Q.もし咲が鷲巣巌と邂逅したら?   作:ヤメロイド

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次回東京編終了(予定)


……本当に予定にしてどうする


光明

卓は、異様な雰囲気に包まれていた。学生でも利用しやすいノーレートの卓、高レート麻雀にありがちな空気を生み出さない為に設定された筈なのに、今は鉄火場の如き熱が立ちこめていた。

 

8順目

 

憧 手牌

 

 

13678m123p23s北北北 9m

 

 

(く、苦しい……)

目が、卓に散在する1ソウに泳ぐ。

(トップの黒服とは4万点近い差が……トップ狙うなら三倍満ツモか直撃が必要……)

改めて現在の点棒状況を確認する。現在トップの黒服は53200、時点で咲は48500、三位に漸く15100。オーラス、親は対面の男なので順調に手が育ってツモの親被り次第では……しかし、この卓は憧にそんな楽観を許さない。

(高め三色のキー牌、1ソウが三枚切れ……どうあってもこの手は満貫までしかない……)

この手牌から門混一通を目指すのは暴挙に等しい。思わず心の中で毒づく。どうしてこうなった、と……

 

 

 

二人が憧と待ち合わせた場所に来たとき、既に日は暮れかかっていた。カラスが鳴き、雀荘は東京の学生達で賑わう。そんな賑わいの中で、憧は麻雀を打っていた。

「リーチ!」

大学生と思しき男がリーチする。その男の捨て牌はこう。

 

 

北中東9m3m1s8s5m9s3s(リーチ)

 

以前の憧ならこの親リーチ一発目に安牌を切っていっただろう。だが……

(3マンの切り出しが早い……頭をドラの2マンで決め打っての平和系かな……役牌を序盤で乱打している以上、ドラと何かのシャンポンも考えにくい)

タンとリズム良く1マンを切りとばす。途端にため息が返ってきた。

「うわ……一発目にドラの跨ぎ牌を通されたよ……」

「普通は合わせるだろうに、ねっ」

脇の会社員風の男は、現物で逃げる。普通はそれで問題無い。親のリーチは決して安くない。東1での振り込みは致命傷となる。が……憧の読みは違った。

 

上家

 

発白8p9p東北1s8m4m西

 

 

(この上家も序盤から役牌を切りとばしてる上に親の現物も切ってる……多分、相当な手が入ってる)

憧のこの推察は当たっていた。3順後に上家が追いかける。

「通らばリーチ」

 

 

11233m4p44477s西西 4p

 

 

この形から憧は打、西。次順も西の対子落としで逃げる。ちょうど店に入ってきた咲が、憧のこの一連の切り方を見て嬉しそうに顔をほころばせる。

(なるほど……二軒リーチに対応するために親リーに向かった訳だね。確かに最初のリーチは典型的な間四件……待ちはかなり読みやすい)

 

それより厄介なのは上家のリーチ。待ちが読みにくく、ベタ読みでは危険牌で手が溢れかえる。もし咲がこの卓に座ったとしたら……

(捨て牌を見る限り最高め456の三色……リーチ宣言牌が5ソウだから親とオナ聴だね)

咲ならこの状況をチャンスだと見る。親リーチに逃げた下家は論外、二軒リーチの当たり牌を殆ど握りつぶした以上、勝ちの目は憧にしかない。今の憧なら目を瞑っていてもツモアガってしまうだろう。

(まあ、私やおじいちゃん達ならここは和了しないけど)

が、今の憧には刹那の領域には至れなかった。ラスト海底で憧はツモアガる。

「海底ツモ表表イーペーコー、2000・4000」

 

11233m456p44477s 2m

 

 

「うわっちゃー!固いなあ!4―7s全部押さえられちゃってるよ」

あちゃーと言いながらパタンと対面の大学生が手牌を晒す。案の定、ドラ頭の平和系4-7s待ちだった。

「あ、俺も親とオナ聴だ」

 

下家

 

 

45666m456p55667s

 

 

 

「キミ、若いのに麻雀強いね」

「そんなこと無いですよ。間四件を警戒しただけです」

素っ気なく返す憧。しかし、内心では大きくガッツポーズせんばかりに喜んでいた。

(よし……キチンと相手の待ちを読めてる。この分なら行ける……咲もこれなら……)

が、「どうよ?」と振り返った先にいたのは、苦笑気味に頭に手をやった咲だった。咲の隣で憧を観察する男も、嘲笑に似た笑いを浮かべている。

(い、いったい何なの……?私、何か間違えた?)

