はい!こちら『愛に溢れる探偵事務所』です! 作:枯華院 清日
そこそこ長くなります。
オレが姉さんの病院に行っていたのは、ボディガードみたいなものだよ。両親が共働きで、姉さん自体の帰りも遅くなりやすい。
病院側からすれば、子供二人揃って未成年だから病院からまとめてタクシーで帰ったりする方が安全、という言い分さ。
本音としては流石に子供に当直のようなことはさせられない、しかし出来るだけ長く使いたい。病院側の思惑はそんなところだろう。
個人的にも……何となく、ぼんやりとだが。姉さんを守りたいとは思っていた。いや、今もだね。
家族とはそういうものだから。それが世間一般で言う普通だし、わざわざそれに逆らう必要もない。そんな考えもあっただろうか。
それでいつものように姉さんが病院での仕事を終わらせるのを待っていた時。
「…………」
「…………あぁ?」
最初は本当に酷かったよ。
いやもう本当に。
「こんにちは」
「チッ……」
これが最初の会話さ。うん、挨拶に舌打ちで返すのは会話じゃないな。オレも當真も特に会話する気が無かったから仕方ないのかもしれないが。
當真は今よりも人間不信。レイリーさんも知っての通り。中学に上がってからすぐにあんなことがあったら、人そのものがトラウマになってもおかしくない。まあ、うん。そういうものだろう。
オレもオレで。誰だか知らないが、病院の関係者なら挨拶程度はしておこうくらいの認識。互いに興味はまったく無いしね。
ちなみに當真とオレは、最初は別のクラスだった。だから本当に会話も面識も何も無い、ほぼ他人だ。
だが中学一年生の夏休み明け、二学期から同じクラスになった。クラス替えがそんな時期になるのは不思議だろう?
當真が改造されたあの事件は、公には孤児院の大規模なガス爆発による火災という形になっているんだ。身元もわからない程焼けた死体を含めて、行方不明者と死者多数の痛ましい事件。アイツはその唯一の生き残り。ということになっている。
真相は闇の中。當真が真実を語っても周りがそれを信じるとは限らない。何より事実を広めようとしても、普通とはあまりにかけ離れている事件だ。さっきも言ったが、子供の荒唐無稽な発言を信じる人なんて……ね。
もちろん、當真と同じ孤児院出身者で同級生も居たんだ、住居が同じなら学区域も同じだからね。しかし事件を境に人数が大きく変わってしまった訳だから、学校側も急遽クラス替えをした。ということだね。
真中先生はその時からずっとオレと當真の担任だよ。中高一貫校とはいえ、真中先生も中々ヘヴィな仕事を任されたものだと思う。
そして新学期のクラス替え。その後からもう酷かった、當真はそんな事があって荒れているし、しかも物をよく壊す。更に体育もサボる。傍目から見れば不良のそれで、誰だろうと確かにそう思う。
でもレイリーさんも知っているだろう。當真は臆病なところがあるが、悪いヤツじゃあない。
物を壊すのはとにかく力加減が下手だったから。体育をサボるのは、他人に申し訳ないと思っていたからだ。こんなバケモノが、人間様の世界に入り込んで我が物顔で記録を荒らすなんて、あってはならない。そんな感じだろうね。
ずっと一人で塞ぎ込んで、他人と関わろうとはしなかった。その時はオレも當真が何か隠しているのは察していたが、積極的に関わろうとは思わなかったよ。オレもオレでバレたくない事はあったから、お互い様というものだ。
互いに関わることはない。そう思って波風立てずに過ごしていたんだが、真中先生から呼び出されてね。
「淋代、急に悪いな」
「いえ大丈夫です。何のご用ですか?」
「先生はな、マジで助かってるんだ。淋代がクラス委員も生徒会にも入ってくれて、お陰で別の委員会決めとかがさっさと決まる。話をまとめるのもそうだ、俯瞰的に物事を見れるっていうのは強味だな」
「そんな事は……」
「あるよ。謙遜するなって」
真中先生からすれば、周囲から一歩引くというスタンスも好意的に受け止められるようだった。
しかしまさかだ、ただ一介の教員が普通の教え子の一人を褒める為だけに呼び出す訳もない。
「……何の用なのか、お聞きしても?」
「うっ……あー、その。な? 今学期から同じクラスになった當真ってのがいるだろ?」
「はい。彼が何か?」
「ちょっと淋代の方でも、目を掛けてやってくれないか? い、いやっ別に、優しくしろとかそういうんじゃなくてな! 何か変なことしないように見ておいてほしいんだよ!」
「はあ……」
「あいつも悪い奴じゃないんだ。話に聞く限りでも一学期の頃はあんなんじゃなかったし……。とにかく先生の方でも気にしておくからさ! 悪い、頼んだ!」
そうだね。問題児のお目付け役だね。
真中先生の提案は正しかった。あの時の當真は今よりも必死に、とにかく誰かの為にならなきゃいけないって考えていたんだから。
現在は多少鳴りを潜めているし、口では否定するだろうが。目の前で誰かが死にそうになったら、無条件で飛び出すだろうね。思い当たる節があるだろう?
