お前もニフってる? 作:HLNF会長
———イギリス、ロンドン地下、魔法省最深部、十階。
黒いタイル張りの薄暗い廊下を、一人のやせこけた男がゆっくりと歩いていた。高ぶる気持ちを押し殺し、大地を踏みしめるように———長い時を独房で過ごした彼の足はすっかりと弱り果てていたが、彼の強靭な精神が身体を律した。
コツリ、コツリ。
男はやつれた見た目にそぐわず、仕立てのいいスーツを身に纏い、オーダーメイドの革靴を履いていた。シャツの袖口に付いた黄金のカフスには、純血の誇りである名家の紋章が刻まれている。
彼の名誉のために言及するが、男はそのカフスを見た時自らの服を持ってきた屋敷しもべ妖精を怒鳴りつけたものの、その屋敷しもべはてこでも動かない様子だったので、仕方なく身につけたに過ぎない。
これから彼が赴く場は、名誉ある貴族の出である彼にとっても非常に緊張に震えるものだったので、あくまで仕方なくだ。
コツリ、コツリ。
二つの足音が聞こえる。
コツリ、コツリ。
コツ、コツ。
静まり返った冷たい廊下には、辛うじて頼りないランプが取り付けられているだけだった。ロンドンの地中に隠された、魔法族の古巣。マグルは知り得ぬ場所。風一つも吹くことはない。
長い廊下を歩き続ける男の顔を、ランプがぼんやりと照らした。髭面の男である。苦労の刻まれた皺や、伸び切った髪に覆われてはいるが、男の精悍な顔つきは昔と変わらずそこにあった。
男の瞳に輝く狼のように鋭い眼光は、目の前の影を睨むように見据えていた。
ランプの光が遠のく。男が歩いていると、廊下の突き当りに位置するエレベーターから歩いてきていた男の顔が、少し先のランプにあてられた。
その男は、プラチナブロンドの長髪を持つ魔法省の有力者、屈指の純血貴族である。男と同様に、相対する男もまた名家の当主であった。鷲のような瞳を持つ彼は、杖の仕込まれたステッキや裾の長い黒のローブを見せつけるように大股で歩いている。
男たちはすれ違った。
互いに何か言葉を交わすわけでも、目線を動かすわけでもなかった。瞳は真っ直ぐと先を見据えている。
しかし彼らは永続の敵であった。十年以上前、散々殺し合った仲である。
その時分と違うことがあるとするのならば、互いに命を懸けて守るものが出来たということくらいだろうか。
杖をつく男の足音が、背中越しに遠のいていくのを感じる。
男はエレベーターの前に着いた。エレベーターのボタンの脇に控えていた役人が、男に一本の杖をすっと差し出す。
男は杖を受け取ると、感触を確かめるように数回握りなおし、薄く笑った。
役人がエレベーターのボタンを押すと、ガシャンガシャンと音を立てて折り畳み式の格子戸が開いた。廊下とは打って変わって酷く明るいオレンジの光がエレベーターには満ちている。まるで格子戸を境に、光と闇が分かたれているようだった。
男はそれに乗り込むと、懐に杖を挿し入れ、前を向きなおした。
先程の男は、丁度向こうの廊下の角の闇に消えた所だった。
口から薄く息を吐きつつ、男は首をぐるりと回す。まるで自らが勝者であるとでも言うように、堂々と勝ち誇った様子で。手を前で組んで、身体を脱力させて立った。
どこまでも静かで闇に包まれたウィゼンガモット法廷に別れを告げるように、エレベーターの格子戸が音を立てて閉まった。チーン、と音が鳴る。
格子戸の隙間から、男の灰色の瞳が覗いた。
男の名前はシリウス・ブラック。冤罪により十年もの監獄生活を強いられた不死鳥の騎士。
また、ハリー・ポッターの後見人である。
灰色の石造りの橋の上。シリウス・ブラックは久しぶりに再会した
ふわふわとした雲の漂う青空の下、目の前に聳え立つ久しい母校を前にすると、シリウスの中に暖かい気持ちが流れ込んでくる。
ああ、自分は自由になったのだ、晴れた日の下を歩くことが出来るのだ————。
