お前もニフってる?   作:HLNF会長

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2024/06/09 一応『残酷な描写』タグを付けました。


第十四話 メリー・クリスマス・メリー②

 

 

 もし過去を変えることが出来るのならば———自分はどのような選択をするだろうか。

 ルシウス・マルフォイは豪雨の中を飛ぶ馬車の中で、外の荒れた海面の様子を見る振りをしながら、ガラス窓に反射した不気味な女の横顔を眺めていた。年の瀬のことだ。

 

 

 

 クィリナス・クィレルが彼の館に姿を現したのは数か月前のことになる。酷い動揺を押し殺して、彼はマルフォイ邸の応接間で彼に向かい合った。

 

「貴様、私の館に何の用だ」

 

 ルシウスが杖を向けて睨みつけていてもなお、「貴様?」とどこか馬鹿にした口調でクィレルは手の中の杖を弄んでいる。普段の吃音めいた口調もなりを潜めて、堂々とした様子でルシウスを嘲っていた。

 

「偉くなったものだ、臆病者が……いや、裏切者か?」

「裏切者? 少なくとも私は貴様……貴殿にそう言われる筋合いはない。そもそも私たちは初対面に近いだろう」

 

  ルシウスは沸騰しそうな脳を落ち着けるために髪の生え際を撫でつけると、現闇の魔術に対する防衛術の教授(プロフェッサー)であるクィレルの情報を求めて、記憶の引き出しを探り始めた。

 彼は数年前からホグワーツでマグル学を教え始め、昨年ホグワーツを休職、今年から闇の魔術に対する防衛術に担当科目を変えたはずだ。ルシウスはホグワーツの理事であるため、教員の異動情報などは逐一入ってくる。

 一昨年までは特に目立たない穏やかな男であり、今年に入ってからは何かにおびえるような神経質そうな男に変わっていた。

 

 ホグワーツにてクィディッチの試合を見に行った際も、あまり活動的な印象は受けなかった。権力に対してもそうだ。クィレルがこの屋敷に来たとナルシッサに聞いた時も、マルフォイ家の力を求めてではなく、ドラコが何かやらかしたのかと疑ったぐらいだった。

 どうやら不気味な雰囲気だと情報が付け加えられてからは、警戒心がぐんと顔を出したが。

 

「あまり長居をするつもりはない。話を進めよう」

 

 ルシウスに勧められる前に、クィレルは身体を翻してどっかりとソファに座った。質の良い深緑のソファだ。

 

「私が誰だか……何のためにここにいるのか、お前は分かるか?」

 

 分かるはずがない。

 ルシウスは沈黙で答えた。ただ、どうしようもない不安が彼の心を襲っていた。もしかすると———いや、まさか———いったい何を———

 

「闇の帝王は生きている。私はその(しもべ)の一人だ」

 

 クィレルの淡々としたその言葉を咀嚼するのに、ルシウスは少し時間を要した。クィレルは困惑した表情のルシウスを一瞥し、言葉を続ける。

 

「我が君の居場所は教えない。お前は既に我が君を裏切った者だ。私たちはお前とは違い、ずっと我が君を案じていた。だが、我が君はお前に機会を与えてもいいと思っている。今後の働きで今までの背信を取り消してもよいとな」

「我が君が———闇の帝王が生きている? 言っている意味が分かりかねるが……ダンブルドアに何か言われたのか」

「私を魔法省の手の者だと思っているのなら間違いだぞ、ルシウス・マルフォイ」

 

 ルシウスの背に冷たい汗が垂れた。未だに判断が付きかねるのか、無表情を努めているものの目がしどろもどろに揺れている。彼の脳裏に過ったのは、ホグワーツのローブを纏った息子の姿だった。

 

「証明が欲しい」

 

 喉が渇いていて、一番最初のアイの音が掠れていた。いま目の前のソファに座っているクィレルの身体の輪郭がいやに生々しい。自分の身に走る強迫的な恐怖が遅れてやってきたのを感じた。クィレルが足を組みなおす。獲物を睨む蛇のようにクィレルは片時も目を離さずルシウスを見上げていた。

 

「……いいだろう」

 

 クィレルが腕をまくると、ルシウスと同じ闇の印が左腕に彫られていた。死喰い人の証だ。不気味な髑髏とその口から身体をくねらせて這い出る蛇のタトゥーが青白い静脈に沿って揺らめいていた。

 クィレルが細い角ばった指先でその印をなぞると、ルシウスの左腕が焼かれたように熱くなる。昔崇高なるお人に印を刻まれた場所だ。

 ルシウスは痛みのあまり呻きながら腕をもう片方の腕で抑え込み、ペルシャ絨毯の上に膝をついた。月が隠れている。応接間の窓から見える空からは、灰色の雲の中で拍動する月の光がじんわりと漏れていた。

 

「我が君がお帰りになれた」

 

 クィレルは囁くように言った。ソファの縁に肘をついて、蹲った男を見下ろしている。

 

「早速だが、お前に命ずることがある」

「……我が君の仰せのままに」

 

