お前もニフってる?   作:HLNF会長

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第二十五話 お前もニフってみない?

 

 

 クィレルを殺す。

 そうか、俺、クィレルを殺さなくちゃならねーのか。

 

「ロミオ! しっかりして!」

 

 俺はハリーの声にハッとして意識を取り戻した。周りを見渡すと、そこは賢者の石を守る最後の部屋、ダンブルドアのみぞの鏡の部屋だった。俺とハリーはクィレルから隠れるために、部屋に立っている柱のうちの一本に身を潜めている。クィレルが細工をしたのか、部屋の壁に沿うように炎が立ち上がっていて、俺たちが部屋から逃げ出すことを防いでいた。

 

「言っただろう。この世界には、力と、力を求めるには弱すぎる者とが存在するだけなのだと。私は強く、君は弱い。君には耐えがたい真実なのかもしれないが、その石は私が手に入れる運命なのだよ」

 

 柱の裏から、クィレルが落ち着いた声で語りかけてくる。落ち着いたっつーか、もう勝利を確信した舐めプの声色だ。俺はハリーの方を見た。切羽詰まった顔で、小声でぶつぶつ呟きながら何かを考えている。俺はまた考えた。

 

 俺、人を殺すのは好きじゃない。好きな人はあんまりいないと思う。というか、人を殺したこともないから、殺すってのがどういうことなのかもよく分かんない。

 現在柱の向こう側で悪人ヅラをしているクィレルでさえも、やっぱり殺すのには抵抗があるし。今でさえあんなゲスだが、チェスを教えるときの顔は教師そのものなんだ。スネイプよりも格段に優しい。ハリーの闇の魔術に対する防衛術の成績だって悪くないし、きっとヴォルデモートに出会うまではまずまずの信頼を得ていた教師だったんだろう。

 

 まあ、こんな感じで、今更になってクィレルのいいところを考えて挙げ連ねちゃうくらいには、クィレルのこと大嫌いってわけじゃない。

 

 でも同時に、クィレルのことを殺さないのも、無理なんだろうなーと思う。後頭部はヴォルデモートに浸食されちまってるし、ユニコーンの血もがぶ飲みしてる。生きてる間にやっちゃダメなことのオンパレードだ。

 今になってやっと、ダンブルドアがなんで保健室までやってきて俺に話をしたのか理解できたような気がした。

 あれは念押しだったんだろうな。俺がまだふわふわしてて、クィレルのことをまだ危険な遊び相手くらいにしか思ってなかったから。だから調子乗って睡眠パウダーを使うなって言ったんだと思う。

 

 たしか元の世界ではハリーにかかった愛の魔法の力でクィレルを殺していたはずだけど、あいにく俺はハリーに手を出させるつもりはない。まだ小学生くらいの年齢だぜ? 俺にとっちゃガキもガキだ。小さいころから鍛え上げようと思っているんだか何だか知らんが、俺もハリーの保護者の一匹。

 ダンブルドアには悪いが、クィレルは俺がカタをつけさせてもらおう。ハリーは関わらせない。ハリーには殺させない。

 

 ハリーにちょっと待っとけとジェスチャーで指示して、俺は柱をするすると登った。馬鹿正直に正面から登場してやる気はない。柱の高い場所から顔を出すと、クィレルはまだこちらに気が付いていないようだった。後頭部のヴォルデモートの顔の境目が見える。気持ち悪ぅ。

 

 ひとまず、今の段階での一番の脅威はクィレルの魔法だ。アイツの呪文にあたらなければ、十分に勝機はある。つまり、勝負は一瞬。奇襲作戦だ。スネイプの部屋であとで何の薬か調べようと思ってくすねてきた死の毒薬があるから、飛びついてそれを飲ませればいいだろう。

 

 俺は袋の中に手を突っ込んで、瓶の位置を確認した。硬く冷たいガラスの曲線に手が触れて、俺の心臓が嫌な鼓動を打つ。手触りだけで、この瓶を形作る模様がありありと伝わってくる。そしてまた、手の甲にあたった感じ、この瓶の隣には睡眠パウダーの入った胡椒瓶もあった。これを使えばクィレルを眠らせるだけで済むかもしれない。俺はただ、この瓶を一振りすればいいだけ。クィレルを殺すなんて、そんな非道な企みはしなくて良くなる。

