はい!こちら『愛に溢れる探偵事務所』です! 作:枯華院 清日
フリスビーのような形をした、空飛ぶ円盤から漢が降り立ち地を踏みしめる。
───ザッ!
筋骨隆々、意気軒昂。
内に秘めたる意志を示すように髪も髭も空を突く。まさしく意気衝天が姿形に表れている。
服は青黒の全身タイツとマント、背中には覚悟の悪一文字。悪漢を体現するは我にあり。
「ここが我輩の侵略するプラネットねッ!!」
この宇宙人。名をタイター・Eという。
「我輩の支配の第一歩ッ。まぁずはッ!」
悪を背負う侵略宇宙人。
その手始めは。
「情報収集であるッ!!」
この宇宙人、意外に慎重派である。
しかしながら実の所。既に幾十もの星々の侵略は済ませていた。侵略とするに語弊はあるかもしれないが。
とある星の住民は、地球で言うところのカタツムリとイルカに似ていた。カタツムリの民は棲家を追われ、イルカ型住民に略奪をされていた。知能に関しては同程度だったが、イルカの住民の方がカタツムリよりも残虐だったのである。
なので、イルカの方を滅ぼした。
片方を滅ぼしてから暫くは統治を行い、誰であろうと星の支配者はタイターであると誇らしく言うようになった。その後、様々な智慧や
いつか、カタツムリの民が星の海を漂う技術を携える程成熟した頃に、また支配者として降り立つ為に。
またある星では、タイターの数倍もの身の丈を持つ巨人が星の支配種族だった。
膂力はあれど愚鈍、力のみが正義。そういった巨人たちだった。なので、これもまた難なく支配した。
怪力無双と無比なる技術力によって巨人の長たる冠を頭に載せた。しかし、あまりに容易くつまらぬとして、幾億の民にも万全たる知育の術を与えた。
小さき我等の王。その様に呼ばれて別れを惜しまれたが、止まりはしなかった。まだ見ぬ星々を悪に染めるが為に。
そんな星々の支配者が次に見定めた憐れなる星。
そこは地球から近く、しかし遠く離れた星。
人類未踏の地なれど、まるで地球と同じ環境だった。
暖かくなれば花が咲き。人は色彩に喜び。
暑くなれば緑は濃く。人は種を蒔く。
涼しくなれば空は高く。人は収穫を楽しむ。
寒くなれば身が凍える。人は身を寄せ合う。
「フッ! 我輩が支配するに相応しいではないかッ」
大きな市街へ入れば。そこには人々に笑顔があり。社会形態の破綻も無く。善良で、聡明で、豊かに暮らす者たちの惑星であると理解できた。
悪の宇宙人は内心舌なめずりをしていた。このような星こそ、自身の手に堕ちるのが相応しいのだと。
笑顔で生きていた地球ではない星の民。しかしながら、肉体が弱まる無情も共通していた。
「あいたたた……」
「ぬうッ」
老婆が一人。都市に侵入した宇宙人の前で唐突に蹲ってしまった。これはいけない、相手は悪の宇宙人。よからぬ事をしてもおかしくないのだ。
「老婆よッ! 治療が必要かッ!!」
「あらぁ〜……」
宇宙人はそう言って、地球で言うところの病院へ老婆を連れて行った。徒歩で。老婆を背負いながらである。
完全にただの善行にしか見えない所業。誰が見咎めようか、いやそのような無粋な者など居ない。
ある者以外は。
「待ちなッ!」
「むッ……何奴ッ!」
悪の宇宙人が振り返る。
燦然と輝く紅い灼髪。眼は熔岩のように赤く燃えている。宇宙人の視線の先に、烈火を人型に押し固めたような何者かが、親指で力強く自らを指して威風堂々宣言した。
「アタシか!?
ヘッ、悪人に名乗る名前は無いぜッ!
だが特別に覚えときな! 『正義の味方』フレイザちゃんとは何を隠そうアタシのことだッ!」
「ふむ…………名乗っておるではないかッ!」
「……うるせぇ!!」
正義の味方は、ここにいるのだとッ!
