はい!こちら『愛に溢れる探偵事務所』です!   作:枯華院 清日

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所謂導入回、短めです。


Eを歌って

 

 

 

 冷房の程良く効いた探偵事務所の一室、休日返上で意気揚々とやってきたはいいものの。

 

「報告書は書いておきましたよ?」

「!?」

「あっ、レイリーちゃんが崩れ落ちてしまいました!」

 

 何という事でしょう。まさかの戦力外通告。私としては今日やるべき仕事、つまりは前回の夢の国であった事のまとめをしようとしていた訳です。

 それがどうでしょうか、こうまで出鼻を挫かれるとは思いもよらないの一言。

 

「た……太陽くんは……?」

「彼は休みですよ」

「!?」

「ああっ、また!?」

 

 ガーンですね。出鼻を二回も挫かれました。

 というか太陽くんも太陽くんだ、バイト仲間に休みかどうかくらい一言あってもよくないですか。そんな義理は無い? 確かに……。

 

 私のか弱いメンタルに二重の衝撃が加わり、足下がフラフラですよ。ひょっとすると熱中症の疑いがあるかもしれませんね、どうしてくれるんですか。

 熱中症なら涼しい場所へ避難して、太い血管の集まる四肢の付け根か首元を冷やしましょう。緊急時なら、水があれば全身にかけること。そういうことじゃない。

 

「太陽くんが休みを取るのは珍しいですからね」

 

 それはまったくその通り。太陽くんは誰かに止められるまで基本的に休まない。労働基準法とかを気にも留めない働きっぷりで、今後に不安が残る。過労死したらどうする気でしょうね。

 

 休み……。休みか……。

 ぼんやりとメリーさんの言葉を頭の中で反芻する。彼にとっては貴重な、完全な休日。

 自宅に押し掛けるのもアリなのではと思いもしたけれど、流石に控えた方がいいかもしれない。束縛し過ぎると嫌がられるって言いますよね。

 それはともかくとして。太陽くんの休日の過ごし方をよく知らない。これは由々しき事態では? やはり自宅に突撃するしかないのでは? 

 

「あの子の事ですから、また颯くんとバッティングセンターにでも行ってるんでしょうね」

「バッティングセンター……?」

「他にも候補はありますが、たぶんそうですよ」

 

 ……よし。

 

「レイリーちゃん?」

「急ぎの用事があったら連絡してください」

「何を」

「お給料はいただきませんから」

「ちょっ、ちょっと……」

 

 善は急げ、なるほど良い言葉。

 声に狼狽を含ませたメリーさんを視界の端に追いやって、流れるように前へ前へ。

 何をするかなんて言うまでも無い。

 ストーキ……じゃなくて。いやストーキングでいいや、とにかく追っかけに行きますとも。

 

「行ってしまいましたね……」

 

 ぽつんと探偵事務所の椅子に取り残された様子の事務員が一人。来ては去った女子の一人、まさかの行動力と思わざるを得ない。静かな嵐が過ぎ去った様相を見送って一言。

 

「恋する乙女って凄いんですねぇ」

 

 今から行おうとしている事に目を瞑れば、確かにそうも受け取れる……かもしれない。

 

 

 

 

 バッティングセンターと一言で表しても、候補地は多い。新宿、文京、北、千代田、世田谷等々。区で述べるだけでも多いこと多いこと。

 でも近所の、という言葉が頭に付けば、候補は一軒しかなくなる。

 彼のことだから、恐らく電車賃をかけてまで遠出はしないだろう。質素倹約を常に念頭に入れ過ぎている、あるいは清貧が板についているとも言える。

 

「…………」

 

 着きましたるはまさしくバッティングセンター。炎天下の中、猛暑で音を上げそうになる頭を堪えて、靴のソールも溶けそうな地面を踏み締めてのこと。

 太陽くんの自宅から近く、また淋代くんの家にもそこそこ近い。そんな場所にあるのは、外観だけでも何とも寂れた気配を感じるような施設。

 建物自体の塗装が所々剥がれかけていて、点々と赤い錆も見える。看板にあるバッティングセンターの文字も、一文の中から数文字が逃げ出していた。

 

 どう見ても素人お断りです、といった見た目が凄まじい。何かこう……ヤの付く職業や、ヤの付く不良が好んで根城にしてそうな雰囲気がそこかしこから漏れてます。入るだけで胆力を使いそう、というか危ない人に絡まれたらどうしよう。

 そんな不安が外壁の錆みたく侵食していた時。

 

 ───キィン! 