 

 でもそれじゃ、今度はダンブルドアにやらせることになるよな? それってただの責任の押し付けだ。違うか? ダンブルドアはハリーの保護者かもしれねえけど、俺の保護者じゃねえ。

 今回のことで、俺はちゃんとダンブルドアと同じ立場になれるってことを証明すべきだ。

 

 俺は一回だけゴクリと唾を飲むと、クィレルの頭を目がけて飛び掛かった。

 

 

 

 思いのほか、強烈な反撃はくらわなかった。というより、クィレルが慢心していたせいもあるんだと思う。クィレルが腕を振り上げて俺を振り払おうとする前に、俺は手に持っていた瓶をヴォルデモートの口の中に突っ込んだ。ヴォルデモートはゴボゴボと音を立てて苦しそうに呻いた。クィレルも思わず悲鳴を上げた。ヴォルデモート側なら痛みも少ないかと思ったんだが、どうやらそうでもなかったらしい。

 ヴォルデモートはなんとかして毒薬を吐き出そうとした。でも無理だった。俺が布をヴォルデモートの口に突っ込んで、吐き出すことを防いでいた。俺の耳にはクィレルの断末魔がぐわんぐわんと反響していた。クィレルは腕を振り回し、俺を後頭部から引き剝がそうと必死だった。俺はなるべく項の方に身体を寄せて、必死にしがみついていた。いつかのトロールの時みたいに。シューシューという音とともに何かが焦げるような匂いがして、俺の方に黄色いさらさらした液体が伝ってきた。

 

 もう少し。もう少しだ。

 俺は腕の筋肉のありったけを使ってしがみついた。俺の綺麗なモノクロの毛を黄色い体液が汚しても、俺はもう気にしなかった。ヴォルデモートが苦しんでいるのが、布越しに伝わってくる。ヴォルデモートの歯が必死に布を噛んでいた。俺はいっぱいいっぱいだった。

 

 俺は気が付けば、強い衝撃とともに床に叩きつけられていた。痛ぇ。クィレルがようやっと俺を振り払ったらしい。俺の胴体と足が痺れて動かない。多分骨折しているんだと思う。

 クィレルがよたよたとおぼつかない足取りで近づいてきた。後頭部からは煙を吐き出して、額からは大粒の汗を流し、顔は苦悶に歪んでいる。

 

「賢者の石、賢者の石を……」

 

 クィレルはまるで砂漠で何日も遭難したかのようなしゃがれた声で、オアシスを求めるように俺に手を伸ばした。俺は必死に後ろにのけぞり後退した。

 ハリーが柱から飛び出て駆け寄ってくる。

 

 ハリー、出てくるな!

 

 俺が人語を喋れていたら、人間だったらそう叫んでいたと思う。ハリーにこんな凄惨な場面を見せたくなかった。

 

 クィレルが俺を捕まえる前に、ハリーがクィレルの顔を手で挟んで、俺から引き剥がそうとした。愛の魔法が働いた。クィレルの顔のハリーの手が触れた個所が、水膨れのようにただれ始めた。クィレルはボコボコだ。そのあとも、ハリーは俺に執拗に手を伸ばそうとするクィレルから俺を守った。しかしじきに限界が来て、ハリーは額の傷を抑えて気を失った。

 

 結局、俺とクィレルだけが残った。

 俺は肋骨と片足がぽっきり折れてる。超痛い。でもクィレルは俺の何十倍も痛そうだった。クィレルは冷たい床に小さくうずくまって、逃げ場のない痛みに身をよじらせていた。俺は起き上がることも出来ずに、手の力だけでクィレルの方に這って行った。

 

「ご主人様、ご主人様……」

 

 俯いたクィレルがうわ言のように囁いている。額一面焼けただれていて、呼吸が不規則だ。もうそう長くないに違いない。クィレルの後頭部からゆらゆらとふきだす煙が、蛇面の男の模様に変わっていった。ダンブルドアの水たばこの煙とは違って、火薬のような嫌な悪臭が漂っていた。

 

「たす、助けてください、ご主人さま……」

 

