お前もニフってる?   作:HLNF会長

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第11話 二匹目の蛇

 

 

 クィディッチの試合の日の事だった。

 その日は幸運にも快晴で、絶好のクィディッチ日和だった。

 秋の空は高く澄み渡り、スタンドには朝から生徒たちが詰めかけている。風も穏やかで、箒を飛ばすには申し分ない条件だ。

 

 試合前のハリーも上機嫌だった。

 彼は今回、前年度の優勝チームであるグリフィンドールのシーカーとして出場する。張り切るなという方が無理な話だろう。

 しかしそんな浮ついた感情とは裏腹に、試合開始からしばらくして、ブラッジャーが何故かハリーだけを執拗に追い回し始めた。

 

 通常、ブラッジャーというのは近くにいる選手を無差別に狙う。

 しかしその日はまったく違っていて、まるで熱心なファンか何かのように、ハリーの後ろをぴったり付いて回っていた。

 ハリーは試合中ずっと空飛ぶ球から命懸けの鬼ごっこを強いられた。気の毒な話である。

 なお、その後なんやかんやあって試合には勝った。

 

 しかし代償として腕の骨が折れた。

 ここで普通なら医務室送りになって終わる。だが残念ながら、そこにギルデロイ・ロックハートがいた。

 自信だけは人一倍ある男である。

 彼は治療を申し出た。

 そして見事に失敗した。

 折れた骨を治すどころか、腕の骨そのものを消滅させたのである。

 

 ともあれ、そういう経緯があって、ハリー・ポッターはその夜を医務室で過ごすことになった。

 骨を一本丸ごと生やし直す。

 マダム・ポンフリー曰く、それは決して楽しい治療ではないらしい。

 ハリーは最早痛みすら感じなくなったでろんでろんの片腕を抱えて、睡眠薬を飲み込んで眠りについた。

 

 その夜、ホグワーツの医務室は静まり返っていた。

 長い一日の喧騒が遠くへ去り、城全体が眠りにつこうとしている。

 窓の外では月明かりが石造りの梟小屋の塔を淡く照らしていた。薄い雲が流れるたびに光は揺らぎ、白いカーテンの隙間から差し込む銀色の影もゆっくりと形を変えていく。

 

 医務室には独特の匂いがあった。

 薬草を煮詰めたような香り。

 どこか清浄な、病気や怪我さえ寄せ付けないような空気。

 まるで教会のような静けさだった。

 

 整然と並んだ白いベッドはがらんと空いている。

 その中のひとつで、ハリー・ポッターは眠っていた。

 

 夜更け。

 

 ハリーはふと目を覚ました。

 最初は何が起きたのか分からなかった。

 

 ぼんやりと天井を見上げる。

 月明かりが白い天井を照らしている。まるで深海のように静かな医務室で横たわりながら、ハリーはぼんやりと瞬きをした。

 

 どれくらい眠っていたのだろう?

 

 身体を少し動かすと、シーツがかすかな音を立てた。

 その拍子に、腕に蔓延していた鋭い痛みがハリーを襲った。骨を生やすのは荒療治。マダム・ポンフリーの言葉は単なる脅しではなかったようだ。額に汗が伝う。

 そして、なんとか痛みを誤魔化そうと、ハリーがベッドサイドのテーブルに置かれていた水入りのコップに手を伸ばしたその時だった。

 

 ベッドの脇に、誰かが立っている。

 

 ハリーは息を呑んだ。

 暗闇の中に、小柄な影がひっそりと佇んでいる。人間ではない。

 身長は子供より小さく、痩せ細った身体にぼろぼろの枕カバーのような布をまとっている。

 そして何より目を引くのは、その異様に大きな耳と、皿のように丸い目だった。

 その生き物は両手を胸の前で握りしめ、不安そうにハリーを見上げている。

 