捨て牌とアガった手を見比べる……が、何もミスは犯していない。アガリ牌を押さえた最速のツモは、憧のが最も理想的と言える。

(い、一体何が……)

本気で解らない……解らなかった。それが今の、憧と咲の差と言える。答えは、次局にツケとしてやってきた。

 

憧 配牌

 

 

13489m334p35s南南中 中

 

 

(よし、早い手……役牌が鳴ければ逃げ切れる)

が、幾ら待てども中どころか南も出てこない。見ると、三人とも牌をかなり絞ってきている。

(おかしい……この人達なら役牌だってポンポン切りそうなモノなのに……)

そう、本来なら憧の南も中も鳴き頃だっただろう。東1で憧が和了しさえしなければ……

(理想的過ぎたね……幾ら素人でもあんな綺麗なアガリを見せられたら警戒されて集中砲火浴びちゃうよ?)

 

11順目

 

憧 手牌

 

 

344m333p335s南南中中 3m

 

 

(ぐっ……なんであの手が七対子になるのよ……!この終盤に3ピン切ったらリーチ宣言も同然じゃない!)

七対子に聴牌を取って字牌単騎にした場合、3ピン5ソウと切り出すことになる。親でも無いのに終盤切り飛ばす牌ではない。

(第一、今回下のチュンチャン牌はほぼ私が独占した形……誰かが聴牌してるなら5ソウは兎も角3ソウは当たり牌……)

やむなし、南を切り出して止めにする。海底のツモは上家だった。

「海底……ツモれず。流局っと」

「おっと3ピンはロンだ。2900で連荘」

上家

 

789m12p456789s中中

 

 

この和了、点数的には大したことの無いように見える。が、実は違う。その事に気付いた憧は思わず口を押さえてしまった。

(しまった……親は形聴!3ピン切りなら直前の5ソウでアガってるっ……!)

(場の状況をケアし過ぎたね……)

これをミスと言うのは酷かもしれない。麻雀にたらればは付き物で、寧ろ憧は良くやっている。しかし、最善を尽くして尚負けるが麻雀……と言うより、弱者には弱者の、強者には強者の負け方がある。

強者故の苦しみを、憧は身を持って味わっていた。

(ぐっ……何なのこのジレンマ……!)

 

 

 

結局、憧はオーラスで安手をツモアガってトップ終了した。卓を囲んだ者達が口々に「キミ、強いね」「麻雀歴どのくらいなの?」「打ち方がキレイだね」などなど話しかけてきた。が、憧には敗北感しかなかった。オーラス、憧は安手を必死に取りに行かなければ負けていた。もし咲が打っていたならと思うと、とても勝利には酔えなかった。

(改めて県予選でやった咲の出鱈目さが解るわ……)

他家の注意を自分に引きつけた上で、自分の思い通りに動かす。

(とてもじゃないけど真似出来ない……)

咲と闘うということは必然的に3対1の構図になる。

(そりゃあ相手がどんな能力持ってても負ける訳ないか……)

人が掃け、一人俯くように卓に座る憧。そんな憧が気になったのか、咲が話しかけた。

「勝ったのに浮かない顔だね?」

「まあ、ね……」と正直に胸の内を吐露する。

「いったいどうすれば咲みたいに強くなれるの……?」

ともすればそれはエンサの叫びとも、或いは嫉妬のようにも聞こえた。

少しだけ、憧の内に暗い炎が灯る。そんな憧に、咲は少し考え込むように首を捻った後に、困った風に笑っただけだった。

「私の場合は周りの環境が少し特殊だったからね」

少し……?(困惑)

