転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない)   作:ニテーロン

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第3部 5章
第24話 フォニア


 ――継承者は三十年で、死ぬ?

 

 突然の情報に、何度目かにコノエは呆然とする。

 だって、言っていた。フォニアは、熾天結界を継承したのは二十五年前と……。

 

「うん、私はあと五年で死ぬ」

「――」

 

 淡々と、無表情で。感情を見せずにフォニアは言う。

 己の寿命の話をしているのに。五年だと。たった五年しかないと言っているのに。まるで他人事のように。

 

 なぜ、とコノエは混乱し……。

 

「……」

 

 でもそこで、先程の言葉が脳裏に浮かんでくる。

 

『継承者の魂は、継承直後から()()()()()。過剰使用の代償として、日々欠落していく。心は鈍くなっていき、色を失い、記憶は遠ざかる』

 

 ――心は鈍くなる。色を失う。記憶は遠ざかる。

 

 心が鈍くなっているから。だから?

 それに……記憶が、遠ざかる?

 

「……」

 

 そうだ。言われてみれば、コノエはこの数日間で何度か疑問に思っていた。それは例えば、一緒に街を歩いたとき。

 

『私は、これが好き。()()()()()。あなたにも食べて欲しくなった』

『……? ああ』

 

 まるで忘れていたかのように、フォニアは好きなものをコノエに手渡した。そして、つい先ほどの調査のときも。

 

『日記で()()()()()。抱き着いたり、膝枕したりすると殿方は嬉しい。そうでしょう?』

 

 少し、言い方が変わっているなと不思議だった。でもそれどころではなかったから、流していた。もしかしたら、それはつまり……。

 

「………………」

 

 言葉に詰まるコノエ。唐突に明かされた事実をうまく飲みこめていなかった。困惑していて、何も言葉を返せなくて。

 

「……でも、だからコノエ。私はあなたに感謝している」

「……え?」

「十五年前、訓練場でのこと」

 

 でもそんなコノエにフォニアは口を開く。

 

 ……訓練場? それは、あの日の。

 

『ねえ、コノエ――私たち、きっと正反対ね』

 

 夜の訓練場で涙を流したフォニア。彼女は、コノエのことを正反対と言った。

 思い出し、瞬きするコノエに、フォニアは静かに一度頷き、()()()()()――。

 

「――ねえ、コノエ。私のことを知ってくれる?」

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 ――これは、フォニア・アーキノルカの話だ。

 

 広大な世界に生きる数多の種族の中で、最強と呼ばれる竜人の王族。

 宝石のような角と翼と共に生まれ、誰もが羨むような美貌を持った姫。

 賢く、強く、多くの才を持つ、どんな教師からも将来を嘱望(しょくぼう)された才女。

 

 ……そして、それらの全てと裏腹に――何もかもを失い、空っぽになってしまった一人の少女の話だ。

 

 ――フォニアの人生が反転したのは、今より二十五年前のことだった。

 

 フォニアはその日まで、竜人の次代の王として忙しくも充実した日々を送っていた。勉学や訓練は厳しかったが、尊敬する両親と可愛い弟たちと共に幸せに暮らしていた。

 

 きっと父の跡を継いで立派な王になるのだと思って努力していた。

 才に溢れた、麗しき竜人の姫。明るい未来を疑っていなかった。周囲の誰もがその未来を期待していた。

 

 ……でも、唐突に、その未来は閉ざされた。

 

『――すまない。すまない、フォニア』

『お父様……』

 

 それはフォニアが熾天結界の継承者になったからだ。死ぬ運命にある固有魔法に接続された。当時二十歳だったフォニアは、己が死ぬまでの寿命が決まった。あと三十年しか生きられないと宣告を受けた。

 

『――そんな……どうにか、どうにかできないのですか。フォニアはまだ二十。成人もまだずっと先の子供ですよ!?』

『お母様……』

 

 母は叫んだ。これは、本来ならあり得ないことだった。こんな継承は許されないはずだった。だって、まだ二十歳だ。人間なら大人であっても、竜人の寿命は五百年。成長は人より遅く、成人年齢は四十歳だ。フォニアは、まだまだ子供だった。あまりに若すぎる。慣例なら、継承するにしてももっと後になるはずだった。

 

『――お姉さま……?』

『……』

 

 しかし、それでもフォニアが継承することになってしまったのは、不幸があったからだ。本来『次』だったものが、魔物に襲われて亡くなってしまった。そして、『次』の『次』だったものが、その戦いの中で己の固有魔法に目覚めてしまった。

 

 固有魔法は一人一つ。極一部の例外を除けば、これは世界の法則だ。固有魔法に目覚めた者は、熾天結界を継承できない。

 同時に二人の候補者を失い、しかもその代の継承者の寿命が近づいていた。アーキノルカは緊急で対応を迫られた。

 