アズカバンは酷いところだった。光の差し込むことのない暗雲の中、凍える波に打たれる孤独の塔の上で、幸せを吸い取ろうとする冷徹な亡霊をひたすら相手にする日々。きっと動物もどきのすべを持たないものなら精神が崩壊していただろう。
シリウスが空を見上げ新鮮な空気を吸い込んでいると、城の方から一人の生徒が駆けてきた。黒髪の癖っ毛に、銀縁の眼鏡。初めて見る少年に、シリウスは強烈な既視感を覚えた。
「ハリー?」
シリウスは目の前で息をぜえぜえと吐いている少年に、覗き込むように声を掛けた。何処となく声は掠れている。
「は、ハリー・ポッターです」
ハリーはなんとか頷いた。ハリーの心臓が、バクバクと勢いよく鳴っていた。どことなく顔も赤い。ダンブルドアから聞いた話では、シリウスは自分の父親の親友で、“ハリー”の名付け親で、後見人だ。
遠くから見ているうちはわからなかったが、近くで見てみるとシリウスの服装の質は良く、生気は削がれてもなおまるで貴族のような風貌だった。ハリーの手は震えている。
「……ジェームズにそっくりだ。どこからどこまで……」
シリウスは膝をつき、まるでハリーの身体を確かめるように髪に触れた。信じられないようなものを見たような目だったが、確かにその表情は優しい。
「シリウス・ブラックだ。気軽にシリウスと呼んでくれたらいい」
シリウスはハリーの手を持ち上げてぎこちなく握手をした。
ハリーは、あのペティグリューを殴ったあの夜からこの日まで、何度もシリウスのことを考えていた。
図書館に行ってシリウスの顔が載っている新聞を借りたり、先日刊行された『シリウス・ブラック、無実が判明!?』という日刊予言者新聞の記事にあった、裁判所に佇む男の背中を眺めたりもした。
シリウス・ブラックという、会ったこともない後見人の存在を何度も心の中で咀嚼し、ずっと心の奥底でくすぶらせていた願望を思い描いた。
「綺麗な目だ……。君の瞳は母さん似でね、この緑を見て、私は君にハリーと名付けたんだ」
ハリーははじめて、自分の頭を優しく撫でる大人に出会った。
「……ダンブルドアから、ペチュニアのところにいると聞いたんだが」
ハリーは固まって、シリウスをそっと見つめる。この数日間、ずっと頭の中で思い描いていた言葉を、ハリーは待った。
「おそらく肩身が狭いと思ってな。私も家は持っているから……もし良ければ、だが、私と一緒に暮らさないか?」
ハリーは思わず、シリウスにおもいきり抱き着いた。
泣き出しそうになった顔を見られたくなかったからだ。
「クヌート!」
ラベンダー・ブラウンがそう言うと、俺は袋の中から一枚の銅貨を取り出し、頭上に掲げた。
すると、俺の前にいる十四匹のニフラーも同様にサッと袋の中から銅貨を出し、掲げる。
「シックル!」
今度は銀貨を取り出し掲げる。何匹かもたついたのもいたが、目の前のニフラーたちも同様に銀貨を取り出した。
「ガリオン!」
今度は金貨を取り出す。日本円に直して約千円相当。金ぴか好きのニフラーなので、今回は全匹漏れずに素早く袋から取り出した。
俺がニフラーを見渡し丸印を出すと、俺たちの立つグリフィンドール寮の長机の周りから、オーッと歓声が上がった。ラベンダーは自分の飼う茶色い毛のニフラーを嬉しそうに撫でる。
何をやってるかって? 決まってんだろ、ニフラーたちの
今俺の目の前にいるニフラーは、俺んとこのペットショップにいた兄弟たち八匹を含めホグワーツのニフラー軍団を結成している。俺はその親分だ。
元々ニフラーは群れで行動する生き物だからな。この中で最も喧嘩が強く、最も頭のいい俺が群れの親分ってわけ。主人が授業に行ってて暇な奴を集めて、この城を探検したり厨房でつまみ食いしたりとか色々している。
話を戻そう。今さっきのは、“生ける財布”として活躍するための訓練だ。ひいてはホグワーツに連れてくることを勧められる三種類の動物、猫・梟・ヒキガエルの次に名を連ねるためにな……最終的に目指す到達点としては、ホグワーツの校章をニフラーに変えることだ。
野望は大きいほうがいいっていうだろ?
