お前もニフってる? 作:HLNF会長
勢いについてきてください。
結局、人からニフラーに戻るまでに丸一日かかった。
マジでずーっと森ン中いたから、野生化するとこだったぜ。
でも、これで分かったことがある。スプーンなみなみ一杯分は、たっぷり一日分ってことだ。これから詳細は研究するとしても、効果の目安が分かったのは大きい。安心するのはまだ早えけどな。魔法薬には、複数回使うことで効能が変わるものとかもある。テキトーにジャンジャカ使うのはナンセンスだ。普通に危ない。
というわけで、俺はひとまずの間人化薬の使用を封印することにした。
あれから二週間くらいが経った。
その間は相変わらずギルデロイと飲んだり、ハリーの勉強をみたり、授業中スネイプに凝視されたりしていた。
あ、ちなみにあれからすぐルーナと友達になったぜ。大の動物好きらしく、俺と仲良くなれるタイミングを計っていたらしい。考えてみると、今学期に入ってからあんまり人前に姿を現してなかったからな。
スリザリンのやつらとすれ違うたびに露骨に顔を背けられるんだけど、俺の知らんうちに例の秘密結社がなんかやらかしたんだろうか。
今日は十月三十一日、ハロウィーンだ。みなさんおなじみ魔法界きっての特大厄日である。
確か、今日が初めて“スリザリンの継承者”の犠牲者が出た日だったはず。犠牲者っつーより、犠牲猫だけど。
ここで、あえて二年目の本来のあらすじを復習しておこう。
えっへん、よく聞いていてくれたまえ。マジで思い出すのに時間かかったんだからな!
まず、今日。ハロウィーンの日に、フィルチの愛猫ミセス・ノリスが石になる。
その時「秘密の部屋」の噂を聞いたハリーたちがマルフォイを疑って、ポリジュース薬を作り始める。
その次に、ハリーがクィディッチの試合でブラッジャーに骨を折られている隙にコリンが石になって、その後なんたらフレッチリーと首なしニックが石になる。
そのあと、多分これは今年度の終わりあたりだと思うんだけど、ハーマイオニーが襲われて石になる。
そしてハグリッドアズカバンに連行、ダンブルドア解任というイベントを終えて、アラゴグにハリーとロンが食われかけ、事件解決だ。
これが覚えてる範囲のおおまかな流れだ。
ぶっちゃけ正確な時系列とか考えてらんないけど、去年でガバガバチャートに懲りたんだぜ。
今年に至っては俺がスリザリンの継承者のフリするわけにもいかねえしな。
ちなみに犯人は毛利こご……ジニー・ウィーズリーだ。いたいけなジニーがトム・リドルとかいうヴォルデモート進化前のやつに操られてバジリスクというバケモンを解き放ち、こんなストーンハプニングを引き起こしたってワケ。
マジで今日のミセス・ノリスの状態如何で対応が変わってくるぜ。
そもそも石化というのが「なにかを通してバジリスクを見た」からギリギリ生きてましたよって言う結果論に過ぎない。普通に直視したら死にます、アレ。
俺は余計な事しねーからさ。順調にコトが運びますように。
というワケで、お祈りタイムといこう。
ズンドコズンドコ。
「……ロミオ、なにやってんの?」
ズンドコズンドコ。
「ロミオというか、ニフラーズ……」
ズンドコズンドコ。
ハリーが話しかけてきた。でもあいにく俺らはお祈りに忙しいので返事は出来ない。
ホグワーツ中庭のど真ん中。
俺たちは焚火を囲むように大きな円陣を組み、ぐるぐると回っていた。
先頭を歩くのは俺だ。
右手を天へ、左手を地へ。
右、左、右、右、左。
