はい!こちら『愛に溢れる探偵事務所』です! 作:枯華院 清日
空調の効いた店内、照明は落ち着いた色合い。人の話し声は疎らで蝉の音も遠い。
バッティングセンターから程近く、そこそこ都会であれば大して珍しくない喫茶店。
「とは言っても、そんな大袈裟な話じゃねえんだけどな」
飲み物を人数分頼んだ後、チェーン展開している喫茶店の中で、淋代くんの隣に座っている太陽くんがそう切り出した。
そこはさ、私を隣に座らせても良かったんじゃない?
図々し過ぎる? そうかな?
「最初は……中学の時だな、それも一年の夏くらいか?」
「姉さんとはもっと出会いが早かったらしいな」
「まぁほら、リハビリでさァ」
「フッ、よく姉さんが愚痴っていたよ。体を大事にしてって言ってるのに、無理に動いて怪我を増やすような、人の言う事を聞かないヤツがいるって」
「怪我したくてしてたんじゃねえよ、加減が難しいんだっての。っていうかこころさんには最初はそう見えてたんだな。結構素直なつもりだったんだけど。やだァ恥ずかしいぜッ」
「話が逸れてるよ」
「おう、悪い悪い」
この隙あらば話がフワフワ飛んでいく感じ……もっと真剣に話すべきじゃないですか?
もしくはあれですか。淋代くんのお姉さんこと、こころさんの話がしたくて二人とも堪らないのかな。
もしもそうなら、飲み物に砂糖を入れるんじゃなくて、頭にデリカシーを叩き込んだ方がいいよ。
「悪かったって。あー……俺の身体がこうなっちまってからのコトなんだけど。病院でリハビリが終わって外に出るとさァ、なーんか偶にいけ好かねえスカしたガキが居やがると思ってたんだよ。誰かってのは御存知、颯なんだけど。初対面はマジでそんなもんだったな」
「そんな風に思っていたのか……」
「許せ颯、俺の反抗期ってばあの時期だから……!」
「今もじゃない?」
「今もだな」
「えっ!?」
えっ!? じゃないよ。
どう考えても現在進行系で反抗期でしょ。
「……ま、まあいいんだよ、俺がオールウェイズ反抗期かどうかなんて重要な部分じゃねえんだから。
そんで、何回か病院の前で会って。中学に戻れるようになっても颯が居たんだ。怖かったぜ、ストーカーか何かかと思った程度には。それから学校でも下校中の帰り道でも、やたら引っ付いてくるようになって。コイツの変な所も見えてくるようになったって訳だ」
「変なところ?」
彼は、そう変なところ。と口にしつつ、深く頷いて話を続けた。
「例えばの話なんだけど……体力測定ってあるじゃん。握力とか色々測るヤツ。
アレでその時に測った握力の最高記録が100キロだとして、その100キロを出したヤツが101、102って、測る毎に必ず記録を塗り替える。そんな事ってあると思うか?」
「無理でしょ」
咄嗟に否定の言葉が出たけれど、是非を問うまでもなくまず無理だろう。握力の場合であれば、それこそ肉体的な疲労もあるし無意識中に掛かるリミッターみたいな物も存在する。
二度も三度も同日中に連続して、自身の最高記録を更新するのは現実的にほぼ不可能なはず。
「そりゃそうだ、この例えのキモは必ずって部分だ。でもよ、あり得るからこんな話をしてるんだぜ?」
「……まあ、そういう事さ」
「…………」
どういうこと……?
「100m走で10秒なら、次は必ず9,9秒。
こっちの方がわかりやすいか?」
「……?」
「つまりはさ、世間一般で言う天才ってヤツなんだよ。本気を出せば必ず前の記録を塗り替える、それが何の種目・どんな科目でも、時間をかければ軒並みトップに行けるんだぜ。
頭含めてどんな身体能力してやがんだっての」
「天才……!」
「そんな事は無い……とは、よく言ってるんだがね」
「スタート地点が人並みってのだけは助かるけどな。一を知って十を理解するし、知った十を足掛かりに百までいずれたどり着くってのは。まったく何とも羨ましいっていうかさ、俺ら努力するしかねえ凡人には悲しくなるっていうか嫌になるっていうか……まあ負けねえけどな!?」
私も凡人枠だろうけれど、別に嫌にはならないかな。
そして対抗心を燃やす事も無い。
淋代くんの才覚についての評価を論ずる事はしないし、本人に言うべきじゃなさそうというのも理解しているけれど。
……天才っていうのは、最初から別のモノとしてカテゴライズした方がいい。私はそう思う。
「しかもさァ! この野郎ってば見た目までいいじゃん! 天は二物を与えずって言うのにさァ!」
「また始まったか……」
「爽やかイケメン野郎で!? モデル業までやってて!? 学業の成績はすこぶる優秀で、美人の姉と優しくてこれまた容姿の整ったご両親!
