はい!こちら『愛に溢れる探偵事務所』です!   作:枯華院 清日

107 / 115
堕ちる

 

 

 

 

 一段、また一段。

 

「クソアナログ過ぎるぜ、怪しいなら怪しいなりにハイテクな動く歩道とかエスカレーター付けろよ…ったく」

 

 この無駄に長い梯子を降りたのは…恐らく10mそこらか? 真っ暗だと感覚がおかしくなるってのは本当だな、降りてんだか登ってんだかが曖昧に感じる。

 

 人一人がやっと通れる程度の狭さじゃなくて、自分の息遣いも壁に反響しないくらいには広い空間なもので。どうも変な浮遊感というか、上下左右も前後不覚に陥りそうだ。前後不覚ってこういう言葉じゃねえな。五里霧中の方が正しいか? 

 

「ん?」

 

 下から呼吸音が返ってくる、違和感から来る疑問の声も同着って感じィ。つまりは地面に行き当たりそうって事だ、ゴールまでが長げえよ。何か感動的な曲が流れそうな時間じゃんね。アレは登りだわ。

 

「はぁー…」

 

 地下っていうのは案外涼しい。手を擦り合わせる程寒く無ければ疲れてもいない、ため息を吐いたのは単純に気分の問題だ。

 一応は梯子を降りきったのはいいが、まだ暗い。暗過ぎる。音が吸い込まれて消える錯覚までする、が。

 

「チッ…ヂッ…!」

 

 これはね、ムカついたから舌打ちしてるんじゃあないぜ。いわゆるエコーロケーションってヤツだ。

 イルカやコウモリが超音波を発して、その反響を拾って位置を確認するのと同じこと。それの人間版をやっているワケ。大した物じゃなくて音の方向自体は誰でも何となくわかるだろ、そういう事だよ。ちなみに訓練してみれば誰でも出来るからやってみよう。できるだけ密度のある舌打ちをイメージして、暗い中でやるんだぜ。あっでも外では練習しちゃ駄目だぞ、職質食らうから。

 

 それにしても暗中模索。右だの左だの妙にうねってやがる。それだけじゃなくて緩やかな下り坂になってるのも何ていうか、迷路かよってうんざりするね。

 ところで建物って二階三階と上に建て増していくより、地下に掘り進んで行く方が金が掛かるらしいぜ。何なんだよ、政治家っていうか政党ってめっちゃ金あるじゃん。一割くらい分けてほしいもんだ、冗談だぞ。自分で稼ぐっての。

 

「んー…!」

「あん?」

 

 やっと聞こえた物音、じゃなくて声だな。目の前にある恐らく薄っぺらい隔たりの向こうから、不機嫌なのか上機嫌なのかわからねえが、とにかく変な歌っぽいものが聞こえてくる。

 …面倒だな、ぶっ壊して入るか。

 こ…これで器物損壊罪…!? 

 

「せっ…ぇのッ!!」

「ケーセラ、セ…おぉん!?」

 

 許せ司法、次はちゃんと護ってやるから…たぶん。

 

「あー、明るいなぁオイ」

「しっ、信じらんない! 不法侵入じゃなぁーいですか!? それと器物損壊! 訴えたろか!?」

「うるせえな…」

 

 耳が痛えよ、二つの意味で。

 今訴えられたら負ける、それはいいんだよ。いや、良くねえけど。ひとまずそれはさておき、だ。

 扉を蹴破った先、暗い通路を抜けた先は雪国じゃなくて。何だこの…無駄に広い、ホールみたいな所? 

 人工灯の明かりに目が慣れて、やっと周りが見渡せる。影も出来ないような開放された場所に、黒い何かが一つ。

 

「あーヤダヤダ! これだから野蛮な改造人間は困っちゃうんダスゥ。ジェントル感が無いよね、日本はサムライだからオッケーか。腹切らんかい!」

「いや、何だお前…?」

 

 その広々とした空間はコンクリート打ちっぱなしの無機質極まりない場所。上には手すり付の二階のような、通路がぐるんと囲むようにある。格納庫っぽいといえばそうだ、何だってこんな地下に。

 

 それと、何か危ないお薬でもやってるのかってくらいの異常なテンションの乱高下を見せているのは。まるでサイズなんて考えてないような暗色の深紫と青を混ぜた色のデカいローブを着た何か。ステージの暗幕か、無駄に立派なカーテンみてえだな? 

