お前もニフってる? 作:HLNF会長
ハリーは、心臓がうるさいくらい高鳴るのを感じながら、何とか平静を装っていた。
ひとまず、ポリジュース薬は素晴らしい出来栄えで、見事に完成した。
ハリーはゴイルに、ロンはクラッブに変身し、マルフォイを騙すことにも成功。
本来ならハーマイオニーも一緒に来るはずだったが、彼女はなぜか女子トイレに閉じこもったきり出てこなかった。時間もなかったため、二人だけで決行することになったのだ。
途中、巡回中のパーシーに鉢合わせしたときは肝を冷やした。
もっとも、兄は変身した弟に気が付くこともなく、二人と合流したマルフォイの失礼な物言いに憤慨するのに夢中だったので、どうにか難を逃れられたのだが。
その後二人は予定どおりマルフォイに連れられ、地下のさらに奥へ。
湿った石壁が続く細い通路を抜けると、マルフォイは何のためらいもなく壁の一角へ歩み寄った。
「純血」
そう呟くと、何もなかった石壁がスルスルと、蛇のような音を上げながら左右へ割れ、黒々とした通路が現れた。
スリザリン寮への入り口のようだ。
中へ足を踏み入れたハリーは、思わず辺りを見回した。
グリフィンドールの談話室とはまるで別世界だ。暖炉の火で暖かく照らされる円形の部屋とは違い、ここにはどこか水底を思わせる薄暗さがある。天井は低く、壁も床も黒みがかった荒削りの石造り。
部屋の奥には巨大な暖炉が燃えているものの、炎はどこか青白く、薪の爆ぜる音さえ妙に静かに聞こえる。
談話室の中心には黒の革張りのソファが並んでおり、窓の向こうには黒い湖の水が揺れている。
緑がかった光がゆらゆらと部屋へ差し込み、水草が流れ、銀色の魚が群れを成して泳いでいく。ときおり黒い影が窓の外を横切るたび、談話室全体が水面のように揺らめいた。
まるで巨大な水槽の底で暮らしているようだった。
ハリーは思わずじっくりと談話室を眺めていた。もしも“侵入している”という体でなければ、いろいろなものを手に取って眺めたいくらいだ。
そんなことを考えていた時。
ごつん。
脇腹を誰かに肘で小突かれた。太い腕でやられたのでなかなか痛い。
ゴイル、もといハリーは、隣に視線を移した。クラッブに化けたロンが、「ぼーっとするな」とでも言いたげに、険しい顔で顎をしゃくる。
ハリーが慌てて正面へ向き直ると、いつの間にかマルフォイが向かいの革張りのソファへどっかりと腰を下ろしていた。
脚を大きく組み、いかにも退屈そうな顔で二人を見上げている。
「まったく、最悪の気分だ」
靴の先でテーブルの脚を軽く蹴る。
「聞いたか? 魔法省の連中がこの前うちに踏み込んできたんだ」
ハリーは何食わぬ顔で肩をすくめる。
「そうなの?」
「父上が手紙でおっしゃっていた。魔法省の立ち入り検査だとか何とか」
その言葉を吐くだけでも腹立たしいらしい。
マルフォイは露骨に顔をしかめた。
「中でも一番最悪だったのが、あのアーサー・ウィーズリーだ」
ロンの肩がぴくりと震えた。
「マグルびいきの汚い赤毛が、僕の家に土足で上がり込むなんて。銀食器の数を、あとで屋敷しもべ妖精に数え直させなくちゃね。あの貧乏一家のことだ。これに乗じて金目の物をいくつか失敬していたって、僕は驚かないよ」
ぎりっ。隣から歯ぎしりが聞こえた。
クラッブに化けたロンの拳は白くなるほど握り締められている。
まずい。
ハリーは咄嗟にロンの足を思い切り踏みつけた。
「ぐっ……!」
ロンは低く唸り声を漏らした。
マルフォイが顔を上げる。
「どうした、クラッブ」
「……靴擦れ」
ロンは苦し紛れに答える。
「新しい靴だから」
「ふん」
マルフォイは興味を失ったように鼻を鳴らした。
助かった。
ハリーは内心胸をなで下ろす。
そして、できるだけ何気ない調子を装って口を開く。
「そういえばさ」
「何だ」
「屋敷しもべ妖精って、どんな奴がいるんだ?」
マルフォイは少しだけ眉を上げた。
「急にどうした」
「いや、見たことなくて」
「お前が? ……まあ、ほとんどは父上の管轄だ」
すこしまずい言い訳だったか、とハリーはどぎまぎしたが、マルフォイは深く考えていないのか、退屈そうに暖炉の火を眺めながら答えた。
「僕付きの連中だって、父上が管理している。年寄りばっかりだ」
