はい!こちら『愛に溢れる探偵事務所』です!   作:枯華院 清日

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BETはお好き? 2

 

 

 人対人の賭事において特筆すべきは、いわゆる機械式のパチンコやスロットとは違い。当然胴元の反応やコミュニケーションが発生する事が挙げられる。

 負けが込んだ際の鬱憤を吐き出すにも反応の無い機械ではなく、生きている人間であるということは、かえって溜飲を下げやすく。そして気持ちよく負けられる。甘言があるからだ。

 

 ほどよく勝って、ほどよく負ける。否、負けさせられる。賭場に来る客、特に常連であれば今までの投資で勝利分の方が多いと錯覚してしまうものだ。人は己の間違いを認められる程強く出来ていない。特にカジノの女王とも称されるルーレットでは、それが顕著に出来ている。

 それは何故か。

 

「ノーモアベット」

「…来い…! 来いっ!」

「………」

 

 至極単純な確率の問題である。

 この賭場に設置してあるルーレット台は0と00のポケットが存在するアメリカンタイプとされる物。

 赤と黒で分けて賭ける方法や1から18と19から36のハイローというもの。オッド・イーブンという奇数偶数で分けてベットする場合でも、必ず当選確率は50%を切る。0と00の存在が当選確率を下げており、小難しい言葉を使わず最も勝ち易い賭け方での確率だけで見ても、アメリカンタイプでの勝率は47.37%。ディーラーが勝ちやすくなるようになっている。

 そして、これ以上確率の高い賭け方は存在しない。

 

「…赤の5でございます」

「赤…赤だ!」

「クソ、次ぃ…次を早くしろ…!」

 

 一喜一憂しようとも。最初から負け易く出来ているものに乗ってしまう。勝負に乗った時点で負ける、その事実に目が向かない。何より他の賭事よりも技術や頭脳やハッタリが通用しない物だと思い込んでいる。

 

「…そちらの方は、お賭けになりませんか?」

 

 当然の事だが、ディーラーは確率的な問題も知っている。最初から分の悪いものであるという事を親切に説明してやる義理が無いだけだ。

 ディーラーの墓場へと手ぐすね引く死神のような、年老いた枯れ木の洞に篭った音を思わせる声が。哀れな犠牲者を増やそうと、ある一人に向けられた。

 

「ええ。あと一回、見せていただきたいのです」

「…かしこまりました」

「黒! 次は黒だっ」

「赤…また赤に決まってる…流れがきてるんだ…!」

 

 加熱した欲望の声は大きく。声を掛けられた蜂蜜色の髪をした女の声も、了承したディーラーの声もかき消されていく。

 最早正気を失っているとしか思えない。否、最初から正気ではないのだろう。一天地六の賽の目よりも広く深い円盤の誘惑に駆られ、チップの山はうず高く積まれていく。

 一見すれば老紳士であるディーラーが、緩やかに而して劇的な山の移動を止まるまで待ち。そして。

 

「ノーモアベット」

 

 何の変哲もない白球を、投げ込んだ。

 勢いのある白球は一、ニ、三回と円盤の周囲を踊るように転がる。

 

「来い…来いっ!」

「赤、赤に決まってる…!」

 

 周囲に座して命運を込めた連中のうわ言のような声だけが大きく。八、九…と球が駆け抜ける音は耳を澄まさねば届かない。

 客は手を握りひたすらに乞う。如何に祈ろうとも、全ては老紳士の狙い通りとも知らず。ただひたすらに。

 

「ふむ…」

「黒ですか」

「…っ!」

 

 誰の耳にも入らない筈の囁きを、老紳士は確かに聴いた。

 二十、二十一…。

 白球が落ちる。

 

「く、黒! 黒だっ!!」

「あ…あぁ…!?」

 

 留まる先の色は黒。

 番号は15。

 

「勝ったぁー!」

「………」

「あらあら…凄い喜びようですね。おめでとうございます」

 

 歓喜に打ち震えて喚く者、消沈を隠しもせず震える者。異質なのは、さも納得したような態度で勝者に拍手を送る一人の女。

 

「…お客様。次はお賭けになられますか?」

「ええ。そうしましょうか」

 

 

 

 ルーレットテーブルに僅かな静寂が訪れた。

 

 

 

 先程までの騒がしい客達は、勝者は種銭として別の遊戯に向い。また敗者はどこぞで種銭を調達している。

 今、卓を囲むは二人のみ。

 

「ディーラーさん、お名前をお聞きしても?」

「財部(たからべ)と申します」

「まあっ縁起の良いお名前なんですね」

 

