転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない)   作:ニテーロン

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第32話 渇望

 教官。魔王の討伐者。希望の象徴。

 ――コノエの、師匠。

 

 確かに目の前に教官がいる。いつの時代かはわからないが……。

 ……いや、そういえば聞いたことがあった。

 

(……確か、天蓋竜戦の前に、後顧の憂いを断てないかと一戦交えたと)

 

 つまりコノエの目の前にいるのは、もしかしたら、百年前ただ一人で魔王を殺した――。

 

「――――」

 

 ――教官が、一歩足を前に出す。

 相対しているだけで感じる、圧倒的な圧力。

 

 世界最強がそこにいる。全身が総毛立つ。

 ……コノエは理解する。

 

 ――固有魔法の有無など関係ない。

 ――目の前の敵は、己より圧倒的に強い。

 

[制限時間、残り二.〇〇秒]

 

 死ぬ。コノエは死ぬ。きっと死ぬ。コノエは思い知らされる。

 殺意が、死の気配が襲い来る。

 

 順当に行けば死ぬ以外の未来はない。どうやっても勝てない。

 一瞬後には敗北している自分を想像する。頭を潰されている自分を幻視して――。

 

(――ぁぁ)

 

 ――しかし。それでも

 ――コノエは拳を握る。

 

 コノエは、勝てないからと諦めることを良しとするような教えを受けていない。訓練を積んできていない。願いを受け取っていない。

 ――死ぬのなら、敵を殺して死ね。それこそがアデプトである。

 

 静かに、コノエが構える。影も構える。

 一秒の百分の一ほどの停滞。互いに構え、視線が重なり――。

 

「――!」

 

 ――そして、踏み込みは同時だった。

 

 刹那のうちにコノエと影の距離が縮まっていく。加速した思考。引き延ばされた時間。コノエはその狭間で己の微かな勝機を見る。

 

 圧倒的に格上の敵。百度戦い百度殺される相手。

 だが、僅かに可能性があるとすれば……それは、コノエが教官の弟子であることだった。

 

 敵は現代ではなく過去の教官の影。でも、先の影の構えをコノエは確かに知っていた。一方、擬態はコノエのことを知らない。

 二十五年の積み重ね、幾度となく合わせた拳。その経験こそが、コノエの唯一の勝機で――。

 

(――戦いは一瞬で終わる。……一瞬以上、僕の命が持たない……!)

 

 迫り来る影。生死を掛けた一瞬。救わなければならない人。託された想い。

 絶対的な死を前にして、しかしコノエは、ただ己の願いに手を伸ばし――。

 

「――」

 

 コノエの両腕に光が灯る。渇望に神の武装が呼応する。

 白と金の光が両腕を包み込む。新たな形を作り出す。神威は、また僅かに力を取り戻して――。

 

 ――神の手甲が、姿を現す。

 その輝きは、命を賭してなお手を伸ばす、決して譲れない(あい)のために。

 

「――――」

『――――』

 

 ――コノエと影の拳が交差する。

 その衝撃で影の拳が僅かに逸れ――。

 

「――っ」

 

 ――コノエの拳は、粉砕される。白と金の手甲に無数の亀裂が走る。

 

 武装があって尚の敗北。だが、勘違いしてはならない。

 仮に手甲が無ければ――。

 

(――腕一本、肩から吹き飛んでいた――!)

 

 逸らされた影の拳がコノエの頭のすぐ横を抜ける。一合、凌ぎきり――しかし、次の瞬間には影の足が動いていた。

 動きは上段の蹴り。狙いは頭。認識したときにはもう迫っている。コノエは無事な方の腕を、受け流すように構え。

 

 ――コノエの腕が、また一本、粉砕される。手甲がはじけ飛ぶ。

 雷と化したはずの腕が、根底から破壊される。修復にかかる時間はいかほどか。少なくともこの戦闘の中では治せない。

 

 僅か二合でコノエの両腕が破壊される。

 そして――

 

『――』

 

 ――両腕を粉砕されたコノエに、影の拳が、再び振るわれる。

 その狙いは――コノエの心臓。頭を守った両腕を弾き、開いた正面を抉ろうとする。

 

 コノエは、その拳を見る。己を貫かんとする拳を見る。

 食らえば、上半身に巨大な風穴が空くだろう、もう闘うことなど出来るはずがないような、そんな拳。

 

(――ああ)

 

 それを、それに、コノエは――。

 

(――それを、待っていた)

 

 コノエは、思考だけで笑う。そうだ。コノエはこの拳をこそ待っていた。

 二十五年の積み重ね。幾度となく心臓を打ち抜かれた三連撃。最初の二合をこの状況に誘導すれば、教官ならそう来るのではないかと信じていた――!