ハリーはさりげなくロンと目を合わせた。
ロンも小さく頷く。
もう一歩踏み込んでみよう。
「もしさ」
ハリーはできるだけ愚図で無邪気っぽい表情を作った。驚くほどゴイルにそっくりだろうと自分で思う。
「屋敷しもべ妖精が、魔法省の人たちに何か喋ったりしたら? 心配じゃない?」
マルフォイは一瞬きょとんとした。
それから、心底くだらないものを見るような目でハリーを見る。
「屋敷しもべが? まさか。あいつらにそんな発想があるとでも?」
軽蔑を隠そうともしない声だった。
「……まあ、そうだな」
マルフォイはソファの背にもたれかかれながら続ける。
「うちの屋敷しもべは、きちんと教育してある。へまをしたら、自分で自分を罰するようにね」
マルフォイの口元に、ぞっとするような笑みが浮かんだ。
ハリーの胸がどくりと鳴った。
脳裏に、あの日のドビーの姿がよみがえる。自分で自分の腕へ熱いアイロンを押し当てて、痛みに顔をしかめながらも忠告しに来てくれたはずの小さな屋敷しもべ妖精。
ドビーは悪い子———あのキンキン声まで鮮明に思い出した。
ハリーは奥歯を強く噛み締めた。
「どうした、ゴイル?」
マルフォイが怪訝そうに眉をひそめた。
「……いや」
ハリーは喉を鳴らし、無理やり口元を緩める。
「ウィーズリー家には屋敷しもべなんていないだろ。それを考えたら、ちょっと笑いそうになっただけ」
肩を震わせるように笑いを堪えるふりをする。
一瞬の静寂のあと、マルフォイの口元がゆっくりと吊り上がった。
「へえ」
満足そうにパチンパチン指を鳴らしている。
「おまえにしては、ずいぶん気の利いたことを言うじゃないか」
どうやら機嫌を損ねずに済んだらしい。
マルフォイは愉快そうにくすくす笑っている。
ハリーはほっと胸を撫で下ろし、さりげなく隣へ視線を向けた。クラッブに化けたロンは、うんざりしたように肩をすくめると、小さく一度だけ頷いた。どうやら許してくれるらしい。
ハリーもほんのわずかに息を吐き、再びマルフォイへ向き直った。
「そういえばさ、スリザリンの継承者、また犠牲者を出したね」
マルフォイは面倒くさそうに天井を仰いだ。
「ああ、もう。またその話か」
深いため息をつく。
「前にも言っただろう。僕は何も知らない」
そう言いながらも、口元にはどこか話したそうな笑みが浮かんでいる。
「父上だって、前に秘密の部屋が開かれたときのことは何も教えてくださらないんだ。ただ、『学校は秘密の部屋を閉じるのが早すぎた』ってぼやいていた。もし僕が一つ知っていることがあるとすれば、五十年前にも同じことが起きて、その時は“穢れた血”が一人死んだらしい、ということだけ……。犯人は見つかって学校を追い出されて、今頃はアズカバン送りになっているだろう」
マルフォイはそこで鼻を鳴らし、ソファの背にゆったりともたれかかった。
「もし僕がスリザリンの継承者だったら———そのチャンスが巡ってきたら———今度こそ最後までやり遂げるけどね。今回の犯人にも同じことを期待するよ。今年“穢れた血”は何人死ぬかな……」
その言葉に、ハリーとロンは黙ったまま視線を交わした。
マルフォイ自身が継承者というわけではなさそうだ。
無論、取り繕っている可能性もある————が、五十年前にも秘密の部屋が開かれ、穢れた血の生徒が命を落としたこと。そして、その犯人が学校を追放されたことだけは確かな情報であろうと結論付けることができた。
「そもそも父上は、この件には首を突っ込むなっておっしゃっているんだ。魔法省の連中があちこち嗅ぎ回っていて、それどころじゃないらしい。魔法省の人間と鉢合わせしたくないからか、始業式の駅の見送りのときも結局すぐに帰ってしまわれた。立ち入り検査だの事情聴取だの、父上も対応に追われているんだ。この前も、幸いたいしたものは見つからなかったらしいが、応接間の下に我が家の“秘密の部屋”があって———」
思わず反応しそうになったロンはぐっとこらえて、目をパチクリさせてハリーと話し合った。
———シリウスに告げ口しなくちゃ。
マルフォイはそんなことも知らず、指先で肘掛けを軽く叩きながら続ける。
「だから僕にも、『余計なことはするな』ってね」
ハリーは何気ない顔を装って相槌を打つ。
「へえ」