なお、少々頭が残念なのは気にしないものとする。
「その婆ちゃんをッ、離しやがれッ!」
「ぬうッ…ぐお!?」
「あらあらあら…」
「老婆よ、離れているがいい…ッ!」
「お年寄りには優しくッて知らねえのかッ!」
「ぐゥ!?」
言うが早いか正義の味方の一撃が烈風を呼び、悪の宇宙人を相手に一方的に口火を切る。しかしタイターも応戦しなかったのではない。
むしろ堂々と立ち塞がる者と対峙する快も、しかし老婆を放って置かねばならない不快も、両者が綯交ぜになった感情で応戦を始めた。
地割れさえ起こす蹴りは噴火のような蹴りに相殺され、豪風を纏う拳は嵐の如き一撃と相食まれ。鉄壁を誇る筈の超合金的な筋肉は、軽々と護りを破られた。
はたして小さな身体のどこにそのような力があるのか、誰が見ても不可思議なまでの剛力を。その頼りない脚に、そのか細い腕に宿す者がいた。
結果は烈日の陽光に照らされるが如く、あまりにも明白だった。
「馬鹿…なッ!」
「楽勝ッ! 雑魚過ぎるぜッ!」
全てが規格外。眼前に立ち塞がる細身の小娘こそ、この星が齎した正義の味方そのもの。
その傑出した力の前に悪はただ膝を着いた。
「くっ…き、貴様ぁ…!」
「お前も中々やるじゃねえか! ただの悪党にするには勿体無いぜッ、これからはご老人の誘拐なんてせずに、真っ当に生きて……」
「あのう、フレイザちゃん?」
「どうした婆ちゃん!?」
「タイターさんはねぇ、病院に連れて行ってくれたのよ」
「えッ!!!??」
正義の味方。
肉体は人智を超越した強さを誇っていた。だがその頭脳は、しかして少々よろしくなかった。更に短気でもあった。
「すまんッ!!」
「話を聞かずに殴り掛かるとは野蛮の極みよな」
「マジでアタシが悪かったッ!」
老婆の説明を聞いた後、正義の味方がする行動は一つだった。
地球式・ジャパニーズ・土下座。
地を這うまで頭を垂れて許しを乞う、その行いは地球ではない星にあっても最上級の謝罪として認識されていた。宇宙広しといえど、偶然起きたシンクロニシティかもしれない。
「されどッ! 貴様の眼は正しいッ!」
「……はァ?」
「我輩こそが悪ッ、悪の頂点とは我輩!
悪の侵略宇宙人とは我輩、タイター・Eに他ならぬッ」
「…………」
「愚かなり正義の味方よ、恐怖に言葉も出ぬかッ!」
「いや無理だろ侵略とか、オマエ弱いし」
「なッ、なんだとォ!?」
……こうして、正義と悪は邂逅したッ!
正義の味方と悪者が対峙したならば、する事は一つ。
東に倒れる者在れば。
「アタシが助けに来たぞッ!」
「馬鹿者! こやつは病に倒れ伏した、今優先するべきは脈を確保しつつ安静に療養所へ運ぶ事ぞッ!」
「お、応ッ!」
西に泣く者居れば。
「童よッ! 泣くなッ!!」
「オマエが怖えんだよッ!」
「悪とは恐怖も担うッ、なれば我輩を見て竦むは至極当然の帰結よッ!」
「いいから向こう行ってろってんだッ!?」
「……ふふっ」
「童よッ! 何故笑うッ!!」
南に火の手が有れば。
「クソったれ! まだ火元に子供がッ……」
「……『蘇民祭』嵐を呼べッ!」
「あっ! きゅ、急に雨が!?」
「はァ!?」
「何を呆けている正義の味方。何もせぬなら我輩が無辜なる弱者を拐かす瞬間を坐して見ていろッ!」
「お、おいッこんにゃろ……!」
北に強盗が出れば。
「ヒャッハー! 早く金を袋の中に入れなァー! オレっちの気は長くねぇんだぜ!?」
「くッ……人質を取りやがって!」
「けっへっへ…正義の味方もこれじゃお終いだなァ。
10秒だ! 10秒以内に金目の物を袋に全部詰め込めや! さもなきゃコイツの頭をぶっ飛ばしてやるぜ!
