お前もニフってる? 作:HLNF会長
クィディッチの試合の日の事だった。
その日は幸運にも快晴で、絶好のクィディッチ日和だった。
秋の空は高く澄み渡り、スタンドには朝から生徒たちが詰めかけている。風も穏やかで、箒を飛ばすには申し分ない条件だ。
試合前のハリーも上機嫌だった。
彼は今回、前年度の優勝チームであるグリフィンドールのシーカーとして出場する。張り切るなという方が無理な話だろう。
しかしそんな浮ついた感情とは裏腹に、試合開始からしばらくして、ブラッジャーが何故かハリーだけを執拗に追い回し始めた。
通常、ブラッジャーというのは近くにいる選手を無差別に狙う。
しかしその日はまったく違っていて、まるで熱心なファンか何かのように、ハリーの後ろをぴったり付いて回っていた。
ハリーは試合中ずっと空飛ぶ球から命懸けの鬼ごっこを強いられた。気の毒な話である。
なお、その後なんやかんやあって試合には勝った。
しかし代償として腕の骨が折れた。
ここで普通なら医務室送りになって終わる。だが残念ながら、そこにギルデロイ・ロックハートがいた。
自信だけは人一倍ある男である。
彼は治療を申し出た。
そして見事に失敗した。
折れた骨を治すどころか、腕の骨そのものを消滅させたのである。
ともあれ、そういう経緯があって、ハリー・ポッターはその夜を医務室で過ごすことになった。
骨を一本丸ごと生やし直す。
マダム・ポンフリー曰く、それは決して楽しい治療ではないらしい。
ハリーは最早痛みすら感じなくなったでろんでろんの片腕を抱えて、睡眠薬を飲み込んで眠りについた。
その夜、ホグワーツの医務室は静まり返っていた。
長い一日の喧騒が遠くへ去り、城全体が眠りにつこうとしている。
窓の外では月明かりが石造りの梟小屋の塔を淡く照らしていた。薄い雲が流れるたびに光は揺らぎ、白いカーテンの隙間から差し込む銀色の影もゆっくりと形を変えていく。
医務室には独特の匂いがあった。
薬草を煮詰めたような香り。
どこか清浄な、病気や怪我さえ寄せ付けないような空気。
まるで教会のような静けさだった。
整然と並んだ白いベッドはがらんと空いている。
その中のひとつで、ハリー・ポッターは眠っていた。
夜更け。
ハリーはふと目を覚ました。
最初は何が起きたのか分からなかった。
ぼんやりと天井を見上げる。
月明かりが白い天井を照らしている。まるで深海のように静かな医務室で横たわりながら、ハリーはぼんやりと瞬きをした。
どれくらい眠っていたのだろう?
身体を少し動かすと、シーツがかすかな音を立てた。
その拍子に、腕に蔓延していた鋭い痛みがハリーを襲った。骨を生やすのは荒療治。マダム・ポンフリーの言葉は単なる脅しではなかったようだ。額に汗が伝う。
そして、なんとか痛みを誤魔化そうと、ハリーがベッドサイドのテーブルに置かれていた水入りのコップに手を伸ばしたその時だった。
ベッドの脇に、誰かが立っている。
ハリーは息を呑んだ。
暗闇の中に、小柄な影がひっそりと佇んでいる。人間ではない。
身長は子供より小さく、痩せ細った身体にぼろぼろの枕カバーのような布をまとっている。
そして何より目を引くのは、その異様に大きな耳と、皿のように丸い目だった。
その生き物は両手を胸の前で握りしめ、不安そうにハリーを見上げている。
ハリーはよく見覚えがあった。
ブラック邸に仕えているクリーチャー。それとよく似ている。
ハリーは瞬時に理解した。屋敷しもべ妖精だ。
「君は?」
ハリーは恐る恐るといった風に問いかけた。
ホグワーツにも屋敷しもべ妖精がいるという話はちらと聞いたことがある。この目の前の彼も、そのうちの一人なのだろうと見当をつけた。マダム・ポンフリーに夜の見張り番を頼まれているのかもしれない、と。
しかし、それにしては挙動が不審だった。
視線をきょろきょろと動かしながら、どことなく後ろめたい雰囲気だ。
「ハリー・ポッターは帰るべきなのです」
出し抜けに屋敷しもべ妖精が言った。
「どういうこと?」とハリーは怪訝そうな表情で尋ねる。
「ハリー・ポッターはホグワーツに来てはいけなかった」
屋敷しもべ妖精は再び、震える声で言った。
その大きな目には、本気の怯えが浮かんでいる。
屋敷しもべ妖精はつっかえつっかえ、言葉を選びながら話し始めた。
「ここでは恐ろしいことが起こっているのです」