と、まあ。真中先生の言い付けを守って、オレは當真を監視することにした。
何で人の言う事を素直に聞き入れるのか?
はは、簡単だよレイリーさん。
人は利用価値がある場合、それを排除しない。當真と同じでオレも結局人が怖かったのかもしれないね。
今のモデル業、それと生徒会。どちらも必要とされたから……というのも理由の一つ。もう一つ理由があって、當真に試してみろよって言われたからさ。人間をナメてんじゃねえぞってね。
さて。こうして真中先生の頼みで當真に引っ付く事になった訳だ。親しくなるのはそれからで、とある出来事があるまでなんだが。
思い返してみると中々酷い。例えば。
「當真くん、お昼一緒にいいかい」
「あ? 嫌に決まってんだろ」
とか。
「すまない當真くん、消しゴムを貸してくれないか」
「他のヤツに借りろよ。席遠いじゃねえか」
「君がいいんだ」
「キ、キモッ! キモッち悪ィな!?」
「間違えた。君のがいいんだ」
「あんま変わんねえよ気持ち悪ィ……」
とか。
「放課後遊ばないか?」
「テメエの姉ちゃんの所に通院だよボケ」
「病院で遊ぼうか」
「迷惑考えろよ、お前の常識はどうなってんだ」
なんてね。
連れないにも程があるだろう?
どう誘っても梨の礫、嫌だ断る気持ち悪いとしか返事もしない。これにはオレもお手上げだ。
将を射んと欲すれば先ず馬を射よ。その言葉の通り周囲から気を引こうにも、アイツは周囲そのものと距離を取っている訳だからヒントがない。
それでも遮二無二引っ付いていた時期があった。今にして思えば、個人をひたすら見ていたのは初めてだったな、何だかんだ嫌がられるのも新鮮で。次第に當真個人に興味も湧いてきた。
その気になれば完全に無視を決め込むなり、人間では追いつけない速度で逃げるなりと、オレと関わらない選択肢もあっただろうに。恐らく姉さんから弟と仲良くしてほしい、なんて言われていたのかもしれないね。そうなれば當真は断れない性分だからさ。
それでここから先は。その、ちょっと汚い話になる。
當真が止めていただろう?
