はい!こちら『愛に溢れる探偵事務所』です!   作:枯華院 清日

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やみからうまれたもの。

 

 

 

 静かに融けて、蠕動の動きを見せていた。

 死して尚も足りぬと『仮面』の集団が。

 二階部分の手摺りから、滲んで這い出て滴り落ち。次第に侵入者の前へ、満ちるように地面を埋め尽くす。

 

「…で。名前くらい聞かせて欲しいんですけど?」

「………」

「返事が無いな…しかも…」

 

 見る間に広がる昏い影の正体は人。体格からして老若男女の差異はあろうとも、誂えたように揃いの『仮面』と、手には棒、包丁、短剣、槍。害意の詰まった武装が成されていた。

 

「無事に帰してくれる気も無いようだ」

 

 颯が振り返ると、入って来た筈の扉には防火シャッターが降りている。その前にさえも『仮面』が立ち塞がっており、帰還の意思を潰えさせた。

 

「太陽くんはここにいる筈だから、どうする?」

「そうか。じゃあ決まっているさ」

「だよね」

 

 言葉は不要。

 

「ここを片付けてから探すとしよう」

「………!」

「うん」

 

 敵意への応報。

 先ずは鎮圧こそが最適。

 

「レイリーさんはオレの後ろにっ!」

「大丈夫」

 

 張り上げる声が開幕の火蓋を切り落とす。

 無害であろう者を守護せんと、男が声を発した。

 降り頻る暴風雪のように人影が一斉に濁流と化す。

 されど、そうではない。

 

「学校には内緒ね」

 

 水飛沫を撃ち落とすように、繊細なまでの狙撃。一つ、二つ、三つ。レイリーは隠し持っていた牙を剥き出しにした。

 ここに、無害な子羊は居ない。

 

 それから暫くの事。

 無情にも時は過ぎる。それとは知らずとも太陽が階下の処分場に落ちてから数十分。無情とは気付かぬ内に時が過ぎ行く残酷さを示す指標ではなく、明確に有限の物と、無尽に感じさせる襲撃の手数の比較。

 

 背後から迫る仮面の一人。

 切り払っては叩きのめして。影の一つが地に伏せる。

 眼前に来たる仮面の一人。

 四肢を払って打ちのめして。影が一つ、地に落ちる。

 正しくキリが無い。

 

 更に性質が悪いことに、仮面の集団はあくまで無遠慮。無作法な来客への饗しは下劣な暴力のみ。頭部を砕こうと棒を振るい、肉体を解体しようと包丁を落とされ、命に突き立てようと槍を押し出す。

 それを返す為に二人は受け止め、弾き、往なし、避ける。当然ながら防戦一方の様相に近しい。そもそもの心構えとして、平時は普通の学生であるレイリー達に殺意は無い。

 

 それでも気付く。連中が顔を隠す『仮面』を砕けば、一時的に動きが止まると。

 しかし遅い。それでも尽きぬが故の無尽である。

 

「これで、はっ…何人、目だ…?」

 

 息を切らして淋代が疑問を発する。

 死屍累々、屍山血河の屋内に於いても軽口を叩く余裕があった。それは問い掛けた相手も同じく。

 

「仮面なら、十枚、ふっ、以上…割ったけど」

 

 相手は不自然な迄に消耗しない群体。声も無く、殺意のみを発して迫る悪鬼の集団。手には未だそれぞれ警棒のような武装をしている。暗色の外套が猛然と、息吐く間もなく肉薄していた。

 悪意に暗器を投擲し、蹴り払い、砕く。

 

「キリが…はぁっ、無いね…シィッ!」

「全く、だっ! くっ会長のトレーニングに、付き合っておけばよかったかな…!?」

 

『仮面』の集団が予想外の来訪者二人に襲い掛かってから、既に数十分程経過していた。

 驚嘆に価するは、その力量そのもの。

 レイリー・ケイスは隠し持っていた凶器を十全に振るい、迫る悪意を切り裂いて。淋代 颯は常人ならざる筋力、そして不可視の何かを使い相対している。

 

「レイリーさんがっ! こんなに強いとは、思わなかったよっ! それに、この仮面を壊せば、動きが止まるのもっ」

 

 よくわかったものだ、と。当然の疑問が湧いて出る。仮面を破壊すれば停止していくというのは、事が起きてから数分。レイリーが気付いたのだ。

 

「何となく、観てたらわかっ、たの。ふっ、武器は、秘密にしてね…はぁっ…淋代くんも、変だからね」

「オレは普通のつもりだがっ!」

 

 颯が空間を薙ぐように、全力で腕を振るうと『仮面』の群れが弾き飛ばされる。

 また隙間を縫うように忍び寄る者達には、一足で部屋の端へ跳躍して距離を取っていた。それでも縋り纏わり付く者へは拳を見舞い、あるいは蹴り飛ばす。

 尋常一様の力ではない。少なからず、普通を自称する範疇には収まらない。

 

