転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない)   作:ニテーロン

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第30話 五秒

「…………な」

 

 ――コノエは、今見た記憶にぽかんと口を開く。

 男の記憶。それは……それは?

 

「…………」

 

 愕然としながら、花の下のスライムを見る。

 そうだ。そのスライムは、少し様子がおかしかった。何故かコノエやフォニアに飛び掛かってくる様子がない。

 

 ……いいや、それは少し違った。近づいては来ている。

 コノエたちに気付いたのか、近づいては来ていた。だが、ずるずると鈍い動きだった。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 ――男は、まず最初にパニックになった。

 気が付けば己が、小さな一塊のスライムになっていた。憎い魔王になっていた。

 

 混乱した。訳が分からなかった。暴れた。狂いそうになった。

 でも、魂から湧き出す憎悪が狂気を押し留めた。

 

(…………? これは……あれ? 僕は今日本語で)

 

 そして、なんとか冷静に考えられるようになった男が次に気づいたのは、己が何故か日本語で思考している事実だった。

 ……いいや、正確に言えば違う。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(……これはいったい?)

 

 男は困惑しながらも現状を確認しようとして――時が経つにつれて、段々と理解していった。己に何が起こったのかを。

 それは男が調べたというよりも、伝わってきたからだ。どこからかと言えば、()()()()()()

 

(……つまり、これが魔王の()()()()ということか?)

 

 そうだ。男の現状、それこそが魔王の呪詛対策だった。

 魔王の中に、取り込まれる。そして、この世界の言葉が分からなくなる。この二つ。

 

 ――魔王の策、それは呪詛を掛けられたら、その瞬間に相手を逆侵食することだった。

 呪詛の固有魔法によってできた魂との繋がり。それを伝って相手の魂を侵食し、取り込む。取り込んで、汚染し、相手の()()()()()()()

 

 ではその加護を反転することで何が起こるのかと言えば――

 

(――この世界の言葉は加護という形で、()()()()()()()()()()()()。それが、引っ繰り返されれば……()()()()()()()()()()

 

 神による共通言語の反転――すなわち、言語の剥奪。

 

(魔王の呪詛対策とは、呪詛を使った者から言葉を奪うことだった)

 

 人は、言葉によって思考する。言葉を用いて人を愛し、言葉を用いて敵を憎む。その言葉を奪い、憎悪の行き先を見失わせることで、魔王は呪詛を無効にしてきた。

 

(では、僕がこうして意識を保っているのは――日本語を知っていたからだ)

 

 異界の言語。神に頼らない言葉。この世界では本来あり得ない日本語が、魔王に取り込まれながらも、男の意識を取り戻させてくれた。

 そして――。

 

(――僕はまだ、呪詛を使える)

 

 それはつまり、千年の歴史で初めての、魔王に対し呪詛を通せる者の出現を現していた。

 

 ◆

 

(――きっと魔王を殺せる。彼女の仇を討てる)

 

 現状を理解したその日から、男は待つことにした。呪詛を抱え、ただ待った。

 それは、呪詛は単体で敵を討つ力ではないからだ。固有魔法を封印するだけ。しかも時間制限付きだ。弱らせた後、固有魔法を封印した後、魔王を殺してくれる存在が必要だった。

 

 男はスライムの体で、その誰かを待った。

 新たなアデプトが訪れる話は聞いていた。時が来るのを待てばいいと思った。

 

(……しかし、なぜ魔王は意識を残した僕を放置している?)

 

 その途中、男は疑問に思った。何故だろうと。

 でも、それもすぐにわかった。伝わってきた。

 

(……この魔王、もしかして意識がないのか?)

 

 ――この魔王に意識はない。

 機械のように決められた行動だけを繰り返している。

 

 人間が居たら襲う。大地を汚染する。呪詛を使われたら取り込んで加護を反転する。

 そう、決められた通りに動いている。決められたことしか出来ない。

 

 魔王がなぜそうなったのかと言えば――

 

(……邪神?)