公共の場で、しかも飲食店で話すような内容かと問われれば……まったく相応しくない。
ある日の放課後の事なんだが。
「何でトイレにまで着いてくんだよ!?」
「友情の連れションというものがあるらしいよ」
「友情を育んだ覚えがねえんだよ気持ち悪ィ!」
うん。……いや、本当に大事なんだ。
オレには少なくとも、女性に下品な話を聞かせて楽しむような趣味はない。それは信じてほしい。
話を戻そう。放課後の夕暮れの中、オレンジ色に染まった公園のトイレでキレ気味の當真の横で連れションに興じていると。
「……あ?」
「どうかしたかい?」
「何でもねえよ」
小さく、遠くで、何かが潰れる音が聞こえたんだ。こう、卵が落ちて潰れる音というか、未熟なトマトを力任せに叩きつけるような音がね。
オレはさして気にしなかった、何がどこで落ちようともどうでもいい事だから。気にしても手遅れなのは間違いない。音に気付いても、拾いに行くのも難しい距離での音だった。
続くように、また音がした。
「クソがッ!」
「ん?」
二度目の落下音と同時に聞こえたのは、人の悲鳴。
當真も耳が良い。後日聞いたが、数百メートル先の針が落ちる音も聞き分けられるそうだよ。
レイリーさんが学校の階段で滑ってしまった時に抱き止めたのも、小さな悲鳴や普段と違う音を聞き付けたからだろうね。
そんな異常聴覚の當真の耳に飛び込んで来たのは、人の悲鳴と重々しい落下音。音の正体は。高所から人が飛び降りて、地面に叩きつけられた音。
飛び降り自殺、というやつさ。
「……こん、な、こんな事って、あるかよ……!」
「…………」
當真がとても追い付けないような速さで現場に着いた時には、辺りは凄惨な血の海。茫然とするのも当たり前の異常事態。
當真は酷く動揺していたよ。アイツの場合特に人の死なんて見たくはなかっただろうから、むべなるかなというものだ。
その直後にも少し離れた所で重たい何かが空から落ちる音がした。そう、まただよ。
「ふざっけんな!」
その不吉な音を聞いた當真が叫ぶやいなや、またオレの目の前から消えた。信じられない加速で、人を受け止めに行った訳だね。
オレもそういったとんでもない事に縁が無かった訳じゃない。だから當真の隠し事はこれか、とすぐに察した。それと姉さんから聞いていた、体が自壊する程の力もその一つかと。
無事に人を受け止めた當真だが、体が焦げ付いて所々に裂傷も見えた。火に炙られている訳もどこかに引っ掛けたでもない、ただの加速の代償だ。
オレは不思議に思った。
実はこの時点で人が飛び降りていく理由に気付いていたんだ。でも助けようとは思わなかった。
人なんて遅かれ早かれ死ぬ。それは自分も、家族も、顔も知らない誰かも同じ。交通事故で不本意に死ぬのも、急病で失意の中で死ぬのも変わらない。
それでも助けたいと言う人は存在する。現実でも創作物の中でも少数ながら居るし、在る。
フィクションと現実に違いがあるとするなら、本当に命を懸けて他人を救おうとする人間の多寡だと思っていた。見ず知らずの人に心臓を差し出せる、そんな人は現実に居ないだろう?
なのに、當真はそれが出来てしまう。このまま飛び降りて来る人が増えても絶対に助ける。例え身体が燃え尽きても、傷だらけになって失血死しようとも。その寸前まで助けてしまう。
誰もが死者を悼まないと心が無いと言う。人を助けないと人でなしと言う。でもそれは手の届く範囲に限る話だろう。現実には野次馬か、我関せずを通す人ばかり。オレもそうしていた、だってそれが普通だから。
「おいッ!」
「……なんだい?」
「何だじゃねえよ馬鹿野郎! 救急車を呼べ! 無理だってんなら人を呼んでこいッ!」
その時、つい口に出てしまったんだ。
「なんで?」
「なんっ、はァ!?」
當真が間一髪受け止めた人は、自分の手で自分の首を締めていた。どうしても死にたくてたまらない。そういった異様な強迫観念に駆られるようにね。だから救急車を呼んだりしろ、ということ何だろうけど。
その人以外は全て手遅れ、頭からしっかり落ちていたから即死だ。呼ぶなら自分の身の潔白を示す為に警察か、後で葬儀会社でも呼べばいい。
「まだ増えるよ」
「何言ってやが……!?」
ところでレイリーさん。
『邪視』というものは知っているかい?
