はい!こちら『愛に溢れる探偵事務所』です! 作:枯華院 清日
都心の空は今日も淀んだニオイがする。
宇宙人から齎された高性能安全装置付きのゴミ収集車が走り、道端には許容量を超えた酒をかっ喰らった大人達の吐瀉物。都会には夢や希望といったキラキラ輝く物は数少なく。夜を忘れて働く人々が点けている部屋の明かり、もしくは煌々と照る街灯や電気広告の光が、まるで誘蛾灯のようにそれと知らぬ者を誘い込む。
「へへ…ふへへ…!」
近寄れば最期、獲物の末路は…。
都心に居を構える。というと様々な物が思い当たる。
雑居ビルであればどこぞの商社が多く、今日も今日とてワーキングスペースには溜め息や罵詈雑言、場合によりけりだが明るい話し声もあるだろう。
居を構えると言えば思考の行き着く先は当然ながら住居が最たるもの。そんな住居であり、一方探偵事務所でもある建物には、今日も人の出入りがある。
「おっはようございまァす!」
「あら」
「太陽か。おはよう」
「…早いね」
ここは正式名称【愛に溢れる探偵事務所】。その事務所の一室、取り分け明るく扉を開けての開口一番、声の主はその事務所のアルバイトが一人。當真 太陽のもの。挨拶は基本。基本は大事つまり挨拶も大事。身分を隠したニンジャ達もそう言うのだから間違いない。
迎える声は落ち着いた若い女の声と、壮年期の男性の声、そして當真と同世代であろう女子の声。
それぞれ順番に、受付兼事務員のメリー・フォンセルランド、この怪しい名前の探偵事務所が所長、犬飼 歩。そして真っ白い女子高生アルバイト、レイリー・ケイスのものだ。
はて、と。當真はタイムカードを滑り込ませて考える。四六時中事務所に居て、最早住んでいるに等しい事務員だけでなく、普段なら上階から姿を見せず指示を出す所長が仕事場に居る。同級生までも同席して。これは何かあったのだろうと考えるのが自然だ。
ましてや労働かクソ映画か可愛い物に時間を注ぎ込む、暇人を超えた暇人であるメリーと、ほぼ自宅兼職場である所長。人に言われて気付く程度には自覚の無いワーカホリック系高校生である自分よりも、事務所にレイリーが来ている。これは偶然ではないだろう。
更に追加して考慮する点として。一つの机を囲んでいる三人とも…表情をあまり変えない人形であるメリーを除けば二人だが、全員しかめっ面に近い顔で気難しい雰囲気を出している。端的に言えば悩んでいる様子だ。
「…何かあったんです?」
「えっと…」
「話しますか?」
「……それしかないだろう」
三者三様で言葉は違えど共通しているのは出来れば疑問に対する答えは話したくないという態度。
しかし、ここで話さなければ當真は勝手に動く可能性が高いと犬飼は踏んだ。年々深くなっていく眉間の皺を更に色濃くして、溜め息と共に事の顛末を切り出す。
「仕事が一件入った。行方不明者の捜索だ」
「はえー…」
何だそんなものか、というのが當真の所感。
探偵事務所に舞い込む依頼の中で数が多い物は、順に浮気調査、素行調査、動物を含めた失せ人探し。珍しい事ではない、むしろ探偵とは本来そういうものだ。
殺人現場に居合わせて見事な推理で犯人を追い詰める事はなく、予告窃盗をする酔狂な輩を捕まえようとするものでもない。
至って普通の、よくある依頼。
「普通の仕事だと思うだろう。ただし今回の件で奇妙な点がある。行方不明者の写真が、連日保護者に送られていたようだ」
「…ん?」
「所長、最初から話しましょう。レイリーちゃん、資料をファイルごと持って来てください」
「はい」
では、無いようだ。
「さて…」
コホンと不要な筈の咳払いをして、メリーが説明をし始める。手には依頼人と探し人の顔写真付資料、それをゆらりゆらりとひけらかすように。