 

 準備していたナイフが、胸で弾ける。その魔力は、()()()()、両断する。

 ――コノエは、己の魔力で左の首元から、右の脇に掛けて斬り裂かれる。

 

 雷の体だからできた荒業。コノエの体が、頭と右肩と腕、そしてそれ以外に分割される。

 教官の拳が、分かたれた半身を打ち抜く。しかし、頭と腕は教官に一手近づく。

 同時に、心臓に仕込んでいた罠が発動する。限界まで圧縮した雷が教官の体を通り抜けて――。

 

『――』

 

 教官の影の、驚愕した顔。

 コノエは渇望をもって魔道具を稼働させる。ナイフが生み出される。そのナイフの柄を、歯で噛みしめる。雷と砕けた右腕で空を叩き、体を加速して――。

 

 ――一閃。

 

 咥えたナイフが、教官の影を斬り裂く。

 雷がスライムの体を貫く。内部を焼き尽くす。

 

(……)

 

 影が、焼かれて消えていく、その表情は驚愕したままで……。

 

 ……何を、驚いている。コノエは影にそう思う。

 こんなもの、あなたが僕たちに教えたことだろうに――。

 

『――腕が落ちたら足で戦いなさい。足を失えば這って噛みつきなさい。死んでも戦いなさい。無辜なる民の盾となりなさい。それがアデプトです』

 

(……所詮は影、か。魂が違う以上、いくら強かろうと本物には遠く及ばない)

 

 影が消えていく。領域内の最後のスライムが消えていく。教官の影の消滅と共に、魔王の気配が薄れていく。

 残り時間は……。

 

[制限時間、残り一.九五秒]

 

 残り時間は、まだ残っている。呪詛によって復活の固有魔法は封印されている。

 そして、領域内の全てを焼き尽くした。最後の教官の影も打倒した。

 

(――――い)

 

 今、封印領域の中はコノエとフォニアしか動くものは居ない。

 

 ――つまり。

 この戦いはコノエの勝ちで、魔王討伐は成し遂げられた。

 

(――――ない)

 

 これで、めでたしめでたしだ。千年間人類を苦しめた魔王は討ち取られた。

 フォニアは救われ、男の願いは果たされた。そういうことに――。

 

(――そんなわけが、ない!)

 

 ――違う。違った。それはあり得ない。

 魔王が、こんな簡単に終わる訳がない。コノエは確かに気付いていた。

 

 コノエは、治癒魔法を全力で回す。分かたれた半身と、己を繋ぎ合わせる。

 形を戻し、影の拳によって徹底的に破壊された心臓を修復する。

 

[制限時間、残り〇.九五秒]

 

 過ぎ去っていく時間。それでも必死に修復し――。

 

[制限時間、残り〇.四〇秒]

 

「――!!」

 

 壊れた体から伝わってくる激痛に脳髄を焼けた鉄の棒でかき混ぜられている気分になりながら、コノエは槍とナイフを作り出す。

 修復に費やした時間に歯噛みしながら、投擲する。

 

[制限時間、残り〇.二八秒]

 

 槍は、教官が出てきた最後の建物に。槍によって焼かれて塵になる。

 そしてナイフは――

 

「――おぉ!」

 

 投擲したナイフが、封印領域の天井へ向かって飛ぶ。

 そうだ、そこは、教官と戦う前、金の権能によって見た……。

 

(――フォニア!)

 

 ……天井に、ナイフが接触する。その場所を示す。

 同時に事前に()()()()()()フォニアが権能を発動し――天井に、()()()()に、(ひび)が入る。

 

 パリン、と結界が弾けて――。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 ――それは、数秒前にコノエが見た微かな違和感だった。

 何かがおかしい。()()()()()()

 

 確かに、難敵だった。

 復活の権能だけでなく、戦闘開始から襲って来た無数の影。過去戦ってきた中でも最強の敵だった。

 

 さすがは魔王だと思う。恐ろしい敵だと思う。

 しかし……コノエは、二体の災厄と戦って来たコノエは、そこに違和感を見た。

 

 ――願いが、感じられない。想いが、渇望が見えない。

 

 過去戦って来た二体は、共に己の全てを懸けていた。

 竜も茸も、彼らの願いの為に生きて、そして死んでいった。渇望があった。愛があった。何を犠牲にしても成し遂げたい祈りがあった。

 

 ……なのに、スライムには、魔王には渇望を感じなかった。

 一瞬、男の記憶で見た機械化処理のせいかとも思ったが――それでも、おかしいと思った。復活の権能。その魔法は有史以来ただ一つの権能だったはずだ。それほどの重みがあったはずだ。

 

