転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない)   作:ニテーロン

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第26話 願い

 ――それから、コノエとフォニアは、完全に日が沈むまで山の上にいた。

 日が落ちて、世界が暗くなる。コノエは途端に気温が急激に落ちたような気がした。

 

「ね、コノエ。あと五年間、機会があればまた一緒にここに来て欲しい」

「……あ、ああ」

「うん、約束。……新しい約束が出来るって、幸せなことだと思う」

 

 フォニアは、いつもの微かな笑みを浮かべてそんなことを言う。コノエはどんな顔をすればいいのか分からなかった。

 ……あと五年間の、区切られた約束。その先には――。

 

「……」

 

 コノエが知ったアーキノルカの真実。継承者。熾天結界。三十年。

 知らず、コノエの歯がギリ、と鳴る。胸の中で渦巻く感情があった。感情がぐちゃぐちゃと(わだかま)っていた。

 

 脳裏には、先ほどのフォニアの嬉しそうな顔が焼き付いていて……。

 

「コノエ、そんな顔をしないで」

「……え?」

「これは、ずっと前から決まっていたことなんだから」

「………………」

 

 コノエには、自分がどんな顔をしているのか分からない。

 でも、その言葉が、『ずっと前から決まっていた』という言葉が、どうしようもないくらいに苦しくて――。

 

 ◆

 

 ――そして、コノエはアーキノルカの城へと戻ってくる。

 フォニアと別れて、一階へと向かい、メルミナに挨拶した後テルネリカと合流した。

 

 二人で道を歩いて、宿に戻って。

 テルネリカと共に食事をして……。

 

「……コノエ様?」

「……あ、ああ」

 

 ……でも、テルネリカに声を掛けられても、頭の中にあるのはフォニアのことだった。

 コノエは、あの山の上の記憶がどうしても――。

 

 ◆

 

「……………………」

 

 ――夜。もう深夜と言ってもいい時間。

 コノエは一人、宿の屋上へと上がる。

 

「……………………」

 

 ――僕は、どうすればいい?

 

 置かれていたベンチに座り、そう思う。

 コノエの頭の中では、そんな言葉がぐるぐると回っていた。

 

 何かをしたいと思った。何かをしなければと思った。

 これではダメだと思った、だって……。

 

『ありがとう、コノエ――あの日の願いが、全部叶ったわ』

 

 フォニアの言葉が、笑顔が、ずっと頭の中にあった。

 少女のように笑っていた。幸せそうに口を開けて、ありがとうと。

 

「……なんで」

 

 コノエは、思わず呟く。分からなかった。

 なんで……。

 

「……なんで、あんな顔で、笑うんだ。……なんで、あんな顔で礼を言うんだ」

 

 コノエは何もできていない。何もしていない。

 コノエはただ、隣に居ただけだ。話を聞いただけだ。何も言えなかった。十五年前だって、ただ訓練をしていただけだ。それ以上でもそれ以下でもない。

 

 ……ないはずなのに。

 それなのに、どうして、彼女は。

 

「……どうにか、しなければ。……でも、僕は、どうすればいい? どうすれば……」

 

 胸が痛くて、だから、必死に考えた。

 でも、分からない。コノエに出来ることが、すべきことが分からない。

 

 ――フォニアを助ける? どうやって?

 

 助けるためには、熾天結界を解く必要がある。熾天結界がある限りフォニアは助からない。魂は削れていく。

 そして熾天結界は魔王を封じるためのモノで、魔王が生きている限り解除は出来ない。

 

 つまり、フォニアを助けるためには魔王を殺すしかない。

 では魔王を殺す方法は……。

 

「……誰も、それを知らない。千年、誰も殺せなかった」

 

 教官でさえも殺せなかった不死の魔王。普通の方法ではどうやっても殺せない。

 殺せないから、アーキノルカは千年間、新たな固有魔法が現れるのをずっと待ってきた。

 

 ……だから、固有魔法を持たないコノエには、何も出来ない。

 

『――コノエ、そんな顔をしないで。これは、ずっと前から決まっていたことなんだから』

 

 決まっていた。そうなのだろう。千年の繰り返しだ。数多の犠牲を出して、アーキノルカは繋いできた。

 その現状を覆すだけの力はコノエには無い。ただ、戦闘能力だけを鍛えてきたコノエにはどうすることも出来ない。それが、現実だった。どうしようもない事実だった。

 

「………………」

 