テメェらがモタモタ数えるぐれえならよ、どうせならオレっちが手伝ってやるよォ…10……9……8……ヒャア、我慢できねえ! ゼロ」
「とうッ!!」
「ギャー!?」
「て、天井から変態が!」
「強盗が潰されたぞ!」
「軟弱なり小悪党。貴様には悪の美学が足りぬッ!」
「オマエさァ。それはそれとして建物壊すのはダメだろ」
「……ごめんなさい」
「謝れて偉いッ!」
と、まあ。
悪も正義も入り混じり、様々な諍いを止めていった。
いや待て、何かがおかしい。
ある時、正義の味方はその疑問を悪にぶつけた。
「なあオマエ、悪人じゃなかったのかよ?」
「ほう? 正義とは貴様の事であろう?」
「質問に質問で返すんじゃねえよ! 悪人だっていうのに、オマエがするのは人助けばっかじゃんか!」
「ふうむ。貴様にはそう視えるか」
「違えのかよ」
悪が笑う。
「さにあらず。貴様の視野は狭くあるようである」
「はァ?」
「悪とは無法よ。万人が頭を垂れる法に逆らい、法を守らぬ少数を助く。集団を統制する法を守らぬなら、裁くのが法。我輩は、法の外に生きている」
「あー……」
「そしてッ! いつしか全てを手懐け、総てを掌握するッ! 其れは虐げられる者達も例外ではないッ!
我輩の所有物となるべきを、勝手に使い潰しては気ままに壊すなど言語道断ッ!」
「…………」
「故にッ! 我輩こそが悪! 我輩のみが悪であァる!」
「…………」
「どうした正義の味方よッ! 言葉も出ぬかッ」
「……いや、悪い。アタシ、バカだからよ。オマエが何を言ってんのかサッパリだわ……」
「ぐぬぬー!?」
正義の味方はちょっと頭が悪かった。
「ならば何故に貴様は戦うッ!」
「あァ? 正義の味方だからに決まってんだろ」
「ならば
「…アタシの一族は『正義の味方』だ。悪いヤツらを叩きのめしたり、困っている人を助ける。それが仕事」
「フンッ、くだらぬ。実に矮小かつ陳腐である、背負わされた義務で正義の味方を語るとはなッ」
悪が嘲る。
正義の味方の知能を揶揄しているのではない。義務が故に正義を執行する、その精神を下らぬと見下して哂うのだ。
正義の味方とされる女が、自らの赤髪と同じ色の星を背負って笑い飛ばす。
「バカ言うなよバカ、仕事だからってだけじゃねえ。
アタシが頑張れば、泣いてた子供が泣き止むんだ。
アタシが戦えば、戦えない人が助かるんだ。
アタシが護れば、みんなが笑顔でいられるんだ。
誰かを笑顔にして、人の為に戦って、みんなを守る。これ以上必要なことがあんのかよ」
「……ッ! ほう、言うではないか。
ならばやはり、貴様こそ我が宿敵であるッ!」
「なんだよメンドクセーな。宿敵? じゃなくてダチでいいだろ。オマエ、悪いことほとんどしないんだし」
「ならぬッ! 我輩は悪で貴様は正義! 相容れぬッ!」
「ハッ、意味わかんねーオッサンだぜ」
「我輩はオッサンではなァい!!」
さて。
それはそれとして、時の流れは移ろうもの。
圧倒的な正義の味方が在れば、悪が栄える事などない。いつしか季節も過ぎて行く。
豊かな春になれば。
「あらあら、ごめんなさいねえタイターさん。畑の収穫を手伝ってもらっちゃって……」
「我輩の手に掛かれば、これしきの農作業。赤子の手をひねるよりも容易いッ。長年酷使してきたその体を労るがいいッ!」
「おーいタイター、カゴ置いとくぞー」
「正義の味方よッ! 貴様は皮剥きだッ!!」
「いや無理だって。野菜が勝手に爆裂しちゃうんだぜ」
「力加減が死んでおるッ!!」
「フレイザちゃん。わたしが手伝うから、一緒にやってみましょう? 大丈夫よぉ、たくさんあるんだもの」
「うぇ!? ちょ、ちょっと婆ちゃんさァ。テキザイテキショっていうの? アタシには向いてないって……」
二人して畑の収穫を手伝い。
汗を流して豊作を喜んで。
騒がしい夏になれば。
「ウォォー! 祭りだァー!!」
「熱意が足りぬぞ民衆よッ!!」
「クソデカい出し物を二人だけで担いでやがる……」
「これ俺たちいる?」
「わからん……」
「声を上げろッ! 喉が枯れるまで叫べッ! 祝祭に肝要なのはッ肺腑が裂けても尚、天に轟する心意気ッ!」