意味ありげなリズムに合わせて腕を振り上げ、時折その場でぴょんと跳ねる。
後ろのニフラーたちも寸分違わぬ動きで続いていた。
ズンドコズンドコ。
ズンドコズンドコ。
黒、灰色、茶色、ぶち模様。
新年度になりさらに大所帯になった三十匹のニフラーが列をなし、焚火の周囲をぐるぐる回りながら、なにやら原始的な儀式めいた踊りを続けている。
実際、遠巻きにこちらを見ていた一年生が「なんか始まったぞ」「邪教だ」「ニフラー教」などと呟いていた。
失礼な。
これは由緒正しい祈祷だ。
先日、占い学の授業終わりに、俺は偶然鉢合わせたトレローニーからありがた~い知識を授かったのである。
曰く。
『古代の賢者たちは、運命の流れを整えるために踊ったのです』
曰く。
『星々はリズムを愛します』
曰く。
『最も強力な祈りとは、言葉ではなく身体で捧げるものなのです』
そして最後に。
『ちなみに私は三週間ほど前、この踊りで失くしたティーカップを見つけました』
説得力があるようなねーような。
しかし藁にもすがりたい俺は、その日のうちにニフラーたちへ伝授した。
結果がこれである。
ズンドコズンドコ。
ズンドコズンドコ。
俺は腕を振り上げながら真剣な顔で祈った。
どうか秘密の部屋編が無事に終わりますように。
どうかダンブルドアに正体がバレませんように。
どうかトム・リドルが変な気を起こしませんように。
どうかハリーたちが死にませんように。
あと今日の晩御飯にカボチャの冷製スープが出てきますように。
願いが多い?
うるさい。
ちいさくてかわいいだけの一般ニフラーには、祈ることしか出来ない時があるのだ。
「ロミオ」
ハリーが再び呼んだ。
俺は踊りながら振り向いた。
「……それ、効果あるの?」
俺は真顔でおおきく頷いた。
もちろん効果がある。
なぜなら————効果がないと困るからである。
その瞬間、後列を踊っていた一匹のニフラーが足をもつれさせて焚火に突っ込みかけた。近くで見守っていた生徒たちが途端に悲鳴をあげて、至る所から
儀式の神秘性が一気にしおれてしまった。焚火も薪からびしょ濡れになってしまっている。
「雨乞いの祈祷だとしたら、成功だけど」
同情した顔のロンがぽつりと言う。
一匹残らず濡れニフラーとなったニフラー軍団を前に、俺はぐったりと項垂れた。
そして、昼休みのことである。
日向ぼっこをしつつ毛を乾かしていた俺の方に、ハリーたちがやってきた。
「ロミオ。僕たち首なしニックから絶命日パーティーに誘われてるんだけど、君も来るよね?」
唐突。妙に圧のある言い方で、ハリーが俺に問いかける。
いやっ、ちょっと……。
「ロミオはハリーのペットですものね。きっと来るわよ」
不気味な笑みを浮かべたハーマイオニーがズイッと前に出てくる。
お、俺はこれからギ、ギルデロイに用事が……。
「ハリーあるところにロミオあり、だもんねえ」
いつの間に背後を取っていたロンが俺の背中の肉をガシッと掴んだ。
三人がフフフフフと不気味に笑っている。俺はわたわたと手足を動かして逃げ出そうとしたが、その隙にハリーとハーマイオニーがひたひたと高速で近寄ってきて、あっという間に三人に取り囲まれてしまった。
「ロミオも、来るよね?」
俺が何かを言う前に、ロンの手が俺の頭を引っ掴み、無理やり上下させた。
「ああ、ありがとうロミオ! 楽しみね!」
ひどく予定調和的なセリフだ。台本でもあんのかってくらい棒読みのハーマイオニーの言葉に、俺はゴクリと唾を飲んだ。
