転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない)   作:ニテーロン

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第25話 手帳

 ――十五年前のそのとき、フォニアは学舎の中を彷徨(さまよ)っていた。失ったものの大きさに打ちのめされて、これまで耐えてきた全てが辛くて、辛くて。

 泣いて、泣いて、泣き続けて……泣き疲れて、気が付けば呆然と学舎の中を歩いていた。

 

『……手遅れだった。もう私には、何も……』

 

 絶望していた。己は何もできないままに死んでいくのだと思った。

 願いも、夢も、何一つとして叶えられないままに死ぬのだと。空っぽになって死んでいくのだと。

 

 いつの間にか日の落ちた、夜の学舎。

 その廊下をフォニアはふらふらと歩いた。意味もなく、あてどもなく歩き続けて……。

 

『……』

 

 ――いつしかフォニアは、訓練場に辿り着いていた。

 学舎の裏にある訓練場。その中に、ただ目の前にあったからという理由で入り……。

 

『……?』

 

 そこで、フォニアは訓練場に一人の男が居ることに気付いた。

 ……一人きりで槍を振るう男。コノエだった。

 

『……』

 

 フォニアがコノエを見て、最初に思ったのは、ああ、そういえばこんな男も居たなと、ただそれだけだった。

 同期の男。異世界人。十年程同じ空間で過ごしたはずだが、印象は薄かった。だって、実力が違ったから共に戦ったこともない。実際に目の前で訓練する姿を見ても、(すさ)んだ心では大したことはないと思うだけだった。

 

『……』

 

 そんな男が訓練場で、ただ槍を振っている。フォニアは、ぼう、とした意識のまま、そんなコノエの姿に視線を留めた。何故かといえば、なんとなくとしか言いようがない。もうそれ以上考えるのが嫌で、自分と関係がない何かを見ていたかったのかもしれない。

 

『…………』

 

 そうやって見ている間も、コノエは槍を振っていた。型は教官式の基本形。同じ型を何度も何度も愚直に繰り返していて……。

 

『…………………………』

 

 そして、どれくらい時間が経っただろうか。

 コノエは槍を振るのをやめ、今度は虚空に手を伸ばし……。

 

『――顕現』

 

 神威武装を生み出した。白い光が掌から溢れ、純白の武装を作り出す。

 聖十字槍。神様の色をした槍。コノエはその槍を握ると、また、同じように槍を振り始め――。

 

『――――え?』

 

 ――そんなコノエの姿に、フォニアはそこで初めて感情が動く。何度か瞬きした。目を見開いて、コノエを見た。何故って、それは……。

 

『……なに、あの槍』

 

 ……それは、その神威武装がボロボロだったからだ。

 いいや、正確に言えば違う。神威武装は綺麗な槍の形をしている。でも、その神威武装の向こうに見える、コノエの魂がボロボロだった。

 

 神威武装は、持ち主の魂によって形作られる。だから、仮に魂の欠落を知るような者がいれば、他者の魂の欠落も認識できる。同じだからだ。フォニアは知らないうちに己の欠落から目を逸らしていたけれど、でも、今はもう認識していた。するしかなかった。

 

 ――だからフォニアには、分かった。

 コノエの魂は、傷だらけだった。どこもかしこも傷ついていて、無事な所がないくらいだった。

 

 それはもしかしたら、今の削れたフォニア自身の魂よりも――。

 

『――』

 

 フォニアは、呆然とコノエを見る。

 愚直に訓練しているコノエを見る。

 

 傷だらけで、自分と同じように、己の願いすら分からなくなっていそうな魂。

 何のために努力しているのかも分からなくなっているような魂が、そこにあって。

 

『――――――なんで』

 

 ――でも、それなのに。同じくらいボロボロのくせに。

 目の前の男は絶望せず、槍を振り続けていた。

 

 その姿は必死に手を伸ばしているように見えた。

 何かが欲しくて、そのために槍を振っているように見えた。

 

 ただただ愚直に。諦められないと足掻いているように見えた。

 フォニアと同じなのに、何も分からなくても、それでもと。

 

 十度も、二十度も、百度も、二百度も。

 コノエは、フォニアの前で槍を振る。だから、それが――

 

『――そっか』

 

 フォニアの頬を、枯れたと思っていた涙が伝う。

 そうだ、絶望していたフォニアは、そこで当たり前のことに気付いた。

 

 フォニアは多くのものを失ってしまった。それは間違いない。でも……。

 

『……もう一度、手を伸ばすことはできるのかなぁ……』

 

 失ったものを嘆くのではなく、もう一度、取り戻す。

 そうできるように努力する。目の前の槍を振るコノエのように。

 

 絶望して蹲るのではなく、もう一度、と。

 フォニアは、コノエを見たフォニアは、そう思えた。

 

『…………』

 

 だから、フォニアは、訓練場の中へ一歩踏み出す。

 するとコノエも視線をフォニアに向ける。傷だらけで、それでも必死に立っている人。努力している人。

 

『――ねえ、コノエ』

 

 ――彼は必ず、何かを手に入れるだろう。フォニアは思う。

 だって、こんなに必死なのだから。傷は埋められて、いつか輝きを放つだろう。

 

 それは――。

 

『――私たちきっと正反対ね』

 

 それは、きっとフォニアとは正反対だ。

 コノエは手に入れる。しかし、フォニアはこれからも失っていく。熾天結界はフォニアに接続されていて、これから二十年かけてフォニアの全ては奪われる。

 

 ……でも。

 

『――コノエ。一つ、約束をしない?』

『もし、あなたが、いつか本当に()()()()()ことが出来たなら……そのときは、それを私に教えて欲しい――私も、それが欲しい』

 