『邪視』
世界に広く存在する伝承の一つ。
他者を見つめる事により、呪いや災いを引き起こす存在のことを言う。ひいては魔術の一つともされる。
日本においては『イビルアイ』『邪眼』『魔眼』と呼称されることも多い。
中東やヨーロッパ圏で盛んに語られた迷信であるが、その場合は青い眼をした人間こそが邪視の持ち主であり。故意であろうと無かろうと、呪いを振り撒く魔女だとされた。日本への翻訳の都合で魔女とするが、魔女とは本来男も含む。
中東では邪視の呪いを避ける為の護符が存在し、北ヨーロッパにも邪視避けの紋様が存在する。
古代ローマにも同様の効果を持つファリックチャームという飾りもあるが、それとは別に呪いを回避する動作がある。
それはコルナというハンドサイン。そしてマノ・フィコという手の動き。
簡潔に述べるが、いわゆるファ○クサインのこと。
至って真面目な事実であるが。不浄なる力には、不浄を以て対抗するというのは西洋問わず珍しくない。
つまりバケモノにはバケモノをぶつけんだよ!! そういう理屈である。
ちなみにファリックチャームに関して調べる時は、周りに注意されたし。
ファリックチャームは日本語訳すると『陽根の飾り』となる。つまりそういうモノだ。
これは、誰かが見つめる話。
人がとにかく自殺したくなって、それを実行してしまう。そんな恐ろしい『噂』は『邪視』以外に無い。
ということは當真がいくら人を止めようとも、被害者は増える一方だ。オレは原因がわかっているから、何をしようと無駄だという意味で言ったんだが。
「クソがァ!」
「…………」
更に人が墜ちる音がして、當真はそれを同じように上手く受け止めた。またボロボロになりながらね。
そんな不思議なヤツを追いかけて近寄ったら。
「こんの、馬鹿野郎がッ!!」
「ぐっ!?」
言葉が足りていなかったのか、顔を思いっ切りグーで殴られたよ。流石に歯が折れたかと思った、たぶんあの時は手加減無しだったからね。吹き飛んで死んでないだけマシで、避けられもしない速さだったよ。
オレの含みのある言い方から何が起きているのか理解していると察したんだろう。けれどそれなのにまるで何もしないから、我慢できなかったのかな。
「文句は後だッ! テメェ、何が起きてんのか解ってんなら説明しろ! 解決方法があるんならそれも言え!」
「……いいよ」
『邪視』のソレには、死のうとするまでのタイムラグがあること。つまりは、人が落ちてくる先を辿れば元凶がいる筈。そして対抗する手段もある。
奴らには不浄で抗える。最も手っ取り早い不浄とは何か?
「當真くん、おしっこは出るかい」
「えっ」
「小便や尿とも言うんだが」
「真面目な話してんだけど!?」
「真面目な話で言ってるんだ」
そう、いわゆる糞尿だね。
シリアスが音を立てて死んでいく感じがするだろう?
オレも今ならそう思う。
「出ねえよ! さっきしちまったじゃねえか!」
「じゃあ仕方がない。相手は『邪視』というものだ、他の対抗手段としては」
「追いながら説明しろ、あと手伝え!」
「ああ、いいよ」
まったく無茶を言うよ、落下してくる人を助けつつ説明もしろだなんてね。出来なくはなかったが少々骨が折れた、誇張や慣用句的な表現抜きで本当に肋骨の一番下が折れたんだ。人は意外と重いね。
それでどうにか邪視らしき相手に追い付いた、その頃には當真もオレもボロボロだよ。
邪視は上を見ていた、何の為にかはわからない。道路を堂々と歩いて空を視るようにしていた。邪視じゃないか断定出来たのは、普通の人にはあり得ない嫌な雰囲気を醸し出していたからだよ。
「アイツだ、こっちが見ているだけで嫌な感じがする」
「野郎……!」
「アレに見られてはいけないよ。當真くんまで死にたくなったらそれで終わりだ」
「じゃあ視られる前に片付けりゃいいんだろ」
「……止めておいたほうがいい」
「黙って見てられる程人間出来てねえんだよッ」
迂闊だなぁと思ったよ。確かに當真は速い、しかも目で追える程度の尋常な速さではない。
でも相手を拘束するにも気絶させるにも、必ず止まる必要があるだろう? さもなくば相手を殺してしまう。
まったく仕方のないヤツさ。
オレが静止するのも聞かないで吶喊したんだ。
「!!」
「うっ……お!?」
言わんこっちゃない。急に近付けば視られるに決まっている。そして、そのまま目を合わせてしまえば邪視の力で死にたくなって自殺を選ぶ。
でもね、レイリーさん。オレは當真に興味が湧いたんだ。だから……。
「こっちにもいるよ」
「なっ、お、オイ!?」
「……!?」
「これでオレは視れない、だろう?」
助けに入った。
しかも。
「キメ顔で出してんじゃねえよ、シモを!!」
「こうするしかないんだ」
「ぐあぁぁ……!」
「ほら、効いてるだろ?」
「何なんだよ! お前マジで何なんだよ!?」
……大真面目だよ?