 でも、それでも。事実でも。

 コノエは、なにかがしたかった。こんなのはダメだと思った。

 

 ……なのに、何もできない。

 ギリギリと胸を(さいな)む痛みがあって――。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 ――その痛みは、きっとコノエにとって初めての感情だった。

 コノエには、これほど胸を痛めつけるような願いが無かった。

 

 何かをしたいという想い。これでは嫌だという感情。

 難しくても、出来ないことでも、それでもと手を伸ばすような強い強い願い。

 

 ……それは、コノエと今まで縁のなかったものだ。

 コノエには、そんな願いなんてなかった。だって、コノエは欲が薄い男だ。

 

『――君、本当に何が欲しいの?』

『――地位も、権力も、名声も、芸術も、必要以上の金も、何もかも興味なさそうだし』

 

 アーキノルカに向かう前、教官はコノエにそう言った。

 

 そうだ。コノエはそういう人間だった。

 食べ物も、服も、その外の様々なものも。手に入る物だけで生きてきた。それ以上は求めなかった。手に入らないものは諦めた。執着しなかった。

 

 その原因が魂の傷のせいなのか、幼少期の家庭環境のせいなのかはともかく、コノエにとってはそんな生き方が当たり前だった。

 ただ一つ、どうしても欲しかったのは、手を伸ばした願いは、誰かと共に生きるというものだけで……でも、その願いも。

 

『……惚れ薬なら、僕みたいな人間でも、誰かの一番になれるんだろうか』

 

 惚れ薬。奴隷ハーレム。間違えていた。あやふやで、ろくでもなかった。

 

 二十五年前、普通を諦めていたコノエは己でも否定したくなるような方法を選んでしまった。

 間違っていたから、欲しかったけれど、同時に欲しくなかった。それでいいんだろうかとずっと思っていた。

 

 ――だから、コノエは今まで確固とした願いがきっと無かった。

 

 ……いいや、正しく言えば、決して譲れないものはいくつかあった。

 けれど、間違った願いは、神さまと教官の助けを得て、多くのモノに手を伸ばす力をコノエに与えてくれた。

 

 テルネリカには、手が届いた。

 メルミナは、あと一歩届かなかったけれど、すぐに帰ってきた。

 

 ……でもフォニアは。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「……僕は」

 

 フォニアは、手の届かない場所にいる。遥か遠く、何も出来ないような場所にいる。

 コノエはそれが、どうしようもなく胸に痛かった。

 

『思い出した、私はこれが好きだった』

『ね、コノエ。あと五年間、機会があればまた一緒に――』

 

 あと五年? なんなんだ。削れて、失って。

 好きなものまで忘れてしまって。

 

『新しい約束が出来るって、幸せなこと』

 

 約束なんて、当然のように出来ることだろうに。それに大した約束じゃない。夕陽なんて、何度だろうが見られて当然だろうに。

 そんなに当たり前のものまで奪われているのに――。

 

『――ありがとう、コノエ』

 

 ――どうして、君は、そんな顔で。

 

「…………………………」

 

 魔王を殺すことが出来れば。コノエは何度もそう思う。グルグルと思考が回る。同じことを延々と考えてしまっている。

 ……でも、やっぱり方法がない。ただの戦闘能力では救えない。

 

 助けるためには、それ以外のものが必要で……。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 ――届かないものに手を伸ばす。

 道理を覆しても、叶えたいと思う。

 

 それはもしかしたら――渇望、と言えるものだったのかもしれない。

 魂の、想いの発露だったのかもしれない。世界を変えるかもしれないような、そういう意志(ねがい)だったのかもしれない。

 

 ……しかし。

 

【――■■■、■■■■■】

 

 ……しかし、それでも。

 どれだけ願っても。どれだけ望んでも。

 

【――■ノ■、■■■■■】

 

 コノエには、何かが、足りない。足りていない。

 本人も知らない場所が。大切な何かが、欠けている。

 

 欠落した■■。■■の涙。■■の一片。

 それをまだ、コノエは見つけていない。

 

 だから、渇望はその形を作れない。

 器には収まらず、ただ溢れるだけ。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「……」

 

 コノエは無力感に打ちひしがれ、深く肩を落とす。

 地面を、屋上の床を見ることしか出来なくて――

 

 ――でも、そのときだった。

 

「――コノエ様」

「……? テルネリカ……?」

 

 屋上の扉が開く。金色の少女が現れた。

 

 

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