 

 声の発生源は間違いなくコイツだというのはわかるのに…意味がわからない感覚がする。声が混ざってるんだよ、性別年齢問わずサンプリングした音声に同じことを言わせてるような。ノイズそのものみたいな気持ち悪い声がしてやがる。

 そいつが俺を見下ろしている。何が楽しいのか、ゆらゆらローブを揺らしながら。

 

「!おおっと! そうだ、そうだよ、そうでしたぁー。クソキモ改造人間でも透視は出来ないもんね、フードを取ったら気付くかな? 覚えてますかしら? 

 その無駄に良いお目々でよく見てね! 目ん玉かっぽじってよっく見ってごらん」

「…その仮面は」

「見た時あるデショ! ほら、あのイレギュラー女…レレレのレイリーちゃんに被せようとしてたやーつ。それとぉ、そろそろ気付かないです?」

「あぁ、思い出したぜ。その呼び方も含めてな」

 

 コイツはレイリーの夢の中に居た何か。

 コイツの仮面は前に見たことがある物。

 

「仮面…って呼べばいいんだっけか?」

「あっはぁ…!」

 

 モンデンキントの幹部を自称している者、名前は仮面。何を喜んでやがるのか、ビクビクと震えながら感激している様子で笑っている。

 

「何が楽しいんだ。ひょっとして名前呼ばれた事が無かったりすんのか、物寂しい人生だなオイ」

「そりゃーあもう! 楽しくて楽しくて…今回はだぁいぶ気付くのが早くってぇ、ワタクシってゴミ掃除は早く済ませた方がスッキリするんですよ」

「回んのは口だけか? 頭は回り過ぎて酸欠っぽいけど…とりあえずクソ野郎なのはわかってんだ、一発殴らせてもらうぜ」

「あー! あー! ダメです駄目駄目。せっかくここまで来たんだから、土産話でもしてあ・げ・る! キャハハハ、ウフフフゥ…。

 ほーら質問タイムですよぉ、仮面さんが知ってる限り大体答えてあげちゃう!」

 

 何が土産話だよ、自分の冥土の土産にでもしてやがれ。あぁ、でもそうだな。知ってる限り大体答えるのなら、色々聞いてから殴ればいいか。

 

「サービス精神旺盛じゃん、首が飛んでも知らねえぞ」

「しーんぱい御無用ぅぅ…ワタクシが死んでも、代わりがいるもの…うっ悲しい…ワタクシってば決してオンリーワンにはなれないの。なぁにがオンリーワンですか、色々な意味でナンバーワンだっつうのお! 

 で、ご質問は?」

 

 コイツ本当にヤバい薬でもやってんじゃないのか。

 涙みたいなニオイが滲んだと思えば、本気で笑っている気配がする。そうかと思えば一瞬で止まって冷静に話しかけてくる。一人漫才みたいな事を繰り返す、この仮面の正体が掴めない。

 落ち着け、呑まれるな。

 

「…お前らの目的ってのは何だ?」

「えっ、わかんないの!? おいおいおい、義務教育の敗北だわ。あっでもぉ、そうしてるんだから仕方ないか」

 

 一々カチンと来る野郎だ。

 こっちを仮面越しに見つめているのか、それとも観客と勘違いでもしてるのか。視線を集めるような仰々しい振り付けで、仮面が宣言する。

 

「ワタクシたち『モンデンキント』の目的、ひいては自平党の究極! 最終目標は世界平和! どぉーだい! 凄いでしょ!? 

 余りの素晴らしさに声も出ないかなぁー? 感動したなら拍手ぐらいせんかい!!」

「……へぇ」

 

 何を言ってやがるんだコイツは。というのが率直な感想だ。世界平和? そんな馬鹿げた絵空事を本気で夢見ているなら、すぐに病院に行っておけよ。眼科とかじゃねえぞ、脳のだ。

 

「その為に日夜努力してるんですよ? 

