はい!こちら『愛に溢れる探偵事務所』です! 作:枯華院 清日
「…あの…ご無事ですか…皆様…」
「あっ…はい…?」
「チサトさんこそ怪我してんじゃないですか…」
「チサト、あなたは…」
おっと、あまりの出来事に頭がショートしてましたが、さもありなん、というヤツではないでしょうか。だって人の首がポンポン軽やかに刎ね飛ばされる景色なんて、誰しも早々お目にかかりませんよ。
普段だったら間違いなく悲鳴を上げてますね。でも今日、この時点では間の抜けた返事をするので精一杯。私の中の常識が疲労で寝ているようだ。
どこか呆然としている私達に向かって、息を切らしながら大股で歩み寄ってくる竹塚さん。先頭で全力疾走してましたからね、お疲れ様です。
「リカちゃん、ちょっと向こう行こう」
「は…かしこまりました…」
「チヒロ?」
「あっちょ、おーい…?」
「行っちゃったね」
半ば引き摺るようにというか、かなり強引にリカさんを連れて茂みへ行く竹塚さん。顔はかなり強張っていて、真剣そのものといった感じ。
「…どうしたんだありゃ?」
「さぁ…」
「…チヒロは普通の人ですからね」
「どういう意味で…あー、なるほどォ…」
「何がなるほど?」
助けてくれてありがとう、とか?
それともやっぱり経歴が気になるとか?
うーん、その二つならわざわざ遠くに行くまでもないか。普通に褒めるか、直接そのまま聞いてみればいいんだから。どちらも応えてくれるかは怪しいですけれど。
「竹塚サンはいい大人って意味だよ」
「わかりにくいんだけど」
「あえて濁してるって察してくれよ…」
「思うだけじゃ伝わらないでしょ」
「ちょっとカッコイイ事言うじゃん!?」
「あ、好きだよ」
「もののついでみたいな言い方ァ!」
好意はぶつけてナンボ、そうは思いませんか。大事に取っておきたい気持ちがあるとか、何度も言葉にすると軽くなるとも言いますが。その分複数回ぶつければいいんですよ。雨垂れ石を穿つ、押して駄目なら押し倒す。言葉が羽毛みたいに軽くなったとしたなら、その羽毛に沈めてしまうような感じの…うん、何か違う、まあいいや。
とにかくそういう事ですよ、何か意図があるならハッキリ言ってもらわなきゃ誤解の種になる。だからこっちもハッキリ言うんです。
「まぁ、耳を澄ませばそれとなーく聞こえると思うぜ」
「私の心が…!?」
「違うよォ…?」
「君たちは意外と愉快ですね」
「へへっ」
「たぶん褒めてねぇぞ!」
「褒めてますよ」
「え!?」
「いぇーい」
ほらね、言葉は素直に受け取らなくちゃ。これだから外見チンピラは困る。もっと人を信じられるようにしてあげよう。人間不信が言う事か? 人間不信だからこそ言うんですが?
私の人間不信は棚に上げて置いて。
早速竹塚さんとリカさんが居る方向に耳を傾けてみましょうか。ところで太陽くん、普通の人は君ほど耳が良くないって知ってるかな?
「…の…つもりだい?」
あっ聴こえる、結構大声だね。
───☆
信じられないという表情、あるいは焦燥にも近い感覚を含め。相手が理解不能な何かではないかと今更な困惑が声の成分に含まれている。
「何のつもりか…と、言われましても…」
「わからないなら言い方を変えようか、子供にあんなもの見せていいと思ってんのかい?」
「は…あんなもの…とは…?」
「考え無しにポンポン人の首を飛ばしてた事だよ!」
「はあ…」
チサト・リカと仮名を着けられた女は悪びれる様子が無い。というより、何が悪いのかを最初から理解していない。これは認識のズレ、常識の違いから引き起こされる衝突である。
人の首を刎ねたこと、これを咎められている。何故か、子供に見せられないものであるから。チサト本人もよくわかっていない様子で疑問を口にした。
「竹塚様…その…」
「なんだい」
「子供…とは…どなたの、ことでしょうか…?」
「…はぁ?」
見解の相違、それも致命的なまでの。
子供とは何か、意味論的な疑問だろうか。何を以てして子供なのか、見た目の幼さからして明らかに未成年だから? もしくは何らかのイニシエーションを経ていないから?