 浅い呼吸のまま、ルシウスは頭を垂れた。

 あの時の自身の心の中に何の感情が渦巻いていたか、今でも理解が出来ない。背筋の凍るような恐怖が再びやってくることへの怯えが多くを占めていたが———その奥底に仄暗い喜びが、まるでマグマのようにぐつぐつと沸騰していたのだ。

 “Sanctimonia Vincet Semper(純血は常に勝利する)

 

 私たちの時代が、来るのだ。穢れた血が迫害され、私たち高潔な純血が覇権を握る時代が。

 燃えるような情熱と凍えるような恐怖に晒された心臓を、緊張の紐が縛っているのを感じた。ルシウスは薄く微笑んだ。

 

 

 しかし彼は気が付かなかった。闇の帝王が弱りきり死の縁に立っていたこと、彼の配下はクィリナス・クィレルその人の他にいないこと。そしてそのクィリナス・クィレルは、長い間ヴォルデモートと精神を共にしたためかの者の傀儡のようになっていたこと。

 

 どんなに忠実な配下にも手の内を明かす事を許さない、ヴォルデモートの謀略である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルシウスは馬車の斜め前に座っている、フード付きのコートを纏ったクィレルに目を向けた。ポリジュース薬で姿かたちを変えており、今は魔法法執行部所属のシェラルダ・バックルという女である。フィンランドに帰省するという申請がされており、先週から魔法省を辞職していた。間違っても本人と鉢合わせることはないだろう。

 ルシウスは手順の確認のために口を開いた。

 

「この馬車が着いたら、私があらかじめ手をまわしておいた看守のボブに会う。彼に、ピーター・ペティグリューの牢まで案内させる。あとは死んだネズミを牢に置いてけば入れ替えは成功するだろう」

 

 ルシウスは足元に置かれた血の滲んだ麻袋を嫌そうに顎でしゃくった。

 クィレル扮するシェラルダは薄暗い目で深く頷いた。恐ろしく生気のない顔は、時々馬車の外で轟く雷に照らされて陶器のように見えた。ルシウスは緊張で乾いた唇を薄く舐めた。

 セストラルの牽引する、マルフォイ家の紋章のない黒塗りの馬車。身分を隠していた。これからする悪事を考えれば当然だろう。

 

 しばらくすると、窓の外にアズカバンの岩肌が見えた。絶海の孤島に建てられた牢獄である。

 

「着きましたぜ!」

 

 大雨の中、御者が声を張り上げて中の二人に告げた。扉を開け杖だけ外に出すと、雨を弾く透明な傘が開いた。ルシウスはシェラルダと同様、真っ黒のフードを被った。

 「行くぞ」と言ってルシウスが馬車を降りる。ごろごろとした岩場の上に着地した。

 

「一時間もせずに戻る。持っておけ」

 

 ルシウスは懐からガリオン硬貨の入った巾着袋を渡した。髭面で体格のいい御者の視線がルシウスと巾着袋の間を何度も往復した後、男は巾着袋を手に取ってその重さににやけた。無名馬車には破格の額だ。へい、と御者の男は頷いた。

 

 シェラルダとルシウスがアズカバンの根元にぽつんと掲げられた入口のランプに向かっていると、二人の到着に気が付いたらしい小太りの男が暗闇の中こちらに向かってきた。

 

「ボブ・アルダーソンか?」

 

 雨に負けないような大声でルシウスが問うとボブは頷いた。身長が低く頭の禿げあがった老人で、灰色に濁った眼は斜視なのか焦点があっていない。ルシウスはボブを気に入っていた。聞くところによると口がきけないらしい。金を欲しがっていたようだし、秘密を守るものとしてはうってつけだろう。

 

「ピーター・ペティグリューのもとへ案内しろ」

 

 ルシウスが命ずると、ボブは二人について来いと手で合図してひょこひょこ前を進み始めた。

 ルシウスは隣を歩く無表情のシェラルダの顔を盗み見た。

 それにしても、何故ピーター・ペティグリューの脱獄を手助けするのだろうか。脱獄をさせるのなら、レストレンジやゴイルの血縁者のほうがいいはずだ。

 用意する死体が人間ではなくネズミという部分を重視しているのか?

 

「他の者はいいのか?」

 

 ルシウスは囁いた。

 

「まだ()ではない。いずれそうなる」

 

 シェラルダは冷たく返した。

 

 ペティグリューはアズカバンの最上部にいるらしい。極悪人と同じではなく、独房だそうだ。動物もどきで逃げられる可能性も考慮して管理が厳しくなっている。三人はエレベーターに向かった。

 

 冬の海上だというのに、ボブは半袖を着ていた。両腕に刻まれたタトゥーを杖でなぞると赤い光を発し、ディメンターに襲われなくなるらしい。アズカバンの看守は皆そうだ。

 ディメンターに目はなかったが、赤い光に含まれる魔法は感じ取ることが出来る。魔法省との取り決めにより、看守を襲うことは厳禁とされていた。

 