 

 そんな答えが返ってきた。魔王は、邪神に調節されてそうなってしまったのだと。

 邪神によって、人を殺すための兵器に改造されてしまったのだと。

 

(……)

 

 確かに。考えてみれば少し不思議だった。復活の権能。生に執着する固有魔法を持っている魔王。死にたくないという渇望を持つ魔王が……なぜ、人に戦いを挑むのか。

 戦うから、襲われる。こうして封印される。ただ生きたいのなら、ダンジョンの奥深くにでも隠れ潜んでいた方がよほどいいだろうに――。

 

(……まあ、僕にとっては都合がいい)

 

 ……とにかく、男は見逃された。魔王に組み込まれた命令に、異世界人の対応は含まれていなかったのだろう。

 男はただ待ち続けて――

 

 ◆

 

 ――そして、その日が来た。アデプトが訪れた。

 男は喜び、呪詛を使おうとし……。

 

(……これは)

 

 でも、すぐに気づいた。これでは駄目だ。男は理解した。繋がっているからこそ理解した。男の呪詛は、魔王相手にはわずかな時間しか、五秒しか維持できない。

 つまり、使用後五秒以内に殺しきってもらわなければ、また不死の固有魔法が復活してしまう。

 

 しかし、アデプトが戦う姿を見ていると……どう見ても五秒以上かかりそうだった。

 それに、凄まじい力を放ってはいるが、殲滅を急いではいないようにも見えて。

 

(……五秒以内だと伝えれば、急いでくれるか?)

 

 そう思ったものの、現実的ではない。どうやって伝えるというのか。魔王の一部になったこの体で。この世界の言葉を失った身で。

 しかも、重ねて理解する。魔王は今まで男を見逃していたが……敵対行動をとれば、その時点でおそらく潰しに来る。敵対者を排除するプログラムがあるからだ。

 

(……チャンスは一回だけ)

 

 その一度で、魔王を殺さなくてはならない。なのに、それを伝えることが出来ない。

 

(……)

 

 男は必死に方法を考えた。しかし何も浮かばなかった。

 そうしている間に、アデプトの攻撃が男の方にも飛んで来て――。

 

 ◆

 

 ――そして、そんなことを男は幾度も繰り返した。

 何度も、何十度も繰り返した。でもダメだった。

 

 急いでくれと、五秒だと伝えなければならない。でも誰にも伝えられない。日本語しか分からないからだ。

 無為に時間だけが過ぎていく。何年も、もしかしたら何十年も時が過ぎていき――。

 

(……)

 

 昼も夜もなく、停滞した変化のない時間。光明が見えず、ただ耐えるだけの日々に男の精神は段々と摩耗していった。

 ……でも、諦められない。最愛の仇を討てる可能性をどうして捨てられるだろうか。

 

(……ファティマ)

 

 苦しみの中、男は幾度も彼女を思い出した。彼女の笑顔を思い出した。手の温もりを、幸せな日々を思い出した。

 思い出して、ただ過ぎ去っていく時に耐えようとした。ただただ、彼女が居た日々を思い出して――。

 

 ――そんな、ある日だった。長い、長い時間が過ぎた、ある日だった。男はふと思った。

 

(――そうだ、日記を書こう)

 

 なぜそう思ったのかは、男にも分からない。

 記憶を形あるものとして残したかったのかもしれないし、単なる暇つぶしだったのかもしれない。それとも……。

 

(……)

 

 ……彼女に文字という形でも会いたかったのか。

 分からないけれど、男は、その日から記憶を地面に書くことにした。

 

 ◆

 

 さらに時が過ぎる。上手く扱えない侵食の力を使って、一文字に何日もかけるような速度で書いていった。一つ、二つと日記が増えていく。文字を書くという行為をしても、魔王は何の反応も見せなかった。そういうプログラムは無いらしい。しかし、敵対するようなことは書けないので幸せな日記だけを書いた。

 

 男は彼女を想った。ただただ、想い続けた。

 長い時間が過ぎていった。それでも男の愛は変わらなかった。

 