「精々、黙聴を待ちまでしっかり読み切られる卓に毎日座っただけだよ」

「それ少しじゃない!?」

「少し、だよ」

「咲……」

しかし咲は、自分と憧の差は少しだけだと言う。

「控え目に言っても憧ちゃんは強いよ」

その言葉は、確かに普段ならば素直に受け取れたことだろう。しかし、今となってはただの皮肉にしか聞こえない。思わずカッとなって、

「そ、そんな……強いだなんて……」

テレテレと頬を染め、思わず咲の手を握るあ……いや、待て。そこは「なによそれ……嫌みのつもり!?」って逆ギレした憧が咲に掴みかかって、麻雀して友情を確かめるシーンだったはずじゃ――

「つまんないから却下」

勝手に台本作り替えるの止めてくれませんかね!?

「ま、まあ……そういう訳で、憧ちゃんと私の差は殆ど無い……少なくとも私はそう思ってるよ」

気を取り直して……というか、流れに全く合わないセリフにドン引きながら咲が話す。

咲が考える憧と自分の差、それはキッカケだった。麻雀の腕を更に高めようとするキッカケ……それは、

「……では、席が埋まったようなので始めましょうか?」

「卒業試験、みたいなものかな。憧ちゃん、この卓で一着をとってみて」

 

 

 

そして冒頭に戻る。

(本当になんなの、この人……)

咲が強いことは知っている。だが、それと同じくらい男の麻雀は異質だった。

「……ポン」

憧の捨てた6マンを鳴く。直後、

「御無礼、ツモりました。500オールでアガリ止めです」

 

 

123m123p2355s

 

666m

 

 

「な、なにその和了……二着と競ってる親が三枚切れの1ソウ片和了聴牌って……」

普通に考えるなら形聴にしたところ、偶々1ソウをツモってきただけと思える。だが、そもそも男は形聴に取る必要は無かったのだ。ノーテン流局終了……それで良かった。そうしなかったただ一つの理由、それは……

(私の1ソウを喰い取った……?)

まるで、「お前は本当の強者には勝てない」、そう言われたかのような鳴きだった。

「今の所、私と傀さんでトップの捲り合いが続いてるね」

サラッと人鬼とトップ争いしてる咲さんマジパネェっす。安永さんがショックで寝込んでるけど。

「……」

ニヤリと笑う人鬼。口には出さないが「わーい。久しぶりに全力が出せるぞっ」と内心喜んでいます。ファンの皆様ごめんなさい。

しかし、そうも言ってられないのは憧だ。さっきから一向にトップ争いに参加出来ないでいる。先が見えない、暗暗立ち込める……やり切れなくなって、思わず立ってしまった。

「ん?憧ちゃん?」

(あ……思わず立っちゃった……)

「……ごめん。ちょっとトイレ行ってくる」

仕方なく適当に言葉で誤魔化してトイレに向かう。雀荘のトイレなは、誰も居なかった。

(マズい……10戦やって全部三着って、実力差が有りすぎる……)

ここまで実力差がはっきり出る勝負も中々無い。まるで鏡を見ているようだった……

(鏡……うわ……目に隈が出来てる)

この何日かはジャンキーのように牌を触っていた。当然、睡眠時間が削られる。

(どうしたら……どうすれば……!)

どうすればいいか解らなくて、たまらなくなって壁を殴りつける……その時だった。

「つ、アイタタ……劉大人から面白い麻雀がやってるから見て来いと言われて来てみましたが……」

まさか殴られるとは、と声が返ってきた。

「えっ?あ、ごごめんなさい!」

どうやら壁を殴ったつもりが、間違えてそばにいた男を殴ってしまったらしい。

「いえいえ。見物料代わりに貰っておきますよ」

ところが、男はニヤニヤ笑うだけで怒る素振りを見せない。

「随分と面白い卓に座っていますネ。人鬼が独走させて貰えない状況は珍しい……私も混ぜて貰いたいくらいです」

咲と人鬼のいる卓を面白いと言う。思わず目を見開いてしまった。

「あなた……誰?」

 

 

 

「江崎と言います。こういう麻雀に興味深々な麻雀打ちですよ」

 

 

 

 

江崎さん、そこ女子トイレや……

 




本当の本当に次回で東京編終了(予定)

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