お前もニフってる? 作:HLNF会長
魔法薬学の教室に入った生徒たちは、瞬時に気が付いた。
セブルス・スネイプの機嫌がすこぶる悪いことに。
魔法薬学の授業前。生徒たちがカチャカチャと大鍋やらナイフやらの準備をしている中で、場違いな一匹のニフラーが淡々と必要物品をテーブルに出していた。
次の授業の準備をする傍らグリフィンドール生とスリザリン生の大半の視線は、その珍妙なニフラーと、ニフラーの奇行を咎める様子のない魔法薬学教授を行ったり来たりしている。
そのニフラーは
通常のスネイプであれば、嫌味のマシンガンを撃ちまくった後にハリー・ポッターへの減点モノの光景のはずだ。しかし魔法薬学教授、セブルス・スネイプはポリジュース薬を一リットル飲まされたのかとでもいうような苦々しい表情を顔に浮かべたまま黙りこくっている。「非常に不愉快なことが起こりました」と顔に書いてあるようだ。
触らぬ神に祟りなし。何もアクションを起こさないほうが賢明だと生徒たちは視線で話し合っていた。
「先生、ポッターのニフラーがこの教室にいますよ。魔法薬学の授業には動物を連れてくることは禁止されていたはずです!」
「言った!」と教室内の生徒たちが喉をゴクリと鳴らした。
一方その発言の主であるドラコ・マルフォイは水を得た魚のようにどこかわくわくした表情でスネイプの返答を待っている。その口から恐ろしい罰則が告げられるのを、今か今かと待っているらしい。
しかしそんなドラコの予想とは反して、スネイプはぎゅっと眉を顰めて閉口していた。少なくとも今は答えるつもりはない、という突き放すような反応だった。テーブルから身を乗り出していたドラコは、納得のいかない様に傍らにいたクラッブとゴイルを振り返った。
まもなく授業を開始する時刻になった。スネイプが口を開く。
「諸君らは既に気が付いていると思うが、この教室には今、招かれざる客がいる」
今までの授業で一番と言っていいほど、生徒たちの集中がスネイプに向かっていた。ハリー・ポッターでさえロミオから何も聞いていなかったので———そもそも口の利けないニフラーに報連相を期待すること自体が間違っているのだが———緊張した面持ちでスネイプをじっと見ていた。
もしロミオに何かするような素振りがチラとでも垣間見えたら恐ろしい報復行為をしてやろうと、出来もしない皮算用を延々と考えている。
「ポッターのペットは———飼い主の才能からは考えもつかないことに———魔法薬学を嗜むそうだ。通常のニフラーでは成し得なかった人語の理解も可能だ。それに弊学の理事たちが興味を持ち、魔法薬学の授業に参加させろと我輩に命じた」
スネイプは随分と長く言葉を選んだ後、屈辱にまみれた目でロミオを見下ろした。
理事たちの命令である、ということを非常に強調した言葉を聞きながら、生徒たちは理解する。
才能のあるポッターのニフラーを自主的に参加させてやります、なんて嘘っぱちはスネイプは口が裂けても言えないから本当のことを話したが、それはそれで理事たちに逆らえない教師という構図を述べることになり、スネイプはこうして言い訳の逃げ場をなくされたのだと。
これは今日の授業はたいへん
「諸君らの安全性も考え、もしこの動物が少しでも危険な動きをした場合、即刻この教室から追い出すこととする」
どうせスネイプがニフラーを早く追い出すために適当を言ってるんだ。だって、もし生徒たちの安全を考えるのなら、ネビルを教室から追い出したほうがよっぽどいいもの。ロンは思った。
先日の授業で催涙効果のある煙を異常発生させた前科を持つネビルは、スネイプの言葉を聞いて震え上がった。
しかし、諸君らの安全性、ねえ。頭の回転の速い生徒が少しずつ気が付き始め、くすくすと笑い始めた。
ロミオの一番近くにいるのは他でもないハリーだ。ニフラーを追い出そうとついた嘘が、結果的に憎きハリーを守ろうとしているように聞こえてしまう。
スネイプもすぐにそれに気が付いた。ポッターを守ろうとしているのは間違ってはいないのだが、それはあくまでリリーの為であって、ポッター本人は憎たらしい存在に他ならないのだ。決してそういうつもりで言ったのではない。
スネイプの額に青筋が立った。
「ポッター、貴様が飼い主として責任を持ってこの獣を監督したまえ。もしも何かあったら———グリフィンドールから減点とする」
何点減点かに言及しないあたり、引けるだけ引いてやろうという算段なのだろう。ハリーの目のハイライトが消えた。
一方その頃ハリーの隣では、目をキラキラとさせ闘志を燃やす一匹のニフラーがいた。
オラ、ワクワクしてきたぞォ!
