お前もニフってる?   作:HLNF会長

27 / 33
第二十七話 みぞの のろここ のたなあ

 

 

「また一年が過ぎた!」

 

 ダンブルドアが朗らかに言った。

 学年度末パーティーの行われている大広間は、煌びやかな真紅と黄金のカラーで彩られており、猛々しいライオンの描かれた巨大な横断幕が壁一面を覆っている。俺はテーブルの上のハリーの手の中で、ダンブルドアの演説を聞いていた。

 

 結論から言うと、寮対抗杯はグリフィンドールの圧勝だった。

 そもそもフィルチがハリーたちを匿ったおかげで消灯後の夜歩きの巨大減点はされていないし、日程がズレていたのか何だか分からないけど、ハリーは最後のクィディッチの試合にギリギリ間に合いレイブンクローをボコボコにした。んでクィレル討伐頑張ったで賞の表彰も俺の知らないうちにあったらしく、もうそりゃ死体蹴りレベルの得点差だったそうだ。

 

 長々と喋った後、ダンブルドアが寮対抗杯の表彰をした。寮対抗の“りょ”の字をダンブルドアが口に出した時、グリフィンドール生は全員身体を硬直させ、唇をむずむずと動かしだし、“こ”の字が口に出されたときには、既にフレッドとジョージが天井に巨大花火を打ち上げていた。「グリフィンドール二十点減点」とスネイプがぼやいたが、そんな点数で埋められる差でもなかった。一位が発表されたとき、大広間は大喝采で埋め尽くされていた。スリザリンが何年かぶりにトップの座から陥落したらしく、ハッフルパフやレイブンクローも満面の笑みで祝っている。うーむ、寮対抗杯の恨みは根深いらしい。

 

 周囲の反応を見る感じ、周りからのハリーの評価は上々のようだった。病み上がりでクィディッチに復帰できたのがなかなかの高得点だったようだ。いい傾向だ、と俺はニフ知れずウンウン頷いた。俺の目指す理想としては、やはりハリーが何者にも拒絶されることなく、孤立することなく、健やかに育っていける環境なので。

 俺がふと後ろを見上げると、ハリーの横顔が目に入った。子供特有の顔の柔らかな輪郭。ピンクがかった頬と、しっかりした芯を持ち始めた緑色の瞳。

 

 俺はその目に吸い込まれるように、ハリーと、魔法生物ペットショップで初めて出会ったときのことを思い出した。

 火蟹の吹いた熱でどこか煙くさい店内、ボロボロのチェック柄のシャツを着た額に稲妻の傷を持つ少年を檻越しに見たとき、俺の人生は急速に動き始めた。

 俺のことを誰も知らないこの世界で、俺だけが知ってるこの物語の主人公。最初は面白くなりそうだなとか思ってた。実際面白くなったし、なかなか悪くない選択だったと思う。

 

 ……でも、たまに考える。

 前世の自分のことを。この世界に来る前の自分のことを。

 どんな人間だったんだろう。どんな人と生きて、どんな人生を送っていたんだろう。

 

 冬休み初日、キングズクロス駅でシリウスとハグするハリーの後姿を見上げて、俺は一瞬足を止めてしまった。なぜか喉のあたりが熱くなって、どうにもならないさざめきのようなものが心臓を襲った。

 ニフラーの寿命は長くない。せいぜい二十年が関の山だ。

 俺が死ぬとき、俺はいったい何を見るだろう。俺を悲しそうに覗き込むハリーやジニーやその子供たちを見つめながら、ポッター家で生涯を終えるんだろうか。小さくて毛深くて、とてもかわいい友人として。

 あ、一応言っとくと、ニフラーとしての生活が気に入ってないワケじゃない。お宝は探しやすいし、動きだって俊敏。四次元ポケットみたいな便利なオマケ付きだし。

 

 でも俺は、シリウスみたいな方法で、ハリーを抱きしめてやれない。

 ハリーの冗談に返せるものと言えば、相槌とキュートなボディーランゲージ。人の顔はいっつも顔を見上げてばっかで、のろまな人間たちに踏まれないように毎日気を付けてる。きっと俺とハリーは同じ速度で、肩を並べて、人生を歩けない。

 きっといつか俺にガタが来る。きっと二十年後には足腰も弱くなって、置いて行かれて、気付けば土ン中だと思う。

 

 俺はどうしたいんだろう。何がやりたいんだろう?