 死にたくない。いくら処置されたとしても、魂にそう刻んであるはずなのに。誰よりも強くそう願ったはずなのに、固有魔法を封印しても、影を殺しても、コノエは魔王になんの願いも感じられなかった。

 

 ……違和感があった。もちろん、勘違いならいい。邪神の調整が完璧だったというだけだ。しかし万が一があれば、あの男の願いが無駄になる。フォニアも助けられない。

 だから、金の権能で見た。隠された意図を探した。何かがどこかにあるかもしれないと思って――。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 ――そして、今。砕けた熾天結界の表層が破片となって空から落ちる中。

 コノエは、見る。弾け落ちゆく光と、そこに隠れた――。

 

『udhs!!??』

 

 ――ほんの、小さなシミを、結界の破片に見る。

 ――それは、破片の内部に潜んでいた魔王の欠片だ。

 

 コノエが金の権能で見たもの。魔王の策。

 これだ。これこそが、魔王の保険だった。

 

 魔王は、侵食と復活の力を持った邪悪は、ただ封印されていたわけではない。

 千年かけて、脱出のために行動していた。それこそが、熾天結界への侵食だった。

 

 魔王は、結界は侵食して破壊する。そう命令されている。

 魔王は千年、ただただ愚直に、命令された通りに侵食を続けた。

 

 その侵食に、結界を破るほどの力はなかったかもしれない。しかし、何の意味もないわけじゃなかった。魔王は結界を侵食して――。

 

 ――熾天結界に小さな穴をあけ、結界の()()()()に潜んでいた。

 

 たとえ固有魔法を封印され、封印領域内を殺し尽くされたとしても、一欠片、生き残られるように。

 そうだ、この保険を仕込んでいたからこそ、魔王からは感情を感じられなかった。

 

 ――でも、今、その保険すらも覆されて。

 

[制限時間、残り〇.一八秒]

 

『ied!!!!????』

 

 魔王は叫ぶ。コノエは、そこで初めて、魔王から意志を感じる。

 生存への欲求。死にたくないという渇望。世界を塗り替えんとする願いを感じる。増幅していく魂の力を感じる。

 

 しかし――

 

『iu!!!!????』

 

 ――しかし、その固有魔法は、既に封印されている。

 男の願いは、三百年の渇望は、確かに魔王を追い詰めていた。

 

[制限時間、残り〇.〇九秒]

 

(――顕現)

 

 コノエは槍を造り出す。振りかぶる。

 叫び続ける魔王を見て――。

 

『v!!!!????』

 

 槍が放たれる。封印結界の中を飛翔する。

 魔王との距離を瞬く間に縮め。

 

[制限時間、残り〇.〇二秒]

 

 金の雷と共に、打ち抜いていく。

 魔王は抵抗できぬまま――。

 

『iyy!!!!??????』

 

 ――こうして、千年間人類を、アーキノルカを苦しめ続けた魔王は。

 ――神の雷によって焼き尽くされ、世界からその存在を消した。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 ――そして。

 

『――ああ』

 

 ――男は、堕ちていく。

 

 スライムと化していた男は、堕ちていく。

 打ち抜かれ、消えゆく魔王と共に霧散しながら。 

 

 そう、共に、堕ちていく。これは当然のことだった。

 男は人である。人は、天に帰るものだ。……しかし、長年魔王に汚染されていた男の魂は、天には昇れない。 

 

 もう、汚染され尽くしている。神の目から見ても、男と魔王の境目が見えない。

 男を救おうとして、魔王を救う訳にはいかない。手を差し伸べられない。

 

 男は救われない。神様では救えない。もちろんコノエにも、フォニアにも。

 だから、地の深い底へと、男はただ落ちて――

 

『――?』

 

 ――でも、そのはずなのに。どうしてだろう、男の手を掴むものがあった。

 なぜか、必死に男に手を伸ばす存在があった。

 

 男は、ぼんやりとした意識のまま、己の手を掴むものを見て――。

 

『――ぇ』

 

 見た。男は見た。

 そこに居たのは――。

 

『――』

 

 男は、魂なのに腕が酷く痛むことに気付く。

 ……力が、強いよ。

 

 そうだ。熾天結界は、過去の継承者の魂によって形作られる。

 だからきっと、先程砕けた破片の中に――。

 

『――ああ、相変わらず、綺麗だ』

 

 緑の光が、あった。男がかつて見た光だ。

 美しい緑色の輝き。その光に抱きしめられて、男はスライムから切り離される。

 

 ……二人は共に。

 ただ、天へと向かって昇っていった。




【雑ステータス】
基礎能力 6000→6500  神威武装Lv3→Lv4
固有魔法 0
祝福   500~5000  ギミック特攻

次回、エピローグです

〇お知らせ
Xでテルネリカのモノクロの挿絵が公開されていますので、是非見て頂ければと
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