藤原佐為Inよう実 作:まるまつ
窓からさす日差しが暖かく、色とりどりの花が咲きそろう季節。
静かで、それでいてどこかソワソワと落ち着かない様子のバスの車内で、藤原 真は黙々と本を読んでいた。
まだ人もまばらな車内は読書をするのにうってつけで、久々に騒がしくない朝を過ごせているなと真は感じていた。
しかし、そんな風に思えたのも束の間のことで、バスの停車ボタンが押されるとそれに反応して騒がしくなる人物がいた。
『わぁ!誰か大きな声で喋ってますよ真!反応してあげなくて良いのですか!?』
真は読んでいた本から目を話す。
するとそこにはどこぞの貴族のような見た目をした美青年、それがキョロキョロと声の出所を探していた。
そんな目立つ存在がいるにも関わらず彼に目を向けるのは真だけで、他の人々は少しの反応を示すことはない。
それもそのはずで、彼は
名前は
そんな超常的な存在が真の前に現れたのは3ヶ月前ほどで、当時は恐る恐る接していた真ももはや佐為を日常の一部だと思い始めている。
(佐為…これは車内アナウンスだってさっきも言ったでしょ?予め録音された物を流してるだけだよ)
『はっ…!そうでした。景色を眺めていたらつい忘れてしまいました…今日の朝は静かにしていてと真に頼まれていたのに…すみません…』
長い袖で目を多いシクシクとジェスチャーをする佐為。
凛々しい見た目をしているのに可愛らしいその仕草をされてしまうと、真は注意する気も失せてしまう。
(別にいいよ。静かな時間はもう十分堪能できたし、それに今日は入学式なんだ結局すぐに騒がしくなると思うしね)
『そうですか!それなら良かったです!真は今日から高校という所に入るんですもんね……真と同い年の子供達が沢山!中学校では碁を打つ子はいませんでしたから、高校ではいると良いですね!楽しみ♡楽しみ♡』
特に怒っていないと伝えると先程とは表情をコロっと変えて、楽しそうに話し始める。
それに真はまるで犬のようだと思いつつも、それを伝えると今度はワンワンと吠え始めることは想像できるので心の中で留めておく。
(入学する本人より楽しそうで何よりだよ…高校は全寮制だから碁会所にも行けなくなるし、囲碁部があればいいんだけどね)
『囲碁部…!なんと良い響きなのでしょう…学校で囲碁が打てるなんて…ふふっ、想像するだけでワクワクが止まりません!真は絶対囲碁部に入ってくださいね!約束ですよ!』
(分かってるって、他にやりたい部活もないし囲碁部があれば入るよ)
『やったぁ!流石真♡』
「あの、お隣よろしいですか?」
「…ん、あぁ!俺に話しかけてたのか。隣だよね、どうぞどうぞ」
「ありがとうございます。失礼しますね」
佐為と話していたからか、真は話しかけられたことへの反応が遅れた。
真が話しかけられた方を見るとそこにいたのは白髪の美少女。足が悪いのか杖をついており、それに気づいた真はもっと早めに応答してできればと少しだけ後悔した。
少しでも奥へと詰めるように体を動かすと少女からは笑顔とお礼の言葉が帰ってきた。
その笑顔にまるでお姫様のようだと月並みながら思いながら、何処かボーッとした様子で真は少女を見つめていた。
「ふふっ、私の顔に何かついてますか?そんなに見つめられると少し照れてしまうのですが…」
その様子に少女も気づいた様子で、少しだけわざとらしさが残るような感じで首を傾げながら言った。
「気に触ったなら申し訳ない…ちょっとボーッとしてたみたいだ。入学式に緊張して寝不足だったかな」
「なるほど、別に気にしてないので大丈夫ですよ。その制服を着ているということは同じ学校ですよね。私の名前は坂柳 有栖です。よろしくお願いしますね」
あなたに見惚れてましたなんて初対面の美少女に言えるはずもなく、真は苦し紛れの言い訳をした。
そしてとってつけたような真の言い訳に恐らく気付きながらも、坂柳はそれには触れず自己紹介を始めた。
『可愛い子ですね真〜。新しい友達を作るチャンスですよ!あぁ…私の声が届けば真のことを紹介できるのに』
(気持ちだけ受け取っておくからちょっと静かにしててくれ佐為…)
「藤原 真…です。こちらこそよろしく」
「藤原君ですね、覚えました……所で最初から気になっていたのですが真君は碁を打つんですか?」
「なんでそれが…って詰碁の本読んでれば分かるか。一応昔から祖父と打ってはいたんだけど最近囲碁が大好きなやつに影響を受けてね。ここ3ヶ月で本格的にやり始めたんだ」
「なるほど、私はチェスをするのですが囲碁も少しだけ打てますよ。もしかしたら一局お願いするかもしれませんね」
『なんと!この子今碁を打つと言いましたよ真!囲碁部に誘いましょう!』
「……そうなんだ、中学では囲碁部もなかったし周りに打てる子もいなかったから嬉しいよ。対局の機会があった時はぜひよろしく」
碁を打つという言葉に反応し嬉しそうに跳ねる佐為を一旦無視しながら真は言葉を返した。
同じクラスになるかも分からないし対局の機会があるかは微妙そうだと思ったが、話を合わせてくれたんだろうと真は察した。
「朝から囲碁の本を読むなんて相当熱心なんですね。もしかしてプロを目指していたりするんですか?」