 加えて、百年前の天蓋竜の傷跡が深かった。本来構築していた継承のための制度も体制も崩壊し、完全には再構築できていなかった。

 その結果、熾天結界を宿せる程の強靭な魂を持ちながらも、固有を持たない者が、フォニアしかいなかった。……いいや、正確には居たが、その全員が平民か、フォニアよりもさらに幼い者達だった。フォニアは王族として誰よりも前に立つことを求められた。

 

『……フォニア、お前に継承してもらう以外に方法はない。無力な父を恨んでくれ』

 

 ……だから、二十五年前。父は、王は、フォニアにそう告げた。

 フォニアは準備する時間もなく継承者になった。

 

 ――フォニアには、心の整理をする時間は与えられなかった。

 

 本来、継承する前の『次』には特権が与えられる。『次』という言葉がキーワードだ。

 『次』。そう言うだけで、向けられた相手が言葉の意味を知るものなら、『次』に最大限の便宜を図ってくれる。知らないものだった場合は、次の姫巫女候補だ、などと用意された言い訳をする。そんな決まりだった。

 それは例えば、緑の竜人少女たちがコノエに『次』と言ったように。そうやって『次』は決められたその日まで特権を使って楽しみ、心の準備をしていく。でも、フォニアにそんな権利を使う時間はなかった。

 

 ――また、フォニアには事前に鍛えることも出来なかった。

 

 継承者は強くなければならない。継承者は新たなアデプトと共に封印領域に入らなければならないからだ。故に、『次』は継承前に己を鍛える。継承した後、残された時間を少しでも楽しく過ごすためだ。幸せに過ごすためだ。

 でも、フォニアの継承は突然すぎて、残された時間を使って学舎に入ることになった。短い時間が、さらに短くなった。

 

『すまない』『どうして』『お姉さま』『恨んでくれ』

『ごめんなさい』『行かないでお姉さま』『なんで』

 

 ――フォニアの人生は、過酷な運命にある継承者の中でも、なお過酷だった。

 

 父は項垂れた。いつも凛々しく、強い王たる父の背中が小さく見えた。

 母はフォニアを抱きしめ、泣いた。いつも穏やかに笑う母が身も蓋もなく泣く姿は初めて見た。

 弟たちは呆然とし、理解するにつれてフォニアに縋りついて泣いた。

 

 そんな家族に、フォニアは――。

 

『――大丈夫、私は、大丈夫です。過去の継承者たちと同じように、世界のために礎になるだけのこと』

 

 ――だから、逆に、フォニアは背筋を伸ばして真っすぐに立った。

 運命を受け入れた。頭がよかった。これ以上家族に泣いてほしくなかった。

 

 本当は母に縋りついて泣きたかったけれど、フォニアには、それを隠し、立ち上がるだけの強さがあった。フォニアは強い少女だった。

 

『――行ってきます』

 

 数日と経たないうちに、フォニアは学舎へ入るために神国へ向かうことになった。行かないでと泣く弟たちの手を振り切った。本当はフォニアも心では泣いていたけれど、家族ともアーキノルカとも離れたくなかったけれど、それを隠し転移門を潜った。

 

 ◆

 

『よろしくお願いします。教官。お会いできて光栄です』

『……君が当代か。話は聞いているよ。訓練は優しくしないけれど、それ以外は便宜を図るから何でも言ってくれていい』

 

 フォニアはアデプトの候補生になった。

 地獄とも呼ばれる訓練の中に飛び込んだ。

 

『――あなたたちは人類の守護者。力なき民の、最後の砦。敗北は許されない。なによりも強くなければならない』

 

 訓練は噂で聞いていたよりも苛烈だった。フォニアは、何度も打ちのめされ、槍に体を貫かれた。血反吐を吐き、地面をのたうち回った。苦しかった。どうして自分がこんなに苦しまなければならないのかと思った。

 

『――腕が落ちたら足で戦いなさい。足を失えば這って噛みつきなさい。死んでも戦いなさい。無辜なる民の盾となりなさい。それがアデプトです』

『……!』

 

 それでも、フォニアは懸命に走り続けた。

 先頭に立てるように努力した。それは少しでも早く強くなって故郷に帰るためだ。家族に会うためだ。

 

 ……そして、何よりも。フォニア自身の願いを叶えるために。

 

『……私は……!』

 

 ――そうだ、本当は。あの日父にも母にも誰にも言えなかったけれど、フォニアには沢山したいことがあった。いっぱいいっぱいあった。

 

 ……本当は、フォニアは強い少女だったけれど、普通の少女でもあった。

 夢があった。願いがあった。大切なモノがあった。多くはダメになったけれど、でもまだいくつもあった。

 

 だから、フォニアは誰よりも真剣に訓練に向き合った。早く、少しでも早くアデプトにならなければと懸命に剣を振った。植え付けられた固有魔法を制御しようとした。

 

『………………』

 

 ……そのうちに、一年、二年と時が経っていっても。

 残された寿命がどんどん削れていっても。

 