 身近な所では日常的にゴミ拾いをしてぇー、お年寄りには優しくしてぇー、夢と希望の手助けの為に身を削って国民の皆様に滅私奉公をしてるんですって。ここまで献身的なのはワタクシしか居ないケドォ! 

 大きなトコロでなら、面倒な法案を成立させたり法整備をキッチリしたりねぇー。

 アラ素敵! 世界平和を謳うのに、やってる事は排斥の連中よりいいじゃない!」

 

 綺麗事だな。この違法建築まっしぐらな地下空間を作る資金の出処とか、レイリーを猿夢で殺そうとしていたヤツが世界平和とは。まるで笑えねえよ、平和ってのを辞書で引いてこい。何より…。

 

「そん中には人体改造も含まれてんのか?」

「それは博士がやったこと。俺じゃない、あいつがやった、知らない、済んだこと。でっしょー? 

 でもでもねーえ、ちゃんと研究結果は役に立ってるのよ。科学の発展に犠牲は付き物じゃあーりませんか!」

 

 思った以上にベラベラ喋る。これでモンデンキントってのと自平党に強い結び付きがあるのはわかった。それとこの口振りなら、あのクソジジイも生きてるうえに組織内に居やがるって事だ。

 居場所を吐かせるべきか、それとも仮面野郎を気絶させて警察に突き出すべきか。そういえば黄瀬さんとも関わってるんだよな。

 

「黄瀬さんが吸血鬼になったのも関わってたり、あの生きたまま生首にされた人もお前らがやったんだろ?」

「ヘイヘイアミーゴ。そりゃもう当然、いざやりゃ十全、全てが万全、ワタクシ完全! 

 あのヒヨコヘッドに関しての詳しくはね、紅屋ちゃんに聞いてネ! 仮面さんとの約束だぞぉー!?」

「あ、そ」

 

 言ってしまえばどうでもいい事だ。あくまでこれは時間稼ぎ、今からどうするかの考えを纏める為のもの。この素っ頓狂野郎を殴るのは決まっているが、それにしたって無罪のヤツは殴りたくないじゃん。ガタガタ喋ってくれたお陰で真っ黒だったのはわかったけど。

 

「そもそもねぇ!」

「声がでけえなクソ野郎」

「ワタクシ達の理念ですよ!?」

「聞いてねえよ」

「ダメダメダメダメ聞きなさい。ホントにもー…そんなんだから、だぁいすきな晴子先生も死んじゃうんですよ。おバカ太陽くぅん、いやもうねフーリッシュサンシャインって感じぃ、ガッハッハ!」

 

 頭に血が昇るのを感じる。コイツはどうも人には触れちゃいけない物があるってのを知らないみたいだな。

 

「殺したのはテメエらだろ…」

「おー怖い怖ぁい! 次はワタクシ達が殺されちゃうのかなぁ!? ヒヒヒ、ウフッ…ハハハ!」

 

 距離は…足りるか。思いっ切り踏み込んで跳べば、仮面との距離は埋められる。単純な跳躍距離だけで言えば10mを跳ぶのは訳もない。

 後は、燃え尽きるまでに仕留められるか。奥歯を噛み締めて…。

 

「オット! それは駄目だよぉ!」

「…!」

 

 まるでこっちが何をするのか知っていたようなタイミングで、静止の言葉を出して来やがる。いや、そうか。コイツも連中の仲間なら知ってやがるのか。

 

「えーっと…あっ! そうそう。

 オマエの正体は『改造人間』…うーん言葉にすると陳腐ですね〜? でもぉ、それだけじゃあないじゃない? 

 第一ぃ、改造人間ってだけだと範囲が広過ぎるじゃん。もっと正確に、具体的に言わないとさぁ。困るんだよねー、納品出来ないよぉキミぃ! カタログスペックはしっかり決まってる方がいいのォってワガママ兄貴も言うでヤンスよ? 

 正しくは…」

 

 俺の正体。あぁ、本当は知ってたさ。

 自分の事だ、回想するまでもないだろ? 

