夢を見ていた。幼き日々の、もう二度と帰らぬ暖かい夢を。
「嶺上開花?」
無垢な瞳が自分を見上げていた。ああ……咲だ、私の妹。私の大切な……世界で一番大切な……今頃咲はどうしているのだろう?悪い女に騙されてなければいいけど。
「お姉ちゃん?」
いけない。私としたことが……えっと、あの時私は何て答えたんだっけ?確か「そうじゃ。どのような霊峰……動植物が生存出来ない森林限界の先にも花が咲くことがある」そうそうそんな感じ……いや、あんた誰?
「咲く……私の名前だ!」
そう……全くその通り何だけど……妹よ、お前の隣にいるかなりヤバい目つきのお爺ちゃんは誰なの?
「クク……全く綺麗な名前じゃないか……!」
あ、咲の頭撫でるな!それは姉である私だけの特権で……
「浴衣姿の咲と縁日にお出かけ……暴力団の組長なんか止めてて良かった……!」
なん……だと?咲の浴衣姿……
「宮永先輩」
え……か、和美?どうしてここに?
「いえ……こう呼ぶべきですか。お義姉様と……」
「ふざけるな!私をお姉たんと呼んでいいのは咲だけ……」
「お義姉さん!咲は私が幸せにしてみせますから安心して奈良に嫁--」
「安心出来るか!?駄目だ、咲をお嫁に出すなんて--」
「サキ!次はあそこに行こ!」
「うん!あの、お爺ちゃん達には内緒だよ?」
「まっ……そっちだけは駄目だぁぁぁああああ!」
最後に私が見たのは、えらく立派なホテルに吸い込まれていく金髪と妹の後ろ姿だった。
※
「--と言う夢を見たのだけど、菫はどう思う?」
「確か荒川さんの電話番号は……」
翌朝。菫は照からのTELで朝五時に叩き起こされた。
「照れるぜ」
「電話切ってもいいか?」
「ごめんなさいお願いだから切らないで今切られたら私は一体誰に相談すればいいの誠子は釣り馬鹿で頼りにならないし和美に至ってはかなりヤバそうな感じだしそもそも……」
「悪かった!私が悪かったから電話口で呪詛を並べるのは止めてくれ!」
よっぽど追い詰められているのか、照の言葉尻から嫌な汗が流れるようだった。
(む……流石にうちのエースをこの状態で放置するのはマズいか)
エースのメンタルケアも部長の仕事である。三連覇を賭けた白糸台は万が一にも負けることが許されない。他校の牌譜を研究して疲れ気味の菫だが、友人の為に一肌脱ごうと--
「全く……Romeとケッコンカッコカリして漸く一息つけたと言う所で……」
おい白糸台部長。
「早い……私はまだリットリオがカンストしたばかりなのに……」
……白糸台は本当に人外魔境だな(白目)て言うかそれ、単純にイベント疲れなんじゃ……
「シャラップ」
……。さて、問題の夢だが。菫がゆっくり子供に言い聞かせるように話しかける。
「いいか?お前は少し(イベントで)疲れているだけだ」
「なる程……確かに(大会)疲れが残ってるかもしれない」
突っ込んじゃダメだ……突っ込んじゃダメだ……!