どうやら絶命日パーティーっつうのは、やべえ催しらしい。
そして迎えた絶命日パーティー。
ハリーたちは地下牢へ続く薄暗い廊下を歩いていた。
ロンは終始不機嫌だった。
「……逃げたんじゃねえだろうな」
ぽつりと呟かれた声は、どことなく殺意を帯びていた。よくみると殺人鬼のような顔をしている。
ハリーとハーマイオニーは顔を見合わせた。
「さあ……」
「あり得なくはないわね」
三人とも同じことを考えていた。
ロミオがいない。
談話室にも。
中庭にも。
住処のトランクにも。
お気に入りの窓辺にも。
三人が引き摺って連れて行こうと……失礼、迎えに行こうとロミオを探したが、生憎どこにも姿がなかった。
絶命日パーティーの話が出てからというもの、妙にそわそわしていたので、いよいよ逃亡した可能性は高い。
「僕だったら逃げる」
ハリーが真顔で言った。
「私も逃げるわ」
ハーマイオニーも即答した。
先日、彼らは偶然出会った上級生から絶命日パーティーの話を聞いたのである。
話によると、寒いし、暗いし、料理は腐っているし、幽霊向けの音楽は人間には耳障りらしい。
要するに最悪だった。
しかし、ホストである首なしニック本人から招待されてしまえば断れるはずもなく。
三人は覚悟を決めて地下へ向かった。しばらくして、重々しい木製の扉の前に辿り着く。
中からは妙な音楽が漏れていた。
三人は立ち止まった。
「……絶命日パーティーって、こんな騒がしいの?」
「知らないよ」
「聞いたことないわ」
ハリーがおそるおそる扉に手をかける。
ぎぃ、と音を立てて扉が開いた。
そして、三人は固まった。
薄暗く広大な地下室。天井から無数の蝋燭が吊るされているはずだったが、今は取り外されており虹色に輝くミラーボールがぶら下げられている。ここまではいい。いや、よくないけど。
問題はそのあとだ。
壁には銀色の飾り布。
豪奢で華やかなテーブル。
山のような料理。
ニフラー。
ニフラー。
ニフラー。
ニフラー。
ニフラー。
見渡す限りニフラー。
ざっと数えて三十匹以上。
黒いの。
灰色の。
ぶち模様の。
画面を上にスクロールすれば再登場しそうな見覚えのある顔ぶれが、そこら中に散らばっている。
「なにこれ」
ロンが真顔で言った。
「なにこれ」
ハーマイオニーも言った。
「なにこれ」
ハリーも続いた。
会場の前方。ゴーストとニフラーの波をかき分けた先に、ひときわ目立つステージが設けられていた。
その中央には、なぜか巨大な蓄音機が鎮座している。
いや、蓄音機だけではない。
どこから持ち込んだのか分からない真鍮のラッパ。
魔法で浮かぶ色とりどりの光球。
銀色の煙。
金色に輝くDJコントローラー。
そして、その機材群に囲まれるようにして一匹のニフラーが仁王立ちしていた。
黒いサングラス。
首には金色のチェーン。
頭にはギラギラしたストーン付きのキャップ。
どう見てもロミオだった。
隣には首元に羽がたんまりあしらわれたローブを纏っているロックハートが立っている。
「イェエエエエエエエエエエイ!!」
マイクを持ったロックハートが両手を天へ突き上げた。
同時に、蓄音機から甲高いラッパの音色が爆音で鳴り響いた。
幽霊楽団が演奏しているらしい。
本来なら不気味で陰鬱なはずの音楽が、なぜか異様にノリノリな編曲をされていた。
ドゥン! ドゥン! ドゥン!
重低音めいたリズムに合わせ、ゴーストたちが縦に揺れる。
ドゥン! ドゥン!
ニフラーたちも揺れる。
ドゥン! ドゥン!