 

「『人造口承再現体・モデル人体発火現象』……な、長げえ…面倒だからやっぱり改造人間で良くない?」

 

 

 

『人体発火現象』

 

 ある時突然、人が燃える。

 切っ掛けは無く、あまりに唐突に。

 

 ある者は椅子に座りながら、突然火がついて燃えたとしか思えない姿勢で、動きもせずに燃え尽きた。部屋全体が焼ける事はなく、その部分のみがだ。

 奇妙な事に周囲に火気は無かった。その為第一発見者はこう断じた。人体が自然に発火したとしか考えられない。

 更に不思議は重なっており、その遺体は残らず焼失するか炭化した一部が残るのみ。

 

 これについての仮説は複数ある。

 まずアルコールを多量に飲み、摂取したアルコールが燃料状態になった事による自然な引火。しかし人体発火現象に見舞われた人物の中には、アルコールを含む飲料を摂取していない者も居た。

 また人体の脂肪がロウソクのようになり、弱く穏やかな火で持続的に燃え続けたのではないかという説。鎮火は部屋内の空気を消費し尽くした事に依るものだとするが、延焼しない理由が不明だとしてこれも仮説の域を出ない。

 他にも空気中のプラズマで発火した説、化学繊維の起毛に着火して一気に燃え上がった説など、現在でも解明されていない都市伝説の一つ。

 

 これは、誰かが焼失した話。

 

 

 

「そんな太陽くんのスペックは、えー身長が大体170センチ? で、体重が130kg程度? スゴイナー。

 成長する金属ヒヒイロカネとタングステンの合金製の骨に、筋肉は虫みたいなチューブ状のを人体の質感へ加工と成長を付与。これにより通常の人体では不可能な加速と耐久性を両立し…長っげえ、マジ長。

 神経伝達物質も変化させる為に骨髄から神経も改造、あー…こりゃ大変だ。機能と見た目だけは人間を取り繕ってる感じですねー! これが人間だなんて、他の人達に失礼だよね。高校での成績が良いのも、脳を改造された副産物ときたもんだ! 

 本気で移動すればマッハ5が出せる、つまり空気との摩擦熱で人間の発火する温度まで加速可能。ま、その後燃え尽きるんだけど…だってぇ! 花火みたいじゃないぃぃぃイヒヒヒヒヒ!」

「何だよ詳しいな、俺のファンかお前」

「ファンですぅー! キスしてぇー!」

 

 ヒトの個人情報をベラベラ喋りやがって、恥ずかしいったらありゃしねえ。このクソ野郎を黙らせるのに、あと一秒も要らない。それは事実だ。

 

 政治が関わってんのは面倒だが、コイツを捕まえて実態を明るみに出しちまえば、それで変な事件も収束するだろう。吸血鬼事件に行方不明者の続出、仮面を被った人間の謎の入院だのと、どこからどこまでコイツらが関与してんのか見物だな。

 

 さて、説明されちまったが早速やらせて貰おうか。奥歯を噛み締めて。キスがしてえならしてやるよ、ただし拳と顔面の熱烈なヤツを、バケモノの加速込みで。

 

「だぁーからダメダメ! 何でワタクシがこんなに親切に、懇切丁寧に喋ってたと思ってんのよ」

「あ? ……雨、じゃねえ、これは…!」

「そうです、これがスプリンクラー! お掃除に最適ィ!」

 

 雨。単なる気象の一つ。

 スプリンクラーも同じ、単純に水を地表に落とすモノ。だがこれは拙い、水って事はつまり。

 

「高速移動なんてしてご覧なさいよ、自分の速度で穴だらけになっちまうんだわさ。皮膚はそこまで頑丈じゃないんでっしゃろ?」

 

 そりゃそうだ、だが改造人間をナメ過ぎだな? 

 

「甘えんだッ、よッ!」

「おっおー!?」

 

 ただ跳ぶだけなら加速しなくても出来る。

 彼我の距離は直線で10数m程度、床に足跡を刻む勢いで踏み込む。手摺りごと殴り飛ばしてやる。

 

「お…らァ!」

「あっは!」

 

 それは一瞬のこと。わざとらしい驚きの声の主に拳を振り抜いた、その時。

 

「ああ!?」

「ハッズレー! こっちだよー?」

 

 声が背後から、いや。さっきまで自分の居た場所から声がした。振り抜いた腕は感触も無く空振り、俺の着地と同時に仮面が一枚とローブが開放廊下に力無く落ちている。

 振り向けばまた、不愉快な声と仮面にローブ。

 何をしやがった? 