「少し朝の空気を吸ったらどうだ?きっと気分が一新するだろう」
そう言いながらパソコンをカチャカチャ操作する菫。そのディスプレイには……右半分が艦○れで左半分が他校の選手の牌譜とデータだった。どうしてその無駄に廃スペックなキャパを癖の修正に充てられなかったのだろうか……
「っんしょと」
スマホ片手に立ち上がる照。部屋の窓に近づくと、「えいっ」と一気にカーテンを開けた。部屋に眩い光が入り込む。季節は七月の初頭。
「暑い……この小説、いつになったら夏を越せるのだろうか……?」
余計なお世話だよ。
「どうだ、照?何が見える?」
オゾンホールを広げんとする太陽に目を細めつつ、照は正直に答える。
まずは澄んだ空気。
「スモッグで汚れた空気」
……。
それから、サッカーボールで遊ぶ子供達。
「深夜営業するカラオケ店に騒音被害で苦情を言う市民団体の皆さん」
…………。あまりにもあんまりな光景に押し黙る菫。気まずくなって、何か目の保養になるものを必死に探す照。
「あ、あった。愛すべき妹の笑顔」
……。
「妹?」
所変わって笑顔が素敵な妹はと言うと……
「ふあ……流石に疲れたかな」
一晩中雀荘を梯子しての朝帰りで、いい具合に目に隈を作っていた。で、それに付き合わされた憧はと言うと……
「何だか一生分のギャンブルをしたかも……」
緊張とストレスと寝不足で、こっちもいい具合に頬が痩けていた。
昨晩咲は資金調達と称し、どこぞやのカジノの店長と17歩なるゲームで遊んだらしい。まあ、それ自体はいいのだが……
「なんで最初の手持ち資金二万が一時間で4千万になるのよ……?」
なんででしょうね?何やら「新聞紙」とか「見せ金」とかおっかないことを咲が呟いているが、賭事を嫌う咲がそんなことをしたとは思えない。快く譲り受けたに違いな--
「麻雀って楽しいよね」
この状況でそのセリフはマジで洒落にならないのですが……
で、資金調達が終わった後は色々な雀荘を梯子して……最後は東京の高レート麻雀に潜む黒ずくめの男と一晩中全力で打ち合ったらしい。その時点で既に体力が尽きかけていた憧は、残念ながらその勝負を覚えていない。
「うーん……あの人強かったな。手持ち資金が少し減っちゃったしね」
そう言いつつ、勝負の後「メアドは?」と尋ねられた咲は笑う。なんか周りが「人鬼がメアドを聞いた初めての少女っ……!」とざわざわしていたが……大丈夫なのだろうか?
因みに、咲は気付いていないが咲の携帯には大量の未読メールが溜まっていて
「昨日は楽しかったです(^_^)東京に来たら連絡下さい。また一緒に麻雀打ちましょう(^_^)v」
「もう寝たか、咲?」
「連絡が無くてお爺ちゃん寂しいです(T_T)」
「まさか東京の悪い女に騙されて泣いておらんじゃろうな?(((( ;゚д゚))))アワワワワ」
「卵はレンジで温めればいいんじゃろ?」
とか、個性豊かなメールが来ていたりする。まあ、メールに気付くのは長野に帰ってからになるのだが。
「それで……これからどうする?」
と今後の予定を相談する憧。憧としては少し休みたいので「倍プッシュだよっ……」とか言われたら困るのだが……
「そうだね……疲れたし、今日はもうホテルで休む?」
あっさり咲が折れてくれた。
「よ、良かった……「倍プッシュ」とか言い出さなくて……」
「言っちゃう?」
「冗談!冗談だから!」
顔面蒼白で怯える憧。それを見て、少しだけ微笑みながら咲が憧の手を引く。
「うん……1日お疲れ様、憧ちゃん」
「咲っ……!え、ええ!」
ぱあっと顔を輝かせる憧。そして、二人は都内のえらく立派なホテルに消えていった。
繰り返す。二人は、「えらく立派なホテルに消えていった」。
「あ、あわわわわ……」
草の茂みから、茶色のコートを着てグラサンをかけた人物が転がり出た。
「咲が……咲があ……!」
何やら妹の名を叫びながら崩れ落ちる不審者。頬を涙が伝い、レンガ敷きの地面を濡らす。後、散歩を楽しんでいた余命3ヶ月のおじいさんが腰を抜かしている。
「私の……私のせいだ……私が余計な意地を張るから咲が喰われたんだ……」
咲……咲……とうわごとのように呟きながら、幼いころの咲の写真を握りしめる照。
(駄目だ……このままじゃ、姉失格どころじゃすまない……セリフを奪われるどころか妹を失うかもしれない)
そんな兆候はあった。県予選で見た咲の麻雀、それは今まであった甘さが完全に消えていた。つまり、あの日から咲は照の存在無しにここまで歩いてきたことに他ならない。それは咲から「照さん」と満面の笑みで言われるようなもので……
「謝ろう……」
もう過去の確執だなんだ言ってる場合じゃなかった。
「謝ろう……咲のプリンを勝手に食べてしまったことも……パンツを被ってしまったことも……」