『邪視』には不浄で対抗できる。糞便が出ないのならこれしか無い、本当にそれだけさ。決して唐突に露出趣味に目覚めた訳じゃなくて、真面目にやったんだ。
「當真くんも出した方がいい」
「何でえ!?」
「直視されると危ないよ」
「社会的に危なくなるんだぞ!?」
「命の危険よりはマシじゃないか?」
「……チクショー!!」
さて。そんな訳で社会の窓を全開にして、アレをはみ出したりチラつかせたりしながら『邪視』を眼ごと拘束したんだ。
えっ、當真のアレのサイズ……?
……あの年齢の平常時でさえ、そのおしぼりと同じだったとだけ言っておこう。レイリーさん、フォンセルランドさんに毒されているから気付いてないかもしれないので言っておくけど、逆セクハラだからね。
その後は邪視の人を人気も疎らな川原に連れて行って、オレの携帯電話で警察に通報した。これで騒動は収まった訳だ。でも、まだ一悶着あった。
その川原は奇しくもオレが猫を埋めた川原と偶然にも同じ所だった。
邪視の人が警察に連れて行かれるのを見送ってから、彼らの背中が見えなくなる程小さくなった。
その直後。
「さて、と!」
「うん? ぐっ!?」
また殴られた。
「文句は後だって言ったよな?」
「殴られるような事はしていないんだが……?」
「心当たりがねえのか? お前も殴り返していいぜ、正直さぁイライラしてたんだよ。お前はどうだ?」
「チッ……!」
「い゛ッ! てえな、この野郎!」
邪視の時のことが余程腹に据えかねたんだろうね。それから何とも古臭くような、または青臭いような殴り合いが始まった。いやはや青春だね。男の馬鹿みたいな所が煮詰まったような、幼稚な殴り合いだ。
でも、それで良かったんだ。
「いつも何されてもニヤニヤしやがって!」
「そういう性分だ!」
「テキトウ言ってんじゃねえよ! 俺にくっついてるのだって担任に言われたからだろ!」
「その通りだよ!」
オレも殴られては冷静ではいられない。お互いに殴って殴り返してを繰り返して、鬱憤をぶち撒けていった。
「さっきもそうだ、訳知り顔で黙ってやがる!」
「喋ってどうにもならないだろ!」
「言わなきゃわかんねえんだよ!」
「考え無しに突っ込んだのはお前だ!」
「黙って待ってたら人が死ぬんだよッ!」
こんな感じでね。當真はオレのスタンスが気に入らなかったのさ、そして本気を出していないのも薄々気付いていたようだ。それが邪視の件で確信に変わったんだろう。実は結構な高さまでジャンプして、空中で抱き止めたりしていたからね。
しばらく経った後、お互いボロボロになった。オレも當真も遠慮無しで殴っていたから、それも当然だ。
そうしていたら最後にオレは當真の顎、當真はオレの腹に全力を叩き込んだ。それまでの殴り合いで息も絶え絶えだったから、二人して倒れ込んだよ。
「クソ……やっぱり隠してたじゃねえか」
「オレが本気を出しても、ろくな事にならない」
「本気の話だけじゃねえよ。本音もだ馬鹿」
「……人は妬むんだ。本気でやっていた事を、それと同じだけの努力をしていないヤツが上回ったら。その後に必ず恨む、才能の多い少ない大きい小さいに限らず、絶対に」
「それはフツウの人間サマの理屈だろ」
「オレは嫌なんだ。正しい事をしても逆恨みをされるなんて御免だ。オレが善意で何をしようと、事態が好転するとは限らない」
「当たり前のことだぜ。知らなかったのかよ、馬鹿だな」
「姉さんだって、オレの事を気持ち悪いと思った」
「はぁー……。お前、色々出来るかもしれねえし頭もよろしいんだろうけど、本当に馬鹿だな。言ってみなきゃわかんねえよ。
だから話してくれ、お前の身の上話。俺も話してやるよ。その上で考えればいいじゃねえか、この馬鹿」
ここまで馬鹿馬鹿言われたのは初めてだったな。
當真に促されて、オレは思っていた事や隠していた事を洗いざらい話した。オレの話の後は當真の話を、これも包み隠さず全部聞いた。
「つまりは、さ。お前は本気でやれば人より色々出来ちまうだけの凄い人間だ。
俺は本気を出しちゃいけない、ただのバケモノだ」
そんな事をとても悲しそうに言うんだ。オレは普通になろうとしていたが、當真は普通を取り上げられたんだ。それまでの家も、友達も、親みたいに思っていた人も、全部。しかも残った身体まで改造されて。
「あー馬鹿馬鹿しい。お前はそう思わねえか?」
「何がだ」
「結局俺らは無い物ねだりしかしないんだよ。そのうえ臆病な馬鹿とバケモノ、くっだらねえ」
「……そうだな」
何も言い返せなかった。自分たちの本質について、的を射ていた言葉だったから。
それからあっけらかんとした調子で続けた。
「だから普通の基準もわからねえ」
「…………」
「でもお互いラッキーじゃんか」
「え……?」
「俺とお前は、お互いにだけ本気を出していいヤツを見つけられた。俺は人間に近付く為の本気の手加減、お前は人間じゃ限界があるって知る為の全力。
馬鹿馬鹿しくって照れ臭いけど、俺と友達になってくれよ。いいだろ?」
「オレで……いいのか?」
不安だったよ。何がと言わずともオレのその時の心境、レイリーさんならわかってくれるんじゃないか?
