はい!こちら『愛に溢れる探偵事務所』です! 作:枯華院 清日
動物のグロテスクな描写があります、ご注意ください。
生まれた時からの記憶があった訳じゃない。
ただ、二歳近くからの記憶からあった。
「…………」
両親と姉曰く。生後一年未満の赤ん坊の頃から反応の薄い子供で、ずっと不思議そうに何かを見つめることの多い子供だったそうだ。
大きくグズる事も無いし、おしめが取れるのも早くて。夜泣きもまるでしないような、とにかく手の掛からない子だと。
それこそ姉とは大違い。姉はもう……授乳までの時間も短いし、飲む量も凄かったらしい。そのうえ夜泣きも半端なものじゃないうえに……その、本人の名誉の為に具体的には控えるが、いわゆるおねしょをしなくなるまで結構かかったそうだ。だからこそ逆に、普通の子供はこういうものなのだろうと思っていたよ。
「…………」
「はやて! ごはん食べなきゃダメだよ!」
「うん」
姉さんとは結構歳が離れていたんだ。姉はだらしない所もあるが面倒見自体は良かったから、そういった面でも。両親にとっては、本当に手が掛からなくて良い子だと。
良い子。そう、家族にはどうやらそういう風に映っていたようで、何を考えているかまでは察してはいなさそうだった。
何を考えていたかって?
「…………」
「はやて、いちご食べないの?」
「…………」
「お姉ちゃんが食べていい?」
「……うん」
「やったぁ!」
他の人は何を考えているのか。
それだけだよ。
観察癖があったとでも言えばいいのか、とにかく人の反応をずっと見ていたんだ。
「はやてくん、あそぼー」
「うん」
それは幼稚園に行っても同じだった。
人の輪の中に積極的に入らず。少し遠くから人が遊んでいるところや勉強をしているところ、他には食事とかを含めて静かに観察していた。
生まれて意識がハッキリしてそれからというもの。オレはずぅっと不思議だったんだ。
「うえぇーん! あああーん!」
「だいじょうぶ?」
「うう、ひっく……」
「…………」
人は何で泣くのか。
「きゃはは!」
「はやてくんはやーい!」
「……そうかな」
人は何で笑うのか。
「ねえずるいよー!」
「ぼくのかちー!」
「…………」
人は何で喜ぶのか。
それらが全部、不思議だった。
例えば。道端で転んで膝を擦りむいたとしても、痛くて血が流れるだけで動くだろう? 喪失感があるでもなし、蹲って涙を流すんだ。痛いだけなのに。
例えば。鬼ごっこをして捕まったのに、悔しがるでもなく笑うんだ。負ければ悔しいと思うはずなのに、その敗北を得難い経験とでもしている。負けたのに。
例えば。ハンカチ落としをしていて、ちょっとズルい手段を取って周りを出し抜く。罪悪感もあるだろうに、勝った事を喜ぶんだ。卑怯なのに。
だからオレは、ずっと人を見ていた。幸いにして記憶力は良い方でね。
何をされれば、人はどういう反応をするのか、それを憶えるのに時間は掛からなかったよ。
個々人で多少の差異はあれど、優しくされれば気分は和らぐ。威圧すれば恐がり、痛ければ怯む。何かを失えば悲しんで。望むように振る舞えば喜ぶ。人付き合いの基本だろう?
「颯は本が好きなのかなっ?」
「うん」
親がそう聞いてきたこともあった。人と遊ぶよりも、本をよく読んでいたから。言い方はよくないかもしれないが、生身の人をサンプルケース程度にしか思っていなかったんだ。
同年代の子供と幼稚園教諭は大体見終わったし、次に見るのは作品と呼ばれる物にしよう。おとなしくしていれば、大人は安心してくれる。そんな要素も考えつつね。
本をはじめとして、色んな創作物の中に天才という存在は確認出来る。でも、それも不思議だった。本の中の彼らは、頭が良いのに人を見ていなかったから。
何をすれば人に排斥されるか?
そんな事もわからないのに、天才というのは孤高かつ孤独。そういうものとして扱われやすい。
ある作品に天才児がいて、無邪気が故に人を傷付けるとか。世紀の発見をしても誰にも理解されず、いつもひとりぼっちだとかね。
そんなもの、少し考えれば当然のことだとわかるだろうに。不思議だったよ、相手の立場になって考える。それさえ出来れば簡単なことだろう?
人は外見を重視するし、権威に弱い。そして立場を脅かされるのを嫌う。
子供が画期的なアイデアを出しても、大人はそれを本気にしない。精々が面白がるか、褒めそやす程度。理由は当然だが、子供だから。子供でもわかる事に理屈を付けてわからない振りだってする。
特に、既得権益を破壊するような発想や、年功序列で認められるべき、大人である事すら否定されるような前代未聞のモノであれば尚更。
つまりは、ずっと必要とされていたい。もしくは立場が産む、今まで味わっていた優越感や利潤を離したくないのかもしれない。
外見に関してはハロー効果だ。聞いたことは?