「それに、どこから聞きつけたんだか、あのニフラーとも関わるな、とまで言われた」
マルフォイは少しだけ顔をしかめた。
ハリーの心臓がどくりと鳴る。
「ニフラー?」
「ああ、ポッターのペットだ」
マルフォイは露骨に嫌そうな顔をした。
「おそらく、例の秘密結社絡みだろう。夏休み前から妙な噂は耳に入っていたし、スリザリンの誰かが親に話して、それが回り回って父上の耳に届いたんじゃないかと思う。あの組織には、厄介な家柄の連中も何人かいるらしいからね」
そこで肩をすくめる。
「父上は『そんなふざけた集まりには近づくな』とおっしゃっていた。まったくその通りだ」
ハリーは慌てて膝をぎゅっとつねった。
笑うな。ここで吹き出したら終わりだ。
よりにもよって、あのロミオをマルフォイが警戒しているなんて。
あとでおやつを奮発してやろう。
ハリーは固く心に誓った。
「それで、スリザリンの継承者って、誰だと思う?」
ロンが話を元へ戻した。
マルフォイは腕を組み、少し考え込む。
「そうだな……」
顎に手を当て、目を閉じて少し。ついに口を開いた。
「まず、スリザリン生なのは間違いないと思う。目撃者がまるでいないことを考えると、下級生じゃない。魔法も相当できるはずだ。僕なら、七年生の監督生あたりを疑うね」
少し間を置いて続ける。
「ほら、いつもロザリオを持ち歩いてる奴がいるだろう。ああいうの、いかにも古い伝承とか信じ込んでそうじゃないか。何を考えてるのかさっぱり分からないし」
ロザリオ。
それを聞いて、ハリーはようやく思い出した。
あの絶命日パーティーで、自分たちを案内してくれた七年生だ。
いやいや、とハリーは心の中で首を振る。
あの人はHLNFの人間だ。
ニフラーを愛する者たちの集まりを作るような人物が、秘密の部屋を開いて生徒を襲うなんてくだらないことをやるはずがない。
あの人が継承しているのは、サラザール・スリザリンの意思などではなく、ニフラーへの異常な愛情だろう。
……それにしても。
案外、HLNFってほとんど正体が暴かれていない組織なのかもしれないな。
ハリーは少しだけ呆れたように息をついた。
「なんにしても」
マルフォイは気取ったように脚を組み直した。
「案外、犯人はすぐ近くにいるのかもしれないよ。毎日同じ寮ですれ違っている相手だったりしてね」
そのときだった。
マルフォイの背後にある湖へ面した大きな窓に、小さな黒い影がすうっと横切る。
なんだ? ハリーは思わず目を細める。
マルフォイもその視線に気づいたらしく、鬱陶しそうに振り返った。
「ああ……話をしていれば来たか」
深々とため息をついた。
「あのニフラーだ。最近、しょっちゅうこの辺をうろついてるんだ。冬の湖でもあいつには関係ないらしい。馬鹿は風邪をひかないとはよく言ったものだな」
ハリーも窓へじっと目を向けると、段々ピントが合ってきた。
———ロミオだ。
窓ガラスに腹をぺったり押しつけ、水中からじっとこちらを覗き込んでいる。
右手にはマジックハンド、さらにその先には空き缶が一つ挟まっている。
胸に『自然を守りたい』と大きく書かれた黄色いビブスを着ていて、さらに周囲には、腕を組んだ水中人たちが数人、護衛のように並んで泳いでいる。
何をやってるんだ、ロミオ……。
一年前から何度思ったか分からないセリフを頭の中で呟く。意味が分からない。
「ダンブルドアに湖の清掃でも押しつけられてるらしい」
マルフォイはそれを見ながら鼻で笑った。
「こんな騒ぎの最中だっていうのに。校長もずいぶん暇なんだな」
「……よく知ってるね」
ハリーが思わずぽつりと漏らした。
「は?」
マルフォイは呆気にとられたように固まった。
「べ、別に知ってるわけじゃない!」
さっきまでの余裕はどこへやら、妙にもごもごと早口になる。
「ただ……目障りだから目につくだけだ! 毎日のように現れるんだぞ、あいつ!」
最後は少しむきになって言い切る。
ハリーとロンはそっと顔を見合わせた。
……怪しい。
その瞬間だった。
ロンの額のあたりで、黒い髪が赤毛へと戻り始めているのが見えた。
同時に、ハリーの手もじわりと元の大きさへ変わりかける。
ポリジュース薬の効き目が切れはじめている。
ハリーはロンの脛を軽く蹴った。