 ハリーはよく見覚えがあった。

 ブラック邸に仕えているクリーチャー。それとよく似ている。

 ハリーは瞬時に理解した。屋敷しもべ妖精だ。

 

 「君は?」

 

 ハリーは恐る恐るといった風に問いかけた。

 ホグワーツにも屋敷しもべ妖精がいるという話はちらと聞いたことがある。この目の前の彼も、そのうちの一人なのだろうと見当をつけた。マダム・ポンフリーに夜の見張り番を頼まれているのかもしれない、と。

 しかし、それにしては挙動が不審だった。

 視線をきょろきょろと動かしながら、どことなく後ろめたい雰囲気だ。

 

「ハリー・ポッターは帰るべきなのです」

 

 出し抜けに屋敷しもべ妖精が言った。

 「どういうこと?」とハリーは怪訝そうな表情で尋ねる。

 

「ハリー・ポッターはホグワーツに来てはいけなかった」

 

 屋敷しもべ妖精は再び、震える声で言った。

 その大きな目には、本気の怯えが浮かんでいる。

 屋敷しもべ妖精はつっかえつっかえ、言葉を選びながら話し始めた。

 

「ここでは恐ろしいことが起こっているのです」

「恐ろしいこと?」

 

 ハリーは眉をひそめた。

 

「それって、秘密の部屋のこと?」

 

 妖精はぶんぶんと首を横に振った。

 

「言えないのです。ド———」

 

 言いかけて慌てて口を押さえる。

 しかし一度こぼれた言葉は戻らない。

 ハリーは身を起こした。

 

「君、何か知ってるんだね? 秘密の部屋について」

 

 妖精はぴくりと肩を震わせた。図星だったらしい。

 

「知らないのです! 何も知らないのでございます!」

「でも恐ろしいことが起こってるって」

「今まさに!」

 

 妖精は悲痛に叫んだ。

 

「もう始まっているのです! ハリー・ポッターは危険なのです!」

 

 医務室の静寂の中、その声だけがやけに大きく響いた。

 ハリーは胸の奥がざわつくのを感じた。

 

「ブラッジャーをけしかければ、ハリー・ポッターはホグワーツから去ると思いました」

 

 両手を擦りながら妖精が言った。詳しく話を聞いていると、どうやら指を自らアイロンがけしたらしい。巻かれた包帯の隙間から痛々しいほど赤くなった肌が覗いている。

 

「君は犯人を知ってるの?」

 

 妖精は苦しそうな顔をした。

 言いたいのに言えない。

 そんな様子だった。

 

 そしてその顔を見た瞬間、ハリーの脳裏にある記憶がよみがえった。

 

 魔法省。

 暴走した屋敷しもべ妖精。

 シリウスを襲った何者か。

 

 ハリーは息を呑んだ。

 

「待って……シリウスだ」

 

 妖精がびくりとした。

 

「君、あの時の———」

 

 その反応だけで十分だった。

 

「魔法省でシリウスを襲った屋敷しもべ妖精だ!」

 

 妖精の顔色が変わった。

 まるで死刑宣告を受けたかのようだった。

 

「ひっ」

「やっぱり!」

 

 妖精は後ずさった。

 

「ドビーは悪い子!」

 

 突然、妖精が叫んだ。そして、近くの棚に置かれていた空き瓶をひったくる。

 そして、思い切り自分の頭を殴った。

 ハリーは仰天した。

 ゴツンゴツンと重い音が鳴っている。

 

「ドビーは悪い子です!」

「やめろ!」

「してはいけなかったのに!」

 

 ゴンッ。

 

「ドビーは最低のしもべ妖精なのです!」

 

 ゴンッ。

 

「やめろってば!」

 

 ハリーは慌てて身を乗り出した。

 しかし骨を再生中の腕が悲鳴を上げる。

 痛みに顔をしかめている間にも、妖精は瓶を振り上げ続けた。

 

「ドビーって言うんだね」

 