 

「あのさぁ…製作者側が何も対策してない訳ないじゃない。お前にとって悪ーいヤーツっていうのは、オママゴトみたいにやられるだけじゃあないんだゾ?」

「チッ…!」

 

 そりゃ考えるまでもない。武器や兵器を作ろうとも、対策の一つや二つは講じるのが普通だ。例え改造人間相手でもそれは変わらないって事か。

 舌打ちしながら苛立つ俺を見上げて。余裕綽々といったふざけた様子で、仮面の野郎が呼称の由来に手を掛ける。

 

「そ・れ・に。こんな事も、出来ちゃうんだな!」

「…な、ん…」

 

 ゆっくりと、勿体ぶって、仮面が外れる。

 声が上手く出ない。現実を上手く認識出来ていない。

 仮面が外されて顕になった顔。それは見覚えのある、忘れた事の無い顔だった。ノイズ混じりだった声も、嫌にクリアなものになっていく。

 

「晴子…センセイ…?」

「よっ、太陽。元気してたか?」

 

 嘘だ。

 そんな訳が無い。

 見間違える訳が無い。

 聞き間違える訳も無い。

 でも俺は死体を見ていない。

 まさか、そんな事が。

 

「なんて、ある訳無いじゃーん! 當真クンも馬鹿だね。昔っからそうだったりする? あぁ、こういう話し方がいいんだっけ。アンタ、アタシを殴れるの?」

「…どこで知ったんだか知らねえが、その声で喋んな。その顔もやめろ、さもなきゃ」

 

 コイツ人をムカつかせる天才か? 

 神経を逆撫でするとか、逆鱗に触れるだの色々な言葉はあるが。人の過去を踏み躙るのが趣味なだけかもな、まぁここまでやられたら関係ねえや。

 

「耳が悪くなった? もう一回言うけど、対策してあるんだって言ってるじゃんね。自殺がしたいのかな?」

「殺す…!」

 

 

 

 ───カチッ。

 

 

 

 加速は成った。

 時は圧縮され、阿摩羅の刻を泳ぐ憤怒を纏った肉体は、燃え尽きる流星の速度で懐かしい顔に迫る。皮膚を食い破る水滴を、夥しく溢れる血を気にもせず。

 眼前に到達すれば否が応にも感じる矛盾。死人の顔で嗤う化生。然れども、その匂い、肌の一片、明るい髪色に瞳の色の全てが克明に過去と重なっていく。

 ここに来て、拳が振るえない。

 

「……クソッ!」

「ね? 出来ないじゃん。そんなカラダのくせに倫理観だけは普通なんだからさ、結局中途半端なんだよねぇやることなす事全部。あーあー、こんなズタボロになっちゃってさぁ」

 

 自然と自らに写った口調も昔と同じ。

 何もかもが記憶のままに甦っている。

 手が動かない。身体が月面のように穿孔まみれになった事が理由ではない。母とも姉とも思っていた人間の顔を、冷徹に殴れる覚悟なぞしていないからだ。

 

「ま、今はこの顔だけど。別の顔も自由自在ってコト、わかる? 声もそう、ニオイも、ほら手だって」

 

 柔らかく置かれる手は、背中に回される腕は。昔と同じ優しさを錯覚させた。有りはしないものを、血で汚れるのも構わず、過去の残像をなぞるように。どこまでも愛おしそうに抱き締められる。

 

「………」

「お望みなら、あのイレギュラーの顔でもいいしィ。叩くだけで治せる優しいお医者さんでもいいんだよ。他にも。あの人形でも、事務所の所長でも、結局アンタは殺せないでしょ? 殺すどころか、殴る事だって出来やしないんだからさ…よっと!」

 

 抱擁から解放された肉体は、重力に任せるがまま膝から崩れ落ちる。反撃の意志は人工の雨に鎮火された。改造人間の体は雨粒により穴が穿たれて悲鳴を上げている。激昂の対価は予想よりも重い。