 

 オノマトペで表現すると、そんな感じの快音が耳に届く。ところで日本語のオノマトペって独特だよね、お母さんが桃太郎の絵本を読み聞かせしてくれようとした時に。

 

「どんぶらこ……どん……いや待って、桃が川から流れてくるのはいいとして、どんぶらこって何なの。

 RauschenとかSchwapじゃないの?」

「…………」

「PlopやGurgleでもない……に、日本語とはいったい……ウゴゴゴ……!」

「パ、パパ!」

 

 こんな感じで両親ともに頭を抱えてましたよ。うーん異文化コミュニケーション、折角なら私に英語を教えてほしかった。そうすれば学校で英語を勉強しなくてもテストで満点が取れそうなのに。

 お陰で見た目は外国人、中身は完全に日本人。そんな私が生まれたわけです。朝ごはん? お米とお味噌汁でしょ? 

 

「んだよォ! 相変わらず上手く当てやがって!」

「ハッハッハッ! 悪いな當真!」

「クソがよォ……見てろよお前、黄色いクマのホームランダービーも真っ青な記録を打ち立ててやるぜ」

 

 おっと、聞き慣れた声が耳に飛び込んで来ましたよ。

 昔のことはさておき、なけなしの気力を振り絞って中に入りましょうね。

 と……ところで、バッティングセンターって入るだけでお金とか取られるんですか……? 

 

 建物の中に入ると、室内は何ともこぢんまりとしていた。点いているのに薄暗い店内、恐らく管理している人が中にいたはずの受付のような所。席を外しているのだろうか? 

 真っ白だったであろう壁と天井には、経年劣化の黄ばみか、はたまたタバコの煙が染み付いた跡なのか。白一色とは言い難い色がある。

 併設されている見た事のない飲み物の入った自販機と両替機、それとぬいぐるみの入ったクレーンゲームにゲーム機の筐体。全部が全部日焼けで色褪せていて、時間の流れが止まってしまったかのよう。

 

「おや、レイリーさん」

「は!?」

 

 当たったら怪我じゃ済まない速度の白球が、彼の後ろの網に吸い込まれていった。

 

「アッ見逃しィ!!?」

「こんにちは、よく気づいたね」

「人の視線には敏感な方でね。こんにちは」

 

 なるほど。彼の場合は、人の目に晒されるその職業柄というか、身に付いた技能なのかもしれない。

 挨拶一つ取っても、穏やかな風にかき上げられた髪と微笑みが様になっている。容姿を褒め出したらキリが無いし、所作も上品そのもの。王子様、なんて影で囁かれるあだ名も、揶揄いややっかみからの物ではないのだろうと納得してしまう。

 それに比べて……。

 

「ま……負ける……!? 俺が……ッ!」

「…………」

 

 こちらを見ることもなく地面に項垂れているお馬鹿くん。あっ、違った。太陽くん。そのまま地面と同化する気なのかもしれません。

 ……まぁ、そういう所も含めて好きだよ。

 

「痘痕も笑窪、というヤツかな?」

「!?」

 

 思考を読まれた……!? 

 

「まさかの飛び入りゲストだぜ。ったく、颯は何にするよ。コーラでも飲むか?」

「麦茶で頼む、釣瓶さんの」

「うぇーい」

 

 悪態をつきつつ立ち上がったかと思えば、そのまま自販機に直行してしまった。

 おいおい殆どスルーですか。確かに飛び入りは事実ですけれど、私みたいな女の子が来たとあっては、歓迎するなり温かい言葉を向けるなり、とにかくテンション上げるようにするものじゃないですか。

 

「あれで喜んでるよ。気恥ずかしいのさ」

「そうなの……?」

「ああ」

「ところで、何でわかるの」

「レイリーさんは顔に出る方だからね」

 

 そうかなぁ。つい最近も、あの夢の国での色々の中、特に表情筋が動いてた気がしない。決してつまらなかったとかじゃなくて、むしろ楽しい思い出だったんだけれど。誰が見てもわかり易い表情の変化はしていなかったように思う。

 お父さんもお母さんも、私が無表情であっても平然と察してくるのですけれど。それはいわゆる家庭内で起きる当たり前であって、他の人たちは適用されないのが当然ではないでしょうか。

 うーんうーんと内心悶々煩悶していると。

 

「おらァ! 受け取れェ!!」

「おっと」

「チッ、顔面が弾け飛べばいいのに……」

 

 普通の人なら間違いなく被弾する速度でペットボトルが飛来してきた。これは間違いなくIFO、アイデンティファイ・フライング・オブジェクト。既知の飛行物体のことです。

 淋代くんは投げつけられた麦茶が結構な速さだったのに、事も無げに片手で受け止めて。非難するでもなく一言。

 

「當真はオレの顔面が嫌いか?」

 

 そこ? 

 

「別にィー!? お前もその麦茶のラベルみてえな顔面になっちまえばいいなんて思ってねえよ? 