「君も、當真も、ひゅ…変な事に巻き込まれ過ぎだっ」

「じゃあ、けほっ。帰ってもいいよ?」

「それは御免被るっ! 當真の近くでは、カッコつけさせてもらおう!」

 

 他者から見れば不要な拘りか。それとも意味のわからない心情の吐露であるが、颯には声を大にして宣言する程譲れない何かであるようだ。

 

 レイリーもそれに対し思う所はある。

 囲い込んで動きを封じんとする『仮面』に、鉄板入りの革靴の一撃を加え。手にしたゴム製のスリングで銀玉を放ちつつ、ポケットに隠し持っている弾が切れる時の近さを悟る。出来るだけ無害な手札を切っているが、それもとうとう終わりに近付いていた。

 つまり、この非常時に於いても体裁を取り繕っている。殺傷性の高い武器ならまだ隠してあるにも関わらず、どうしても使えない。

 

 理由は二つ。

 一つは単純に両親の言いつけ。教えられた技術や持っている武器は決して軽々と人に向けてはならない。もしもそれを破れば、普通に生きられなくなる。そう何度も言い含められて今まで生きてきた。そしてそれはいつしか日常的な癖になり、非常時では枷となっている。

 もう一つは颯を始め、多数の仮面を被る人間たちの目と、硝煙反応と線状痕の存在。この場で実銃を発砲すれば誤魔化すには時間が足りない。また、太陽のように人の事情に踏み込まない相手だけではない。銃刀法違反や過剰防衛による逮捕は回避せねばならない。

 

 だとしても武器を振るう腕は重い、脚は鉛になったようだ。肺は潰れそうで心臓も痛む。休息のないシャトルランに似た戦闘が終わらない。

 

 一瞬でいい、小休止が欲しい。

 弱音が心の片隅に積もった時。

 

「はあっ…あっ!」

「レイリーさん!」

 

 あぁ、しまった。

 結局こうして、足を引っ張る事しか出来ない。

 眼前に閃く凶刃を避けられない。

 脳に酸素が行ってないとしても、思考は意外とクリアだ。

 このナイフの刃渡りと勢いなら、眼を貫かれれば刃は脳まで届く。考えるまでもなく即死だろう。

 死に瀕すると視界がスローモーションになると聞いたことがあるけれど、それは本当みたいだ。

 それでも走馬灯というものは見ないらしい。例え見たとしても、大した思い出がある訳ではないけれど。

 

「っ…!」

 

 息を呑んだ。体は強張って目を閉じようとして。

 その一瞬。

 地面が割れた。

 

「なん、だ!?」

「…えっ?」

 

 爆発音に似た轟音。閉じかけていた目を見開く。

 そこに居たのは…。

 

『………』

 

 何も言わずに佇む暗黒。

 辛うじて人だろうと断ぜられる姿形の何か。

 光沢の無い、何もかも飲み込んでしまうような闇黒。

 

「……誰?」

 

 何も見えない。顔色を窺おうとも、炭化したような髑髏の頭は何も返さない。身体は墨染めの骨と蠢く蛇を纏わせた異形。手足は艶の無い金属を連想させる重厚さを持ち、所々から滲む黒い霧で靄がかっている。

 

『………ッ!』

 

 戸惑うレイリーには目もくれず、黒い異形が息を呑んだ。そんな気配がして。

 声はせずとも、音がした。

 

 ───カチッ…。

 

 時は、止まる。

 

 

 

 

 ───☆

 

 

 

 

 何があったのか、っていうとだ。んー…まぁ別に、取り立てて新発見があった訳じゃない。

 不思議な力っていうか、他の人達の魂が俺の大暴れを手助けしてくれたって話。

 今回の事でハッキリしたのは、色々な事件の裏に居るのはモンデンキントの連中ってコト。倒さなきゃいけない外道どもが判明したってだけで大収穫だろ? 

 

「でもよ、あの『仮面』の野郎は逃げたって事だよな」

 ──あぁ、間違いない。

 

 三歩進んで二歩下がるってヤツだな!? 人生思うようには行かないもんだぜ。まぁまぁ…だとしても、今日からはそんな感じで腐るっていうか、諦めた感じを出すのは辞めだ。

 

 まずは宣言通り、奴らをぶん殴った。

 俺の中に混じった…えー…魂? の連中も、口だけのヤツじゃあ無いって認めてくれたみたいだし、悪い事ばかりじゃない。

 あぁそうだ。周りに人が居たとしたら、俺は独り言を大声で話すちょっとアレな人に映るのは間違いないんだが。実際は違うぞ。

 

「これからは、あんたらのやりたかった事をやって行こうぜ。ついでに連中をボコボコにしてやろうじゃん」

 ──うむ。

 

 魂の方々とこうしてお話してるってワケ。おいやめろ、俺は可哀想な人じゃねえよ。決してイマジナリーな何かと話してるんじゃ無いんだって、いやまぁイマジナリーじゃなくてスピリチュアルな存在なんだけどさ、本当に居るんだって! マジだって!! 