一個くらい返せよッ! 俺にィ!!」
「渡せるものでもないだろう。ちなみにモデル業とはいえ、顔を映すにはリスクがあるんでね。基本は手タレか足タレかだ」
「カキタレぐらいしか知らねえよ! いーやおかしいだろ、何で俺はカキタレって言葉の意味を知ってんだよ!?」
「フォンセルランドさん経由じゃないのか」
「大正解ッ!!」
わぁブチギレ太陽くん。あまりのテンションに淋代くんが呆れてるよ。私は、これはこれで良しと思います。だから宥めません。
そういえば始めて知ったけれど。淋代くんってモデルはモデルでも、手のみを撮影する手タレとか足だけの足タレがメインなんだね。手だけ足だけとは言っても取れる訳じゃなくて、それ専門のモデルさんの話ですよ。足が飾りのロボットとかは関係ないです。
つまるところ、リスクヘッジができて偉いということ。たぶん平和なこの世の中だとしても、どんなにグッドルッキングだとしても、顔を晒しても良い事なんて一つも無さそうだもんね。
それはそれとして。
「こころさんは優しくないの?」
「…………」
「…………」
「何で二人して黙るの……?」
「弟には……その、な!」
「よくある事さ。外であれば外聞を気にして外面もバッチリ、しかし家庭内の弟には理不尽で傍若無人。うちの姉さんも例外じゃないんだ。
夏には炎天下の中でアイスを買いに行かされ、寒い冬には肉まんを10個以上買いに行かされる。他にもあれど、嫌だと口答えをすれば、口の前に手を出して封殺してくる生き物。
わかるかい、弟という生き物にとって姉は絶対的な存在なんだ。神のごとく崇敬するような相手じゃなくて、恐るべき暴君として」
「家族だから気ィ抜いてんだろ、カワイイもんじゃんね」
「どこがだ!?」
わぁフラストレーション爆発。私はひとりっ子なのでまったく共感出来ないですね。
創作物では仲良し兄弟姉妹の話はあるけれど、現実ではそうもいかないのかもしれない。そりゃあそうでしょうね、自分と似てる存在って余計に……うーん、普段の粗や嫌な部分が目立ちそうだもの。
とはいえお兄さんやお姉さん、弟くんや妹ちゃんの存在に憧れた事も多少はありますが、現状叶わぬ夢です。
もしも弟妹が出来たとしても私が16歳だから……ちょっと今更に過ぎるかな、弟妹として見るのは難しいかもしれない。むしろ未成年のうちに子どもが出来たような気持ちになるんじゃないだろうか。
「まあいいじゃん、そういうの」
「よくないが?」
「んで、やたらと絡んでくるヤツが実はとんでもねえ何かだった……これは俺も同じか。人間の天才くらいで済んでる方がホラー展開よりはずっといいだろうけどさ」
「當真。何度も言っているが、そういう行き過ぎた卑下を含んだ物言いもよくないぞ」
「悪い悪い。まっ簡単に言っちまうと、颯は天才少年ってコトだよ。しかもホントにいけ好かねえガキだったんだぜ?」
天才かぁ……世界広しって言うけれど、そんな創作物の中にしか出てこないような存在が実在して。尚且つ目の前でちょっと嫌そうな顔をしながらお茶を飲んでいる彼がそうだとは。
事実は小説より奇なり。そんな言葉が頭に浮かんだ。
「今みたいに声を荒げたりもしねえし、何を訊いても。別に、とか。何でもないよ。しか言いやしねえ。
そのクセ人の言いつけだけは守ってるんだから、絵に描いたような優等生っていうかさァ」
「へー……」
意外な程の愚痴が出るわ出るわだ。
淋代くんも黙ってそれを聞いているだけ、お互いに親友と称するような二人でも、こうして不満に思っていたような事はあったんだろう。
長い付き合いかぁ。中々いい響きだと思う、うん。少し憧れるかもしれない。
「まぁでも、そんなヤツとの仲良くなるきっかけがなぁ。あるには当然あるんだけど、アレはちょっと締まらねえっていうか、下品っつうか……女子には聞かせたくねえな!?」
「何それ」
「少なくとも飲み物を飲んでいる時に、話すのを憚られる内容なのは間違いないな」
「……?」