「みんな歌えッ! 騒げー!」
「…やったらァー!!」
「ウォォォー! フレイザちゃーん!!」
「謎のオッサーン!」
「我輩はオッサンではなァァいッ!!」
「ハハハッ!」
深まる秋には。
「落ち葉掃きだッ!」
「温い、温いぞ正義の味方ッ! 我輩はもう一区画終わらせているッ! その程度の速度では、落ち葉に足を取られ転ぶ者が続出すると知れぃ!」
「勢い良すぎて逆に撒き散らしてるじゃねえか、バカ」
「何ィー!?」
「集めた落ち葉は、まとめておいてねぇ。だいたい肥料にするけど、少しだけお野菜を焼いちゃおうかしら」
「やったぜ婆ちゃん!」
「フンッ、貴様らだけで食うがいい。我輩は悪である! 故に施しなぞ受けぬッ!」
「タイターさんも食べるのよぉ?」
「だとよ」
「……えぇい、要らぬ! 要らぬと言っておろうが!」
静かな冬には。
「寒ィー……何だってんだ、この白いのは」
「貴様、雪を見た事が無いのか」
「雪ィ? 生まれてこの方無ぇな。昔はあったのかね?」
「ハァー…! 何と情け無い事よ。正義の味方ともあろう者が、この星の先人が蓄えた過去の叡智に触れておらぬとはな……」
「今アタシのことバカにしたか?」
「馬鹿に馬鹿と言って何が悪いかッ」
「オマエを雪ってのに埋めてやる」
「馬鹿者ッ!! 生活道路から雪を除くが先決ッ。や、やめぬかッ! おのれェ!」
「アハハッ」
「あの二人遊んでるー」
「混ざろうぜー」
そんな穏やかな風景があった。
誰とも知れぬ悪の宇宙人、誰もが知る正義の味方。相容れぬと宇宙人が言ったのは正しいかもしれない。しかし、善悪の二人が骨肉相食む憎悪の戦いを演じることは終ぞ無かった。
そうした緩やかな日のこと。
「よう悪党ッ!」
「ぬ……貴様か」
今日も、何でもないように宇宙人の住処へ足を運ぶ正義の味方。だが今日は、普段とは違う。どこか朗らかな……そう、朗報を持ってきたような笑顔だった。
「アタシさァ! 学校いける事になったんだよ!」
「……ほう?」
「アタシだけじゃなくて、オマエもバカな小悪党をブッ潰してくれるからさ、暇な時間も多くなってさ! そしたら、何したいってエライ人に聞かれたんだ。んでアタシが学校に行きたいって言ったら、いいよって!
身元の保証人? には、あの婆ちゃんがなってくれるってよ! だから、学校行けるんだッ」
「ふぅーむ」
タイターは逡巡した。フレイザの勢いが凄まじかった事が理由ではなく、学校という制度があり、やはりこの女はその恩恵を受けていなかった。という事実を脳裏に浮かべたが故に。
何より、悪としても喜ぶべき事である。知識は付ければ付ける程良い。無知なる者より発展は生まれず。いつか掌握せしめるこの星に、蒙昧たる者、弱者であろうと怠ける者なぞ不要であると常々思考していた。
「なんだよ、アタシは嬉しいんだぜ?」
「……まあ良い。研鑽を忘れるな、正義の味方よ。怠惰とは軟弱なり、軟弱とは我輩の許さぬ存在ぞ。出来得る努力を放棄するのは、出来ない者のそれとは違う。
其れを忘れた時、この星は我輩の物となるッ」
「相ッ変わらずメンドクセーし小難しいコト言うよなァ。おめでとうぐらい素直に言えっつーの」
「何だとォ!?」
ちなみに後日。この星で扱う学習用具一式が、匿名の何者かの手によってフレイザの家に届いたりもしたが、誰の仕業かはわかっていない。
「ふふっバカだなァ、アイツも」
手にした者以外は、であるが。
さて。
正義の味方である女は、それから日毎に幸福を積み重ねていった。ただの緑には草木の名前があり、眩い光を放つ空の星には一つ一つに呼称が存在し、花が萌ゆる理由を知り、人には様々居ると知った。
知識の喜びこそ、日々の幸福をきっと何倍にも増幅させるのだと知っていった。
月日は流れ……。
「難しいよォー!」
「円周率もわからぬとは……げに哀れ也正義の味方。これは様々な星の技術力さえ測れる、ある種の共通言語ぞ。まったく」
「数字がアタシを責めるゥー!」
時に学問の壁にぶつかり。
「やべぇよやべぇよ…運動場ブッ壊しちまった……」
「正義の味方がすることか? これが…?