 仮面と名乗る者は掛け声と共に、煙のように掻き消えて。瞬時に元いた場所に戻っていた。

 

「せっかくだから、もう一度教えてあげよう」

 

 先程とは打って変わって、落ち着いた声で。しかしそれでいてスプリンクラーの音を貫く響きを以て、大声で宣言する。

 

「皆に幸せになって欲しいんですよ。

 誰だって努力しているのに、自分の努力の苦しさだけが知られて報われたい。だからあげたんですよ? 必ず報われたと思える結果を。

 何もしなくても…いやいや、100%中の1%の努力でも、結果は100点満点がいい。だから渡したんですよ? 呼吸しているだけでも得られる成果を。

 自分だけ、が不安で。個人を放棄した皆さんに、ワタシたちは何でも肯定して与えるんですよ!」

「………」

 

 牙を抜かれた改造人間は茫然と演説を聞くのみ。

 地面に貯まりゆく透明な水が、鉄の臭気と深紅によって濁る。

 

転生者(あいつら)が上手くいくのは許せない、都合が良過ぎる。だったら彼らの足を引っ張ってあげよう。

 あんなのが居たら楽しい。あんなのが居たら嫌だ。多種多様な存在が居たとして。仲良くしたければすればいいし、したくなければいくら差別してもいい。

 他人を正当な理由で攻撃するのは脳が快感と思ってくれる。気に入らないヤツが自滅するのは最高で、その結果の責任なんて取りたくない。

 皆がしている事をしたい。皆が身に付けている物も欲しい。だってみんながそうしているから。

 ところでそのみんなってだあれ? 

 そう! ワタクシたちがみんなになってあげますよ!」

 

 大袈裟に、声高に、大仰に、高らかに。

 あくまでも自らを大多数の卑賤の性に寄り添うと宣誓する仮面。言い方を変えれば、何もせずとも尊ばれる命に対しての最大限の肯定をしているように見える。

 

「まあさァ、不思議な話なんですけど。与え過ぎると壊れちゃうみたいなんだよねえ、ホント不思議。

 んで、ここがゴミ処理施設の一部ってワケ」

「…何を、言ってんだ?」

「わかんない? 仕方ないなァ、サービスで説明してあげるよ。人間って三位一体…ってコトになってるじゃない。知ってる? 父と子と精霊の方じゃないよ」

 

 肉体、精神、そして魂のこと。

 屈託なく、内容に似つかわしくない悪戯っ子のような、無邪気そのものの笑みを浮かべつつ仮面の口が回る。

 

「ワタクシ達モンデンキントは、『噂』の一つに着目したってワケ。それは『魂の重さは9グラム』ってヤツ。肉体が停止した時に、フワッと9グラム抜けちゃうんだとさ。だったらそれを掻き集めれば、魂を回収出来ちゃうって事じゃん?」

「お前らまさか…!」

 

 最悪の可能性が脳裏を掠める。人体改造さえも手段に過ぎないと宣う集団の倫理観に期待なぞ出来ようもない。太陽の身体は首を動かすだけで更に血を吹き出すが、鎌首をもたげている怒りはそれを無視していた。

 だが可能性の中でもゴミとはどちらを指している。ここは何を利用して、何を捨てる為の場所なのか。

 

「沢山試したケド、魂が無い人間って便利なんだよねえ。魂ってのが結局意志そのものなのかも知らんし、自立思考とかが無くなるのか知らんけど、言う事はボーッと聞いてくれるし。それとワタクシの…これは言わなくていいか。んで、要らない魂は集めてポイ! ってこと。どう? エコロジーじゃない?」

「人間を、何だと思ってんだ…!?」

「だからァ言ってんじゃん。何でも与えて、望みを叶えてあげたんだって。お願いの中には死にたいとかもある訳でしょ? その願いを収集して、身体を回収して、魂を蒐集しただけ。悪いことしてなくない? 