……無さそうだね。
心理学では外見が良い人の能力や意見を実際よりも高く評価してしまう事をハロー効果という。
見た目が良いだけで過大評価をする、そんな認知の歪み。信頼に足る身なりというだけで信じてしまう。
持て囃される事の多い立場のオレが言うのも何だが、どこかに雇われたりしやすいのも、顔やスタイルが良ければそれだけで評価される。場合によっては、犯罪を犯しても同情的な意見や擁護の言葉が増えてしまう。そういうことさ。
ついでに言っておこう、オレは自分の容姿について何の感慨も湧いていないよ。ナルシスト扱いするのは勘弁してほしい。
オレの見た目はどうでもいいんだ。もしも顔立ちが周りから言われる程良くなくても、それを良いと喧伝する権威が居たらどうか。
人間は権威にだって弱い。誰の意見も気にせず取り立ててくれる、そんな事例は凡そ少ない。
前例があればそれに倣うし、目も眩むような輝かしい肩書の人間が如何なる愚策を語ろうとも人はそれを信じやすい。だから誰とも知れない人間の発想を採用なんてしない。もしも有るとすれば、それは癒着という。また人はそれを結び付きとも言うが、自分にとっての快・不快で別けているところが大半じゃないか。
多数が支持するような著名人の言葉を信じたり、広告宣伝に多額の費用を支払っている有名ブランドの製品を使うのは、信頼があるからだと声高に言う。眼に見えず、触れもしない信頼があると語る。
長くなってしまったね。
つまりは簡単なことさ。他者から排斥されたくなければ、人前では何を思いつこうとも付和雷同を決め込んで。権威に阿れば排除もされにくい。もしもの時は外見が良ければ尚良し。
それさえ知ってしまえば、理解が出来なくても孤独になんてならない。
……それを理解したからこそ、かな。
大人が見ていて不安にならないような、誰にも嫌われないような穏やかな子供は演じられたと思う。でもね、何も面白くなかったよ。
地平線が見えるような何も無い道を一人で歩くみたいな、雲一つ波一つ無い凪いだ海原を漂うような。退屈で、何も起きない無味乾燥そのもの。
きっとこのまま、波風立たずに人生が過ぎて行くと思った。普通に進学して、普通に就職して、普通の伴侶を見つけて、普通に結婚して……。そして、病気か老衰で普通に死ぬ。確率に換算すれば49%の少数派を決して選ばずに、51%の多数派を選び取っていく。誰もが正しいと言う生き方。
何も難しくない。當真が言っていた通りさ、本気でやれば結果が出せるし記録の更新だって出来る。じゃあ逆に常に手を抜いていればどうなるか、単純に普通の範疇に納まるんだ。
そして小学生時代では悪目立ちすることも無く、かといって成績はと言われれば普通に優秀。そんな子どもがオレだったよ。
ん。どうしてそんな事が出来たのか、かい?
簡単だよ。どうやら他の人とは違って、オレは筋繊維の一本一本を意識的に動かせるみたいでね。だから細部まで観察して憶えた身体の動かし方を、筋繊維単位で調節して再現ができる。
それに筋肉が自壊を防ぐ為のリミッターも緩いようで。これも意識的に外せてしまう、つまり火事場の馬鹿力を意図的に出せるということになる。そのうえ一日程度で筋肉痛が無くなる程度には超回復も早い。
レイリーさんを抱えて大ジャンプが出来たりしたのは、そういった理由だね。
つまり生まれつきの記憶力と鍛えれば鍛えた分だけ成果の出る肉体、それぞれが手伝って勉学も筋力も付いていく。だから努力はしないことにしているんだ。
少なくとも、アイツの前以外ではね。
何かを学べばするりと理解する。
退屈だった。
鍛えれば必ず結果が出る。
とても窮屈だった。
渇望せずとも成果を得る。
酷く空虚だった。
共感性が薄いと言われると確かにそうかもしれない。でもね、レイリーさん。知能検査もサイコパステストも同じで、皆が答えるであろう解答を考えれば異常扱いは回避できるんだ。
そうしてオレは特別目立たず、変なことをするでもない。成績は全部狙ったように上の下か中の、おとなしい優等生でいられた。
それでも一度だけ、姉さんが涙を流す程本気で怒られたことがある。
今となっては、結局オレは馬鹿だったというだけの話だが。その時は驚いたよ。
オレが小学生の時。その頃には姉さんはもうすぐ中学生で……ああ、姉さんとオレは歳の差が結構あるんだ。だから掴み合いの喧嘩なんて無かった。
いや食べ物に関して気に入らない事をしたら、一方的に殴られる事はあったな。最初はプチシューの時で、姉さんが目を付けていたチョコレートの多く掛かったヤツを知らずに食べてしまったんたが……。
うん、話を戻そう。姉さんはかなりアクティブな人で、男子とも混じって遊ぶような女の子だった。ガキ大将というのか……まぁ奔放な方だったよ。
家と小学校を結ぶ通学路、その途中に都心にしては珍しく、たまたま広い空き地があったんだ。今では新しいアパートが建っていて見る影も無いけどね。
都会にあろうと植物の成長は逞しくて、背の高い雑草と低木ながら葉を多く蓄えた木が生い茂っていた。子どもが大人の目を避けるにはうってつけ。ということで、姉さん達はそこを秘密基地にした。
各々変なものを持ち込んだり、放課後にはそこで遊んだり。子供にはよくある話だね。他の人たちの場合と少し違うのは、まだ小さな捨て猫が居たことだ。
ここから話すことには、大いに推測を含んでいる。何故かって、弟だろうと自分たちの秘密基地には招き入れたくなかったんだろう。オレが姉さん達の秘密基地に入ったのは一度切りだからね。
ズルいとは思わなかったさ。家族にも教えたくない秘密、それはとても甘美だろう?