我輩が修復しておく、貴様は学び舎へ戻るがいい」
「マジ!? あんがとー!」
「……ハァ」
誰かと汗を流し。
「フレイザさん!」
「あ? 何の用だよ、こんな裏手にアタシを呼ぶなんて」
「ぼ、ぼっ、僕とっ、付き合ってくだしゃい!!」
「んん……? いいぜッ」
「エッ!?」
「どこに一緒に行ってほしいんだ? でけえ荷物か何かがあって、それを運ぶのを手伝ってほしいんだろ?」
「エッ……!?」
「ほら、行こうぜ」
「ワッ…アッ…!」
中には色恋の花もあった。
小悪党どもが息を潜め、静かに平和を享受していく星。木の芽は大樹となり、草むらは花の色を増やして世代を重ね。そのまま人も成熟していく。
更に長い年月が経った頃。
「タイター!」
「む……貴様か」
「アタ…私ね、結婚する事になったんだ!」
「ぬう!?」
風雲急を告げる。
悪の宇宙人が住処に飛び込んだ女は、最早出会った当初の幼さは消えた。色を知り、恋を実らせた一人の人間となっていた。
粗暴な喋り方も努力して直そうと試みてはいるが、そちらの成果は未だ芳しく無い。しかし努力は誰しも認める所である。何せ元は暴力の化身に近似していた正義の味方、それがいつの間にか嫋やかに、淑やかであろうと志していたのだから。
「よくよく貴様と結ばれようと思ったものだ……」
「ハァ!?」
「何かする度に食料を爆砕させていた女が……」
「それは……何も言い返せないッ……!」
「水を汲めども落ち着きの無さで道に撒いていた女が」
「……ぐッ! ……ぬッッ!」
他にも、洗おうとして食器を磨り潰す。あやそうとした子供を天高く投げ飛ばす。不審火を消そうとして民家の壁を削り取る等々。
宇宙人はそれらを列挙して揶揄っていた。何も憎んでの事ではなく、ただの戯れ合いである。
しかし腹に据えかねる。そう思った正義の味方が一発殴ろうとしたその時、悪が口を開く。
「……相手は誰だ?」
「んぇ?」
「貴様の伴侶となる相手だ」
「ああ、えーっと……」
誰かと問わば、出るわ出るわの惚気話。
やれ最初は学び舎での出会い。自分が買い物の荷物持ちかと思えば男女としての付き合いだと勘違いを正され。市井に赴けば手を繋ぎ。意気地が無いように見えて、小競り合いには体を張って止めに行くような男であると。
そして学び舎での成果を活かし、親から継いだ畑の収穫量を増やして皆が空腹を満たせるような、良い食べ物を山ほどを提供しようとしている。そんな希望を持った、優しい男だと。
「……そうか」
「そうか、って。素っ気ないなァ!」
「貴様は……幸せになれそうであるか?」
「へっ! あったり前じゃん! 実はね、子供もお腹にいるんだぜ。結婚式ももうすぐなんだけどさ」
「ふぅーむ」
「そ、それでさっ。アタシ、親が居ないんだ。だからオマエがこの子の名付け親になってくれよッ」
「むゥ!?」
風雲急を告げる、二度目である。
否。寝耳に水が二度も飛び込んで来たと言ってもいい。悪を背負う宇宙人に、祝福されるべき子供の名を任せようとは。
「えぇいッ! 帰れ馬鹿者ッ!」
「なんだよ、いいじゃんかー!」
「悪に名付けを頼む正義の味方がどこに居る!?」
「ここだぜッ!」
「馬鹿者ッ!?」
嗚呼輝かしき日々。正義の味方は彼女の考える個人としての幸福を確かに掴んでいた。
悪の宇宙人もこれには敵わぬ。圧倒的な武力は連綿として正義に引き継がれ、侵略するは困難。
「しっかし、最近寒ィよな」
「腹が冷えぬうちに帰れ馬鹿者ォ……!」
「連れねえなァ! じゃあ式の招待状は置いとくからよ。子供の名前、頼んだぜッ!」
「我輩を呼ぶか!? 貴様は本物の馬鹿かッ!?」
「じゃーなー!」
「おい! 待……。身体能力は相変わらずだな、いや言葉遣いもであるが。まったく……」
だが、悪くない。日々の繁栄にこそ意味がある。世代を繋ぎ血を継いで、いつしか星の大海に漕ぎ出す生命。それでこそ侵略の甲斐がある。