 ハリーの何冊もあるベストセラーの本に比べて、俺の本はどんなにページを捲っても不思議なくらい真っ白だ。俺自身が書きたいものもよく分からなくて、超大作の一文字目も書き出せずにいる。

 

「どうしたの? ロミオ」

 

 俺の意識は急に大広間に連れ戻された。

 ハリーが俺の顔を見下ろしていた。変にぼーっとしすぎて心配させたらしい。俺は肩をすくめて、「なんでもない」という風に鳴いた。

 

「ほんとロミオってニフラーに見えないよな」

 

 人間みたいだ、と隣にいたシェーマスが笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 その夜、俺はひそかに寮を抜け出してひたひたと城を動き回っていた。月の光が雲に阻まれることなく窓から差し込み、らんらんと廊下を照らしている。いやに不気味な夜だった。ゴーストたちは地下の部屋にこもって今年度もお疲れ様パーティーをしているらしく、これだけ動き回っていても誰にもすれ違わなかった。血みどろ男爵あたりはマジで心臓に悪いから助かったぜ。

 

 なぜ俺が深夜に城を歩き回っているのかって言うと、あるものを探すためだ。

 この世界に生まれ落ちてからずっと宙ぶらりんな俺を、助けてくれるかもしれないもの。そう、みぞの鏡だ。

 俺の覚えている感じでは、あれは鏡の前に立った者の深層心理を読み解いて心の奥底の願望を映し出す魔法道具だったはず。さっきクィレルと対峙した部屋に行ってみたけどなかったから、多分どこかに移動されているんだろう。

 けど、二十分くらい探してるけど一向に見つかる気配がない。もしかしてもう撤去されちゃったとかなのかなー。ま、仮に見つからなかったとしても、ダメ元で探してるだけだからいいんだけど。

 

 あるとすれば、あまり生徒の目につかない場所だと思う。

 ということで、一番使われている教室の少ない二階に下って探していると、隅っこの小さい部屋にそれはあった。冴えてるわ、俺。まさしく名探偵ロミオである。

 

 がらんとした空き教室の壁際に、灰色のシーツがかかった状態で置かれている。

 俺は少しドキドキしながら近づいた。ニフラーからするとかなり背の高い鏡だ。クィレルといたときには気が付かなかったけど、鏡の金色の仰々しい縁取りの所々が剥げていて、厳かな年季を纏っている。きっと何百人、何千人の夢を映し出してきたに違いない。純粋な希望も、腹黒い欲望も、呆れてしまうような野望も。……この鏡の効果、ニフラーにも適用されるよな?

 

 俺は鏡の前に立った。鏡に覆いかぶせられたシーツの裾を掴む。

 何が映し出されるんだろう。賢者の石をべろべろ舐める俺の再上映だけは勘弁だぜ。シリアスの嫌いな俺が珍しくナーバスになってんだ。みぞの鏡くらい、俺の本当な気持ちを知っていてほしい。

 俺はすこし深呼吸をして、目をぎゅっとつぶって、シーツをばさりと滑り落した。

 

 目を薄く開けてみる。鏡の中に誰かいるらしい。誰だ? 俺は目をぱっちりとあけた。

 

 その時、俺は大声で悲鳴を上げた。

 鏡に映っていたのは、のっぺらぼうの男だったのだ。

 

 

 

 あ、一言言っておくと、俺の見たのっぺらぼうはかなーり怖かった。のっぺらぼう界の中でも有数の怖さだ。妖怪的な面で見ると、のっぺらぼうなんてトイレの花子さんとかテケテケとかと比べて怖くねーじゃん、って思うだろ? 違うぞ。リアルの……本物ののっぺらぼうはマジで怖い。だって人間にあるべきものがなくて、目とか口とかもなくて、なんか呪われそうな感じがするんだ。お前らだって今見てる画面から目を離して、横向いたらのっぺらぼうがいたらどうするよ? 実際今振り向いてみろよ、怖いだろ? 怖いよな? だからこれは俺がビビリなんじゃなくて、これはあるべき正常な反応というか、そもそもお化けとかに怖がらないのって生物としてダメだと思うんだよな。生存本能に欠けるというかさ。たまにどんなお化け屋敷行ってもへっちゃらです、って感じの人いるけど、それは反射的な防衛反応が備わっていないだけだと思うんだよ。だってそういうタイプの人って、現実にお化けが出てきたらどうするんだって感じじゃないか? もしお化けが包丁持って切りかかってきたとして、なんにでも怖がらない人がすぐ動けるかといったら俺は懐疑的だ。生き残りやすい人って、反射的に生命の危険を察知できる人だと思う。そしてすぐに逃げられる人だ。つまり、俺。

 