「いやいやいや…待ちなよ。制服着てるような高校生で未成年なら、どう考えても子どもだろ?」
「…はあ、そうなの…ですか?」
「んんん??」
あまりにも違う。
奇妙で、気味が悪い感覚。
「はて…あのお二方…とうに元服を、してらっしゃるのでは…。御召になられている、衣も…わたくしは狩衣が如き…装束なのか、と思いましたが…」
「んん…? え、元服ぅ? っていうか、まさかだけど制服ってのを知らないのかい…?」
「はい…わたくし、浅学にして非才の身なれば…。その…先程も、れいりい様に礼を失せぬように、しましたが何か…至らぬ所がありましたか…?」
「おっとぉ、話が変わってきたねぇ」
常識というものは時代によって変わる。
日本での制服は千八百年代後半から。つまりは明治期に登場したものであり、鎧甲冑を除く近代的な軍服も同時期である。竹塚はそれを知っている。しかしチサトはそれを知らない、否どうやら制服そのものを知らない様子で、そして自分が何を非難されているのかも理解していない。
であれば、分別のある人間として頭ごなしに怒鳴るなぞ悪手も悪手。アンガーマネジメント然り、数秒の呼吸で怒気も消え失せる。
「…リカちゃんさ。今の年号とか、西暦何年とかは?」
「記憶に…ありませぬ…」
表情を見ると、これも嘘ではない。記憶に無いという言い方こそ違うだけで、どうやら相手は現代的な常識を持たず、ひいてはまるで浦島太郎のような、時代に取り残された価値観で動いている様子だ。
「あー…おっけ…じゃなくて、わかったよ。急にごめんね? さっきはありがとう、助かったよ。結果的にあの二人も怪我してないしさ」
「いえ…この程度しか、出来ませんので…」
「謙遜しなくていいよぉ! 怪我は平気かい?」
「ええ…じきに、治ります…」
「そりゃまあそうだけどさ。とりあえず患部に止血材と包帯巻いて回復薬塗るから…」
「…不要です…あの、わたくしに、触れない方がよろしいかと…あのう…?」
「いいんだって、応急手当は大事だからねぇ。本当にありがとう、でも自分から進んで怪我しに行っちゃ駄目だからね。女の子がキズモノになるのは、おじさん見てて気分良くないしさ」
竹塚の勝手知ったる同じ服、医師の卵が由来の手際も、探索者として更に慣れたもので上着を剥がして傷を手当していく。
「うーん、やっぱりお値段異常『デッドリー』の上着なだけある。銃弾は平気だね、痣にはなってるけど。あとは切創と防弾以外のぉ…」
「あの、本当に、触れては」
「怪我人は騒がない騒がない」
何か言いたげな傷病者を無視して、未だ血の滴る傷口を閉じ。貫通痕も塞ぎ、包帯に包んでいく。消毒液の塗布も忘れず、止血剤として迷宮産の薬草を貼付し、先程手に入れた貴重な回復薬を傷口に浸透するように垂らして。
手早い手技は学生時代の積み重ねではなく、探索者となってからの恩恵も含まれる。
現代のダンジョン探索という、大いに矛盾して聴こえる不可思議なものであるが。そこには、人間に有利になる魔法と呼ばれる奇跡は存在しない。手を翳せば温かな光が身を包み一瞬にして怪我や病気が治るということはないのだ。故に現実的に、尚且つ科学的に、地道な歴史の積み重ねの成果を用いて人を癒やす他無い。治療を繰り返すこと、今回を除いても百に及びかねない不断の練習。死なない為の実践的な努力は経験となり蓄積し、本人は納得しないだろうが竹塚はヒーラーではなくともメディックとして称されるに充分な腕前となっていた。
「うん、こんなもんかな」
「よろしかったの…でしょうか…?」
「何がさぁ? もしかしてあの當真少年から貰った回復薬を使った事かい? だったら気にしなくていいよ、所詮命あっての物種って言うだろぉ」
「いえ…その…」
「君が本当は何者かなんて知らないけどさぁ、僕から見れば普通の女の子だよ。それも綺麗な。そうじゃなくても放っとけないだけ、オークと組んでるのも同じ理由だし今更今更ぁ」
「さよう…ですか…?」
面倒見がいいというのも確かだが、それよりも本人の信条が理由だろう。不義理は行わず、恩には報いる。これは生来の気質か、それとも、ああはなるまいと何かを反面教師にしてのことか。
何に由来するかわからずとも、その義理堅さの賜物はチサトにも感じ取れる。
「じゃあ皆の所に戻るけど、あー…怒るとかそんなんじゃなくて、こっちが本命なんだ、ホントはさ。
彼ら、當真くんとレイリーちゃんの前では、人っぽくて血が出るようなタイプの敵は殺さず逃げてほしいんだよ。リカちゃん」
「由を…お聴きしても…?」
「理由って事で合ってるよねぇ!? いやおじさん本当に古文はちょっと苦手で…。じゃなくて。
彼らは子どもなんだ、君には信じられないかもしれないけど。それとね、今…現代はねぇ、人が早々死なないんだよ。だから世の中では人の首が取れる瞬間ってのは見せるべきじゃない、って事になってる」