「恐ろしいこと?」
ハリーは眉をひそめた。
「それって、秘密の部屋のこと?」
妖精はぶんぶんと首を横に振った。
「言えないのです。ド———」
言いかけて慌てて口を押さえる。
しかし一度こぼれた言葉は戻らない。
ハリーは身を起こした。
「君、何か知ってるんだね? 秘密の部屋について」
妖精はぴくりと肩を震わせた。図星だったらしい。
「知らないのです! 何も知らないのでございます!」
「でも恐ろしいことが起こってるって」
「今まさに!」
妖精は悲痛に叫んだ。
「もう始まっているのです! ハリー・ポッターは危険なのです!」
医務室の静寂の中、その声だけがやけに大きく響いた。
ハリーは胸の奥がざわつくのを感じた。
「ブラッジャーをけしかければ、ハリー・ポッターはホグワーツから去ると思いました」
両手を擦りながら妖精が言った。詳しく話を聞いていると、どうやら指を自らアイロンがけしたらしい。巻かれた包帯の隙間から痛々しいほど赤くなった肌が覗いている。
「君は犯人を知ってるの?」
妖精は苦しそうな顔をした。
言いたいのに言えない。
そんな様子だった。
そしてその顔を見た瞬間、ハリーの脳裏にある記憶がよみがえった。
魔法省。
暴走した屋敷しもべ妖精。
シリウスを襲った何者か。
ハリーは息を呑んだ。
「待って……シリウスだ」
妖精がびくりとした。
「君、あの時の———」
その反応だけで十分だった。
「魔法省でシリウスを襲った屋敷しもべ妖精だ!」
妖精の顔色が変わった。
まるで死刑宣告を受けたかのようだった。
「ひっ」
「やっぱり!」
妖精は後ずさった。
「ドビーは悪い子!」
突然、妖精が叫んだ。そして、近くの棚に置かれていた空き瓶をひったくる。
そして、思い切り自分の頭を殴った。
ハリーは仰天した。
ゴツンゴツンと重い音が鳴っている。
「ドビーは悪い子です!」
「やめろ!」
「してはいけなかったのに!」
ゴンッ。
「ドビーは最低のしもべ妖精なのです!」
ゴンッ。
「やめろってば!」
ハリーは慌てて身を乗り出した。
しかし骨を再生中の腕が悲鳴を上げる。
痛みに顔をしかめている間にも、妖精は瓶を振り上げ続けた。
「ドビーって言うんだね」
ハリーはとっさに言った。
妖精の動きが止まった。
しん、と静寂が落ちる。
「……え?」
妖精は後ずさった。
「今、自分で言ったよ」
ハリーが言うと、妖精———ドビーは、雷に打たれたような顔になった。
「ハリー・ポッターが……」
声が震える。
「ドビーの名前を知ってしまったのでございます……」
まるで世界の終わりみたいな顔だった。
「いや、別に———」
「大変でございます!」
ドビーは両手で頭を抱えた。
「ドビーは!」
ぴょんぴょん床の上を飛び跳ねる。
身体がぶつかって向こうの薬品棚が大きな音を立てた。
ハリーは焦りを押し殺しながら周囲を警戒した。物音で誰かがやってくるかもしれない。
その間も、ドビーは頭を抱えて発狂している。
「ドビーは失敗したのです!」
「ちょっと落ち着いて!」
「落ち着いていられないでございます!」
ドビーは半泣きだった。
そして突然、何かを決意したように顔を上げる。
「ハリー・ポッターは気を付けるのです!」
「待って!」
「二匹を!」
ハリーの心臓が跳ねた。
「何?」
ドビーがなにか余計なことを口走ろうとしていた。
「二匹、二人、もしくは———」
しかし、その言葉の続きを聞くことはできなかった。
ドビーは指をぱちんと鳴らした。
乾いた音が医務室に響く。
そして次の瞬間、そこには誰もいなかった。
残されたのは揺れるカーテンと、床に転がった空き瓶だけだった。
ハリーはしばらく呆然とその場所を見つめていた。
「……もしくは?」
誰に聞かせるでもなく呟く。返事はない。
医務室は再び静寂に包まれていた。
しかししばらくして、廊下の方から物音が聞こえてきた。
複数の足音が石畳を叩き、徐々にこちらへ近づいてくる。
ハリーは眉をひそめた。
こんな時間に?
やがて廊下の向こうから誰かの囁き声が響いた。
「マダム・ポンフリーを呼んでくるのじゃ」
マクゴナガルの気配がベッドのそばを横切る。
ハリーは咄嗟に寝たふりをした。
ダンブルドアの声が医務室の空気に静かに溶け込む。
胸の奥が妙にざわつく。
ダンブルドアのそばのベッドに横たわっている人物を盗み見て、ハリーは息を呑んだ。
コリン?