首なしニックまで揺れている。
というか首を手で押さえながらジャンプしている。
「ウォオオオオオ!!」
「ヒューーーーー!!」
「キュルルルルル!!」
会場が沸騰していた。
数百年生きた亡霊たちが両手を振り上げ、ニフラーたちが机の上で踊り、腐ったサーモンやカビだらけのケーキが宙を舞う。
もはや絶命日パーティーではない。
何かのフェスだった。
ステージ上のロミオは機嫌よく身体を揺らしながら、ターンテーブルの上でスクラッチしている。ロックハートは魔法で浮かせたスプーンを指揮棒代わりに振り回しはじめた。
「待ちましょう、ロン」
無言で扉を閉めようとしたロンを、ハーマイオニーが制止した。
「一応来たってことをニックに言わないと。そのあと帰りましょう。すぐに」
ハリー、ロン、ハーマイオニーは大音量で死神交響曲の流れる会場に足を踏み出した。
「それにしても、どうやって機材を揃えたのかしら。それにホグワーツって電子機器使えないわよね?」
「私たちが用意しました」
後ろからぬっと返事が返ってきた。
ハリーたちがギョッとして振り返ると、片手にシャンパングラスを持った一人の青年が、三人の背後にひっそりと立っていた。
容貌から考えて上級生だ。
ネクタイの色が緑色だったのでとっさに警戒したが、ローブの胸元をよく見ると、監督生のバッジの上に“HLNF”というバッジが付いている。
柔らかな口調でその男は続ける。
「ニコラス・ド・ミムジー・ポーピントン卿の記念すべき第500回絶命日記念パーティーとのこと。ロミオさんに頼まれまして、連盟総出で準備させていただきました」
「でも、DJの機械って電化製品じゃ……」
「魔法界ですよ、レディ」
「いや、でも一日で……」
「魔法でどうとでもなります」
男は有無を言わさぬ口調でほほ笑んだ。最早ハーマイオニーは考えることを放棄したようで、「ミラーボールきれい」とうわ言を言っている。ハリーたちは男に促されるまま、会場のステージ近くまで来ていた。神ポジである。
ハリーたちがもうどうにでもなれと音楽に乗り始めたころ、会場の奥からざわめきが起こった。
いや、ざわめきというより怒号だ。
「おい!」
「なんだあいつら!」
「首なし狩りクラブだ!」
ゴーストたちが一斉に振り返る。
人混みの向こうから、馬に乗った首なしゴーストたちがぞろぞろと現れた。
先頭には、首なし狩りクラブのイケてるリーダー、サー・パトリック。別名“スッパリ首なしポドモア卿”である。
得意げな顔を怪訝にゆがめている。
「ニコラス!」
サー・パトリックの声が響く。
「これは一体なんだね!」
ステージ脇で踊っていた首なしニックが振り返った。
「見て分からないかい?」
ニックは上機嫌だった。
「パーティーだよ!」
「こんな騒音をパーティーと呼ぶのか!」
「最高だろう!」
ニックは即答した。
サー・パトリックが絶句する。
その間にも会場のゴーストたちはノリノリである。
「ロミオ! 次の曲!」
「もっとやれ!」
「最高だ!」
幽霊たちが歓声を上げる。
首なし狩りクラブの面々は困惑した顔を見合わせた。
「これは伝統に反する!」
「絶命日とは厳粛なものであるべきだ!」
断固として糾弾する姿勢を見せた首なし狩りクラブ・メンバー。
しかし会場の反応は冷たいものだった。
「帰れ!」
誰かが叫んだ。
「かーえーれ!」
「かーえーれ!」
「かーえーれ!」
瞬く間に大合唱になる。
数百人のゴーストによるブーイングである。首なし狩りクラブは完全アウェーだった。
サー・パトリックが何か言おうとする。
しかし、
「かーえーれ!」
「かーえーれ!」
「かーえーれ!」
押し負けた。
ついに彼らは馬首を返し、しょんぼりと会場を後にする。
その背中を見送りながら、首なしニックはぷるぷると震えた。
「ニック?」
近くのゴーストが声を掛ける。
ニックは目元を押さえていた。
「私は……」
声が震える。
「私は五百年もの間、絶命日パーティーを開いてきたんだ」
しん、と周囲が静まる。
「でも……」
ニックの目からぽろぽろと涙が零れ落ちた。
「こんなに楽しいパーティーは初めてだ……!」
歓声。
拍手。
誰かが口笛を吹いた。
ニックはぐしゃぐしゃになりながら叫ぶ。
「首なし狩りクラブなんてクソくらえだ!」
会場が爆発した。
「ウォオオオオオ!」
「ニックー!」
「最高だー!」
ロンが死んだ魚みたいな目をした。
「……一応、忌日だよね?」
「そうだったと思う」
ハリーも遠い目をした。
「たぶん」
ハーマイオニーも諦めた。
その瞬間だった。
会場の照明が落ちる。
真っ暗。
静寂。
そして——————
ギュイイイイイイイイイン!!!
