転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない) 作:ニテーロン
――戦いから、二十と数日が経った。
その日の朝、コノエはアーキノルカを発った。コノエ的にはやりすぎではと思うくらい盛大な見送りだった。
転移門を潜って、潜った先でまたおめでとうと声を掛けられて。
困りながらテルネリカと共になんとか抜け出して、宿に向かった。
そして、少し落ち着いた後に向かったのは――。
【――お帰りなさい!】
「……はい。ただいま、帰りました」
――神様の下だった。約束通りの時間にコノエが部屋に足を踏み入れると、笑顔の神様が迎えてくれる。
部屋の中にはお茶のいい香りがしていて、机にはお菓子が並んでいた。
【三十日間、お疲れ様】
「……はい」
三十日ぶりの帰国。コノエが神様に会うのも三十日ぶりだ。
魔王との戦いの後は色々と忙しくて、神国に帰る余裕はなかったから。
何があったのかと言えば――。
【――検証とか、調査とか、大変だったでしょう?】
「……はい、すごく」
――本当に、魔王を討伐出来たのか。その調査だ。
魔王の討伐。それも不死の魔王だ。本当に殺しきれたのかの調査が必要だった。
倒せた、おめでとう、めでたしめでたし、とはいかない。
結界の壁の中に隠れていた欠片のように、どこかに欠片が潜んで生き残っている可能性が否定できなかった。
それを潰してからじゃないと、熾天結界を解けない。魔王を殺せたと結界を解いたら実は生き残っていて魔王が外に出てしまいました、じゃ話にならないからだ。
だから色々調査があって、聞き取りもあって、長い検証作業があった。
専門家や調査に向いた固有魔法持ちが大勢アーキノルカに来て、何日も朝から晩まで大騒ぎだった。
金の権能を受け取ったコノエもその調査に加わって、走り回って。そしてついに昨日、全ての調査が終わって。
――熾天結界は解かれた。復活する魔王はいなかった。
全世界に魔王の討滅宣言が出されて、これでようやく、めでたしめでたし、となった訳だ。
【――困ったこととか、無かった?】
「……いいえ、助けてくれる人がいたので」
例えば、テルネリカ。金の権能をコノエに授けてくれた。
今回魔王を討伐できたのは、
ただまあ、彼女は――
◆
『……ありがとう、君のおかげだ』
『いいえ、いいえ、コノエ様。それは私の言葉です。私が今ここに居るのは、全てあなた様のおかげなのですよ――』
――戦いの後、礼を言うとそう謙遜して微笑んでいたけれど。
そして、何か礼をと言ったら、微笑んでただコノエの手を握った。
手を握って、寄り添う。それだけを望んだ。
これで良いのかと聞いたら、はい、と。
でもこれは流石にお礼になってないのではないか、本当にいいのかと聞いたら――
『――ふふ、コノエ様。同じことを言ってます』
『……え?』
『金貨千枚、です。あのとき、私が本当にいいのかと聞いたら、コノエ様は――お茶を飲みたい、と』
――シルメニアでの記憶をコノエも思い出す。
二人で物見塔に昇って、お茶を飲んだ記憶。
それにコノエは何度か瞬きして――そんなコノエに、テルネリカは目を細めて、私もこれで良い、いいえ、これが良いのです、と。
……だから、宿の屋上で二人で並んで座っていた。
……ただそれだけの時間が、どうしようもなく、心地よくて――。
◆
『――コノエ、テルネリカは私に任せてくれていいわ。あなたは調査に集中して』
――また、メルミナはアーキノルカに留まって助けてくれた。
テルネリカの護衛も買って出てくれて、心置きなくコノエが調査に行けたのはメルミナのおかげだった。どうやら二人で城の部屋に籠って書類仕事をしていたようだ。
……今回、コノエはメルミナにも助けられっぱなしだった。
それで、彼女にも何か礼をしなければと数日前に話しかけたら。
『……そうね、じゃあコノエ。次は私に付き合ってもらおうかしら』
メルミナはそう言ってニヤリと笑い――。
◆
――と、まあそんなこともありつつ。
総括としては、皆の助けもあって問題なかった。なのでコノエは神様に大丈夫だったと伝える。
すると神様は目を瞑り、何度か頷いて。
【――あなたは、本当に、良い子】
「…………神様?」
【コノエ、今回は、本当にありがとう。あなたの成し遂げたことは、多くの悲劇を終わらせ、世に希望をもたらし、数えきれないほどの人を救うでしょう】
神様はそう、静かに笑う。そして、一歩二歩とコノエに近づいてくる。
目の前まで来て、座るコノエの頭へ手を伸ばし。
【…………】
そこで、何故か。神様から、鋭い痛みのような感情が伝わってくる。