 ハリーはとっさに言った。

 妖精の動きが止まった。

 しん、と静寂が落ちる。

 

「……え?」

 

 妖精は後ずさった。

 

「今、自分で言ったよ」

 

 ハリーが言うと、妖精———ドビーは、雷に打たれたような顔になった。

 

「ハリー・ポッターが……」

 

 声が震える。

 

「ドビーの名前を知ってしまったのでございます……」

 

 まるで世界の終わりみたいな顔だった。

 

「いや、別に———」

「大変でございます!」

 

 ドビーは両手で頭を抱えた。

 

「ドビーは!」

 

 ぴょんぴょん床の上を飛び跳ねる。

 身体がぶつかって向こうの薬品棚が大きな音を立てた。

 ハリーは焦りを押し殺しながら周囲を警戒した。物音で誰かがやってくるかもしれない。

 その間も、ドビーは頭を抱えて発狂している。

 

「ドビーは失敗したのです!」

「ちょっと落ち着いて!」

「落ち着いていられないでございます!」

 

 ドビーは半泣きだった。

 そして突然、何かを決意したように顔を上げる。

 

「ハリー・ポッターは気を付けるのです!」

「待って!」

「二匹を!」

 

 ハリーの心臓が跳ねた。

 

「何?」

 

 ドビーがなにか余計なことを口走ろうとしていた。

 

「二匹、二人、もしくは———」

 

 しかし、その言葉の続きを聞くことはできなかった。

 ドビーは指をぱちんと鳴らした。

 乾いた音が医務室に響く。

 

 そして次の瞬間、そこには誰もいなかった。

 残されたのは揺れるカーテンと、床に転がった空き瓶だけだった。

 ハリーはしばらく呆然とその場所を見つめていた。

 

「……もしくは?」

 

 誰に聞かせるでもなく呟く。返事はない。

 医務室は再び静寂に包まれていた。

 

 しかししばらくして、廊下の方から物音が聞こえてきた。

 複数の足音が石畳を叩き、徐々にこちらへ近づいてくる。

 

 ハリーは眉をひそめた。

 こんな時間に?

 やがて廊下の向こうから誰かの囁き声が響いた。

 

「マダム・ポンフリーを呼んでくるのじゃ」

 

 マクゴナガルの気配がベッドのそばを横切る。

 ハリーは咄嗟に寝たふりをした。

 ダンブルドアの声が医務室の空気に静かに溶け込む。

 胸の奥が妙にざわつく。

 ダンブルドアのそばのベッドに横たわっている人物を盗み見て、ハリーは息を呑んだ。

 

 コリン?

 

 コリン・クリービーだった。

 グリフィンドールの一年生。

 いつもカメラを持ち歩いている、ハリー・ポッターファンクラブのあの小柄な少年だ。

 まるで蝋人形のように身体が硬直している。

 目は大きく見開かれたまま。

 顔には驚愕の表情が張り付いていた。

 

「……またじゃ」

 

 マダム・ポンフリーが到着して、ダンブルドアが口火を切った。

 

「石化して……」

「前回と同じです」

「秘密の部屋———」

 

 コソコソとマクゴナガルたちが囁いている。

 

 二匹。

 

 二人。

 

 もしくは———。

 

 意味は分からない。

 だが嫌な予感だけははっきりしていた。

 

 ミセス・ノリスで終わりではなかったのだ。

 何かが再び動き始めている。

 

 そして今度の被害者は猫ではない。

 ホグワーツの生徒だった。

 

 

 しばらくして。

 ダンブルドアは医務室からの去り際、少しいわくありげな表情でちらりと振り返った。ハリーは枕の影からそれを覗いていた。狸寝入りがバレたのかと一瞬だけドキリとしたが、ダンブルドアの視線はハリーの方を向いていなかった。

 

「アルバス?」

 

 マクゴナガルが話しかける。

 

「……いや。気のせいだったようじゃ」

 