「どうだろうね。なろうと思えばなれるとは思うけど、とりあえず三年間はそのチャンスもないだろうし」
佐為の方へと軽く視線を向けながら真は軽く言った。
時代が違うとはいえ天皇の囲碁指南役兼江戸時代に本因坊秀策の代わりに囲碁を打っていた男だ。
時々行っていた碁会所でも負けなしで、携帯の囲碁アプリでも連勝記録を伸ばしている。
覚えている定石が古いという弱点はあるが、むしろそれが伸び代としか思えない程の囲碁に対する情熱は底が見えない。
この男なら余裕でプロになれるんだろうなと、あまり考えずに真は口にした。
「……へぇ、かなりの自信がおありなようですね」
そんな真の言葉を聞いて坂柳は初めて本当に興味深そうに目を細めた。
真は佐為の方を見ていてそれに気づくことはなかったが、それを見ていたならその目が獲物を見定めるようなものであったと評価しただろう。
「私達が入学する高度育成高等学校はそういった実力も評価されると思いますよ。もし、本当に藤原君にそれだけの実力があるならですが」
「そうなんだ。それならありがたいけど、まず囲碁部があるかが心配だなぁ」
「囲碁部ですか、ちょっと私も分かりませんね。そこら辺も説明されると思うのでその時確認すれば良いと思いますけど」
「そうだね。そうすることにするよ」
囲碁の話が出てから視界の端っこでずっと浮かれている佐為に気を取られて、真は少しだけ上の空になりながらその後も会話を続けた。
中学時代のことであったり坂柳が好きだというチェスの話だったりをしているとあっという間に時間は過ぎて、気づけばバスは学校の前に停車していた。
その時にはバスの中には同じ学校に通うであろう同じ制服の学生しかおらず、バスから出ると当然同じ方向に皆が向かう。
坂柳は杖をついているため少しづつ周りから置いていかれるが、バスで話した流れで別れるの嫌だなと真は思い坂柳と歩幅を合わせて校舎へと向かう。
『真!坂柳さん杖をついて大変そうですし鞄を持ってあげたらどうですか?』
(佐為俺もそれは気づいてるけどちょっとだけ時間くれない?)
『…なぜです?……あっ!真ってば恥ずかしいがってるんですね!普段は大人ぶってますけど真もまだまだ15歳の子供ですね〜ふふっ』
(うるさいなぁ…初対面の女の子なんだからそりゃあ色々気も使うって)
「えぇっと…もし良かったら鞄持とうか坂柳さん。本当にもし良かったらだけど」
「ふふ、それはありがたい申し出ですね。お願いしても良いですか藤原君」
佐為にこれ以上揶揄われたくないという思いも込みで、勇気をもってそう声をかけると坂柳は特に気分を害した様子もなさそうだった。
真はひとまずそれに安堵すると、坂柳から鞄を受け取る。
その後少し歩くとすぐに玄関の前まで着き、2人はクラス分けが張り出された表を確認する。
クラス分けはAからDの4クラスでAから見ていくとすぐに名前を見つけることができた。
「俺も坂柳さんもAクラスみたいだね。とりあえず一年間はよろしくってことで良いかな?」
「そうですね。私も藤原君とは早く『お友達』になりたいと思っていた所ですので…こちらこそよろしくお願いしますね」
綺麗な笑顔で真へと笑いかける坂柳、それはザワザワと入学に浮かれている生徒達すら一瞬意識を取られてしまうものであった。
それは真も例に漏れず見惚れそうになるが、それ以上に険しい目を坂柳へと向ける佐為が気になった。
それは坂柳を見ているようでみていない。遠い昔の誰かを重ね合わせているかのようだった。
(どうした佐為、ちょっと怖い顔してるけど)
『真……いえ、少し昔を思い出していただけです。私のことはお気になさらず』
(バスの中では散々騒いでたのに…まぁ気を使おうとしてくれてるのはありがたいけど)
「藤原君…?そちらに何かありますか?気にされているようですけど」
ついつい佐為の方へ目を向けてしまった真。それを心配して坂柳はそう声をかけた。
佐為が見えていない坂柳視点からは、突然真が何もない所を注視し始めたように見えているのだから心配にもなるだろう。
真は誰かと話している時はなるべくこういうことがないように気をつけているのだが、やはり人間の反応というものは中々誤魔化せるものではなかった。
真はどう言い訳したものかと頭を捻ると、ふと佐為の後ろに黒い何かが目に入った。
「……監視カメラ」
「え?」
「いや、そこに監視カメラがあるのが気になって…学校に監視カメラってうちの中学ではなかったからさ。やっぱ国立学校にもなるとそこら辺ちゃんとしてるなって思って」
「…藤原君はよく周りを見ているんですね」
「いや、たまたま目に入っただけだよ。それよりそろそろクラスに行った方が良いかもね。初日から遅れたりしたら目も当てられない。鞄は同じクラスだしクラス前まで持つよ」
「はい、お願いしますね」
とりあえず上手く言い訳できたことに真は安堵しつつ2人でクラスへと向かう。
佐為の様子は少しだけ心配だったが、学校へ入るなり珍しそうにあちらこちらへとフラフラと移動する様子に、思ったより心配なさそうだとそれ以上気に留めることはなかった。
この小説での佐為はヒカルへは取り憑いていないという設定です