 女の明るい声がテーブルの上に弾む。人となり、パーソナリティを知るのが好みなのだろう。

 ディーラーである老紳士こと財部も、声色に嘘はないと確信出来るほどの軽やかな笑みを含んだモノだ。縁起の良い名前と言われ、気を良くしたと思われるような声で話を続けた。

 

「はい。そう仰られる方も多い名前でして、至って普通の名前ですが。職場の方からも良い名前だとよく言われます」

「ふふ…あっ、私はメリーです。どうぞお見知りおきを」

「かしこまりました。ではメリー様、お賭になられますか?」

「ええ勿論。すみませんね、何ゲームも見ているだけで」

「いえいえ…楽しみ方は人それぞれですから」

 

 当たり障りの無い会話。あくまで表面上のみ朗らかなそれは、内情を悟らせず相手を探る手段だ。

 

「では。さっきと同じ番号…黒の15を」

「……」

 

 財部は何も言わず、ラシャの上に刻印された番号へチップが置かれるのを待つ。特段怪しむべき所もない。気安く、普通に、静かにチップが一枚置かれた。

 その動作が終わるのを待ち、メリーが席に戻るのを確認してボールを確認する。

 

「………」

 

 何も無い。あまりにも静かだ。

 それはさっき、球が落ちる色を当てた事への警戒。つまりイカサマをしたのではないかと疑っている内心。また幾度も握って来た白球が己を裏切ったのではないかという疑心への返答。

 他にも、と思いルーレットの各部を悟られぬように確かめていく。カジノ側が有利になるイカサマこそあれど、プレイヤー側が有利になる方法はあり得ない。

 

「どうかしましたか?」

「…いえ」

 

 だがしかし。一つ思い出した。

 正確にはイカサマとは言い難いが、海外のとある博徒はルーレットで大勝ちを続けたという話がある。

 

 ルーレット台には、それぞれクセがある。

 例えば気付かない程度のテーブルの傾き。

 例えばルーレットの内壁のズレ。

 他にもあるが、髪一本分の違いであろうと結果にもたらす影響は甚大である。人間側には投げる者の力の強さと回転数、全てが偶然だとしても。台そのものが歪んでいれば自ずと結果に偏りが生まれる。

 それらをつぶさに観察し、ノートにまとめてカジノ側から勝ちを搾り取った男が居た。

 そんな事実を思い出していた。

 

 しかし、その手法を真似るとしても無理なのも間違いない。相対するメリーという人間が統計的なサンプルを獲得するには、あまりにも回数が少ない。

 たったの十回そこらを観察したとて。どの時点でボールを回し始めれば、この番号周辺が当りやすいといったデータは集められはしない。

 

「…番号、わざわざ命中させなくてもいいですからね?」

「っ…はは。まさか、そのような事は不可能ですよ」

「そうですか?」

 

 ルーレットの数字を操作するなど、誰もが不可能と嘯く技能だ。だが決して不可能ではない。

 一切の傾きの無いまっさらなルーレットを、針の穴を通す以上の精密さを以て。機械よりもブレずに同じ力加減でボールを投げる。それを決まった番号が来た時に実行すればいい。

 

 言葉にすれば簡単に聞こえる異常な技能を、財部は可能としている。

 

「…ノーモアベット」

「さ、何が来るでしょうか」

 

 で、あれば。客の全てがカモに過ぎない。

 溺れる者には藁を掴ませ、地獄へ落ち逝く者に蜘蛛の糸を垂らす。運否天賦など馬鹿馬鹿しい、全ては己の指先一つだ。

 そうして客という客全員、深みに落としていった。

 

「赤の、7です」

「ああっ…ふふ、外れちゃいましたね。でも賭けたのは一枚ですから、まだまだ続けられます!」

 

 この方法自体は知られても問題は無い。万が一種が割られたとしても対策などしようもないのだから、警戒するだけ無駄なことだ。

 無邪気な声を上げるメリーと名乗る人間も、結局はカモの一人でしかない。番号を狙い通りできるというのも、さっきの少女に気紛れでやった余興を見ていたか、あるいは本人から聞いたのだろう。

 

「きゃっ」

「あっ!」

 

 動揺しそうになった精神を落ち着ける為に一呼吸置いたその時。メリーの悲鳴と、何かをやってしまったような焦りを混ぜた男の声が聞こえる。

 