 俺は全速力で鏡の前から逃亡した。のっぺらぼうに鏡の中に引きずり込まれちゃたまらない。なんといっても頭の中で反芻されるのっぺらぼうの顔があまりにも怖くて、俺は半ばパニック状態だった。補足しておくと、お化けを見てパニック状態になるのも、正常な反応だ。俺はビビリじゃない。あと、こいつ言い訳長すぎだろって思ったそこの奴。俺が今夜お前の枕元にのっぺらぼう二十人くらい立たせてやるから覚悟しろよ。寝るとき部屋の天井みたら大量の人の顔が浮かび上がるようにしとくからな。あとシャワー中背後に気配を感じるようにもしとく。

 

 俺は道中、うっかりして廊下の甲冑を倒してしまった。そしてそのガシャーン! という音にビビっ……敵襲かと思って、近くの部屋の絨毯の下に隠れた。しばらく俺は、その絨毯の下で震えていた。恐怖からではなく、寒かったからだ。もうわかるとおり、支離滅裂なことを捲し立ててしまうくらいには俺の頭は働いていなかった。

 

「ロミオ」

 

 絨毯を急に捲られて、名前が呼ばれた。俺は反射的に手で顔を覆った。

 

「……何かあったのか?」

 

 聞き覚えのある声だ。

 恐る恐る指の間から見てみると、絨毯を捲って俺を覗き込んでいたのはアーガス・フィルチだった。

 

 

 

 

 

 フィルチはすっかり気力をなくした俺を不憫に思ったのか、自分の部屋に俺を招いた。いつも二人で……一人と一匹で魔法薬学の勉強をしている場所だ。

 

「ココアでいいか?」

 

 俺が頷くと、フィルチは台所の方に向かっていった。フィルチに話しかけられてやっと落ち着いてきていた俺は、ダラダラにかいていた嫌な汗をぬぐった。周りを気にする余裕も出てきて、改めてフィルチの部屋を見渡す。俺が初めて来たときよりも随分と様相が変わっていた。物がごちゃごちゃしていたテーブルの上は一掃され、置かれているものといえば魔法薬の瓶や大鍋、秤や本などが大部分を占めている。壁には薬草などがつるされており、コート掛けには最近買ったエプロンとゴーグルが引っ掛けられている。

 お前らにとっては少し意外かもしれないが、フィルチはなかなか優秀で、俺についてこれるような魔法薬学の腕前を持っていた。自分がやっと輝ける分野だと悟ったのか、脳が知識の吸収を求めているらしく、かなり勤勉だ。

 

 部屋をじっくり見渡していると、俺はふと、部屋の隅に置かれていた少し古い本に目を留めた。『クイックスペル 初心者のための魔法速習通信講座』———フィルチが購読していたアレだ。ずいぶん昔から読んでいたらしい。

 フィルチも、最初っから魔法薬学の道を選んでいれば、こんな遠回りをしなくて済んだのに。

 俺はその本に近づいて、ぺらりと表紙を捲ってみた。前書きが書いてある。

 

 

 “前書き

 

 この本を読んでいる、魔法をこれから学ばんとする人へ。

 魔法にまだ触れたことのない人、魔法の難しさにつまづいてしまった人、魔法を教えてくれる人が誰もいない人へ。

 

 この本は、わたしが魔法学校の一年生のときに思いついたものです。

 

 当時、わたしは学年一の落ちこぼれでした。その時読んでいた教科書に書いてあることはとても難解で、魔法の才能のないわたしにはサッパリ意味が分かりませんでした。魔法の原理や杖の振り方が書いてあっても、どのような角度で振ればよいのだろう、タイミングは、どんなコツがある? 知りたいことが何も書いていないのです。

 

 でも、そのときに思ったのです。

 もしも、それらすべてが書いてある本があったら?

 きっと、わたしのような者にとっては、なによりの助けとなるでしょう。

 

 この本はそういう本です。

 魔法をある程度すてきにこなせる人にとっては、この本はすこし大げさで、冗長的に感じるかもしれません。

 でも、なかなか魔法と仲良くなれなかった人にとっては、この本はすばらしい教材になることでしょう。

 

 この本にはすべてが書いてあります。

 さあ、ページをめくって。あなたもこれを読めば、魔法がかんたんに理解できるようになります。

 そう、魔法のように!