「フッ……」
悪の侵略宇宙人は女が置いていった招待状を見て、柔らかく笑っていた。
指定された日時は近く、地球で言うところの数ヶ月後。
正義の味方に訪れるであろう平穏と幸福。
それが訪れる事はなかった。
星の環境が急変したのである。
兆候はあった。雪も知らない女がいた程に温暖な気候で安定していた星。それが最近ではめっきり寒く、雪のちらつく日が増えていた。
本来なら収穫を楽しむ春めいた気候が巡る時。前が見えない程の風雪を伴う寒波を星が襲った。
人々は混乱した。肉体の弱い年老いた者や小さな子供から眠るように息絶えていく。採れる筈の食料は雪に埋もれて凍り、実も付けずに枯れて逝く。
彼らにとって未曾有の出来事。救いの手も差し伸べられない。
これは流石に見捨ててはおけぬ。タイターがそう思って住処としていた円盤から身を乗り出した。
「これは……ッ!?」
前日までは何も無かった。正義の味方が住まう都市が、彼女の髪よりも赤黒い火に染まっていた。
タイターは走った。恒星間移動を可能とする円盤の移動よりも、この程度の距離ならば自身が疾駆した方が速い。
都市の門を抜けて、民家を過ぎた。虚ろな眼をした生気のない住民が不気味だった。
目的地は一つ、正義の味方の家。
「……馬鹿……な……」
他の民家も序でに燃えていた。
そんな事はどうでも良かった。
何故、正義の味方の家が猛火に巻かれている。
タイターは急いで消火に奔走した。延焼を防ぐ為に家屋を弾き飛ばし、局地的に豪雨を降らせた。消火を手伝う者はなく、疎み、倦んだ眼で見つめる群衆のみ。
次第に火が消え去ってから瓦礫が残った。
その瓦礫には。覆い被さるようにして燃えた、黒いだけの何かが二つ。
「……───そう、か」
否。小さい何かを合わせれば三つ残されていた。
「貴様は、最後まで……最期まで、護っていたのだな」
折り重なるように、大事な何かを護るように重なっていた家族の亡骸。これから増える筈だった幸福。それは最早叶えられることは無い。
いのちをまもる、ただそれだけのこと示して……。
「おおおぉぉぉぉッ!」
悪の雄叫びのみが星に響いていた。
或る建築物があった。
それは地球で言う為政者、あるいは王の居城。
「…………」
城の主は頭を痛めていた。頭痛の種は当然、あまりに唐突に訪れた寒波の襲来。それに拠る食料事情の逼迫と、混迷を極めた民の暴走が理由。
誰が悪い訳でもない。ただ、人々は誰かに責任を押し付けたかった。豊かであった時には想像もしていなかった苦しみを、誰かの罪業だとしたい。
罪科は余人に無く、咎を背負うべきは我々ではない。
施政が悪いが悪いかと問われれば。皆がそうだと口を揃えて答えた。
何も考えていない王こそ痛みの根源と。
厳しい寒さに耐えられぬ作物が悪か。そうだ。
手を掛けても恩を返さない実らぬ緑が怨めしいと。
食い物を溜め込んでいる者が悪か。そうだ。
きっと苦心などしていない事が妬ましいと。
解決に奔走せぬ『正義の味方』が悪い。そうだ。
あんなに重用していたのに役に立たないと。
だから、殺してしまおう。
「…………」
為政者は怯えていた。
民衆の暴走、その次の矛先が自身であると悟っていたからだ。連中は作物を憎んで踏み躙り、備蓄していた者を嬲り殺し。そして。
「……一つ、我輩から質問がある」
「ひっ……」
暗い部屋を囲っていた重厚な壁が、まるで綿で作った糸でしかないように吹き飛んでいった。
新たに生まれた暗闇の中から、青黒い悪がまろび出た。
この地の王が怯えたのは、その存在の異質さからではない。巨躯の何者かが片手に持っていた、何者かの体を見てしまったからである。
職務を全うしようとしたのか、それとも逃げ惑っていたのかはわからない。力無く垂れる腕には、武器が貼り付けられているかのようにふらりふらりと揺れている。その体に、首は着いていなかった。