猫はおそらくフワフワとした毛並みだったんだろう。毛艶も良かったんだと思う。日に一度、姉さん達の誰かが小学生のお小遣いを叩いて餌を購入していた形跡があったから、すぐにわかった。
とは言っても、誰が見てもわかりやすかったけどね。姉さんは嘘を吐くのが下手だから、猫の餌を買いに行く時に異様なまでの挙動不審で、しかも家に戻って来ると服にはつやつやとして柔らかそうな毛が沢山付いていた。
その事を親に訊ねられると、それはもう酷く吃り始める始末さ。つまりどこかで犬か猫のどちらか、もしくは両方の動物と触れ合っているんだろうとは想像に難くない。
オレも両親も、隠し事をわざと暴き立てるような事はしなかった。いい思い出になるならそれは何よりだ、本人たちがしたいようにさせよう。そんな感じかな。
だがある時、そんな愛らしかったであろう子猫が惨殺されていたんだ。
子どもの考える秘密基地の場所なんてものは、傍目から見ればほとんど隠れてはいない。オレから見ても最初から姉さん達が秘密基地を作って遊んでいたのは知っていた。
オレが姉さんの帰りより遅く小学校から帰る事になった日。ああ、小学校でも生徒会の委員会活動でね。それでたまたま通りがかった秘密基地の近くから、いつもと違う異臭がしたんだ。
決して嗅ぎなれてる訳じゃあない。
血の臭いがね。
フワフワで白かっただろう毛は真っ赤になって。強く殴打されたんだろうね、白い骨が皮膚を突き破って見えて……細かく言うのは止めておこう。レイリーさんが顔を顰めたなんて當真の耳に入ったら怒られそうだ。
それで、かなり悲惨な事になっていた子猫の死骸を、オレは姉さん達に何も言わず埋めたんだ。
これを見てしまったら、トラウマになるだろうと思っての行動さ。人の無闇な残酷さに触れて無駄に傷付く必要なんてないだろう?