 正反対だけれど、手を伸ばすのはきっと一緒だった。

 仲間が出来た気がした。だから、いつか手に入れたものを見せてほしいと思った。その輝きを見せてほしいと思った。

 

 ――だって、その約束があれば……きっと自分は一人ではない。

 ……そう、フォニアは思えたからだ。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「――だから、コノエ。あなたのおかげ。あなたのおかげで、私はあの日からずっと、絶望せずに生きられた」

「…………それ、は」

「もう一度、手を伸ばせた。ちゃんと、精一杯生きられた」

 

 フォニアは、一つ一つの言葉を噛みしめるように言う。

 僅かに目を細め、手元に握った手帳を撫でながら。

 

「……その」

 

 しかし、コノエは、そんなフォニアにやっぱり何を言えばいいか分からなかった。

 でも何かを言わなければと、何かをしなければと思って……なのに、コノエには何も分からなくて。

 

 コノエは、ただ、目を彷徨わせる。フォニアはそんなコノエに。

 

「――それに、コノエ。今回もあなたのおかげで思い出せた」

「……?」

「あなたが温かかったから、忘れていたものを思い出せた。クレープ、魚、アーキノルカのこともそうだし……なによりも、この手帳」

 

 そして――

 

「――ねえ、コノエ。少し付き合って欲しい場所があるの」

 

 ◆

 

「――コノエ、ここ」

「……」

 

 ――そして、城から抜け出したコノエとフォニアは、しばしの移動の後に、その場所に辿り着く。そこは……。

 

「――うん、今日も綺麗な夕日」

 

 そこは、山の上だった。アーキノルカの、一万メートル級の山々の一つ。中でも特別背の高い山の頂上にある、僅かに開けた場所だった。

 時刻は、地上ならもう日がとっくに落ちている頃。しかし高山の上であるが故に、まだ太陽はその半分ほど姿を残していた。

 

「コノエ、座って」

「……あ、ああ」

 

 ごうごうと風が吹きすさぶその場所に、ポツンと一つだけベンチが置かれている。フォニアは横長のそれに腰を下ろし、周囲を防風、防諜用の結界で包んだ後、横のスペースをポンポンと叩きながらコノエを呼んだ。

 コノエは言われるがままに、隣に腰を下ろして――。

 

「――」

 

 ――少し、目を(みは)る。そこから見えたのは、美しい黄金色だった。

 眼下に広がる切り立った山々には雪が積もり、そこに夕日が当たって金色に輝いていた。

 

 空気は冷たく、吐く息は白かった。でも空気が驚くほどに澄んでいて、肺の中を洗っているようだった。高度一万メートル。そこに動く生き物は来訪者の二人しかおらず、互いの息遣いだけが聞こえてきていた。

 

「………………」

「………………」

 

 しばしの、沈黙。コノエは、ただその景色に目を奪われていた。

 フォニアもただ隣に座って、沈みゆく太陽を見ていた。

 

「…………」

「…………」

 

 そんな時が止まったような世界で。

 ふと、背中に気配が近づいてきて、ぺたりとコノエの背中に触れる。隣を見ると、フォニアがコノエを見て目を細めていた。

 

 そして……

 

「……ね、コノエ。これ、読んでみて」

「…………?」

 

 フォニアは、大切そうに抱えていた手帳を差し出す。

 受け取ったコノエに、開いてみてとジェスチャーした。

 

 コノエは言われるままに表紙に指をかけ、最初のページを開く。

 そこには……。

 

〈野原を、裸足で走ってみたい〉〈好き放題買い食いしてみたい〉

 

 ……そんなことが、書いてあった。

 それだけが、大きな字で書かれていた。

 

「………………これ、は?」

「これはねコノエ。私が、二十五年前に書いたものなの。まだ子供のときに願ったこと。……ね、続きも見て」

 

 十五年前は、これを書いてたことすら忘れていた、と呟く声を聴きながら、コノエはぱらぱらと手帳をめくっていく。

 中には、沢山の願いが書かれていた。

 

〈野原を、裸足で走ってみたい〉〈好き放題買い食いしてみたい〉

〈市場で大胆な服を買ってみたい〉〈ばあやの目を盗んで夜更かししてみたい〉

〈昼まで寝てみたい〉〈朝から晩までお菓子だけ食べて過ごしたい〉

〈思い切り翼を広げて、思いのままに飛び回ってみたい〉

〈王女でも継承者でもなく、ただの一人の女の子として、一日を過ごしたい〉

 

 手帳には、そんな願いばかりが書かれていた。

 一人の少女の、大して特別でもない、他愛もない願いだけが書かれていた。

 

 コノエはその願いを一つ一つ読んでいく。

 

「いつか、そのときまでに、したいこと」

「……」

「この十五年でほとんど叶えたんだけれど……一つだけ、まだだったの」

 

 最後のページ、とフォニアは言う。

 コノエは手帳をめくっていき……。

 

 ……そしてすぐに行き当たる。そこには。

 

〈山の上、一番高くて一番空気が澄んだあの場所で、素敵な殿方と夕日を見たい〉

 

「――」

 

 コノエは、手帳から顔を上げる。

 すると……。

 

「ありがとう、コノエ」

 

 フォニアは、笑っていた。

 

 いつもの無表情でも、作っているのでも、微かに笑っているのでもなく。

 黄金色の太陽に照らされながら、コノエが初めて見るような顔で。

 

「あの日の願いが、全部叶ったわ」

 

 ……ただ、嬉しそうに、幸せそうに、笑っていた。




○お知らせ
カラーイラスト三つ目が公開されました。
テルネリカとお茶会です。可愛く書いていただきました。

【挿絵表示】


あと、ポストカード配布もあるようです。
Xに情報があるので見て貰えたらと。

【挿絵表示】
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