 

 そして、この本を作るのに協力してくれた、M先生、F先生に最大の感謝を。

 著者 ローリー・リトルウィーン”

 

 

 

 ……なんか、思ってたのとずいぶん違うな。

 

「クイック・スペルか」

 

 俺が振り向くと、フィルチがココアの入ったマグカップを二つ持って、こちらに歩いてきていた。ミセスノリスはフィルチの足に身体をこすりつけた後、部屋の隅っこのキャットタワーへと帰っていく。フィルチは椅子を持ってきて、俺の隣に座った。俺はマグカップをひとつ受け取る。側面には黒猫の絵が描いてあった。

 

「これは元々、生徒の落とし物だったんだ」

 

 フィルチは懐かしそうに本を見ながらココアを啜った。

 

「誰も受け取りに来なかったものだから、随分長い間私の落とし物ボックスに入っていた。今思えば持ち主は、取りに来るのが恥ずかしかったんじゃないかと思う。しかし……私はこの本の内容に心惹かれてねえ。この本の販売元が売っていた量産タイプの杖を買ってみたりもしたが、結局私は最後まで魔法が使えなかった」

 

 フィルチは凪いだ目で、過去を反芻するようにココアの水面を見つめた。

 

「しかし、私はこの本が無駄な代物だったとは思っていないよ。私がこの本に合う人間じゃなかっただけだ。でも、だからこそ、私には新たな目標ができた」

 

 フィルチの目が俺を見た。フィルチの瞳には、輝かしい希望や強い意志が宿っていた。なんだか俺は、そのらんらんと光る目に、心臓を貫かれたような気持ちになった。

 

「私は将来、スクイブ向けの魔法薬学の本を書く。とても分かりやすい代物をだ。どれだけかかっても、私の命が尽きる前までに書き上げる。昔の私と同じような無力感を感じているスクイブにとって、それは希望を与えるものになるはずだ。魔法が苦手な魔法使いにとっての、この本のように」

 

 余計なことだったなと思った。

 フィルチにとってのクイックスペルは、ただの遠回りじゃなかったらしい。

 正直フィルチのことはただの枯れたオッサンだと思ってたけど、なんだか俺よりも生き生きして見える。フィルチがみぞの鏡の前に立ったら、おそらく自分の本を手に持ってる自分の姿が見えるはずだ。そしてその夢は、将来叶うだろう。俺は叶うと信じる。

 

 俺はココアを一口啜った。

 そうか、こいつも夢を持ってるんだな。

 じゃあ……俺は、ヴォルデモートを倒し終わって、世界に平和が訪れた後……なにしようか。

 

「ロミオ」

 

 フィルチが俺を呼んだ。

 

「将来私と一緒にその本を書こう。印税は二人で山分けだ。著者は“魔法が使えない同盟”として」

 

 俺はびっくりとした顔でフィルチを見た。

 それは……それは———とてもいい案かもしれない。うん、確かにいい案だ。考えてみてもいいかもしれない。

 

 俺はそのあと、ふよふよとした気持ちでグリフィンドール寮に帰った。

 

 そして翌朝ホグワーツを離れて、キングズクロス駅に着き、グリモールド・プレイスに帰るまで———いや、夏休みの間もずっと———俺は、フィルチの提案について考えていた。

 のっぺらぼうが俺の本当の()()()なら、いっそそんなものは置いておいて、フィルチと俺とで、ずーっと魔法薬学の研究をするのもありかもしれない……。

 

 

 

 

 さて、こうして俺のホグワーツ一年目が過ぎた。

 正直言ってかなりドタバタ過ぎていった印象だが、なかなか魔法界も悪くない。フラグは折れまくったけど、賢者の石も最終的に守れたしな。

 では、白紙の本の一ページ目に書き始めた俺の物語の第一章は、ひとまず完結とする。

 最後に一言———ア? ハリー、なんだって? 怪しい屋敷しもべ妖精が魔法省でシリウスを襲ったって? えーっと、今行くからちょっと待ってろ。

 

 じゃあ改めて最後に一言。

 お前ら、もし、あのダンブルドアの凶悪なカムカムキャンデーに対抗するアイデアを思いついたら、俺に手紙を寄こすこと。フクロウ便でもマグルの普通郵便でも、とりあえず魔法省闇祓いシリウス・ブラック宛に送れば俺に届くから。グリモールドプレイス12番地って書くと、郵便屋さんが混乱しちゃうから気をつけろよ。

 

 じゃ、俺はその下の階で騒いでるシリウス・ブラックに会いに行ってくる。

 どうやら二年目も面白くなりそうな予感がするぜ。

 

 

 

 

 第一章 賢者な囚人とアズカバンの石 完

 

 




なんか題名だけ英語なのも変だったので日本語にしました。あしからず。
ひとまず、一年目まで読んでくださりありがとうございました。
二年目も面白くなりそうですが、展開が難しすぎてすでに亀更新になる予感がします。

お気に入り登録・感想・評価を頂けると喜びます。
切実に燃料をください。エタる確率が低くなります。沢山の感想ありがとうございます。感想をください。私の主食です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。