「依頼者のお名前は、田中 祥子さん。
年齢は四十三歳、職業は昼間からは…あのペンギンがマスコットの大型スーパーマーケットで、夜はスナックで勤務しているそうです。配偶者は無し。んまぁーよく働く方のようですね?」
「メリー」
「はい。それで、田中さんが今回捜して欲しいという方。お名前は田中 蘭々さん、ランランじゃないですよ、ララですララ。年齢は十九歳」
「娘さんですかね?」
「そうですよぉ〜。つまりわかりますか太陽くん、これは本人が喋ってくれましたが。田中さんは大学を出てから蘭々さんを産み、女手一つで育てているのです。
若気の至りってこういうものですねぇ! 蘭々さんの父親は当時大学生だった頃に付き合っていた方で、卒業後子供が出来たと知るや否や逃げ出したんですって」
「あ〜…」
「メリー、止せ」
「ええい語らいでかっ!」
「何だよその口調」
「私はねぇ、ちょっとアレと言われる映画から観ますが、現実にそういったよろしくない出来事なんていらないんですよ! くきぃー!」
「くきぃーって何だよ…」
メリーは無表情のまま奇声を上げて取り出した書類を噛む。唾液の分泌はオンオフ自在なので書類を汚すことは無い、そして歯型も付いていないので、これはわざとらしい演技である。
ただの説明を情感たっぷりに語る必要性を感じない犬飼が、目付きを鋭くしてからゆっくり注意した。
「メリー。普通に続けろ」
「はい…」
雇用主と被雇用者の関係は中々に抗い難い。
「それでですね。包丁一本サラシに巻いてと歌われるように、母親一人、女手一つで大事に育てられた蘭々さんですが、数日前から家に帰らないそうです」
「家出じゃないんです? なんつうか、遅れて来た反抗期的なのが発端の親子喧嘩とか…いや…?」
普通の家出だとしたら、不可解な点があった。
「何で、写真が保護者の所に届いてるんです?」
「そうだ。それが今回の仕事の厄介な所だ」
情報を整理しよう、と。犬飼が音頭を取る。
手には何かが印字してある紙と、写りの悪い写真のコピーを握って。
「これはただの家出や行方不明者の捜索ではない。そう断言するに値する判断材料が多い。
先に言っておくが、依頼者も警察には行っている。だが、普段から親子仲が悪い事。類似した事態の相談を何回かしてしまっている事が要因で、今回の話も真面目に取り合ってはくれない、とのことだ」
「またよくある話だったら困るってコトですよね」
「ああ。話を戻そう。
今回もただの家出かと依頼人も思ったそうだ。実際に家出をする前に口喧嘩になったようなのでな。だが翌日、自宅にこの写真が届いていた。御丁寧に差出人や宛名は無し、指紋も拭き取られている」
精彩なカラー写真。されど中心に写る肝心の人物がピンボケ気味である。元の写真からしてそうなのだろう、手腕からしてプロの写真家とは程遠い。
「この人が?」
「蘭々さん、らしいよ」
「…へぇ。盗撮ってワケだ」
「だろうね」
複数枚の写真、その全てに被写体の視線が無い。背景の明るさから見るに昼夜を問わず撮られたそれは、どれもが行方不明者を上から写している。
「監視カメラを乗っ取って画像を印刷したというのはあり得ないだろう。一般的な監視カメラよりも画質が良い、しかも」
「画角が合わないんですよね、わざわざこの為に高い所へ登ったみたいな写り方です」
「ああ。撮影時期も家出の同日か…または、居なくなってからの期間中だと考えられる。依頼人の田中さん曰く、服装が出ていった当日のものと同じだそうだ。特に、最近身に付けだした髪飾りが写っているので、ほぼ間違いないと言っていた」