ロンもそれだけで察したらしく、小さくうなずく。
「僕ちょっとおなかいたい」
「ぼくも……保健室行ってくる」
「そうか。ついでに石になって固まってる奴らを蹴っ飛ばしてこい」
マルフォイは興味なさそうに手をひらひら振る。その目は依然としてロミオに釘付けだった。
「じゃあ行くよ」
「ウン」
二人は平静を装ったまま立ち上がり、早足で談話室を後にしようとした。
「あ、おい、ちょっと待て」
マルフォイに呼び止められ、背中に冷や汗を流しながらハリーは振り返る。
「戻ってきたら、いつも通り僕の魔法の練習相手になってもらうぞ。次の決闘クラブじゃ、ポッターのあのすかした顔を思い切り蹴っ飛ばしてやる」
一瞬、ハリーはきょとんと目を瞬かせた。
自分のことなのに、つい反応が遅れてしまう。
「……う、うん」
ゴイルらしく低い声で返事をすると、隣でクラッブ姿のロンが「さっさと行こう」とでも言いたげに肘で小突いてきた。
そのまま出口へ向かおうとして———ふと、ハリーは立ち止まる。
言おうか。いや、やめようか。
ほんの一瞬だけ迷った末、口が勝手に動いた。
「そういえば……次の決闘クラブ、フリットウィック先生が中心になってやるらしいよ。実戦向きの呪文も教えてくれるって」
「へえ」
マルフォイは気のない返事をしたが、次の瞬間、眉がぴくりと動いた。
「……待て」
二人の足が止まる。
「どうして、お前がそんなことを知ってるんだ?」
ハリーの心臓が跳ねた。
「ポ、ポッターが言ってるのを聞いただけ!」
ロンが慌てて割って入る。
「あいつ、大広間で言ってたんだ」
マルフォイはじっと二人を見つめた。
「……ふぅん」
納得したような、していないような曖昧な返事だった。
ハリーとロンはそれ以上言葉を交わさなかった。
早足のまま談話室を抜け、石造りの通路へ飛び出す。
角を曲がると同時に、二人は堪えていた息を一斉に吐き出した。
「危なかった……」
「ハリー、もう、余計なこと喋るなよ」
「ご、ごめん」
なんであんなこと言ったんだろう。
本来ならマルフォイなんて来てほしくないに決まってるのに。
この前の決闘クラブでコテンパンにしちゃったから、ちょっとだけ罪悪感があったとか?
「で、なんであんなこと言っちゃったの? フリットウィック先生に次の決闘クラブの監督お願いしたの君だろ? あいつスリザリンの性悪どもを引き連れて侵略に来るぜ」
「うーん、多分……マルフォイを合法的に何回でも吹っ飛ばせるから、じゃない?」
特になにも気にせずに適当に答える。
すると、自分の髪の毛の生え際を気に気にしながら喋っていたロンは、その言葉に動きを止めた。
「アッ…………ソウ」
なぜかものすごい変な顔で———あ、これ多分ドン引かれてるな。
「まあハリーさんが満足ならそれでいいんじゃないですかね……」
ロンは歪な笑みを浮かべながらウンウンと大げさに頷きだした。完全に馬鹿にしている。
やめろよ、とハリーが言おうとした瞬間だった。
二人の頬が熱くなる。鼻先がむずむずと疼き、耳の形が変わっていく感覚がする。
「まずい!」
ポリジュース薬の効き目が切れ始めていた。
二人は顔を見合わせる暇もなく、人気のない廊下へ向かって一目散に駆け出した。
幸運なことに、そんな二人を見て不思議に思う生徒はいなかった。
もしかしたら、はじめて張り合いの出来るかもしれない人間にあったからかもな、とハリーは思った。
この前
気兼ねなく呪いをかけられるという点では、スネイプの次くらいに秀でているし。
ハリーはロンの赤くなっていく後頭部を見ながら、そんなひどいことを考えていた。
ちなみに二人その後、衝撃的なヴィジュアルとなった、猫顔ハーマイオニーとご対面することになる。ミリセント・ブルストロードの髪の毛だと思ったいた代物が、どうやら彼女のペットのものだったらしい。
ハーマイオニーは全治数週間とのことであった。
原作を読み返せば読み返すほど、マルフォイがとんでもない煽りカスで頭を抱えています。
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切実に燃料をください。エタる確率が低くなります。沢山の感想ありがとうございます。感想をください。私の主食です。