 何か魂ってキラキラしてるのかと思えば、毒っぽい変なヤツだし。ちょっとだけ実験もしたけど…まっ、そこらに捨てないだけ優しいじゃんね」

「ふざけやがって…!」

 

 激怒すれど身体は動かず。魂を蹂躙し、廃棄する。それがこの地下施設の正体。先刻の誰にも寄り添う趣旨を匂わせた言葉の中身はこれだ。人間を最大限に肯定などしていない。その実情は人間の尊厳や意志を取り上げて、使い易く加工しているのである。

 

「ふざけてナイナイ! だって。みぃんな、そうなっちゃえば争いだって出来ないし、ワタクシ達が面倒見てあげるから飢えも無い。子孫を残すのだってやってあげる。三大欲求コンプリート、どうよ。幸せじゃん? 

 だから言ったでしょ、世界平和だって。否定も強く出来ないでしょ。反論に有りがちな自由意志なんて曖昧なモノを振り翳さないとさぁ」

「違うッ! 人間ってのは願いが一個だけで終わるもんじゃねえ! その時死にたくても、後でまた変わっていくに決まってんだろッ!」

「そりゃそーだ。でも人間の行き着く先は死じゃん? 寿命、病死、事故…挙げればキリ無いよ。

 党是としては世界平和。けどワタクシだけの願いは違う。タイパコスパ大いに結構、だったら願いを叶えてやるからさっさと死ねよ。親ガチャもそうそう! 自分が劣っている事を肯定するなら、他人の足を引っ張る前に後腐れがないように死んでおけっての。皆ミンナみぃーんな、死ねよって思ってんの。

 だからお前も死になよ。半端物で空っぽの改造人間」

「それがテメエの本音か…ッ」

 

 不格好な下弦の月が、それこそ仮面のように貼りつく。見せかけの善意。下卑た異常性。人間への純粋な殺意そのもの。仮面の正体の一端はこれだ。

 

「んひっ…あははァ…。ところでさァ、ワタクシがさっき言った事覚えてる?」

「あ…?」

「土産話って言ったじゃん、あれはオマエへの冥土の土産ってワケ。それとぉスプリンクラーがゴミ掃除に最適ってのもね。じゃ、改造人間クンボッシュート!」

 

 スプリンクラーの排水口が無い。その理由は単純明快。地下だからではない、まして緊急設備だから考える必要が無かったのでもない。

 

 芝居がかった仮面の動作で、いつの間にかその手に握られていたスイッチが軽やかに押された。

 重厚な金属音と共に、一階部分全ての大袈裟なまでの範囲の落とし穴。奈落の口が開いていく。

 

「ふざけんな…ッ! この!」

「じゃーねー! ゴミと仲良くしなよー!」

 

 結果が見えていた加速による自業自得とはいえ、全身に散弾銃じみた速度の水滴を受け、それが皮膚を食い破り。失血性ショックを起こしかねない量の血を垂れ流した肉体は思うがままに動かない。

 太陽の体は自らの血が混じった水溜りごと、自由落下に任せて先の目視出来ない暗闇の中へ消えていった。

 

「いやぁ楽しかった楽しかった…」

 

 愉快を語るも仮面の表情は無い。

 弁舌を弄し、発言を翻し、人を賞賛しては愚弄する。しかし仮面にとってそれは機能のようなもの、機械が成果に喜ぶ事があろうか。もしも歓喜があったとしても常人に推し量れる感覚ではないだろう。

 格別の感動もない、日常的に行われる動作として床を開いたスイッチをもう一度押した。

 

「……ケーセラー、セラー」

 

 仮面はまるで何も無かったように、新しく仮面を取り出しては被り。部屋を立ち去ろうとした。自身の目的はあくまでゴミ掃除。やる事はまだあり、些事に拘らってはいられない。

 役割の遂行に忠実に。邪魔をする者は容赦無く排除する。その事以外に関心を持たない。

 それだけのこと。

 

「…太陽くんの声が聞こえたんだけど」

「見当たらないな、さて…」

「おやおやおやおやぁ…」

 

 仮面の声が怒気を孕む。

 

「状況証拠的に。貴方が何かしたのか?」

「…仮面…?」

「飛んで火にいる夏の虫ってぇ…言いますよねえ」

 

 機械の持ち得ぬ殺意が膨れ上がる。

 

「ここではハジメマシテ。それとサヨウナラ」

 

 仮面の陰から人影が生まれる。

 同じローブ、同じ仮面を被った人物の影が。

 