では建物の上階へ登って室内で撮影したのではないかと思えば、その可能性も無い。窓枠が無い事や光の反射、背景の写り込みからして、どのような手段かは不明だが撮影は屋外の高所と限定される。
日が作り出す影は写真によっては有無があり、夜に写した物もある。また服装からも正確な時刻や期間は推定出来ないが、失踪してから然程時間が経過してから撮られたものでは無い。つまりは過去、似た服装をしていた時に撮影していた物を事前にストックして、捜索している者を混乱させようとは考えていない。
「しかも厄介なのはこれだ」
「うわー、またベタな…しかも読み難いし」
犬飼が手に持っている紙片のうち、文字だけの物が複数。當真の感想を裏付ける文字がそこにあった。
「あー…っと…『ォうな』と…『私ダけノ物』? 一つ目は追いかけてくんなって意味ですかね。こういうバラバラの文字の手紙って何て言うのか、所長は知ってます?」
「文字はコラージュフォント、総じて匿名文書とも言う。どうも古めかしい犯行予告らしい感じがある、今時古式ゆかしいというか…なんともな。
まあいい。この匿名文書が、撮影に使われた地点と思しき場所に置いてあった。つまりこの事件は、ただの家出ではなくなった可能性が高い」
行方不明者。
挑発するような脅迫文。
そして差出人不明の写真。
「誘拐…って事ですよねぇ」
「ああ、そういう事だ」
その事実を示すのに、それ以上の証拠は不要。
「一応、警察にも動いてもらうが。撮影された場所が多少広範囲でな、田中さんの相談が複数行っているのも含め迅速な対応は期待出来ない」
「狂言じゃないにしても、人員がそこまで裂けるかって話っすね」
「ただでさえ人手不足だ。特にここ最近…といっても十数年程は、新宿周辺の警邏に人が回される」
「そんじゃあ俺達のする事は…」
「当然、行方不明者の確保が最優先。まずその為の手掛かりを見つける。つまり現在こちらの打てる手は、情報収集を動ける者はする、それだけだな。環は勿論その情報収集で出ている」
「ですよねー…」
この探偵事務所に安楽椅子探偵を気取る者は居ない。情報が周囲から飛び込んで来るのを待つのではなく、足跡一つの為に喜んで動く。地道こそ近道と肝に銘じられている。
「タマさんはどのくらいで戻って来ます?」
「そろそろ戻ってくる頃だと思うが…」
當真が来てから姿を見せていないのは、探偵事務所が所長代理である齢二十を超えた化猫の環、どうやら苗字は内容だ。犬飼の口振りからして、既に何らかの仕事に向かっている様子である。人間、忙しい時には猫の手も借りたいと言うが、実際は猫でさえ働き者である。
「ただいま帰ったぞー…ハァ」
そんな働き猫の環が、人間の姿で探偵事務所のドアを開けた。猫だというのに、見た目の年齢は二十代程の女性にしか見えない。黒髪で瞳だけ緑色、そういった身体的特徴だけを羅列すれば猫の状態と共通している。
労働が余程疲れたのか、それとも猫であれば寝ていてもおかしくない朝方だからか。兎角、疲労感をありありと吐き出している。
「おかえり。…無事に戻って来たか首尾はど」
「主人〜!」
「むっ!? ぐぉ…!」
おおっとここで環選手飛び込みました。
‘ただいま’と‘おかえり’に余程の感動があったのか、環が犬飼の腹部へタックルをぶちかます。猫故の身軽さか、豪速球のような勢いだ。
これには犬飼も苦笑い、腰にダメージが行ったら休業にするべきかの思案が脳裏を掠めた。
「あぁぁ〜疲れた疲れた疲れたよ〜…始発の電車はめっちゃ臭い人間多いし、降りたら降りたで人は煩いしぃ〜」
「そう、か…ご苦、労だっ…た…っ」
「タマさん駄目ですって! ブレイク! ブレイク!」
「ギシギシいってる…」
「あれ絶対(骨にダメージが)入ってますよね」
「言い方ァ!」
