転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない) 作:ニテーロン
――コノエとフォニアが封印領域に侵入する、その少し前。
メルミナはテルネリカと合流し、二人で一階の仕事部屋の扉を潜っていた。
「…………」
「…………」
メルミナは調査と仕事のために昨晩は完徹していたが、それを感じさせない動きで自分の席に向かう。そして、腰のポーチから一つの魔道具を取り出し、起動した。
……それは、防諜目的の魔道具だ。同時に気配を探り、近くで二人に意識を向けている者がいないことを確認する。
「メルミナ?」
「それ、祝福型ね」
不思議そうな顔をするテルネリカに、メルミナは一言、言い放つ。
「……え?」
「あなたの固有魔法よ。自分じゃなく、敵でもなく、ただ一人だけを祝福する力。そういうのを祝福型って言うの」
メルミナはその気配に、朝コノエとテルネリカを見た瞬間、気付いていた。
テルネリカから感じる力の残滓と、コノエの中にあった力。それが全く同じだったから。
祝福型。それは特定の相手にだけ作用する権能だ。他の何でも代えられないような愛によってのみ、許される力。
ある意味、憎悪によってのみ覚醒し、対象を否定する呪詛型の対極とも言えるような。
――ただ一人に、
「その能力は極めて強力よ。本来、他者に力を付与する類の固有魔法は、一般的な固有魔法よりも出力が大きく落ちる。固有魔法は己の欲望のための力だから、ある意味当然ね。
――でも、祝福型だけは権能の出力を維持したまま、対象に力を付与できる」
要するに、愛する者に権能をそっくりそのまま譲り渡すような力だった。
つまり――
「――受け取ったものは、条件付きとはいえ、
一人一つしか使えないはずの、固有魔法の数少ない例外。それこそが、祝福型だった。
……しかし。
「自分の力だから分かってると思うけれど、良いことばかりじゃないわ」
「……はい」
「その固有魔法は、権能を譲り渡す。つまり……あなた自身は二度と固有魔法を使えなくなったということ」
――本当に、よかったの?
そう、メルミナは問いかける。
「強くなれば、戦闘用の固有魔法なら、コノエの隣に立てたかもしれないのに」
「…………」
「この残酷な世界で、あなたは自ら力を捨てた。いつか後悔するかもしれないわよ?」
この世界では何があるか分からない。唐突に迷宮が氾濫するかもしれない。明日にでも魔王が現れて、文明が崩壊していくかもしれない。
……だから、メルミナは問いかける。本当に、
それに、テルネリカは……。
「――ええ、かまいません」
「……そう?」
「はい」
「あなたの権能、コノエと縁が切れたら本当に何の価値もなくなるけど?」
「…………嫌なこと言いますね」
テルネリカは、絶対絶対切れませんけど、と言いつつ。
「――でも、はい。それでも、私はあの人のお役に立てる力を選びたい」
しかし、それでも、と。テルネリカは頷いた。
それでもいいのだと、テルネリカは笑う。例えこれから先何があろうともこの決断を後悔はしないと。
そこに嘘はなく、テルネリカは愛を持って胸を張った。
「……ふうん」
そんなテルネリカにメルミナは目を逸らす。これだから、と思う。
だってそれは、メルミナには決して真似が出来ないことだ。
そうだ、これが、これこそが。己の全てをかけて一人を愛するということだった。
黄金の想い。コノエを救った、どこまでも純粋な愛のカタチ。
コノエが目の前の少女の色に染まった理由を思い知らされる。
……メルミナは敗北感に苛まれて。
「……ああ、でも、メルミナ。一つ訂正を」
「……なに?」
「私も、一歩間違えば躊躇っていたかもしれません」
テルネリカは言う。もし、己の身を守る手立てが全く無かったら、こうは出来なかったと。
だって、コノエは周囲が傷ついたら悲しむ人だ。それを知っていて、己自身を適当にする事は出来ないと。
それでも、今回この力を選んだのは……。
「この数日で、頼りになるお知り合いが出来たからです」
「……は」
「――お願いします。メルミナ。これからも私を守ってくれませんか」
テルネリカがメルミナに深く頭を下げる。
それにメルミナは、ぽかんと口を開ける。……まさか、この女
確かに今回はメルミナがテルネリカを守っている。
けれど――。
「…………」
――正直に言えば、普通に嫌だった。
だって恋敵だし。一緒に住んでるし。しかも固有魔法でコノエに点数を稼いだみたいだし。一緒に住むな、代われ。とても断りたい気分だった。
「……む」
……でも、そう思う一方で。コノエが周囲が傷ついたら悲しむというのは事実だった。そういう男だ。