絶縁不可避。
ヨロヨロと立ち上がり、咲が見知らぬ女と消えていったホテル目指して歩く照。と、そのとき。後ろからちょんちょんと肩を叩かれた。
「あの……警察の者ですが。少し宜しいですか?」
職質されましたとさ。
※
結局、照が解放されたのは日も暮れた夕方のことだった。
「どうもお騒がせしました」
なぜか照の身元引受人としてやってきた菫がペッコリ頭を下げる。お巡りさんも、非常に申し訳なさそうに頭を下げる。
「すいません。身元がはっきりしている人をこんな時間まで交番に置いておくのは気が引けたんですが……」
「仕方ないでしょう。夏なのにコートやグラサンを付けていたら私でも同じことをしたでしょうし」
呆れた目で見られる照。
「菫……ごめん」
「それだけならその場での職質で終わったのですが……「パンツ」を被る被らないと言う話が聞こえてきて……」
「挙げ句の果てには幼女の写真か……」
ああ、これが全国一万人の女子高生の頂点なのか、と思わず涙を零す菫と警察官。
「うっ……妹の写真を持っていて一体何が悪いの……?」
「いえ、宮永選手に妹はいないと聞いていたもので……」
何とも気まずい空気が流れる。
「あの……裏口から帰って貰って大丈夫ですよ?表は人の目が有りますし……」
「本当に何から何まですいません」
また頭を下げる菫。こうして二人の休日は終わったのであった。
交番からの帰り道、菫が照に声をかけた。
「照……お前、妹居たのか?」
「うん……」
流石に負い目があるのか、素直に菫の質問に答える。
「なんで妹なんかいないなんて嘘を……」
「それは私のつまらない意地のせい」
その言葉に、菫は怒るでもなく、ただ頷くだけだった。
「そうか……じゃあ、やはり長野の大将が……」
「多分……」
「多分?」
その曖昧な言葉に、一瞬足が止まる。以前、照は雑誌の取材でも「私に妹はいない」と言っているのだ。もっとも、
「いや、咲は妹だけど長野代表の宮永さんとは同性同名のそっくりさんでしょ?」とか言っていたのだが……
照が、その先の言葉を話す。
「正直自信が無い。昔の咲とテレビで見た咲とでは雀風が変わりすぎてて……もしかしたら本当にただのそっくりさんかもしれない」
それっきり会話が止まってしまう。東京の空は見上げても星が見えない。ただ、見上げていれば、真っ暗な空の先にいつか妹の顔が浮かんでくるかもしれない。そんな気がした。
「……」
「……」
そのまま時間が過ぎる。いつまでも空を見上げる。
「あの……首が痛いんだけど」
まだまだ見続ける。どちらかが貧血で倒れるまでっ……
「殺す気か!?」
ガバッと首を下に向ける菫。
「あ、何か咲の顔が見えてきた……」
「違う、照!それは走馬灯だ!」
何かヤバいモンが見え始める照。しかし……
「あ、咲だ」
本当に見つけてしまった。照の目の先、そこには一軒の雀荘があり、その窓から咲の顔が光に照らされて見えていた。
「何だ?どうして清澄の大将が東京に居るんだ?」
お宅の大将に呼ばれたんだよ。
「い、行こう菫!」
「あ、おい待て!」
居てもたってもいられないと雀荘に駆け出す照と、それを追って走る菫。しかし、その時既に咲の卓はオーラスだったらしく、二人が雀荘に着いた時、咲は既に裏口から帰っていた。
「そんな……やっと咲に会えたと思ったのに……」
さっきまで咲が座っていた椅子に縋る照。しかし、
「え……?これは……」
直ぐにその目が卓に移った。咲の下家に座っていたおじさんが目聡く照に話しかける。
「ああ、その手か。さっきまで俺達と打ってたお嬢ちゃんが最後に和了した手だよ」
ああ……と頷く照。その目には、涙が溜まっていた。
咲
23m123p12399s ツモ1m
暗カン 9p
リーチ嶺上開花自模、純チャン三色。
「全く酷い手だよ。見てみな、その河を」
河
8m6p西東5s2s4m(リーチ)7p6s
「あの子、逆転するためとはいえ234で和了った手をフリテンリーチにして嶺上高め引き直ししやがったんだ」
そんなことは照も一目見れば解る。だが、そんなこと重要じゃない。
「覚えていてくれた……!嶺上を……私が咲に教えた最初の役を……」
変わってなかった。ツモよりも嶺上優先。あの頃の咲が、この卓にいた。
「……菫、行こう」
「行くって……打たなくていいのか?」
「いい……今、私がしなくちゃいけないことは他に有る」
それはきっと、昔の妹の思い出に引きずられることじゃない。夏、あの武道館のあの卓で、必ず上がってくる妹に全力で向き合うこと……
「咲……待ってるから。白糸台は……私達のチームは強いから」
一回咲と同じようなことしたらボコボコにされました。駄目、絶対。