 ダンブルドアが首を振って微笑んだ気配がした。

 三人の足音が遠ざかっていく。

 なるべく気配を消していたハリーは大きく息を吐いた。

 

 緊張がほどけたからか、眠くなってきた。

 どこからか金木犀の香りがする。

 

 ハリーの意識を、かぐわしい黄金色の花香が眠りの世界へと誘っていった。

 

 誰かに抱き上げられたような気がしたが、気のせいだったかもしれない。

 大きく力強い腕の中でハリーはこの上なく安心して、意識を飛ばしてしまったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 蛇は闇の中を進んでいた。

 

 音はない。

 

 長い胴が床を擦る微かな音さえ、夜の静寂に溶けて消えていく。

 

 医務室のランセット窓から月光が差し込み、白いカーテンを淡く照らしている。

 

 規則正しい寝息。

 

 薬草の匂い。

 

 遠くで風が鳴る音。

 

 蛇はゆっくりと頭を持ち上げた。

 

 獲物の匂いを舌で味わう。

 

 生きた肉の匂い。

 

 温かな血の匂い。

 

 長い舌がちろりと伸びる。

 

 すぐそこだ。

 

 白い衝立の向こう。

 

 一つのベッド。

 

 人間が眠っている。

 

 蛇はためらわなかった。

 

 するり、とベッドの脚を登る。

 

 音もなく。

 

 影のように。

 

 白いシーツの上へ這い上がる。

 

 人影は動かない。

 

 深く眠っているらしい。

 

 蛇は身体をとぐろのように丸めた。

 

 獲物の首へ噛みつき、そのまま締め上げ、息の根を止める。

 

 いつも通りだ。

 

 ほんの数秒で終わる。

 

 蛇はゆっくりと首をもたげる。

 

 牙が月明かりを反射した。

 

 そして飛びかかろうとした、その瞬間。

 

 ———ガシリ。

 

 蛇の首が止まった。

 

 いや、止められた。

 

 何かに掴まれている。

 

 強く。

 

 逃げられないほど強く。

 

 蛇は目を見開いた。

 

 寝ていたはずの人影が、その首を片手で握っていた。

 

「ハリーだと思ったか?」

 

 低い声がした。

 

 人影がゆっくりと身を起こす。

 

 シーツが上半身から滑り落ちた。

 

「ニフラーあんま舐めんじゃねえぞ」

 

 乱暴な口調だ。

 

 月明かりが人影を照らした。

 

 埃被ったような灰色の髪。

 

 夜のように黒い瞳がきらきらと光っている。

 

 そして獲物を見つけた獣のような笑み。

 

 人並外れた筋肉が蛇を握り締めている。

 

 彼は暴れる蛇を目の高さまで持ち上げた。

 

 しばらく無言で見つめる。

 

 蛇もまた見つめ返していた。

 

 静かな夜だった。

 

 蛇はようやく、自身が失敗したことを理解した。

 

「未成年相手に夜這いはダメじゃねえの?」

 

 そう言って、ロレンスはいたずらっぽく口の端を釣り上げた。

 

「なあ……ナギニ」

 

 ナギニと呼ばれた蛇の舌が、別の匂いを感知する。

 

 華やかな匂い。

 

 金木犀の香り。

 

 どこか安心するような、庇護の香り————。

 

 ロレンスのもう片方の手に、いつの間にか胡椒瓶が握られていた。

 

 いつの間にか蛇の首が、だらりと力なく俯いていた。

 

 




2026/06/16 『独自設定』タグを付けました。

マグル・スクイブが魔法薬を作ろうとすると毒スープが出来上がるそうで。びっくらぽん。
もう設定の変更もしようがないので、独自設定タグをつけて無敵スター状態で走り抜けたいと思います。あしからず。

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切実に燃料をください。エタる確率が低くなります。沢山の感想ありがとうございます。感想をください。私の主食です。
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