いつだったか、映画を観たことがある。友達と一緒に旅行に来た主人公が、その旅行先ですれ違った女性に一目惚れをする。帰ってみれば彼女も近くに住んでいて、そんなところから二人の関係が始まるも、彼女は若くしてガンにかかり余命宣告を受ける。彼女の残り少ない時間に寄り添い、わずか半年の命を二人の愛に捧げる。そんなありきたりな儚げな、手垢のついたストーリー。
いつだったかは忘れてしまったし、別に面白かったわけじゃないけれど、最後のキスシーンは頭にこびりついている。ふと脈絡もなくあのシーンを思い出しては、そんな映画も見たっけな、と流していた。
「へえ、リバイバル上映か」
トレーナーと二人で歩く街並み、気分転換にと裏道を通ってみれば、そんなポスターを掲げた小さな映画館があった。
「映画とか観んの?」
「ああ、たまに。有名なやつは観るかな」
「へえ」
「シチーは?」
「アタシは……」
そう言われて思い出すのは、あのシーン。夕焼けに溶けゆくシルエット、唇で重なる輪郭、逆光になった二人が消えていく、あのシーン。
「いつ観たんだろ、なんか一個だけ忘れられないやつがあるんだよね」
「へえ、どんなの?」
「普通のラブロマンスって感じ。特に有名ってわけでもないと思うんだけど、ヒロインの病室で、夕焼けをバックにキスして終わり。そのシーンだけ忘れられなくて」
「もしかして、これだったりして」
彼が指差すのは、リバイバル上映のポスター。どうやら日程を分けて数作、上映するようで、彼の指した作品はちょうど十五分後からだった。
「あー……。どうだろ、本当にあんまり覚えてなくて」
そう言って映画館の扉を開ける。
どうやら個人で経営しているのか、内装はこぢんまりとして、一つの上映室と、発券とフードを兼ねたカウンター、カフェも内包しているのか複数の席がある。
チリンと鳴ったドアベルがやっと聞こえたか、カウンターの奥から老人がやってくる。
いらっしゃい。そう言う声は古びていた。
「あー、どうも」
「外のポスター見て入りました。十五分後のやつ、大人と学生一枚ずつで」
「はい。二千五百円ね。ポップコーンはいるかい」
「シチー、食べる?」
「アタシはいいかな」
「じゃあいいか。いりません」
「どうも。上映室は開けてあるから、適当に座ってくれればいいよ」
仕事を済ませたら、ご主人はまたカウンターの奥に戻ってしまった。
奥はキッチンになっているのか、耳をすませばからからと音がするから、揚げ物でもやっていたんだろう。
「他にお客さんいないっぽいね」
「席の指定もないし、わがままに貸切だな」
「映画観るのに他のお客さんがいないって初めてかも」
「普段見るとしたら有名な会社の映画館だもんな」
そう話しながら、特等席はどこか考えてみる。と言っても上映室もせいぜい二十人分程度の席しか無く、大した選択肢は無い。ど真ん中の椅子に座り込んだ。
「アタシたちだけとはいえ、電源切ったほうがいいよね」
「そうだな。映画館のマナーとして」
やがて上映室の蛍光灯が消え、ジリジリというノイズ音と共に上映が始まる。