 幸せだった。好きだった。愛していた。

 あの日、地べたに座り込む男に手を伸ばしてくれた姫を想った。美しい緑の輝きを想った。

 

 刻んだ日記を読んで、あの日の記憶を思い返した。

 店で再会したときの記憶。デートしたときの記憶。手をつないで歩いた記憶。告白し受け入れてもらえた時の記憶。結婚式で泣いて笑っていた記憶。

 

 書いて、読んで、思い出して、耐えた。

 耐えて、耐えて、耐え続けた。

 

(――ファティマ)

 

 何年も、何十年も、何百年も、男は彼女のことを想い続け――。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 ――そして、現在。

 長い長い時間の果てに。

 

「――あなたは(・・・・)

 

 三百年の果てに。スライム(おとこ)の前にコノエがいた。

 コノエは、金の花を通して、その男の記憶を見た。だからコノエは、日本語で男に話しかける。

 

「……あなたは、ファティマさんの」

 

 名を呼ぶと、スライムの体が震えた。そして、その体から、一本の触手を伸ばす。

 それは、目の前の床に文字を書こうとする。

 

『askrghjkvbnm,kybkr!!』

 

 敵対行為をしようとしたからか、周囲のスライムが突然騒がしくなる。動き出す。コノエではなく、目の前のスライムに向かって――。

 

「……」

 

 コノエは地を踏み、雷を生み出す。そのスライムの周囲に雷の壁を作り出す。

 スライムは、触手を伸ばし、床に四つの文字を書くように動かす。文字は刻まれなくても、書いている内容は理解できた。

 

『5』『び』『ょ』『う』

 

 日本語の言葉、それを伝えるために、この男は、三百年も耐えてきた。

 ただただ、摩耗していく意識を保ち続けてきた。

 

「……はい、任せてください」

 

 コノエは日本語で頷いて見せる。すると、スライムは小さく震え――。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 ――男は。頷くコノエを見た男は、安堵と共に、過去を想う。

 彼女を想い、己の中の憎悪を取り出そうとする。

 

 それは、あの日の記憶だ。

 死にゆく彼女の姿。謝る姿、涙を流す姿。伝えられなかった――。

 

(……ああ)

 

 ――だから、これは。そのための魔法だった。

 

固有魔法(オリジン)――この()は、()だあ()日伝()られ()かっ()言葉のために』

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 ――呪詛が、男の魂から拡散していく。それをコノエは見る。

 

 [制限時間、残り五.〇〇秒]

 

(…………)

 

 コノエは横で困惑するフォニアに教官仕込みのハンドサインを送る。言葉を交わす時間はない。ただ、殺せることと、制限時間だけを伝えた。フォニアの顔が驚愕に変わる。

 同時に周囲のスライムの気配が一変する、気配が伝播する。立っている地面にも。

 

 コノエは跳躍する。高く跳び上がる。フォニアも続く。

 そして――

 

(――雷よ)

 

 体内に雷を生み出す。それはコノエの体を侵食していく。内臓が雷に変わる。骨が雷に変わる。神経が変わり――コノエの全てが、一時的に雷に置き換わっていく。

 

 激痛が走る。己の体を自ら焼いていく。しかし、そんなもの知ったことかと踏みつぶす。

 雷化。コノエの奥の手。それは己も敵も焼き尽くす、最強の刃にして諸刃の剣。

 

 地と天では魔王が蠕動する。それまでとは違う、高速の動き。

 蠕動し、何かしようとしている。本気を出そうとしている。

 

 魔王の高まる気配。それは先日の比ではない。

 しかし――

 

(――五秒以内に、殺し尽くす)

 

 ――想いは胸に。コノエは、確かに願いを受け取っていた。

 任せてくれとコノエは確かにあの男に言ったのだから。

 

(――顕現)

 

 ――神の槍より雷が奔る。雷轟が閉じた世界を揺るがせる。

 ――こうして、五秒間の魔王戦はその幕を開けた。

 

 




クライマックスなので、今日の更新を含めて四日間毎日更新します。
明日も同じ時間に更新するので是非来ていただければと。
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