 俺は最後の力を振りしぼって、お腹の袋から胡椒瓶を取り出した。クィレルの方に投げてやると、胡椒瓶はいやにあっけなく割れて、あたり一面に睡眠パウダーの粉が舞った。

 苦しんだまま死なせるのは目覚めが悪い。

 暴力的なまでの金木犀の香りがあたりに漂って、ヴォルデモートの煙の香りを遮った。

 

「これは、禁じられた森の、時の……」

 

 クィレルの呼吸がだんだんとゆるやかになっていく。ゼイゼイとしていた息も、段々と静かになっていく。クィレルの身体から力が抜けていく。身体が床にぺたりとついて、横を向いたクィレルの顔は幾分か安らかに見えた。

 クィレルが眠ったことを確認すると、俺は抗っていた睡魔に身を任せ、ゆっくりと瞼を閉じた。俺も限界だったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺が次に目を覚ますと、そこはホグワーツの大広間だった。

 何言ってるかわかんないだろ? 俺もだ。でも、そこはまぎれもなく生徒たちがご飯を食べる大広間だった。

 俺は長テーブルに座ってて、チェス盤を挟んだ向かいには、クィレルがいた。周りを見回すと、生徒たち———ハリーやハーマイオニー、ロン、遠くの教員席にはダンブルドアやマクゴナガルもいる———が、各々の皿の中の料理を食べながら、談笑に興じていた。スクランブルエッグやトーストなどを見るに、今は朝食の時間らしい。

 

「君のターンだぞ」

 

 目の前のクィレルが、チェス盤から目を離さずにそう言った。すらりとした足を組んで、神経質そうな口元に青白い手を当てて、チェスの流れをじっくり読んでいる。いつもの()()()の演技はなかった。

 

「これって夢なの?」

 

 俺がそう聞くと、クィレルは一瞬俺に目を向けた後、またすぐに目線をチェス盤に向けた。

 

「夢かもしれない。君の夢かもしれないし、私の夢かもしれない」

 

 よくわからない返答だ。何も言ってないのと同じじゃねーの、それ。

 ……ってか。

 

「君は、想像より若いな」

 

 やけにクィレルと会話が成立すると思ったら、俺今人間だわ!

 俺はガタリと立ち上がったが、生徒たちは俺に、俺たちに気が付いていないようにそのまま食事を続けている。

 俺は椅子をまたいで、そのままその場で一周した。まぎれもなく人間だ。ありあわせのようにホグワーツの制服を着ている。これって前世の俺か? 周りを見渡して鏡を探してみるが、見る限りなさそうだ。俺はクィレルに無遠慮に近寄って、宝石のような瞳を覗き込んだが、俺の顔はあまりよく見えなかった。髪の毛を一本ブチッと抜いてみる。黒髪だ。俺は黒髪だったのか。なんかわからんが、一歩前進としておこう。

 

「で、早く動かしてくれないかな?」

 

 クィレルのため息で、俺は思い出したようにチェス盤を見下ろした。

 とりあえず座りなおして、適当にポーンを動かしてみる。クィレルはまた深いため息をついた。

 

「君はいつもそうだ。一手一手に熟慮が見受けられない。テニスのラリーじゃないんだよ、チェスは。これでよくマクゴナガルのチェスを突破できたものだ」

 

 俺は「テニス?」と聞くと、クィレルは渋い顔で、「私がマグル学を教えていたことを知らなかったわけじゃないね」と返した。

 

「マクゴナガルのチェス、俺ダメだったぜ」

「ダメ?」

「うん。ボロ負けだった。ダンブルドアが俺専用の抜け道を用意してたから助かったけど」

 

 クィレルは考え込んでいた。そして数分くらいの時が経って、ナイトを動かした。数分かはわからない。だって時計がないんだもの。もしかしたら一分くらいだったかも。

 

「私が教えたから、少しは善戦できると思ったが」

「俺頑張ったぜ。お前に教えて貰ったもん。多分あと五年くらいやってればいけたと思う」

「五年は待てなかったな」

 

 クィレルは自嘲するように笑った。

 

「私は愚かだった。あの方を———闇の帝王を———ヴォルデモートを、コントロール出来ると高をくくっていた。自らの無力さも顧みずに、力を求めた」

 

 俺はちょっと驚いた。

 

「無力?」

 

 クィレルは何を言い出すんだと俺をジト目で見た。俺だって内心は「何を言い出すんだ」だぜ。

 