 ボブが杖を使い、腕から赤い光を放つ。ルシウスはほっと溜息を吐いた。

 死喰い人、いや———邪悪な魔法に手を染めた魔法使いは従来、守護霊の呪文を使えないとされてきた。ルシウスも例外ではなく、クィレルもそうだろう。ボブから離れない様にルシウスは注意深く動いた。

 

 しばらく歩くと、ペティグリューの牢の前にやってきた。動物もどきをディメンターが襲うことはないからなのか、ここの牢の外壁はなく、廊下に雨風が吹き抜けていた。ボブが幾重にもかけられた鍵をはずしていく。扉をあけると、壁の隅で横たわっている汚いネズミが目に留まった。

 この数か月随分と気力を使っていたのか、ネズミの姿でも衰弱しているのが見て取れる。

 

「ペティグリュー」

 

 ルシウスが声を掛けると、ネズミが三人を見た。肋骨の見えた腹を曲げて振り向いている。驚いた様子だ。人間の姿ではないからなのか、ルシウスには素直に哀れだという感情が湧いてきた。少なくともネズミ好きの人間には目も当てられない様子だろう。

 

「助けに来た……早く来い。ここから連れ出してやろう」

 

 ペティグリューはその言葉を聞くと、素早い動きでルシウスに駆け寄った。なにか罠かと疑う前に身体が動いたのだろう。正常な人間にとってアズカバンほどつらい場所はない。

 ルシウスは後ろにいてディメンターを牽制しているボブを見下ろした。少なくとも彼のいる前では我が君のことを言う事は出来ない。館に戻ってからペティグリューに伝えることになるだろう……。

 

 そんなことを考えていると、ルシウスの横からぬっと影が動いた。シェラルダだ。黒いフード付きローブを引きずって、彼女はペティグリューのいた独房に立った。

 

「……シェラルダ?」

 

 無言で立ち尽くすシェラルダにルシウスは眉を潜めて囁く。こんなところは早く退散したいところだ。声に反応して、シェラルダはルシウスを振り向いた。

 

「シェラルダ?」

 

 よく見ると、目の焦点があっていない。生気がない。無表情で、まるで陶器のような顔だ。

 この特徴にルシウスは見覚えがあった。

 

 

 

 思い出す前に、目の前を緑色の光線が通った。

 シェラルダにぶつかり、彼女は倒れる。

 

 

 

 そうか、彼女がかけられていたのは服従の呪文だ。

 ルシウスはぞっと背筋を駆ける悪寒のままに、後ろを振り向いた。ボブの背が伸びていた。

 

「大儀だった、ルシウス……ネズミ如きでは脱獄が露見するかもしれない。()()人間にしておこう」

 

 ボブが喋るはずがない。斜視で焦点の合わない濁った瞳がルシウスを見上げている。懐から小さなボトルを取り出し、ボブはそれを勢いよく煽る。ボブの背が小さくなる、両腕の赤い光がまばゆく輝く……

 

「何を———」

死体だ! ディメンターども! 運び出せ!

 

 ルシウスが何か言い終わる前に、ボブが大声で怒鳴った。

 後ろを振り返ると、死神の衣をまとった恐ろしい生き物がうじゃうじゃと集まってくる。

 ルシウスはボブに力強く身体を引っ張られ、入り口から退いた。衣から覗く鋭い鉤爪のついた灰色の長い手を前に出して、ディメンター達が独房の中に殺到する。まもなく哀れなシェラルダの遺体は何体ものディメンターに引き取られた。

 ディメンターは目が見えない。魂を見るのだ。そしてディメンター達は、この独房から一つの命が潰えたのを目撃した。

 

 ディメンターに持ち上げられながら空を移動する亡骸を、ルシウスは目で追った。黒い衣の隙間から、だらりと脱力した生足と黒いパンプスが見えた。ルシウスは廊下から身を乗り出した。

 

 遠くの方に飛んだディメンターの集団は、シェラルダの遺体を空中で投げ捨てた。呆気なく落下していく。落下していく。落下していく。岩に身体を叩きつけ荒れる波の狭間に、彼女は消えていった。

 もう二度と上がってくることはなかった。

 

「ルシウス」

 

 後ろから声を掛けられ、ルシウスはばっと振り向く。

 ボブが手を出していた。

 

「ペティグリューを渡せ」

 

 右手を見ると、力を入れ過ぎたのか、それとも先程の光景を見たからなのか、ネズミがぐったりと失神していた。

 ルシウスは口から薄く息を吐きだすと、ボブの手のひらの上にペティグリューを置いた。赤い光が彼らを照らしている。

 ルシウスはやっと気が付いた。

 自分が試されていたことに。




エタの“エ”の字が出かかりました。危ない危ない。
ウキウキドキドキワクワク二次創作シリーズなので次回は安心してください。ハリーとシリウスとロミオのほっこり話です。

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切実に燃料をください。エタる確率が低くなります。沢山の感想ありがとうございます。感想をください。私の主食です。
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