爆音のギター。
悲鳴のような歓声。
スポットライトがステージを照らした。
「えっ」
ハリーたちが目を見開く。
そこにいたのはロミオだった。
さっきまでのDJ姿ではない。
金髪モヒカン。
黒革のジャケット。
鋲だらけの首輪。
右目には黒い星のペイント。
どう見ても闇のロックスターである。
しかも背中にはなぜかマントまで付いていた。
「いつの間に着替えたの!?」
ハーマイオニーが叫ぶ。
誰にも分からない。
ロミオはマイクスタンドの上によじ登った。
そして胸いっぱいに息を吸い込む。
会場中が息を呑んだ。
次の瞬間。
地鳴りのようなデスボイスが地下室を揺らした。
いや、これは正確には言葉ではなかった。
ただのニフラーの叫びだ。
だが。
魂の叫びというものは、時として言語の壁を越える。
ステージの中央で両腕を突き上げるロミオ。
燃え上がる魔法の火柱。
狂乱するゴーストたち。
縦ノリするニフラーたち。
その全てが合わさった結果————
ハリーたちの耳には、確かに聞こえた。
ロミオが全身全霊を込めて叫ぶ、
『デェエエエエエエエエエエエエエス!!!』
という魂の絶叫が。
ハリーたちは諦めた顔で耳を塞いだ。
隣で立っている先ほどの男は、小さめのヤギだったら失神しそうな大音量にも一ミリも動揺することなく微笑んでいる。
「諸君ッ!!」
ロックハートがスプーンを高々と掲げて出しゃばってきた。
「今宵は記念すべき第500回絶命日パーティーだ!」
ゴーストたちが歓声を上げる。
「だが私は問いたい!」
ビシッと会場を指差す。
「ただ静かに死を悼むだけでいいのか!」
観客たちが「ノー!!」と叫ぶ。
「過去に縛られていていいのか!」
「ノー!!」
「魂は死んでも!」
ロックハートが胸を叩く。
「音楽を愛する心は死なずッ!!」
会場のボルテージが上がってゆく。
「人は私をこう呼ぶ!」
一拍。
「ギルデロイ・ロックハート!」
ジャンッ。
「そう!」
ジャンッ。
「ロックの!」
ジャンッ。
「ハートだァーーーッ!!」
キュイーーーン!!!
意味不明な歓声が上がった。
ちなみに誰も意味は分かっていない。
ロックハート本人も多分分かってはいない。
「イエエエエエエエエエ!!」
首なしニックが泣きながら拳を振り上げている。
こうしてホグワーツ史上もっとも騒々しい絶命日パーティーは、伝説として語り継がれることになる。
ハーマイオニーが魔法で耳栓を作ってくれた。
ハリーとロンは耳栓を填めながら、ゴーストたちのひしめく会場を見つめた。
たかがゴースト。人間はすり抜けて帰れるはずだ。
しかしなぜだか今日はすり抜けられない気がした。
「……壁際に沿って、少しずつ後ろに移動しましょうか」
ハーマイオニーが言う。ハリーとロンは静かに頷いた。
三人はまるでクマかイノシシに遭遇した登山客のような慎重さで、壁伝いにじりじりと後退していく。
幸い、会場の全員がステージに夢中だった。
ロックハートはスプーンを振り回しながら、
「魂は死なないッ!!」
と叫んでいるし、
首なしニックは涙と鼻水を垂れ流しながら拳を突き上げているし、
ロミオはモヒカン姿で、
『ムラサキだあああああああああ!!!』
と絶叫していた。
地獄だった。
そしてようやく、ハリーたちはあと数歩で出口のところまで来た。
その時だった。
バァン!!