勢いそのままにスリスリゴロゴロと環が犬飼に抱きついている。しかし背骨か肋骨からは、猫が自身の飼い主にじゃれつく、そのような可愛らしい表現とは対極にある鯖折りのような、溢れる想いの力強さが伝導して骨が軋み悲鳴を上げる音が確かに聞こえている。
で。大型の肉食獣との触れ合いもかくやといった様相が落ち着いた頃。犬飼の吐息がまさしく青色吐息から平常のものに戻ってから。
「…それで、収穫はあったか?」
「あったよぉ〜。これが収穫ぅ」
「流石っす。別の仕事もこなしてそうとは思ってたんですけど」
「あん? 誘拐っぽい奴の話が優先だろ? じゃにゃきゃあんにゃ所行かねーよ。何て言うんだっけ、あの高輪ニャントカの方」
「花形フェイダウェイですね」
「高輪って言ってんじゃん。そもそも誰だよ花形、今はバスケ関係無いじゃん。これだからボケ人形はよォ…」
「ボッ…失礼ですよ! ボケはボケでも色ボケです!」
「ボケ自体を否定しろよ…」
「枚方テーマパーク?」
「大阪じゃねえか。レイリーはアレか、日本地図苦手か。ついでに言うとそこは枚方パークが正式名称だぜ」
「そうなの…?」
「何か特撮系のヒーローショーが大人気らしいぜ、俺も詳しくは知らんけど」
「ふむ、東京ディズニ」
「所長! それはマジでヤバい!! 黒い丸三つで表現出来るネズミーはマジで! っていうか何で皆ボケ倒してんだよ、高輪ゲートウェイでしょうよ!?」
「あ、そうそうそれそれ。ついでに他のも周ってきたらこの時間ってにゃ、はぁー…今日はもう寝よう」
疲労困憊といった様子の入眠猫と、脅威のボケ倒し軍団はさておき。當真が気になる点は増えた。
「…所長、この手紙は?」
「さっきと同じだ。中身が一枚だけの厚みとあれば見るまでもなく、これも探している人間への脅迫文や怪文書の類だろう」
分かりきった物を仕方なく確認するようにして、新たな手紙の封が丁寧に開かれる。
内容を確認し次第。犬飼は今更落ち込むでも、溜め息を吐くでもなく。中身の紙切れを周囲にも見せるようにした。
「次は『消えロ』か。これがまたも被害者…蘭々さんを撮影したと思しき場所にあったということになる。
環に行ってもらったのは、やはり角度からして高所なのでな。俺達が行くよりは周りも騒がない。背景から場所を割り出すのはメリーが行ったが、正解だったようだな」
「結構有名な場所ですからね、簡単でしたよ」
「やっぱネットが出来るってのは便利っすねぇ」
「有名なハメ撮」
「やっぱネットを使うようなのはダメだなッ!!」
「冗談ですが」
「冗談じゃねえよ…」
「有名なのは本当ですぅー!」
「…また変な意味じゃねえだろうな…」
呆れの混じった声も漏れようもの。場の雰囲気がシリアスでない限り、メリーの口からは基本的にちょっとアレな言葉しか出てこない。
しかし本当に有名とは何がなのか、今しがたのボケとツッコミの応酬で、気は済んだと声に含ませてメリーが続ける。
「これは高輪ゲートウェイの駅近く。これは白金高輪、広尾、不動前、大崎と。それぞれの駅近く、そこそこに有名な建物近く辺りに固まってますね。
犯人が居るのもこの近くだとは思うんですが…」
「手紙が見つかった場所、撮影場所が不自然な程近いのは間違いない。問題は、蘭々さんの居る場所だ」
「……ん?」
「何か思いついたの?」
「思いついたって程じゃねえけど…何か、似てるなって思っただけだよ」
「太陽。素朴な疑問や気付きは大事だ、何より手を拱いていても進展はしない。蘭々さんの状態もわからない以上、一刻と無駄には出来ない。わかるな」
「は、はい!」
頭の中の地図を開く。
もしも気付いた事が思い過ごしでなければ、以降の候補は絞られる。一つは次の手紙がある撮影地点だった場所。もう一つは…。