胸が締め付けられるような痛みが伝わってきて……。
……でも。
【…………うん】
神様はその手をコノエの頭に下ろす。
ぽん、と。温もりが、コノエに伝わってくる。
……そのまま、ゆっくりとコノエを撫でた。
コノエは……。
「………………」
……コノエはその、初めての温度と触れた感触に。
気恥ずかしいような、困惑するような……でも絶対に嫌じゃないような、そんな気分になった。
【ありがとう、コノエ】
「……い、いいえ……」
なんと言えばいいか分からず困るコノエに、神様は笑う。
そして、そろそろお茶をとコノエに促した。
コノエは勧められるままにカップを手に取って……そこでふと、約束していたものを思い出す。
鞄から、丁寧に包装された包みを取り出し、神様に差し出した。
……お土産です、と渡すと、神様は大きく目を見開いた後、嬉しそうに笑って――。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――しばしのお茶会の後、コノエは部屋を出る。
調査や魔王との戦いも含め色々なことを話した。穏やかで、胸の奥が疼くような時間があって……。
「……しかし、綿菓子が段々進化してるような」
胸の熱を吐き出すように、なんとなく呟く。
何のことかと言えば、先ほどのお茶会で出たお茶菓子のことだった。
そういえばアーキノルカに向かう前も綿菓子がどうこう言っていたけれど、今回出てきたのはコノエが知っている綿菓子ではなかった。
小さな串に刺さった一口サイズの綿菓子が皿の上に並んでいて、綿菓子の最大の欠点とも言える食べにくさが解消されていた。……ああいうのって地球にもあったんだろうか? と思いつつ。
「………………ふぅ」
まあ、それはともかく。コノエは学舎の廊下を歩いていく。
階段を下りて、そのまま学舎を出ようとして――。
「――あ、コノエ、良い所に」
「……っ、コノエ」
「……教官、とフォニア?」
――そこで、銀と青の二人にちょうど出くわした。
◆
「コノエ、ちょっとこっちに」
「……? はい」
コノエは、教官に先導される形で近くの部屋に入る。
そして……。
「実は、君にも伝えておかなくちゃいけないことがあってね」
「……?」
「真面目な話だよ。君、魔王の領域にあった日本語が何故か解読されなかった件を覚えてる?」
「……え、はい」
言われて思い出す。刻まれた日記。日本語で書かれた文章。
別に暗号とかではなく、研究室には言語の専門家が何人もいたはずなのに、何故か解読出来ていなかった。あの時はそれどころじゃなかったから流していたけれど……。
「実はね、それに関する調査で奇妙なことが明らかになったんだ。――研究者の中に、何故か日本語が記憶から消えていたものが大勢いるんだよ」
「……え? ……記憶から、消える?」
「そう。それもアーキノルカだけじゃない。二十五年前を境に、全世界規模で」
教官は言う。二十五年前までは日本語の研究は世界中で盛んにされていた形跡があるらしい。なのに、どの国でも二十五年前を境にぱったりと研究が中止されていると。
他の言語は違う。異世界人が召喚されて以来、言語の研究は今も盛んにされている。にもかかわらず、日本語だけ。しかも研究者に聞き取りしても覚えてないと首を傾げていたと。
「もちろん、誰かが指示を出したとかじゃない。それなら私は知っているはずだし、
「……それは」
「アーキノルカでもね、日本語の資料だけが隅に追いやられて埃をかぶってたんだよ。他の言語はそんなことないのに」
……だから、誰も日本語に気付かなかった、と?
唐突な情報にコノエは困惑する。日本語だけって、なぜ?
「…………」
……何が起こっているのだろう。訳が分からない。けれど、不穏な気配があった。
眉を顰めるコノエに、教官は、手掛かりを探しているから君も注意しておいて欲しいと言う。
コノエは無言で頷いて……。
「…………」
「…………」
そして、神妙な気配で数秒間の沈黙があって。
「……うん、じゃあコノエも分かってくれたみたいだし、真面目な話はここまでにしよっか!」
「…………え?」
「ごめんね。いきなりこんな話をしちゃって。今日は弟子の凱旋だっていうのに」
それまでの気配が嘘のように、教官は笑う。
笑って、コノエに手を伸ばして――。
――そのまま、コノエを抱きしめた。
「――おめでとう、世界中大騒ぎになってるよ? 私も師匠として鼻が高いよ」
「…………!!」
コノエは驚愕する。突然の状況。伝わってくる柔らかい感触に混乱し、ふわりと鼻を擽る匂いに慌てふためく。……というか、ゆっくりだったのに全く反応できなかった――!