「あっちゃあ…すんません、大丈夫っすかお姉さん」

「え、ええ。服は濡れてませんし、テーブルにも…」

「マジです? 裾とかにかかって、あ痛ッ!」

「だっ大丈夫ですか?」

 

 テーブルから鈍い音がした。どうやら何らかの飲料を溢した男が、身を屈めて無事を確認したものの頭をぶつけたようだ。

 

「係の者を呼びましょう。お二方ともお怪我はありませんか?」

「いや俺は大丈夫ですよ」

「私もです」

「左様ですか…」

 

 なんの事はない。男が不注意により飲み物を溢しただけのこと。ルーレットテーブルも無事、というより重さ100キロを超えるテーブルに損害を与える方が難しい。それを支える大型の円柱状の支柱は鉄製で、こちらも頑丈極まりない。

 ホールの従業員が床の汚れを拭き上げ、またテーブルの無事を確認し終えて去る頃には。メリーと男も特段揉めることなく些細なハプニングは終わった。

 

「さっ、気を取り直して」

「お賭けになられますか?」

「まだ賭け始めてから一回です、もう何回かはやってみたいじゃないですか」

「それはそれは…」

 

 なんとも能天気な発言だ。

 能天気ではあるが、こうした手合は破滅するまで賭ける事もない。恐らくはここまで、という線引きを行っている。バカ勝ちをさせてものめり込まずにさっさ退く、そんな気配がする。

 あくまで遊び。ならばこちらも気を張らず、適当に数字をバラけさせればいい。時に勝ち、時に負けさせる。遊興としてはそれで十分だろう。

 

「では…私は0に賭けます」

「かしこまりました」

「このチップはもう動かしません。ですので財部さん、ここは一つ、個人的に聞いてもよろしいでしょうか?」

「…はい?」

「何番に入れるつもりですか」

「…ははは」

 

 メリーの声が唐突に冷たくなる。先程の言を繰り返しているだけだというのに。薄氷よりも寒々しく、危機感を孕んだような無機質さで。

 

「チップは賭けませんが。賭けをしましょう、あなたと私の、個人的なものです」

「まさか! 先程も申しました通り、そのような事は…」

「次の数字、あなたは必ず外します」

「……ほう?」

 

 何を馬鹿な。

 

「さて、賭けますか?」

「ふふ……それはそれは。いいでしょう、メリー様には余程自信がお有りのようですね」

「はい。それで、答えは?」

「それでは私は00に賭けましょう…よろしいですかな?」

「ノーモアベット、ですね」

「ふふっ……ははは……」

 

 何と馬鹿馬鹿しい。

 しかしこれも、あくまで余興。財部は自身を享楽主義者だと思っていないが、一般の範疇から外れている自覚も無い。何せ他者の人生を弄んでも平然と過ごせるのだから、無自覚な悪趣味というのは手に負えない。

 

「ノーモアベット」

 

 ふざけた女だ。老境とされるとも狂わぬ一手を、しかと目に焼きつけるといい。

 

 白球が回る。

 球が廻る。

 ボールが周る。

 

 絶対なる自信と言って過言ではない手捌きで、一時の遊びが放たれた。

 ルーレットの壁を回ること、十、十一。

 

 財部はやはりと安堵した。象牙の球は何ら違和感なく、意のままに滑って行く。

 十九、二十。

 平均的な回転数にまで達し、力を失うように速度を緩めていく。

 

「いいえ、当たりません」

「何を……」

 

 テーブルは揺れていない。

 ルーレットは歪んでいない。

 ボールは欠けていない。

 

「……」

「……ふふっ」

 

 あまりにも静かに、そこにあるのが自然だとでもいうように。ボールが収まったポケット。

 数字は……。

 

「赤の…1です…」

「あら、あら、あら。外しちゃいましたね、ねえ? 財部さん?」

「………」

「さて。あと何回かやれば、私は負けなくなります。どうしてかは秘密ですけれど。冗談だというのでしたら、やってみましょうか。

 そして、実演してみせてからでいいですけど。取引をしましょう」

「何…?」

「あなたがクビにならないように、私の負け分をチャラにするだけ。たったのチップ二枚分。プラスマイナスゼロで手を引いてあげます」

「何を、馬鹿な……っ!」

「まずは実証…再現性が無いと、司法でも認められませんからね。それでは、勝負しましょう財部さん。

 私が何をしているのかわかればあなたの勝ち。わからなければ負け。

 負けた時のお代は、一つ言う事を聞いていただきます。大したものじゃありませんよ、ええ、どちらも」

 

 私のイカサマも。

 そして、頼みごとの内容も。

 大したものではありません。

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