「流石にお前無力じゃねーだろ。お前が俺の最初の飛びつきを読んでたら、正直勝機はなくなってたし。お前の弱さはその慢心だよ、実力的にはホグワーツの闇のなんたらの先生やるだけあると思うぜ」

 

 俺はビショップを動かした。クィレルの眉間に皺が寄った。

 

「あ、おい」

 

 クィレルが勝手に俺のビショップを元の位置に戻して、代わりにポーンを動かした。魔法のチェスの駒たちも満足げだ。クィーンが俺に中指を立てている。

 

「お前さ、俺のことどう思ってたの?」

「……邪魔なニフラー?」

「ならなんで俺にチェス教えたの?」

 

 クィレルはチェス盤から目を離して、あらためて俺を見据えた。俺はフォークで直接大皿のカリカリベーコンを突き刺した。どうせ誰も見ちゃいねえんだ。もしゃもしゃと食べる。ちゃんと味がある。人間の食べ方をしたのは久しぶりだ。

 

「多分、君の知能を図ろうと思ったんだろうな」

「はあ。んでどうだった?」

「ニフラーにしては賢く、人間にしてはバカだ」

「なんだと」

 

 俺はお腹の袋に入っているやりこんだナンプレの本を取り出そうとして、そういえばこの身体に袋なんてないことに気が付いた。

 

「これで最後になるかもしれないんだ。ちゃんと私の言うことを聞いて、チェスのなんたるかについて学んでもらいたいね」

 

 俺は反射的に口を開こうとして、つぐんだ。すっかり忘れてたけど、クィレルに引導を渡したのは俺だった。クィレルはそんな俺を見て、はじめてふっと柔らかく笑った。

 

 

 それから俺らは、結構みっちりチェスをやった。一戦だけだけど、クィレルの解説付きだ。めちゃめちゃ長いのなんのって。

 

「し、死ぬぅ」

 

 俺はどさりとテーブルに倒れこんだ。クィレルはにこにこで俺を見つめている。

 

「死ぬのは私だよ」

 

 笑えないブラックジョークだ。

 俺はスプーンですくったチーズ入りのスクランブルエッグをもちゃもちゃ食べながら、クィレルを見上げた。

 

「お前、結局これからどこ行くの?」

「行く、とは?」

「天国とか。そういうの、あんだろ」

 

 地獄とか、とはさすがに言えなかった。流石に死後の世界のことでブルーな気分になるのは勘弁だ。ジョークにしては重すぎるぜ。クィレルだとおこないがおこないだけにだいぶグレーだ。地獄の門番みたいなやつに渡す賄賂とかも持ってねーだろうし。

 クィレルは自身の胸に手を当てて考えこんだ。

 

「私の魂は割れているらしい。ヴォルデモートが私に取り憑いた時、彼がそう言った。事後報告だったがね。私はそのころには彼に心酔しきっていたから、恐怖も薄れていた。全能感だけがあった。しかし、おそらく、ユニコーンの血を飲んだのが良くなかった。私の魂は永久に不完全なままだ」

 

 クィレルは静かに言った。そしていつの間にか注いでいたコーヒーをあおった。

 

「じゃあ、ヴォルデモートみたいになるってこと? 一生彷徨ったまま?」

「それは分からないよ。なにせ私も死んだのは初めてだ。霊体初心者さ。運が良ければ、欠けた私の魂を探し出して、消滅できるかもしれない」

 

 俺はじっとクィレルを見つめた。うーん、と考え込む。俺にはある一つの考えが浮かんでいた。でも可能かどうかは定かではない。まあ……言わんよりはマシか。

 

「クィレル、お前さ……」

 

 クィレルは、不思議そうな顔をして俺を見つめ返した。

 

「お前も、ニフってみない?」

 

 結構馬鹿みたいな提案だと、俺もわかってる。

 

 




最近推している別界隈の二次創作があります。「更新はまだか」とゾンビのごとく毎日ハーメルンを更新しています。私が更新すれば、徳がたまってその小説が更新されるんじゃないかと思い、高いモチベーションのまま書くことができました。

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切実に燃料をください。エタる確率が低くなります。沢山の感想ありがとうございます。感想をください。私の主食です。
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