それでも、起き上がったあいつは笑って手を伸ばしてくれたんだ。
「わかってねえなあ!」
「だから、何がって……」
「お前だからいいんだよ!」
「っ……」
その時から、オレたちは友達だ。
「これからは隠し事無しだぜ? それとやるだけやってみろって、人間サマをナメんなよ? 案外俺みたいにお前でもわかんねえし敵わねえやつが、どっかにいるかもしれねえんだ」
「そう……しよう……」
「なんだよ、泣いてんのか?」
「泣いてないっ」
「ははっ。じゃあよろしくな……えー、淋代?
あっ、ダメじゃん。姉貴がいるんだし。ま、いっか。ここまで馬鹿みてえな事やったなら、一段跳ばしで親友だ。よろしく、颯」
「ああ……よろしく」
オレと當真の最初の話は、これで終わり。
と。綺麗に終われば良かったんだが……。
「馬鹿っ!」
「いやその……ははは」
「反省してまーす」
「馬鹿二人!!」
「そんなこっグフゥ」
「悪いとは思っ痛え!?」
リハビリをすっぽかすわ二人揃ってズタボロに怪我をしてくるわで、姉さんからの治療と称した殴打と説教の追加だ。まったく締まらないね。
「……ははっ」
「……へっ!」
「もうっ! 聞いてるの!?」
「うん、聞いてるよ」
「聞いてまーす」
でも肩の荷が降りたというか……とにかく殴られても説教をされても悪い気分じゃ無かった。
これでその時の話は本当に終わりさ。何か補足が必要かな、随分長くなってしまったけど……。
ん? そうだよ。休日に當真と遊んでいるのはあいつの提案だ、お互いに本気で競い合う為に他の人がいない場所で遊ぼうぜってね。どうしても目立つ事を学校では出来ないからという理由だね。
学校の用具を壊してしまうのもすわりが悪い。かといって民間の何かを壊すのも褒められたものじゃない。アイツが問題児扱いされる理由の一つだ。壊した時は弁償もしてるから安心してほしい。ついでに賭けをしてるのも、何か無いと張り合いがないからってことだよ。
當真は名前で呼んでるのに、オレは名字のまま?
それは當真にも言ってない理由があってね。
いつか、當真に胸を張っていられるようになったら名前で呼ぼうと思ってるんだ。オレは普通の人間で、お前の親友だ……ってね。
まあ、最近は親友というのも味気無いと思っているよ。人間は欲が出てくるものだね。
ん、どういう事かって?
「オレと君はライバルかもしれないよ。レイリーさん」
「……!?」
「あっはっはっは!」
───☆
夏場のありふれた夕暮れ。時間はいつもより遅く、気温は少し下がってどこか爽やかな気がする。
「そんなに睨まないでくれないか?」
「…………」
いやまさかね。まさかの伏兵でしたよ。いい感じの友情物語に、ちょっとアレな話を付け足した物を聞いたと思えば。なんですか、最後の変化球は。変化球じゃなくてむしろ危険球。心臓が止まるかと思った。
「冗談かもしれないだろう。それに、當真はノーマルだから気にしなくてもいいじゃないか」
「…………」
「大逆転もあるかもしれないが」
「っ!」
「はっはっは、痛い痛い」
淋代くんはもうちょっとジョークセンスを磨いた方がよろしいのでは?