 ほれ、レイリーも。麦茶でいいか?」

「あ、ありがとう……お金」

「ついでだ、いらねえよ。わざわざ歩いて来たんだろ、ご苦労さんっていうか、あー……」

「熱中症が心配なんだろう、気付かないフリをしてやってくれ。ただの照れ隠しだから」

「そういう事は言わなくていいんだよ!?」

 

 へぇー……照れ隠し。

 へぇー? 

 

「や、やめろォ! 何だその、まったくしょうがないなぁって感じの目は!?」

「してないよ」

「してるじゃんか!」

 

 してないしてない。レイリーちゃん嘘つかない。やっぱり可愛い所があるよね、なんて思ってるだけで表情にも出してない。

 もしも、万が一、そういう気配を醸し出していたと思うのなら。それは太陽くんの被害妄想。私の表情筋は今日も元気に労働を放棄しています。

 

「水掛け論はそこまでにして、だ。

 今日の所はオレの勝ち、それでいいな?」

「まだだッ、まだ終わってねえ……ッ!」

「往生際が悪いぞ? しかし困ってしまうな。肝心の内容をまだ決めてなかったんだが……」

「内容?」

「颯、いや颯くぅん! 今回はこの、思い出のネズミミでコトを納めちゃくれねえか……!」

「それはそれとして別で貰うが」

「せ、殺生な! それは大切に持っていた年貢の米……!」

「米じゃなくて耳だろう」

「……??」

 

 今日よりも明日なんじゃ……! と、どこかおじいさんめいた口調になって、淋代くんに夢の国土産のネズミミを渡している太陽くん。種籾とかの話だろうか。むしろ農家の敵だよ、ネズミは。

 私の不可解極まると言い出しそうな表情に気付いたのか、淋代くんが補足をしてくれる。

 

「オレと當真は賭けをしていてね。スコアで勝敗が決められる物なら、敗者は勝者の言う事を聞く。

 バッティングセンターに限らず、ボウリングや卓球でもね。それこそ、そこのアーケードゲームのハイスコアでも、クレーンゲームの獲得個数でも勝負になる」

「ちぐじょう……ぐ、ぐやじい……ッ」

「始めた頃はオレの黒星が多かったんだが、最近は拮抗していてね。いや勝った勝った、レイリーさんは幸運の女神だな、ハッハッハ」

「ぐぎぎぎ……!」

 

 ああ、そういう。

 要するに、何であれ勝負にして、勝ったら負けた方に命令できるって事ですね。

 ちょっと楽しそうですね、特に勝ったら命令可能のあたりが。

 

「ちなみに言っておくけど、こいつは手加減は無しの勝負だぜ。だからやめとけ」

「當真も大人気なくてね、毎回大変なのさ」

「男の勝負ってヤツに大人気も何もあるかよ!」

 

 興味が湧いたというのに、先に釘を刺されてしまった。それにしても男の勝負だなんて、太陽くんもこういう所は存外俗っぽいというか、結構子供っぽい。

 

「それじゃあ今日はどうしようか。前回は一週間姉さんへの接近禁止だったから、さて」

「警察じゃねえんだぞ、血も涙もねえ……ッ!」

 

 守ったんだ。

 律儀だね、太陽くん。

 

 ……ん? 

 そういえばある一点。太陽くんが、それこそ普通ではあり得ない、不思議な事を言っていたことに気付く。

 

「ねえ」

「どうかしたかい?」

「あん?」

「その勝負って、いつからやってるの」

「ん……」

「あー……」

 

 如何にも口が滑ったと言いたげな、バツの悪そうな顔が二つ。そう、この勝負というのは前提がおかしい。

 考えてもみてほしい。太陽くんが本気を出して、普通の人と勝負になる訳がない。ゲームの類のような、身体能力がモノを言い難い勝負なら話は別だろうけれど、今やっていたようなスポーツであれば……。

 

 淋代くんの身体能力も、時たま異常な瞬間がある。しかも異彩を放つとか天才的等と言うような、あくまで一般人の範疇から少しはみ出した程度では済まない程の、何かがある瞬間が。

 それはあの建物地下の事であったり。もっと前に遡れば、あの大きなワニが地下水道から出てきた時もそうだった。

 

「……うーん……面倒だな、話すか?」

「當真が良ければな」

「そりゃこっ恥ずかしいけど、お前が誤解されるよりはいいだろ?」

「そうか?」

「そうだよ。じゃあ日陰か……暑ィからどっかの喫茶店でも入るか。今回の賭けはそこの支払いってコトで」

 

 何でもないような顔をして、そのまま二人屋内へ向かった。置いて行かれないように、私も後を追う。

 太陽くんの買ってきた麦茶のペットボトルから、雫が一滴垂れた。

 

 

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