俺は死んだサカナの目で項垂れているハリーの隣で、目の中で炎を燃やしながら立ち上がっていた。
こういう逆境に打ち勝つのが主人公ってもんだ。何の主人公かって? 俺の人生の、に決まってんだろ? みんな自分の人生の主人公だ。
まあでも、俺がヘマしてもハリーに飛び火が行くだけだからな……あぶねえあぶねえ、自分に負けるところだった。俺は名誉あるペット・ニフラーとして、主人の期待には応えねばなるまい。
今日はスーパー・メッチャ・スゴイ・カンペキ・魔法薬を作って、スネイプが文句をつけようがないどころか悔し涙を流して加点せざるを得ない状況にしてやるぜ。今から床に崩れ落ちるスネイプが頭に浮かんでニヤニヤが止まらねえや。
隣で「なんでそんなに自信満々なんだよ」とシェーマスから野次が飛んでいるが、俺は気にしない。優しいからな。
ひとまず、俺はハリーとは別の教科書を見る必要があるので、魔法薬学の教室の後ろの棚に置いてあるスペアの教科書を取ってこなくちゃならない。
机の上を横切ってスネイプに難癖をつけられても面倒なので床の上を走っていくと、スリザリンのイケメンに身体を持ち上げられ、棚まで案内された。名前は知らないけど、たまーに俺に高そうなお菓子をくれるいいヤツだ。
偶然ドラコ・マルフォイの横を通ったので、ニフラーの表情筋で可能な限り最大限のドヤ顔をキメてやった。
時代はニフラー。ワガハイは女子モテを気にするニンゲンのオスの一つ段階が上、万物モテを体現した存在なのだ。
ドラコ・マルフォイは突然の俺のドヤ顔に怪訝そうな顔をしていたが。
ホグワーツの一年生から五年生が使う『魔法薬調合』という教科書が置かれてあった棚を開いて、取り敢えず一番頭良さそうな奴のお古を取ることにする。けっこう書き込みとかしてるヤツな。一番ボロかったヤツを手に取って席に戻ると、「遅い」とスネイプから嫌味を貰った。
まー待てって、焦ったらいい薬は作れねえぜ。それは魔法薬のスペシャリストであるお前が一番知ってるだろ?
スネイプが簡単に———本当に簡単に———今日作る薬の説明をした後、俺たちに実践を命じた。どうやら前回の授業で説明してあった薬らしい。ハーマイオニーが俺にさっき囁いてきた。
ははーん、だから俺をこのタイミングで呼んだんだな。俺だけ説明を聞いてないから。
でもお前らも知ってるだろ?
俺は既に教科書の一年生の箇所は五周してるし、二年生から三年生までの部分は三周してる。実践のスピードが全然追いついてないけど、基礎はガチガチに固まってるんだ。
魔法薬学や薬草学しか出来ない悲しき魔法生物のサダメだな。
少なくとも、今日の魔法薬なら作り方を暗唱できるまであるぜ。一応教科書は見るけど。スネイプになんか言われたらいやじゃん。
俺はペラペラと教科書を捲って、今日の魔法薬“手を大きくする薬”のページを開ける。
それにしても、あのスネイプのことだから、
ん? ああ、勿論魔法薬学において、
だって、「ここで杖を一振り!」とか言われたら流石に無理じゃん。ケンタウロスの奴らと違って俺が持ってる魔力もめっちゃ少ないし。ぴえん。
少しナーバスになったところで、俺は頭をぶるぶると振って薬を作ることに集中することに決めた。
「ロミオ……大丈夫?」
スネイプが俺らに背を向けていることを確認しながら、ハリーがコソコソと俺に囁く。
生憎大丈夫だ。俺は目をキラキラとさせ、ニヤッと笑いながら深く頷いた。
ロミオのおいしいレストラン、開店だ。
俺はコック帽をかぶり、小さなナイフを棒術のようにくるくると回し始めた。
「凄かったな、ロミオの魔法薬! スネイプぐうの音も出てなかったじゃん!」
グリフィンドールのやつらに追い抜きざまに褒められながら、俺こと英雄は地下牢横の廊下を凱旋していた。久しぶりにハリーの髪を鷲掴んで、彼の首辺りにへばりついている。
「ロミオ、どこであの包丁さばきを覚えてきたわけ? 高麗人参をスライスしてるとき残像みたいなのが見えたんだけど……」
「私、多分魔法薬学だけはロミオに勝てそうにないわ」
どやあ、もっと褒めたまえ。
俺はいつの間にか流行りのなろう最強転生をしていたようだぜ。毎日教科書を読んでたかいがあったな。
俺の下にいるハリーも、なんやかんや嬉しそうな顔だ。俺が授業中ずっとハリーの面倒を見て、上手く修正していたおかげだろう。
神の手を持つ俺を減点できないことを早急にスネイプは悟ったのか、授業の後半は十秒に一回のレベルでハリーの鍋を見に来ていた。監視と言っていい。何かあったらすぐにでも減点するつもりだったらしい。
俺は大広間辺りまでハリー達と歩くと(俺は肩に乗っていただけだったが)、彼らと別れた。ハリー達はこれから呪文学だ。別に俺も同伴できるっちゃできるんだが、俺の身にはならねえもんな。この時間で薬草学とか魔法薬学の勉強をしたいんだ。
俺はフィルチのいる管理人室まで足を運ぶ。
何か約束をしている訳じゃなかったんだが、俺とフィルチは二日に一回は魔法薬学を勉強する仲になっていた。結構仲は良くなったんじゃない?