「あれェ? 何だよ二人とも、今帰るところか」
「當真。用事は終わったのか」
「淋代くんの話を聞いてたらこんな時間」
「えっ……まさかお前、全部話したのか」
「ある程度な。安心してくれ、具体的には何センチかまでは話していない」
「そこ!? そこ大事か!?」
「おしぼりサイズ」
「言ってんじゃねえか!」
「聞かれたのでつい」
「聞かれても言うなよ!?」
事実かは確認していないので、真相は闇の……ズボンの中。社会の窓の奥底に潜む暗い陰だね、陰部だけに。
「道理で千々石さんの仕事手伝ってる間、やたらとくしゃみが出ると思ったぜ。もうさ、四回以上出んの。馬鹿は風邪引かねえって言うから、噂でもされてんのかと思ったらこれだよ」
「風邪じゃないのか?」
「顔を近づけんじゃねえよ! イケメンが感染したら……した方がいいかな!?」
「離れてっ……!」
「ははは、痛い痛い。レイリーさん、普通に痛い」
「……なんか二人とも仲良くなってねえ?」
それはもう。人の内面について、それと大事な昔話なんて聞かされたら仲良くもなろうというもの。
淋代くんも、きっと私と仲良くしようと思って話したのだろうから。計算尽くでしょうね。だとしてもライバル出現とは思いませんでしたが。
……いや冗談? 冗談だと嬉しいな?
何にせよ。私みたいな凡人に近付こうとしてくれる、意外と愉快な天才さんを呼ぶのにあまり余所余所しいのも良くないかもしれない。天才という埒外のカテゴリから、友人という一般へ。
じゃあ、どう呼べばいいのか?
答えはいつだってシンプル。こんな答えは普通の私だって思いつく。
「仲良くなったよ。ね、颯くん」
「!」
これからもよろしくね。
きっと君なら、言わなくてもわかるでしょう?
「な、名前で呼んでる……っ! 今日一日ですげえ打ち解け具合だッ、レイリーお前、普通に友達が作れるようになって……!」
「大袈裟」
「だな。……ふふっこちらこそ、これからもよろしく。レイリーさん」
「うん」
「感動……ッ! 圧倒的感動……ッ! 颯とレイリーのうるわしき友情に乾ぱぃっくしょん!」
「本当に風邪なんじゃないか?」
「……へぁー……そう言われりゃ確かに。この暑いに何か寒気がすんだよね、俺でも風邪ひくのか? だとしたらヤバくね? お前らに移ったら即死しない?」
「ばっちい……」
「なんだとぉ……!」
夏風邪は馬鹿が引くって言うらしいです。
「……何か声も変じゃない?」
「マジ? 自分の声ってわかんねえよな、どうよ颯」
「少し高くなっている……かな?」
「鼻声とか低くなるんじゃなくて!?」
あっ、夏風邪は長引く。だったかも。
まあいいか。初期症状のうちに温かくして寝ていれば、早く治るのは同じでしょう。
それにもし風邪でぐったりしたとしても、それ即ち看病チャンス。もっと熱が上がっていいよ。
「よく見ると身長も低く……」
「なるかボケェ! 元からお前の方が高えんだよ!」
「いや、本当に縮んでいるかもしれない」
「俺はゴムじゃねえんだよ、もしゴムだとしたらいつの間に熱可塑性も身につけたのかわかんねえよ。何よりゴム人間は怒られそうじゃん」
……そういえば。颯くんに訊くタイミングを逃してしまった事がいくつかある。
私の思考を読んだような発言をするのは、たぶん今までの人間観察で学んだ事を出力しているのだと思う。他にもあるけれど、何よりはぐらかされた気がしてならないのは。
「ゴムゴムは拙いか……」
「ゴムを連続で言うのはダメだって、何かしらの危険が危ないって! 主に著作権的な何かが!」
あの地下で見せた、不思議な力については一切触れていないことだ。
それもいつか、話してくれるだろうか?