「……きょ、教官!?」
思わず叫ぶ。コノエの心臓が大きく跳ねて――。
「――よくやったね」
「……」
――でも、教官が耳元でそう囁くと。不思議なほどに力が抜ける。
混乱も驚きも消えて、後に残ったのは、目の奥の熱だけだった。
「……僕ではなく、色んな人の協力の結果です」
「知ってるよ。それでも、成し遂げたのは君なんだ」
「……教官の教えのおかげです」
「それはそう。でもね、それに応えたのは、君なんだよ」
ポンポンと教官がコノエの背中を叩く。
そして……。
「擬態とはいえ私を殺すなんてやるじゃない。どれくらい強くなったのか、また見てあげるね?」
「……いや、それはちょっと」
勘弁してほしい、とコノエが言って、教官が笑う。
そうして、近いうちにあるという論功行賞――目立ちそうなのであまり気は進まないが――の話をしたりしつつ、時間は過ぎていき――。
◆
――数分後。教官が手をひらひらと振りながら去っていく。
すると、部屋にはコノエとフォニアが残された。
コノエと美女と二人きりで部屋に残されている形。本来のコノエなら居心地が悪くて逃げだしている状況だが、フォニアとはこの三十日、調査で長い時間を過ごした仲だった。
流石にコノエも少し慣れてきている。
なので、それほど気負うこともなく気になっていたことを問いかける。
「……フォニア、結界を解いた後の調子は」
「……っ」
そうだ。魔王を倒してしばらく経った。しかし、フォニアが結界を解いたのは昨日、討滅宣言が出た後の話だ。それからは一晩経って、コノエはどうなったのか気になっていて……。
「……う、うん。調子は、良い。魂が戻ってきている感覚がある」
「……! そうか、それは、良かった」
何故か昨日までと違ってフォニアは少し俯きがちで、両手をスカートの上で固く握っていたが……そんなことが気にならないくらいコノエは安心していた。
固有魔法さえ解除できれば、いつかは治ると聞いてはいたが、ことは魂だ。少し不安だった。
……よかった、と思う。
手が届いてよかった。手を伸ばして、良かった。
「……その、ね」
「……うん?」
「……コノエ。改めて、助けてくれて、ありがとう」
そしてフォニアがお礼を言う。もう何度目か分からない礼だ。
何度も何度も、何十人にも礼を言われた。フォニアだけじゃなくその家族――アーキノルカの王と王妃にも礼を言われた。深く頭を下げられて、どうすればいいか困ったのも記憶に新しい。
……だから、コノエはそのときと同じように返す。
「……僕だけの力じゃないよ」
「……うん、でも、ありがとう」
すると、フォニアは礼を言った後、また同じように少し俯いて……。
「……?」
そこで、コノエはフォニアの様子がおかしいことに疑問を抱く。
何かあったのかと首を傾げ……数秒して、ああ、そうかと思う。
きっと、魂が戻ったからだ。感情が戻ったから。だから様子が違う。
……本当に良くなったんだなとコノエは嬉しくなる。
「……そ、その、良かったら……また、一緒に夕陽を見に行ってくれる?」
「……ああ、喜んで。何度でも行こう」
「……!!」
だから、喜びのままにコノエは次の約束をする。
何度でもと、先の期限がない約束を。これから何度でも、何年でも一緒に行けるのだと。
……そうして、そのままいくつかの会話があって。
「……じゃあ、また」
「……う、うん、また」
コノエは己が守れたものの大きさに満足しながらフォニアと別れ……軽い足取りで部屋から出ていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――そしてフォニアは。
部屋に一人残されたフォニアは。
「…………」
コノエが去っていった扉をいつまでも見続けながら朝のことを思い出していた。
フォニアが感情が戻ってきたことを自覚したのは、今朝、目が覚めたときだった。
――最初に感じたのは、大きな安堵だった。
助かったという事実。残り五年しかなかった寿命は消えてなくなった。もう死ななくてもいい。これからフォニアは何でも出来る。そういう安堵。
――次に感じたのは胸を締め付けるような気持ちだった。
浮かんできたのは、コノエの姿。コノエの笑顔を、背中をフォニアは想った。あの日、山の上で共に夕陽を見た記憶を。封印領域の中で――魔王と、教官の影と戦う姿を。
「…………ぅ」
コノエを想うだけで、胸の中がいっぱいになるようだった。
子供の時に継承したフォニアが今まで知らなかった感情。温かくて、切なくて。胸が締め付けられるように痛いのに、幸せで。
そんな――初恋を。フォニアは想った。
戻ってきた感情を、恋を、大切に、泣きそうになりながら抱きしめた。