俺たちがそんなことをやっていると、大広間にハリーと、ハリーに連れられた男が入ってきた。お、アレってシリウスじゃね? 新聞で見たぞアイツ。
満面の笑みを浮かべるハリーの横を歩くシリウス・ブラック。冤罪の発覚によりアズカバンから釈放されたいま魔法界の時の人である。
大広間にいた生徒たちがざわざわと騒めきだした。
「ロン! ロミオ!」
ハリーが俺と横に座っていたロンに手を振って走ってくる。その顔はなんとも幸せそうで、まるでクリスマスとお正月と誕生日が一緒に来たみたいな顔だ。
シリウスとロンが微笑みつつ握手をして、「釈放おめでとうございます」などと声をかけあっていた。
「僕ロンって言います。ロン・ウィーズリー」
「ダンブルドアから聞いてるよ。モリーとアーサーの倅だろう?
シリウスが悪戯っぽく笑うと、ロンが眉を下げてイヤそうな顔をした。もっと恨みつらみがマックスな状態だと思ったんだが、憑き物が落ちたようにシリウスの雰囲気は軽い。ハリー効果かな。
「懐かしいな。私も学生の頃にはこのテーブルで食事をしたものだ。食べ終わったらジェームズやリーマスと一緒に校内を走りまわってたよ。勿論今はやらんがね」
シリウスは懐かしむように長テーブルを擦ると、ハリーにウインクをしてみせた。やっぱりコイツ顔が良いよな。しみじみと思うぜ。
血筋ヨシ顔ヨシ所作ヨシのダンディな年上の男が現れたせいで、ニフラーを撫でていたはずのラベンダーの目がシリウスにくぎ付けになっている。
くそう、俺もイケメンになりたかったぜ……。俺、モテても所詮ニフラーにだもんな……。
俺が眉をキュッと寄せ項垂れつつこの世の無常を嘆いていると、シリウスがこちらに気が付いた。
「この子がロミオかい? ワームテール……ペティグリューの本性を暴いた優秀なニフラーだと聞いたが」
「そうだよ。頭がすごくいいんだ。魔法薬学なんかは僕よりも知識あるよ」
ハリーが俺を簡単に紹介する。俺が手をあげると、シリウスはビックリしたように目を瞬かせると、俺の手を優しくつまんで握手を返した。
「本当に頭がいいんだな」
「一週間もかからずにスキャバーズの正体を見破ったからね」
「命の恩人だよ、まったく」
おうおう、もっと褒めてくれたっていいんだぜ。
俺は腰に手を当て仁王立ちした。どやあ。
「そういえば、不思議に思ってたことがあったんだが」
シリウスが俺の方に身を乗り出した。
なんだ? 何でも聞いてくれて構わないぜ。
「どこでペティグリューのことを知ったんだ?」
ん?
俺は仁王立ちのまま、固まった。
ん?
いや、だってスキャバーズってペティグリューの動物もどきじゃん。そりゃ分かるぜ、カンのいい動物ならあのネズミが動物もどきだって。クルックシャンクスだってわかってたし。
そこで俺は気が付いた。
そうか、普通の動物は、動物もどきだってことは分かるけど、
仁王立ちのまま固まって動かない俺の頭から、一筋の脂汗がつうと流れた。
微動だにしなくなった俺を不審に思ったのか、シリウスが目の前で手を振って、「おーい」と声を掛ける。
俺はその間、自分の脳内に駆け巡る、『これから起こりうる未来』に気を取られていた。
俺を見て不気味に笑うダンブルドア————俺の手足を括り付けて動けなくし、不敵にほほ笑むダンブルドア————俺を頭から憂いの篩にじゃぶじゃぶと沈めるダンブルドア————カムカムキャンデーの住む沼に突き落とされる俺————
お、恐ろしい。なんてこった。
俺が正気に戻ったとき、シリウスは俺の前に手を翳していたので、俺はてっきり捕まえられるんじゃないかと勘違いした。
「お、気が付いたか?」
俺は灰色の脳細胞を瞬時に動かすと、シリウスが手を戻した瞬間に———
逃げた。
こういう時は逃げるんだよォ!
シリウスも一瞬呆然としたものの、「待て! このやろ!」と言いながらものすごい勢いで追ってくる。
俺の隣を魔法の閃光が通った。ペットショップ時代によく見た色だ。恐らくアクシオ。
こうして俺の、ホグワーツを舞台にした決死の逃亡劇が始まった訳である。
キリがいいのでここで。捕まるのは次です(ネタバレ)
ロミオはシリアスが大の嫌いですが、私も嫌いです。文章を考えないとならないので。ロミオが一人称の時は何も考えないで書けるので楽ですホント……。
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切実に燃料をください。エタる確率が低くなります。沢山の感想ありがとうございます。
いつまでもこんな更新頻度が続くと思うな!(訳:忙しいので更新が遅くなります)