コリン・クリービーだった。
グリフィンドールの一年生。
いつもカメラを持ち歩いている、ハリー・ポッターファンクラブのあの小柄な少年だ。
まるで蝋人形のように身体が硬直している。
目は大きく見開かれたまま。
顔には驚愕の表情が張り付いていた。
「……またじゃ」
マダム・ポンフリーが到着して、ダンブルドアが口火を切った。
「石化して……」
「前回と同じです」
「秘密の部屋———」
コソコソとマクゴナガルたちが囁いている。
二匹。
二人。
もしくは———。
意味は分からない。
だが嫌な予感だけははっきりしていた。
ミセス・ノリスで終わりではなかったのだ。
何かが再び動き始めている。
そして今度の被害者は猫ではない。
ホグワーツの生徒だった。
しばらくして。
ダンブルドアは医務室からの去り際、少しいわくありげな表情でちらりと振り返った。ハリーは枕の影からそれを覗いていた。狸寝入りがバレたのかと一瞬だけドキリとしたが、ダンブルドアの視線はハリーの方を向いていなかった。
「アルバス?」
マクゴナガルが話しかける。
「……いや。気のせいだったようじゃ」
ダンブルドアが首を振って微笑んだ気配がした。
三人の足音が遠ざかっていく。
なるべく気配を消していたハリーは大きく息を吐いた。
緊張がほどけたからか、眠くなってきた。
どこからか金木犀の香りがする。
ハリーの意識を、かぐわしい黄金色の花香が眠りの世界へと誘っていった。
誰かに抱き上げられたような気がしたが、気のせいだったかもしれない。
大きく力強い腕の中でハリーはこの上なく安心して、意識を飛ばしてしまったから。
蛇は闇の中を進んでいた。
音はない。
長い胴が床を擦る微かな音さえ、夜の静寂に溶けて消えていく。
医務室のランセット窓から月光が差し込み、白いカーテンを淡く照らしている。
規則正しい寝息。
薬草の匂い。
遠くで風が鳴る音。
蛇はゆっくりと頭を持ち上げた。
獲物の匂いを舌で味わう。
生きた肉の匂い。
温かな血の匂い。
長い舌がちろりと伸びる。
すぐそこだ。
白い衝立の向こう。
一つのベッド。
人間が眠っている。
蛇はためらわなかった。
するり、とベッドの脚を登る。
音もなく。
影のように。
白いシーツの上へ這い上がる。
人影は動かない。
深く眠っているらしい。
蛇は身体をとぐろのように丸めた。
獲物の首へ噛みつき、そのまま締め上げ、息の根を止める。
いつも通りだ。
ほんの数秒で終わる。
蛇はゆっくりと首をもたげる。
牙が月明かりを反射した。
そして飛びかかろうとした、その瞬間。
———ガシリ。
蛇の首が止まった。
いや、止められた。
何かに掴まれている。
強く。
逃げられないほど強く。
蛇は目を見開いた。
寝ていたはずの人影が、その首を片手で握っていた。
「ハリーだと思ったか?」
低い声がした。
人影がゆっくりと身を起こす。
シーツが上半身から滑り落ちた。
「ニフラーあんま舐めんじゃねえぞ」
乱暴な口調だ。
月明かりが人影を照らした。
埃被ったような灰色の髪。
夜のように黒い瞳がきらきらと光っている。
そして獲物を見つけた獣のような笑み。
人並外れた筋肉が蛇を握り締めている。
彼は暴れる蛇を目の高さまで持ち上げた。
しばらく無言で見つめる。
蛇もまた見つめ返していた。
静かな夜だった。
蛇はようやく、自身が失敗したことを理解した。
「未成年相手に夜這いはダメじゃねえの?」
そう言って、ロレンスはいたずらっぽく口の端を釣り上げた。
「なあ……ナギニ」
ナギニと呼ばれた蛇の舌が、別の匂いを感知する。
華やかな匂い。
金木犀の香り。
どこか安心するような、庇護の香り————。
ロレンスのもう片方の手に、いつの間にか胡椒瓶が握られていた。
いつの間にか蛇の首が、だらりと力なく俯いていた。
2026/06/16 『独自設定』タグを付けました。
マグル・スクイブが魔法薬を作ろうとすると毒スープが出来上がるそうで。びっくらぽん。
もう設定の変更もしようがないので、独自設定タグをつけて無敵スター状態で走り抜けたいと思います。あしからず。
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切実に燃料をください。エタる確率が低くなります。沢山の感想ありがとうございます。感想をください。私の主食です。