「どうやら穏便に話を聞かせてもらうだけとはいかないようだが。どうする、レイリーさん」

「場所はここで合ってるみたいだよ」

「なら、穏便でなくとも話を聞かないといけなくなったな」

 

 欄干に沿って、二階部分が仮面に埋め尽くされた。統率のとれた動きで、新たな侵入者を睨みつけるように凝視している。

 

「注目されるのは好きじゃないけど…淋代くんは?」

「慣れっこさ」

「…死ね、イレギュラー」

「まずは自己紹介じゃないの」

 

 一方的な殺意と乱入者。仮面の冗舌は鳴りを潜め、影の群れが一斉に襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 

 落とし穴の先。塵の集積地点。暗闇に飲み込まれるようにして、生きた人間が墜落した。

 

「へぶぇ!?」

 

 受け身も何もない無様な着地をしたかと思えば、情けない声を上げる程度には余裕があるようだ。これもひとえに彼が改造人間だからだが、その事実に感謝はしないだろう。

 

「…あー…クソったれ…最悪の気分だ」

 

 しみったれた負け犬の気分。現状を記すならそれ以外に無いと、動かない体で考えている。

 身体の虚脱感は血を流し過ぎたから。

 精神の無力感は覚悟が無かったから。

 何よりも。空っぽで半端者の改造人間という言葉に言い返せもしなかったから。

 

「…はぁー…」

 

 声の反響からして、この廃棄所はかなり広いようだ。近場に壁が無く、音が帰らない。しかも光が差し込まないので陰鬱な気分に拍車が掛かる。

 

「………」

 

 敗北の味は徒労感に近い。相手の規模があまりにも大きく、殴れば解決するような普段の話ではない。折角見つけた仇敵の手掛かりも、これでは意味がない。

 

 社会的に良くないヤツ。また明確な悪者を倒したり。個人として嫌なヤツを言論や暴力の手段に関わらず打倒したとして、その先が問題なのだ。

 悪者を退治したとてハッピーエンドにはならない、人生は続くのだから。その悪者を支援していた何か、縁者、友人等。関係者の類が虎視眈々と復讐を狙うだろう。それこそ社会的な問題も付き纏いかねない。世界の全てが正義のために動いてはいないのだから仕方のない事だ。

 

「…わかっちゃいるけどさ」

 

 血濡れの手を握り締める。

 だが、何もせずにはいられない。

 仮面が述べていたように、モンデンキントが凶行を行っているのは確実。だとしたら、それは止めなければならない。

 

 それは何故だ? 

 

「…ん…?」

 

 何かの声が聴こえたような、そんな気もしたが。

 それよりも近くから、湿った何かが這いずる音がしている。

 水音。だとすれば違和感は無い。自分と同じく、スプリンクラーの水も真逆様に落とされたのだから。

 

 いや、違う。

 ぴちゃりと形容できる音だけでなく、質量のある何かが這い回っている。蛇か、縄か、濡れた布かのような。重く湿った音だ。

 

「蛇か…? なん………ッ!?」

 

 その何かが触れた時。苦痛そのものが肌を傳う。

 

「ッぐ、あァ!!?」

 

 爪先から皮膚が剥かれたような痛み。そこに焼けた鉄を押し付けられたような、肌そのものが強酸で溶かされていく感覚。

 手先から皮、皮から傷口、傷口から四肢全体。順を追って溶鉄を流し込まれている、痛覚神経を取り出して悪戯に掻き鳴らされている。手指の間に紙を挟んで、それを握りしめたまま着火したような。拷問に等しい痛苦が、黒く、思考を侵す。

 

「──!? ──!!」

 

 声が出ない。

 喉が千切れそうだ。

 目が見えない。

 目に針でも刺したような。

 何も聞こえない。

 耳を鋏で切っているような。

 

 痛み。

 痛苦。

 激痛。

 

 痛いと感じる事さえ手放す苦痛。誰にも届かない悲痛の叫び。這っていた何かが触れた事、それがこの苦悶の正体と気付いた事と引き換えに。

 

「───あ」

 

 太陽の意識は闇の中へ堕ちていった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。