「…………うぅ」
そうだ。だから、朝フォニアは居ても立っても居られなかった。
すぐに会いに行きたかった。コノエの宿に向かって、会って、気持ちを伝えたかった。恋を、愛を、伝えたかった。
駆け出しそうになった。というか駆けだした。すぐに会いたくて、急いで服を着替えた。
驚くメイドの横を走り抜けて、枕元にあった手帳を握り締めて、部屋のドアノブを掴んで――。
「……………………うぅぅ」
――でも、今。
朝そんな感じだったのに、先ほどからフォニアはコノエに告白することもなく俯いている。
あまり上手く話せなくて、目を彷徨わせることしか出来なかった。
それが何故かと言えば。
「……………………うぅぅぅぅぅ」
朝、部屋を飛び出したところで、もう一つ記憶を思い出したからだ。
二人で歩いた記憶。街を歩いて、クレープや魚を食べた。その記憶を。
――その、とんでもない記憶を、思い出した。
「…………なんで」
本当なら楽しかった記憶だった。そのはずだった。
昨日まではそう思っていた。削れた魂でも楽しいと思えるような記憶だった。
……しかし、今朝、少し感情を取り戻して思い返すと。
「………………な、なんで私は、あんなことを」
一緒に歩いた。これはいい。
一緒に食べ歩いた。行儀は悪いがこれもいい。
問題は――。
「――な、なんで……わた、私、翼を……彼に――!」
翼で彼に触れたりした。休憩中やベンチに座っている時。何度も何度も。
その事実がフォニアの羞恥心を掻き立てていた。
あれは、竜人にとっては特別な行為なのに。
つついたり、あまつさえ――ぺたり、と。
「――ぁぁぁぁぁぁ」
羞恥のあまり、呻き声が漏れる。とんでもないことをしてしまった。
一般の市民ならともかく、フォニアは王女として、淑女として育てられている。その価値観からすれば、あまりにも大胆な行為。
顔が熱い。混乱している。というか、突然あんなことして彼は自分のことをどう思っているのだろうかと思う。
一応、以前乳母より殿方は喜ぶと教わっていた。
でも突然だったし。恋しているからこそ、フォニアはどんどん不安になってきて……。
「……ちがうの……ちがうのぉ……」
……でも。その不安と羞恥もまた、今回コノエが取り戻してくれたもので。
「……ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああ」
フォニアは顔を抑えぶんぶんと頭を振る。
悲鳴は細く、長く、切実で……そんな声が、部屋の中を反響し――。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「――?」
――外を歩くコノエは、何か悲鳴が聞こえた気がして、立ち止まる。
少し首を傾げて……でも嫌な気配はなかったため、気にしないことにする。そしてそのまま軽い足取りで学舎の前庭を抜けて、階段へと向かい――。
「…………」
――高台より都をコノエは見る。
その日の空には、雲一つなく。遥か遠くまで見渡せる、気持ちのいい天気だった。
これで第三部は完結です。ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。
展開や複線張りに悩むことが多い第三部ですが、無事最後までたどり着けました。皆様の応援のおかげです。ありがとうございます。
今後の予定ですが、明日に登場人物紹介を投稿します。色々新しい情報もありますので、ぜひ見に来てもらえればと。
第四部教官ルートは……まだ構想中なので、少し時間がかかるかもしれません。
また、今回もX(活動報告にリンクがあります)でアンケートをします。第三部人気投票です。いろんなキャラをクローズアップしたつもりなので、反応を聞きたいです。よかったら投票してください。誰もしてくれなければ作者の枕が涙で濡れます。
そして……本作の書籍化ですが、明日発売です!
【挿絵表示】
何とかして第五部神様ルートまで出版したいので、応援してもらえるとすごく嬉しいです!お願いします! 最初の一週間の売り上げに全てがかかってるみたいなので!
第三部の山の上で笑うフォニアをイラストで見たい……。
また、メロンブックスさん、ゲーマーズさん、アニメイトさんではSS特典もあるのでよろしくお願いします。メロンブックスさんの小冊子付限定版も良かったら。神様の話です。アクリルフィギュア限定版も。
なんかすごく色々やって頂いていて、沢山売れ残ったらどうしようかと……。
詳しい情報は活動報告に載せてあるので、是非見て頂ければ!
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