フィルチって多分、魔法薬学を勉強してるとこ生徒に見られたくないだろ。だから俺の方からアイツのいる管理人室に足を運んでやったのがきっかけだ。生徒たちはあの付近には寄り付かねえからな。
管理人室の扉をトントンと叩く。まもなく中からフィルチが顔を出した。俺がヨッと片手を挙げて挨拶すると、頷いて俺を中に招く。
管理人部屋といっても、ほとんどフィルチの自室みたいなもんだ。ちなみに俺がミセス・ノリスの写真立てをかっぱらったのもここね。バレない様に戻しておいたぜ。
入って奥の部屋の一番大きいテーブルに乱雑に積まれていた書類や本の類を、フィルチがバサッと持ち上げて隣のベッドに一時避難させる。わかるー、俺もよくそれやる。
フィルチが物を整理している間、俺はベッドからはみ出たとある封筒に目がいった。
『クイックスペル 初心者のための魔法速習通信講座』だ。
なんこれ。フィルチってスクイブだろ? 魔法使えないだろ? 魔法の練習してるの?
……まだ諦めてないってことか。
なるほどお? 俺は頭をポリポリと掻いた。これに関しちゃあ俺も気持ちは分かるけどよ。出来もしねえことに金突っ込むより今自分が出来る事を精一杯やった方が、自分の心もきっと楽じゃねえかなあ。
失敗は成功のもと、っつうけど、失敗ってやっぱ悲しいじゃん。
しかもオレ、この封筒嫌い。
スクイブっつーのは魔力がゼロのやつらのことだろ。どう足掻いても魔法が使えるようになんかならない。スクイブたちの劣等感に付け込むこういう商売は、卑怯で嫌いだぜ。
俺は部屋を見回して、フィルチが買ったらしい彼の新品の『魔法薬調合』の教科書を見つけた。取り敢えず初等魔法薬の目次を開く。フィルチもなんだなんだと近寄ってきた。
俺は腹の袋から赤ペンを取り出した。
目次の魔法薬の欄の、“杖を使う”魔法薬だけを上から線を引いて消す。赤色の線で消された魔法薬の名前は四分の一ほどだ。
つまり、魔法が使えなくても俺たちは四分の三くらいの魔法薬が学べる計算になる。
やっぱ魔法薬学しか勝たんな。フン、と俺は鼻を鳴らした。
ついでに、表紙のところに“魔法が使えない同盟”と書いておこう。俺も魔法を使えないからオソロってやつだ。
やっぱり字を書くのは苦手だから、かなり字が歪になってしまった。
長いこと赤ペンと四苦八苦したあとフィルチの方を見てみると、しんみりした顔で泣いていた。
えっ!? な、な、な、泣いてる!?!?!?!?
教科書とか書き込みしたくない派だったりした!?
わたわた慌てる俺を見てなお、フィルチは目から涙を静かに流していた。たぶん、うん、色々思うところがあったらしい。俺も一旦コミカルな動きをやめる。
……まあ、あれか。ずっと一人だったもんな。
俺はふたりぶんのココアを用意して、午後はまったり過ごすことに決めた。普段引っ張りだこの俺としては珍しい休暇だ。
たまにはこういう日があってもいいってもんだな。
俺は先程魔法薬学の教室から借りてきたお古の教科書を開いた。
それにしてもコイツ、なかなかいいセンスしてるぜ。
ペラペラと捲ると、五年生の箇所に、それとなく走り書きがしてある。まるでその場で思いついたことをそのまま書いたかのような、他の書き込みには似つかないほどけた文字だ。
……ん?
魔法薬学の教科書って一年単位で変わるものだと思っていたんですが、一年から五年まで共通なんですね。もしかしたら以前の話と齟齬が生じているかもしれません。
章題を付けました。Chapter.1は『
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切実に燃料をください。エタる確率が低くなります。沢山の感想ありがとうございます。感想をください。私の主食です。