地下室の扉が内側へ吹き飛ぶ勢いで開いた。
会場の空気が凍り付く。
そこに立っていたのは、セブルス・スネイプだった。
顔面を怒りで真っ赤にし、額には血管が浮いている。
漆黒のローブを翻しながら、般若のごとき形相で会場を睨みつけている。
そういえば地下はスネイプの住処だった。
「———ポッター!!」
ハリーは反射的に入り口に滑りこんで逃げようとした。
だが遅い。
スネイプの腕が蛇のように伸び、ハリーの首根っこを掴み上げる。
「待て」
「えっ」
「待てと言った」
「はい」
殺される。
ハリーは悟った。
「何をしている」
スネイプの声は静かだった。
怒りが一周回って逆に冷静なヤツだ。
「説明しろ」
「えっと」
「説明しろ」
「絶命日パーティーで」
「その先だ」
「え?」
「その先を説明しろ」
ハリーが言葉に詰まる。
その横でロンとハーマイオニーも硬直していた。
その間に、会場の全員が動き始めていた。
まずゴーストたち。
何百年も生きた(正確には死んでいる)猛者たちはこういう時の対応が早い。
壁へ向かう。消える。以上。
数秒後にはほぼ全員が退避完了していた。
続いてニフラー。
壁際の装飾の陰に隠されていた丸い穴へ向かって一斉に走り出す。
三十匹以上のニフラーが列をなし、ぞろぞろと吸い込まれるように消えていく。
最後尾の一匹が律儀に穴の蓋まで閉めていった。
さらに。
「撤収」
誰かが小さく呟いた。
会場の隅々に配置されていたHLNFの生徒たちが一斉に杖を抜く。
ミラーボール、照明、音響設備、飾り布、料理が一斉に消えた。
わずか二秒。
職人芸だった。
一方、ステージ裏では。
「ロミオさんこちらです」
「ロックハート先生もどうぞ」
「いやあ、アンコールの声が聞こえるな!」
「聞こえません」
「そうですか!」
アーティスト専用出口から二人が丁重に避難させられていた。
実に手際が良かった。
そして。
「———説明しろ、ポッター……」
怒りで周りの音が聞こえなくなっていたらしいスネイプが、あたりの妙な静けさにようやく振り返った。
呆然とする。
地下室は静まり返っていた。
誰もいない。
何もない。
先ほどの熱狂が嘘のように、部屋にはひんやりとした空気が漂っていた。
薄暗い空間が広がっているだけだった。
数秒。
沈黙。
さらに数秒。
沈黙。
スネイプがゆっくりと瞬きをした。
ロンが言った。
「気のせいじゃないですか?」
スネイプが振り返る。
ロンはきわめて誠実そうな顔をしていた。
「何がだ」
「なんか騒がしかったみたいな顔してたんで」
「……」
「絶命日パーティーって静かなものですもんね」
「……」
「僕らも今来たばっかりですし」
スネイプのこめかみがぴくりと動いた。
しかし、証拠はない。
本当に何もない。
音響設備も。
ミラーボールも。
デスメタルも。
モヒカンも。
ロックのハートも。
何一つなくなっていた。
「……ポッター」
「はい」
「後で話を聞く」
「はい」
それだけ言うと、スネイプは険しい顔のまま踵を返した。
三人はその背中を見送る。
しばらくして。
「帰る?」
ロンが聞いた。
「帰りましょう」
ハーマイオニーが即答した。
ハリーも力なく頷く。
三人は地下室を後にした。
そしてその夜。
禁じられた森のどこかで。
あるいは空き教室のどこかで。
あるいはホグワーツの誰も知らない秘密の場所で。
第1回絶命日記念アフターパーティーが開催されたという噂が流れたが————
その真偽を確かめた者はいなかった。
ただ、スネイプは情報提供を呼び掛けているらしい。
蛙化現象。
ついてこれない人を振り落とすスタイルです。
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