「こっ恥ずかしいんだよ、いやホント、マジで。とにかく色々あって、この野郎と殴り合いをして仲良くなっていったって感じでさ」
「レイリーさんは邪」
「言わなくていいだろォん!?」
「言わないのも意地が悪いぞ」
「気になる」
何ですか、そういう事を勿体ぶると余計に気になるのが人の性じゃないですか。
あまり思わせ振りなのは感心しない、と考えつつ。単調な電子音が太陽くんの方から小さく聞こえる。
「アッ! 俺の携帯が鳴ってるゥ!」
「逃げるの?」
「マジだって! ほれ見てみろ……あれ、千々石さんからじゃん。あの人にしちゃあ珍しいな」
「チッ……」
「舌打ちすんなよ……何だこれ、緊急っぽいか? 悪いちょっと出てくるわ。もしもしィ、當真ですけど」
そう言って慌ただしく、外に向かって行ってしまった。確かに千々石さんからの連絡は珍しい。私も連絡先を交換してあるけれど、あの人の電話番号が着信履歴に載る事はない。
というか。電話もメールも両親かバイト先の人と関係者の方々、またはのんちゃんしか知らないんですけどね。ありがとうのんちゃん……!
「女性を放置するのは如何なものかとは思うが。
やれやれ……しょうがないな、アイツは」
あっ、淋代くんが後方理解者面してる。
いやわかってますよ、私だって。
太陽くんは頼まれたら断れないタイプで、電話に着信が入ったら大体3コール以内には出るような人だって。
どうですか。私も結構、太陽くんを理解してきたんじゃないですか? 理解度であれば、淋代くんが十だとしたら九くらいは……。
「悪い二人とも!」
「わかってるよ。行ってこい」
「んん?」
「サンキュー! 金は置いてくから!」
うん。九も行ってなさそうですね。
色々な要因でため息の一つも吐きたくなるのを抑えて、太陽くんが自分の荷物から三人分のお茶代を机に置いて。そのまま足早に走って行くのを、二人して見送った。
女性を云々というのは、ひょっとしてだけれど。
「ああ、なんとなく、ね。こうなるとわかっていた」
「…………」
まだ何も言ってないんですけど?
彼が天から与えられた才能には、勘の良さも含まれてたりするんだろうか。もしくは……。
「生憎だが超能力は持っていないよ」
「…………」
「レイリーさんの心の中が、誰にでも聞こえるということもない。むしろ、人の心なんて皆わからないんじゃないか? オレも特別理解している訳じゃあないよ。
そう。ついでに言っておくと、インチキ占い師がよく使うホットリーディングでもない」
めちゃくちゃ言い当ててるというか、とんでもなく察してるんですけど。
女は察してほしいだとか、そんな肯定も否定もしかねる風説も流布されております昨今。ここまで内心を的確に見透かされると、安心や喜びよりも不安と困惑で一杯になる。
「それはすまない、悪気は無いんだ」
「…………」
「黙って暗器の類に手を掛けるのはやめてもらってもいいかな、それは流石に怖い」
あらいやですわ、私ってばはしたない。
でもね、乙女のプライバシーと申しましょうか。ううん、たとえ乙女じゃなくとも、こうも心を覗かれて手玉に取られればムッとするのは自然じゃないですか。
それから困ったような顔をして、淋代くんが口を開いた。
「……つまり、こういう事なんだ」
「何が?」
こういう事じゃなくて、どういうことなのか。私が持っている中でも、比較的穏当な物から手を離して、彼の言葉の続きを訊ねる。
大丈夫。物騒な物は本気じゃないから、小粋なジョークですよ。
「ちょっと長くなるが、いいかい?」
「……うん」
「ありがとう、そう言ってくれると思っていたよ。
……當真は隠していたが、包み隠さず話そう。その方がフェアだし、レイリーさんの手間も無くなる」
……フェア?
手間?
何が?
「探偵事務所に所属する、というだけはある。そういうことさ……あぁ、これも悪い癖だな。
今から話すのは、ある思い上がった馬鹿な子供について。そういう風に胸に秘めておいてほしい」