「は…それは…」
「詳しい説明が必要なら、後でオークを交えてしようかな。あの二人が首だけのキミを見ちゃってるから割と今更だけど。とりあえず、殺人にしか見えないものを子供に見せるのはナシ。今はこれだけでもわかっておくれよ」
「……かしこまり、ました…」
不承不承といった様子でもない。恐らくはそういうものとして、とりあえず受け取った。何も感じていない訳ではないだろうけれど、今は頷く方が良いのだろうと思って。チサトが言う了解の言葉と表情は、竹塚の目にはそう見えた。
「じゃあ戻ろっか。いやぁおじさんの長々とした話とワガママに付き合わせてごめんよぉ、でも未来ある子供ってのは大事にしたいじゃない?」
「そう…ですね…」
「ねー! ホントさぁ、迷宮稼業なんてのも嫌になっちゃうよぉ。子供は好きだけど、こんな仕事してるのに自分で家庭を持つなんてのは夢のまた夢だしさぁ。おじさんなんてもういいトシしてんだから、早いとこ結婚したいもんだよぉ…。妹もだけどさぁ…いや、あいつは結婚とかまだ考えてなさそうだわ」
「はあ…失礼ながら、竹塚様は…おいくつで…?」
「さ…三十後半だよ…くそぉ、言ってて悲しくなってきたぞう。浮いた話の一つもありゃしないんだから…!」
「まぁ…それは…」
「なんだい?」
「もう…御老人…なのですね…そうは、見えませんが」
「ゥオォイ!?」
彼女に足りないものは、現代的な倫理・道徳そして常識のどれか。あるいはその全てか。
先の話からもそうだが、竹塚はある推測を確信に変えた。それはつまり、仮名チサト リカは現代人ではない。何をどうしてこの時代に来たのかは『噂』によるものか、はたまた他の奇怪極まる要因かまでは思考の埒外に及ぶだろうが。けれども根本的な考えのズレから考えるに、そうとしか思えない。
自分が大学受験以降手放した古文の、机上の物だった古語を初めに話していたこと。非常時になればあっさりと殺人に及ぶ切り替えの異様な速さ、それを子供に見せるのを躊躇わない死生観。何より子供と扱う年齢と、三十歳後半以降を老人と思う境界年齢の違い。
そのどれもが明確に現代とかけ離れ過ぎている。しかし顔立ちを含めた容姿のおよそと言語は日本人のそれ。ならば…。
「竹塚…様…?」
「ん? あ、ごめんごめん…行こうか!」
「はい…」
心ここに在らずと、思考の海に船出していたのを不思議に思われたようだ。現段階での推理など、それこそ無謀だろう。吉事の多い人生とは思っていないが、それでも今回は特大の厄介事を抱え込んだように思う。
「…はぁ…。ま、いいか」
諦観を含んだ溜息と、それを呑み込む呪文は迷宮の樹林に受け止められて消えた。否が応でも前に進む。溺れる者は藁をも掴むと言うが、進んで海を泳がなければ藁クズさえ掴めないのだ。
───☆
「と、まぁこんな感じだな?」
「へー…」
「よく聴こえましたね」
「俺って耳がメチャいいんですよ。目とか諸々もね。だからオークさんも探しモノとかあったら、ウチに依頼してくれよな!」
「これが営業トークですか、なるほど…」
アピールポイントを見せてから宣伝をする、アルバイトの鑑ですよね。私も見習うべきでしょうか。いや無理かな、どちらかというと行動で魅せるタイプでいたいですね、口下手なので。
これがバイト先の名刺ですぅ、と言いながら事務所の名刺を渡す姿は高校生にしては堂に入ったというか板についているというか。
それにしても。
自分がやらかし…起こした事に端を発するとはいえ、リカさんは何者なんだろうか。古語を流暢に扱うのもそう、会話のテンポがゆっくりとし過ぎているのも不思議だ。それと鷲のマーク、これはたぶん自平党のものだったそうで。まさかとは思うけれど、内閣に参与しているような組織がリカさんをバラバラにしたとは考えにくい。謎が多いね、迷宮だからかな?
「ごめーん、お待たせー!」
「ご迷惑…おかけしました…」
と、向こうから元気なおじさ…竹塚さんが手を振ってこちらに来る。流石にご老人扱いはしないけれど、気遣いの出来る年長者は敬意を払った方がいいよね。私が人よりグロテスク耐性はある方でも、それを見せるべきじゃないと守ろうとしてくれたのは事実だから。
「じゃあ出ようかぁ! あとは来た道を戻るだけ、出入り口に脱出灯を貼り付ければすぐよ、すぐ」
「血の匂いに誘われるタイプの敵も、ダンジョンオオドクガ以外は居なさそうですし。あの蛾以外はむしろ同族達の血や死体の臭いからは遠ざかるでしょう」
「はえー、帰りの方が楽なんすね」
「今回は運良くって感じだねぇ、明日にはまた楽も出来なくなるさぁ。いつもこんな感じの浅い所で稼げればいいんだけど、そうもいかないんだよぉ」
「切り替わるからですか?」
「そういう事です。本当に運が良かったですよ」
「普段の行いかな?」
「お前自分でそういうコト言う?」
えっ、結構自信あるんだけど?
