騒ぎになって。コノエが窓から十字槍を投げ――。

 

 ――コノエは、その間一度も休まなかった。

 不眠不休で治癒を続けた。目の前の人々を治し続けた。

 

「――コノエ様、その、少し休まれては」

「……必要ない」

 

 テルネリカはそんなコノエを心配したが、コノエは首を振った。

 コノエは己が休まなくても問題ないことを知っていた。今の自分なら、いつまでも動き続けることが出来ると。

 

 それはアデプトだから――という訳ではない。

 流石にアデプトでもこれは無理だった。どんなに優秀なアデプトでも、今のコノエと同じことをすれば一日もしないうちに魔力が尽きる。

 

 死病の治癒には莫大な魔力を使う。そういうものだ。

 だからこそ、死病の治癒は高額な設定になっている。

 

 普通なら、どうやっても不眠不休は無理だ。

 しかしコノエがそれを出来たのは――

 

「――神様」

 

 この世界には、神様がいる。

 実際に傍にいて、言葉を交わせる。だから、神様と人の距離は近い。

 

 幾度となく神様がコノエにお茶を淹れてくれたように、そして、そのおかげでコノエがまた立ち上がれたように。

 神様は人をいつだって慈しんでいる。寄り添ってくれている。

 

 ――故に。それが善き行いであり、心が神に恥じるものでないとき。神様は確かに、その行いを見ている。

 

 見ていて、そして力を貸してくれる。

 そうだ、だから治療を始めてからずっと、コノエの後ろには神様の影がいた。他の者には見えず、感じられず、しかしコノエには確かに伝わる雰囲気で応援してくれていた。そして、莫大な魔力を供給してくれた。

 

 頑張れー、頑張れー、と。

 胸の前で両手をぎゅっと握り、白い翼をバサバサと動かしながら、君ならできると。そんな優しい雰囲気がずっと伝わっていた。

 

 だからコノエは、逆に少し気が抜けそうになりながらも最後まで動き続けて――。

 

「――」

 

 ――その日、コノエは全員の治癒を終えた。

 治した人数は三千と二百三十人。治癒を始めてから、七日七晩が経っていた。

 

 

 

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