猫を殺した犯人は、そこそこ荒れている中学生だった。猫の血の臭いを辿って家を突き止めておいたんだ。仕返しなんてしていないよ、それだけは言っておこう。
それと、殴打はトドメに過ぎなかった。銘柄の違うタバコのフィルターと、規格や色の違うBB弾もそこかしこに散らばっていたから、複数人で寄って集って遊びで殺したんだろう。
姉さん達からタバコの臭いがした事は一度も無いから、秘密基地に集まっていた子供が隠れて吸っていた、ということもないはず。ではどこの部外者が? と考えれば、難しい推理じゃない。
そしてそんな事をできてしまう中学生が犯人だと、何かの弾みで小学生が知るのは拙いと思ったんだ。年齢が違うんだから体格差もあるし、詰め寄ったとしても子猫相手に残虐性を発揮できるような相手では、逆に何をされるかもわからないからね。
その事については黙っておけばいい。なにより血と泥だらけになった猫の死骸は不衛生だ。しかも無残な状態に過ぎる。だから姉さん達の目にも手にも触れない方がいいと思った。
それで、先に埋めておいた。出来るだけ証拠隠滅もしておいて、元気に成長した猫が勝手にどこかに行って誰かに拾われでもした、そんなふうに思えるように。
その後オレは代わりになる白い毛の野良猫を探して、どうにかして逃げ出さないように囲んでから秘密基地置いておいた。
毛色も同じだからバレないと思っていたんだが、結局後で気付かれてね。どうやら猫が逃げないよう調達したマタタビを買った店から話が漏れたらしい。人の口には戸が立てられぬとはよく言ったものだ。
姉さんが気付くまでは早かったよ。もちろんだが、オレが勝手に連れてきた猫なんだから、何をしてもいつもの反応と違う。そういった違和感もあったんだろう。
そして自分の耳に入ってきた、疑念が確信に変わるような噂話。それを知ると……。
「なんでっ!」
「……っ!」
「なんで、そんなことしたの!?」
思いっ切り殴られたよ。拳で。
姉さんも馬鹿ではないから、オレが何をしたのか? といった顛末にすぐにたどり着いたんだろう。
オレが猫を殺した犯人ではないことは、主に中学生の間に流れていた噂話からも察しがついた。普段からヤンチャなことをしている中学生のヤツらが、へらへら笑いながら猫をどうこうしていた。という話が出回っていたらしい。
でも何故自分たちに知らせる前に、死骸を埋めたり代えの猫を用意したのかがわからない、とね。
反論というか、何故そんな事をしたのか説明は一応したんだが、まったく理解できないといった顔だった。
殴られたオレの方も理解できなかった。残酷な物は見せず、代わりに優しい物を、なんて。誰でも、それこそ大人だって子供にやる事だろう。
その後もう一発殴られて、オレは猫を埋めた場所に案内させられた。子供の足で人にバレないよう運べる範囲なんてたかが知れている、距離もそこまで遠くない川原の方にね。
そこに着いた途端、姉さんが素手で土を掘り起こしたんだ。やはり子供のすること、そこまで深くも埋められない。掘り起こすまでの時間は……早かったのか、遅かったのか。ここは少し曖昧だ。
ボロボロだった死骸が半ば腐っていたけれど。とうとう姉さんは掘り起こしてしまったんだ、うん。止められる訳もないさ。
それでも姉さんは泣きながら抱きしめた。服が汚れるし、そんな事をしてもどうにもならないと解っていたから止めたんだが。姉さんはそのまま手を振り払って、ずっと泣くんだ。
「ごめんっ、ごめんねぇ……! 痛かったよね、いやだったよね……ごめんね、さみしくさせて……!
いっしょにいてあげられなくて、ごめんなさい……」
そう言って、ずっとね。
結局、オレには実感が無かったんだ。
「この子は、この子しかいないの。ほかの猫じゃない。はやても、そうなんだよ……?」
他の人も同じ人間で、その人しかいない。動物も同じだった、知識としては知っていたが実感を伴ってはいなかったんだ。
まったく呆れるばかりだ。共感性が無くても、周りを見ていればどうにかなるだろう。なんて、本当に思い上がりも甚だしい。オレはその時まで、周りより上手く立ち回れただけの子供だったのさ。
しかも質が悪いことに、それがずっと上手くいっていたんだからね。
そんな出来事から数年は、オレからも、姉さんからも、互いに距離を取っていたように思う。平気な顔で猫の死体を埋めて、身代わりまで用意していた弟を気味悪く思ったのか。それとも一連の出来事にずっと怒っていたのかはわからない。
その時オレが考えていたのは。少し怯えたような顔をする姉さんとは、あまり顔を合わせない方がいい。
姉さんの心の傷が癒えるまでの精神衛生上、その方がいいだろう。その程度の認識さ。
結局、姉に涙ながらに殴られても尚性根が変わっていなかったんだ。我ながらお恥ずかしい限りだよ。
それでも数年経てば、多少は氷解していく。姉さんに殴られた後に考えた通りにね。そうでなくとも家族だから、嫌でも毎日顔は合わせるし、歳の差はあれど学生同士なら共通の話題で会話をする時もある。
その間に姉さんに『噂』が取り憑いた。レイリーさんも知っているだろう? 『叩けば直る』という便利な奴だよ。どうして取り憑いたのかは流石にわからない。
千々石さん何かもそうだが『噂』は自然発生的に取り憑く場合もある。姉さんのもそうなのかもしれないね。
最初は物が壊れた時に叩いて直す程度だったんだが、人の傷にも応用できると人の間で周知されていってしまって。あとは今と同じように、特例措置の外科医さ。姉さんはその時まだ高校生、公的な病院で働かせるのは色々な懸念がある。まぁ、だとしてもやはり便利だからね、放ってはおかれない。
一方のオレは相変わらず、少し成績のいい平々凡々の中学生になっていた。学年以外で変わった所があったとすれば、本気でやっている演技だけ上達していたことくらいかな。
前置きが長くなってすまない。
いよいよレイリーさんお待ちかね、當真の話だ。