私の善行についてはさておき。それから何事も無くダンジョンから普通に脱出できました。
何事も無くとは言うものの、途中でリカさんがあの触手落とし穴に落ちそうになったりもしましたけどね。目印でも付けておけば良かったかな。
ダンジョン探索自体も、結構大変だった。そんな程度の感想で、怪我も無ければ命の危険も少なかったのは、竹塚さんとオークさんのお陰だろう。
「ワンッ!」
「ん…よしよし」
「結構長くなっちまったな。でもまあ結果オーライって奴か、犬も見つかったし!」
「だね」
今は迷宮の外。というか事務所への帰り道ですね、迷い犬を探すのに大冒険でしたよ。時間も結構経っていたようで、日もとっぷり暮れて夜になってます。
どうでもいいかもしれませんが。迷い犬くんは、太陽くんが逃げないように抱っこしてます。わんこがわんこを抱えてる、そんな感じがしますね。
そうそう、リカさんは竹塚さんが保護するそうです。何でも竹塚さんはオークさんと一緒に迷宮近くに部屋を借りているらしく、ちょうど空き部屋もあるんだとか。まぁ流石に変な事はしないでしょう、オークさんは紳士だからね。
それと個人的にも助かった、事務所にリカさんを連れて行くのはちょっとね、黄瀬さんの次はよくわからない女性です、つい拾ってきちゃいました。というのは…心臓に毛が生えてるどころじゃない強心臓っぷりを誇っていないと難しい。ましてや自宅に連れ込むのは無理です、お父さんが確実に警察に通報する。そう、それが常識的な対応だよ。竹塚さんが常識外れって意味じゃないですよ。
「いい人たちで良かったね」
「竹塚サン達な。何だかんだ運とか人とかに恵まれてる気がするよなぁ…」
それは確かにそう。ひょっとすると、私はラッキーガールなのかもしれません。まさに幸運の招き猫…駄目だ、事務所には本物の猫こと環さんがいる。それはともかくとして、幸運の招き女子高生とか家に置きませんか太陽くん。そうだね、絶対断るね。
「臨時収入もありそうだけど、どうすっかな。泡銭って苦手なんだよなぁ、いっそ竹塚さんにあげちまうか?」
「貯金でもすれば」
「トップクラスに夢の無い提案だなおい。そういうレイリーはどうすんだよ、貯金すんのか?」
「私は…」
ダンジョンで得た物品は、そのまま買い取りに回しました。毒蛾の鱗粉とか使い道無いでしょ普通。ダンジョンを出てからは探索後簡易検査とか色々あったけれど、危険な何かの持ち出しなんてしていないし、こんな普通の女子高生なんて疑われもしない。
それで今回の単純なダンジョン探索の結果として、後日精算と換金が済んでから竹塚さんから渡されそうな臨時収入とは、蛾の鱗粉にモグラの爪、ミミズの皮と金色イノシシの毛皮とか牙。これらが買い取られて現金に変えられた後のこと。ちなみに中々の額になりそうとはオークさんの弁。
地味な生活が馴染み切った普通の女子高生に、そんな一財産をパッと使うような趣味も無く。強いて私の趣味といえば、喫茶店とか動物園に行く程度のものです。もちろん基本的には一人で。友達を誘うのって難しいよね。喫茶店でもコーヒーか紅茶を飲んで終わりだから、そんなにお金を使う趣味じゃない。
うーん…お金の使い道……あっそうだ。
「うん…内緒」
「お前マジか…そういう所で話を広げんだよ、わかるか? 俺も金の使い道なんて考えて無いけど、話のタネってヤツだぜ!?」
「内緒」
「コイツ…!」
うん。面倒というかリカさんを押し付けるような形になってしまったんだから、竹塚さんに大部分を渡そう。リカさんの生活費とかも必要になってしまう訳だから、当然のことだろう。人はお粥のみに生きるにあらず、そうだよねオークさん。
「いいから帰ろ」
「…あいよ」
依頼は達成、探索は完了。色々あったけれど、事は丸く収まった。それで十分でしょう。
明日も普通の日が続く、これ以上はきっと無いよ。特に意中の人と過ごせるならベストといって過言じゃない、そうでしょ?