そして、メルミナだってコノエに悲しんで欲しいわけじゃない。泣く姿なんて見たくない。好きな人に笑っていて欲しいと思うのは普通のことだ。
「……むむ」
――それに、もう一つ。
何よりも大きい理由があった。
祝福型は本体が死ねば使えなくなる。つまり今後は、テルネリカの死はコノエの弱体化を意味することになる。これからも前線に立ち続けるであろう、コノエのことを考えれば……。
「……むむむむむ」
メルミナは、頭の中で色々考える。
葛藤して、嫌な気持ちとコノエの利益を比較して。
……ほんの少しだけ。
恋敵でさえ無ければ……この数日で見たテルネリカの人格自体は嫌いじゃない、と思ったりもして。
「…………はあ」
メルミナは最後に、大きく息を吐く。
目の前で頭を下げ続ける少女を見て。
「……頭を上げなさい」
「……メルミナ?」
「本当に、仕方ないわね」
そして、腰のポーチから小さなレンズが付いたピンを取り出して、頭を上げたばかりのテルネリカの方へ投げた。
「……メルミナ、これは?」
「うちの社員章よ。それがあれば、私の部屋に直通で入れるから。……コノエと別行動になりそうなときは、うちに来なさい。精々こき使ってあげるわ」
……まったく、本当に、仕方がない。
メルミナは内心で悪態をつきながら、テルネリカがピンを服に付けるのを見る。いざという時はメルミナに繋がり、神威武装としても使える特別な一品だった。
そしてもう一度、メルミナは大きく息を吐いて。
「……で、それはそれとして」
「はい」
「結局、あなたの力、どんな能力なの?」
頭を切り替えるように、メルミナは問いかける。
するとテルネリカは少し悩むような顔をして。
「……わかりません」
「え? ……ああ、覚醒したてだものね。そうね……じゃあ、なんとなくでいいから思いつくことを言ってみて」
「思いつくこと、ですか?」
「ええ、なんでもいいから」
「……そう、ですね…………」
それから、数秒間の沈黙があって。
ああ、そういえば、とテルネリカは呟く。
「……メルミナは知っているでしょうか。聖花の逸話なのですが」
「うん?」
「かつて、神が道に迷われたとき――」
――それは、異世界ではそれなりに知られた昔話だ。
かつて、神が邪神の陰謀で邪悪な森に囚われ、道に迷ったことがあった。どれほど歩いても端の見えない幻惑の森だ、何日経っても抜け出せず、神は困り果ててしまった。
でも、そんなとき。神の足元で輝く花弁があった。
純白の花、聖花だ。その花弁は一つだけでなく道を指し示すように点々と続いていた。神は光を辿って歩き、ついには森から抜け出した。そういう話で……。
「……なるほど。じゃあ、それがあなたの固有魔法ね」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『
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――コノエは視る。地獄に浮かぶ金色。
一片の花びらが、封印領域に浮かんでいる。
「……これは」
しかも、一つじゃない。
まるでコノエを導くように、封印領域の奥へと続いていく。
「コノエ? どうしたの?」
「……すまない、付いてきてくれるか」
「……? いいけど」
コノエは掃討を中断し、襲い来る魔王だけを焼きながら花びらを辿っていく。
理由は分からないけれど、そうしなければならない気がした。何よりも先に追いかけなければならない気がした。
だからコノエは、ただただ、金色の軌跡を追いかけて――。
「………………これは?」
そして、コノエはその場所に辿り着く。
そこは数多のスライムが這いずり回っている、少し開けた所だった。
――その、広場の中に。
それまでの花びらとは違う、一輪の金色の花が咲いていた。
◆
――広場に浮かぶ、一輪の花。
「……?」
コノエは首を傾げる。その場所を指し示すような花。
しかしそこは、見たところ広場の石畳と、地を這うスライムしか見えない。何を示しているのかが分からない。
「………………」
……コノエは、これは一体何なのかと、思考を巡らせ――。
『――――マ』
――でも、ふと。コノエはあれ、と思う。
何故だろう。その花を見ていると、コノエの脳裏に。
『――――ィマ』
なにか、よく分からないけれど。
『――ファティマ』
封印領域に刻まれた日記。その姫巫女の名が、浮かんでくるような――
※次の更新は二話同時になります。二話目から読まないように注意してください。
また、準備が進んでいますので、次の更新から第三部完結まで四日間毎日更新します。お付き合いいただければと。
報告
書籍化に伴い、三雲岳斗先生から推薦文を頂きました。
Xに載っていますので、是非見て頂ければと。