 

 ──ちなみに言っておくが。

「あん?」

 

 あっ、そうそう。魂ってのがそりゃあもう沢山いた訳じゃん。そうなると一対一で会話なんて出来やしないから、こうして話してるのはその内の代表的な人ね。俺に、知った事ではない、って言ってきたヤツ。あくまで代理人みたいなポジション…なのかね? その内名乗って欲しいね、名前が言い難いったらねえや。

 

 ──喋らずとも、念ずるだけで声は聴こえている。

「それ先に言ってくれねえ?」

 

 危うく不審者じゃねえか! 

 お客様の中には、刑務所に入って臭い飯を食べるのがやりたい事だった人がいらっしゃるのかよ。

 

(人に見られる前で助かったよコノヤロウ…)

 ──もっと感謝しても構わないが。

 

 これは嫌味っていうんだよ…! 

 内心で行われる漫才モドキはいいんだ。重要なことじゃない。そんな事より…。

 

 ──漫才をしているつもりはない。

 

 や、ヤダァ…! 心の声が筒抜けってコト…!? 

 

 ──……。

 

 なんか言えよ!? 

 ま、まぁいいや。そんな事よりも、だ。

 俺はこの不思議極まりない一件について、誰にも言うつもりはない。レイリーと颯は勿論、事務所の人達を含めた誰にもだ。

 目の当たりにした二人は適当に誤魔化すしかないけど、中々ねぇ。自分の身体だから、どんな見た目になってたのかじっくり観察出来ねえけど、あの目は…。

 

 ──怯えていたな。

 

 だよなぁ。

 ただでさえ中身がバケモンの改造人間が、とうとう見た目も怪物になったなんて、笑い話にもなりゃしねえよ。むしろ笑えるか? 

 

 それにしても凄かったな、あの状態。加速してもビクともしないし、触れるだけで仮面の連中が変な音立てて倒れてたし。最後の方なんてビームみたいなの出してたよな。千々石さんにバレたら消されるんじゃないか、怪人として。おお怖…出来るだけ隠した方がいいって絶対、じゃないと死ぬぞ、俺達。

 

 ──そうか。

 

 そうなんだよ。腕とか見えた感じ、厄ネタどころじゃねえ見た目してただろ。少なくとも正義の味方には見えないっての。しかも力加減が普段より怪しくなってたしさ。

 

 でもさ、頼りにしてるぜ。

 これからの事は一緒に考えていこう。やりたい事があったら皆でやろう。だから、魂をゴミ扱いしてきた連中を、全員で殴って止めよう。

 なんて…ちょっと小っ恥ずかしいな? 

 

 ──ふん、我らは寝る。

 

 あっ、そう? っていうか寝るとかあんのね。さてはアレか、照れたな。照れ隠しだな。

 

 ──やかましい。

 

 俺も恥ずかしいんだから御相子じゃんね。

 ……まぁ、俺も今日は疲れたよ。これからよろしく、相棒。名前は早めに決めようぜ、魂ってのは呼び難いって。

 

 ──…。

 

 えっマジで寝たの?? 

 

 それから、何を考えても魂から返事は無く。一人黙々と家路についた。レイリー達も無事に帰れただろう『仮面』は一通り動かなくなってたしな。まさか化物が一緒に帰る訳にもいかないので、そこは確認出来てない。けど、颯が居たし大丈夫だろう。

 

「…ん?」

 

 家の鍵を開けると、見慣れたような見慣れないような靴があった。男物のそこそこ高い革靴、これが意味するのは一つ。

 

「…ただいま、貞雄さん」

「……ん」

 

 相変わらず素っ気ないなぁ! 悪い人じゃないんだよ、これ前にも言ったよな。と、とにかく悪い人ではないんだ。口数が滅法少ないってだけで、今日もウチの学校の理事として働く立派な人だぜ。

 

「あー、その。今日は色々あってさ、飯の支度がまだなんだけど…ちょっと待っててくれるかな」

 

 色々あり過ぎたよ今日は。でもやっぱりさ、ごはんってのは誰かと食べる方がいいじゃん。せっかく貞雄さんが帰ってるなら、一緒に食べるってのもさ。

 

「いい」

「え、いやいや。そんな時間掛からねえから…」

 

 相変わらず素っ気ないというか無愛想っていうか。突慳貪ってヤツか? まぁ、でも。

 

「…お前が無事なら、それで」

「うぇっ!?」

「…寝る」

 

 ふっ、とすり抜けるように。貞雄さんはそんな事を言って自分の部屋に行ってしまった。

 ほらな、悪い人じゃないだろ? 

 

「……へへっ」

 

 少しだけ疲れが取れた気がしたよ。魔法使いみたいだ、なんて思うのは。まだ俺がガキだからかね。

 

 

 

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