「何を怯える為政者よ。我輩の噂も聞いてはおらぬか」
「お、お、お前は、悪の宇宙人だろう……!?」
「そうだ。知っておるではないか」
悪の宇宙人は笑いもしない。
それにしても奇妙だと、どこか場違いな事を為政者は思った。周囲の喧騒が聞こえないこと、ひいては市井の割れんばかりの暴動の声もしない。
何より奇妙なのは、仁王立ちしている何かから漂う無情なまでに冷たい気配。
話に聞いていたような、どこか間抜けで他者に寛容な存在だとは到底思えない。得体の知れない怪物。そうとしか感じられない。
「お前は『正義の味方』を知っておるか」
「あ、あの女だろう。強い力を持った、一族だ。我々が正義の味方と呼んでやっていた!」
「ほう」
棘の生えたような空気が和らがない。
「では我輩からの質問だ。
お前、あの女が殺されると知っていたな?」
「……ひぃっ!?」
為政者は知っていた。怒り狂った民衆が誰彼構わず八つ当たりをしている、八つ当たりというにも生温い憎悪が噴出している。既に民衆は狂い、只管に犠牲を求めている。次に狙われるは自身か。それとも……。
「だが。お前はそれを止めなかった」
「そ、そう、だ。だが、何が悪い! 今まで親も居ない子供を食わせてやっていたのだ! それにっ、学びの機会も与えてやった!」
それは確かに善行かもしれない。野垂れ死ぬを待つばかりの子供の世話をして、ただ生かすだけでなく成長の機会もくれてやった。感謝こそされようとも、恨まれる由縁などありはしない。
「お前を糾弾しているのではない」
「……へ?」
「成程確かに、慮外の力を持とうとも食い扶持を稼ぐ事すら怪しい幼子。親の庇護も無い子供が生きていられたのはお前の手柄だ。
ヤツも感謝していたように、学び舎に通わせたのもまた善なるかな。褒めそやされども責められる謂れは確かに無い」
「そうだっ、だから!」
「されどお前は選んだ。ただの女が先に死ぬか、それとも己が先に死ぬのか。どうやら我が身可愛さが勝り、民衆の暴走を止めもしなかったようだな」
「まさか、本当に、あんなことをするなんて……」
市井の話によれば、近々大きく何か暴動を起こそうという機運があり、為政者もそれは知っていた。それでも止める事はしなかった。
もし止めようとすれば憎悪に塗れた炎が自らを真っ先に焼き尽くすのは、それこそ火を見るよりも明らかだったからだ。
「お前は天秤に掛けた。小悪党に身を窶した憐れなる者よ。矮小なる悪は、更なる悪にその身を呑まれると知らぬ。そしてお前の前に在る我輩こそが悪だ」
悍ましい何かが膨れ上がる。
「ひっ、た、たす。たすけっ!」
「聞いておらなんだか?
我輩こそ『悪』である。助けを求めて何とする」
「あ、あぁ……!」
「助けを求めるなら呼べばいいではないか。
『正義の味方』の名をッ!!」
それからのこと。
『正義の味方』が居た星は滅んだ。誰が手を下さなくとも、異常気象に気候変動が降りかかれば、温暖な中で生きていた者はひとたまりもない。
しかしあまりの苦しみに互いに殺し合うような結末にもならなかった。そうなる前に『悪者』が滅ぼしてしまったからだ。
苦しむことが無いように鏖殺していった。
これは悪行だろうか。
「…………むっ」
悪の侵略宇宙人が駆る船、その円盤のレーダーに感があった。つまり、次なる侵略の魔手に脅かされる星が決まったということだ。
「チキュウ……か」
悪を背負う者は涙を流しはしない。
「フゥハハハッ!
待っているがいい地球人どもッ!
我輩が侵略してくれようぞッ!!」
『正義の味方』が居た星には、小さな墓が建てられていた。人の身には耐えられない程に、厳しく長い冬を乗り越えた先。周囲には赤い、紅い、燃えるような花が咲いている。それは誰かの髪と眼の色に似ていた。
「この悪の侵略宇宙人、タイター・Eがッ!
『悪』というものを知らしめてやろうッ!!」
是は、とある悪者と正義の味方のお話。