 焦りがあった。絶望もあった。

 それでも、フォニアは顔を上げた。

 

 必死に走って、先頭に立ち続けた。

 だって、フォニアには沢山沢山やり残したことがあって――。

 

 ◆

 

 ――そうして、十年が経ったその日。

 

『――おめでとう、フォニア』

『ありがとう、ございます』

 

 フォニアは同期の誰よりも早くアデプトになった。神様に認められ、称号を得た。

 教官に祝福され、コートを渡された。翌日にはアーキノルカに帰ることになった。

 

 ――努力が、実った瞬間だった。

 

『……やった。やっと、私は』

 

 そのとき、フォニアの中にはただただ歓喜があった。

 

 フォニアは、成し遂げた。これで帰れる。

 皆に会って、したいことをする。願いをかなえる。果たせなかった夢を、これから取り戻す。

 

 残された二十年の人生を精一杯楽しむのだと。そう思った。

 その瞬間、フォニアの心は、幸福に満ちていた。

 

 ――でも。

 

『――まず何をしようかな………………、……?』

 

 ――でも、本当は。

 ――フォニアの絶望はここからだった。

 

 フォニアは、考えた。考えてしまった。

 帰って、家族に会って、そうしたらまず最初に何をしようかなと。それは本当なら、当然の考えだった。当たり前の思考だった。

 

 ようやく自分のために生きられるようになったから、ただ、したいことを頭に浮かべようとした。それだけの話。それなのに――。

 

『……え?』

 

 ――なのに、フォニアには、家族の次には何も浮かばなかった。

 

 なんにもなかった。なに一つなかった。

 したいことが沢山あったはずなのに、思い出せなかった、好きな物が、大切な物が、願いが、浮かばなかった。

 

『……え?……えっ!?』

 

 フォニアは混乱した。そんな訳がなかった。だって、願いがないのなら、何のために必死に努力したのか。そんなはずはない。ないはずなのに。

 

『……なんで』

 

 それなのに、フォニアの胸の中には、ただぽっかりと開いた空白だけがあった。

 どれほど探しても、空っぽだった。伽藍洞になっていた。

 

 そうだ。フォニアの魂は――。

 

『……そんな、あ、……ぅ、あ』

 

 ――フォニアの魂は、十年でそこまで削れてしまっていた。

 全部全部、熾天結界に飲み込まれてしまっていた。

 

 熾天結界の継承者は、魂が削れていく。心は鈍くなる。色を失う。記憶は遠ざかる。その残酷さを、この時フォニアは初めて思い知った。

 

 残ったのは、必死に鍛え上げた力だけ。

 その力も何のために鍛えたのかすら、フォニアはもう思い出せなくて。

 

『……あ』

 

 でも、それでも。愕然としながらも、フォニアは、大きく息を吸った。

 息を吸って心を落ち着かせようとした。フォニアはいつだって強い少女だった。

 

 継承したときも、家族と離れたときも、決して心は折れなかった。

 辛い時こそ、必死に顔を上げて胸を張った。だから咄嗟に、このときもそうしようとして……。

 

『……あ、はは……は…………あ、あぁ』

 

 ……しかし、これは。これだけは。

 

『……あ、ああ……ああああああああぁぁぁあああああぁぁぁ!!!!』

 

 ――その日、フォニアは泣いた。

 継承者になって、初めての涙だった。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 ――そして、現代。

 城の応接室のソファの上で。

 

「……………………」

 

 フォニアの話を聞いたコノエは、言葉を失っていた。

 唐突にそれまでの全てを奪われた少女の話。

 

 立場を、命を、願いを奪われた。

 それでも残ったものをかき集めて、立ち上がろうとして……でもその願いすらも気が付けば失っていた。

 

「……………………」

 

 そんなフォニアの過去に、コノエは目を泳がせる。あまりに多くの情報だった。フォニアの過去と、残された時間。コノエの脳の処理が追い付いていなかった。

 コノエは己の感情も、何を言えばいいかもこれっぽっちも分からなくて口を噤み……。

 

 ……しかしフォニアは。

 

「コノエ」

 

 フォニアは、微かな微笑みを浮かべていた。

 どうして笑うのか、コノエには理解できなくて――。

 

「――コノエ。そして私は、あなたに教えてもらったの」

「……ぼ、僕が?」

「ええ、大切な事を」

「……そう言われても」

 

 ……教えた? 自分がフォニアに?

 コノエは首を傾げて……しかし、十五年前の記憶の中に思い当たるものは何もなかった。

 

 コノエにとって、あの日はただ突然現れたフォニアと少し話をしただけだ。

 なのに、フォニアはコノエを僅かに頬を染めて見ていた。

 

「……それに、今もあなたのおかげで思い出せた」

「……?」

 

 と、そこでフォニアは腰の拡張鞄から何かを取り出す。

 それは……古びた、一冊の手帳のように見えた。

 

「……ねぇ、コノエ。あの日私はね――」

 

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