はい!こちら『愛に溢れる探偵事務所』です! 作:枯華院 清日
いつもの朝だ、俺と同じ名前の天体が広く強くみんなを照らしていらっしゃる。夏は暑くて嫌がられるんだから、少しは手加減した方が好感度も上がるんじゃねえのかなと思わざるをえない。
ところでいつもの朝と言いつつ、昨日の寝る前から尋常じゃない悪寒から始まって、身体の思い付く限りの場所に馬鹿みてえな痛みがあったりしたんだよ。
いやビックリしたね、頭から足の爪先まで全部痛えし。内臓全体…ちょっと下品だがタマまでひっくり返して殴られてるみたいな痛みがあった。タマって言ってもタマさんじゃないぜ。
「あー……なんッか、体が軽ィー……!」
それにしたって爽やかな朝だ。いつもは夢見が悪いからスッキリと目覚めるってのも少ない、はずなんだが今日は随分体が軽い。
やっぱりアレかね、あの痛みは風邪っぽかったからで、よく寝て治ったからスッキリサッパリしてんのかね。馬鹿は風邪引かないっていうのに、風邪気味にはなるもんだな!
しかし何だか胸が支えてるっていうか。髪がやたらと肌に貼り付くっていうか、変な所はあるけど気分は悪かない。
寝汗が酷かったのかね。結局全部が全部モヤが晴れたような気分にはならないってコトだろうか。
「……顔洗うか」
気分が落ち込みそうになる前に、顔でも洗っておこう。昨日は結構色々あったから、そのせいで少しばかりガタが来てるのかもしれないしな。
千々石さんからの連絡はいいよ、偶にあるから。問題は肩透かしを食らわせやがったあのジジイだよ。
イカレた科学者って聞いたからまさかと思って喜んで行ったけどさ、頭がおかしいのはその通りだったけど、研究してるのは人工の虹で人工地震が起こせるかどうかってお前……。
陰謀論的なのはどうでもいいんだよ。いや千々石さんがわざわざ連絡してきたって事は、割と急を要したってコトなんだろうけど。
「……ん?」
それはさておき、だ。
人間ってのはどうやら非現実的な何かと出会すと、目に入れても気のせいにしたり、頭があえて情報を入れないように頑張ってしまうらしい。俺も御多分に漏れずそうだったようだ。
「……んんー??」
暮らせども暮らせども人間に近付かない、ぢつと体を見る。洗面所の鏡で。サンキュー啄木。
髪が伸びている。まぁ切ってなかったしな。
後髪が伸び切ってる。いつから切って無かったか。
そういえば服が緩い。体が萎んだのかもしれん。
いや一部キツイな。特に胸と尻が。
……じゃねえよ。
「ゥオワーッ!!??」
「…呵ァー!!」
外のカラスがうるせえな!
それどころじゃねえんだよ!!
「なんッ、は、ハァー!?」
珍妙奇天烈に慣れてるとはいえ。ここまでのは早々お目にかからない、他の例は二人知ってるけどな。
背格好は変わらないけど身体は細く、丸みを帯びて。
自分の声って自分が聞いてる声と他人が聞こえてる声って違うって言うじゃん、そんな感じで気にしなかったけど声は高くなって。
寝間着がパツパツになる程度には、ある部分が出ている。なるほどね、息苦しいような胸の支えってのはこれが原因。そしてその分、あるものが消失していた。
「たっ……タマが……!」
そう。男のジョイントパーツっていうかジョイスティックっていうかね、あの部分がごっそり無くなっていた。
「俺のッ、俺のタマがァー!?」
グッバイ、俺の息子たちよ……!
May the hose be with you.
じゃ無くなっちまった。
そう無くなっちまった、これがダブルミーニング。
……馬鹿なこと考えてる場合じゃねえよッ!!
───☆
いつもの爽やかな……。
……早速言葉を翻すようですが夏場の朝は爽やかとは無縁でしたね、日によったり地域によっての違いもあるだろうけれど。
少なくともコンクリートジャングルと化した東京の都心では、横の灰色のコンクリートと下の黒っぽいアスファルトが貯め込んだ熱を放射しきれずに、今日も朝から生き物を蒸し焼きにしようと黙りこくっている。
「呵ァー! 呵ァー!」
恐らくカラスはそれでも元気。カラスだよね? かあかあ鳴いてるからたぶんカラスで合ってるよね?
ただカラスであればこそ、ただカラスと侮るなかれ。日本だと三本足のカラスは神様の遣いだとか言われていたりもするし、北欧神話では主神に付き従う生き物はカラス。アイヌ神話やネイティブアメリカンの伝承でもカラスは決して悪い存在じゃなくて、むしろイイモノ扱いをされている。そんな話を聞いたことがあります。
そう、つまり何が言いたいかというと、色んな所で不吉だったりワルモノ扱いされ易いカラスでも、見方が違えば凶兆でもなんでも……。
そんな事を考えていたら、無言の時間が多い私の携帯電話が震え出した。すわ通話かと驚きましたが、電話の本分である通話じゃなくてショートメールの方でした。でも差出人で二度びっくり、なんとあの太陽くんではありませんか。
話は逸れますが、太陽くんがショートメールを出してくるのはとても珍しい。普段はどんなに用件が短くても通話が多い。理由は彼曰く、直接話す方が誤解が生まれないから、らしい。
ちなみに。携帯電話のショートメールは機能制限にNGワードなど、沢山の制限があります。インターネット利用も免許制、自由について考える朝ですね。
それはどうでもいいんです。
太陽くんが送ってきた内容は……。
『悪い、風邪ひいたから、所長かタマさんに休むって言っておいてくれ。こっちでも連絡はしてあるけど念の為。
見舞いにはこなくていい、本当に』
……やっぱりカラスは不吉なのでは??
意気消沈していたのも束の間の出来事。私の興味・関心は止めようとも止まらない。
何故なら、そう、太陽くんが非常に珍しく体調を崩しているから。ということはですよ、皆さん。これはつまり看病イベントの到来に他ならないんですよ。
滅多に見せない弱った表情の彼、私は持参した食料や飲み物を手に彼の下へ行って……。
『いつも悪いな……』
『いいから後ろ向いて、身体拭いてあげるから』
『そこまではしなくていいって』
『いいから』
とかね? とかね!? ねえ!!
どうでしょうか。おっと危ない、思考がトリップしていましたね。とにかく、風邪で苦しんでいる太陽くんには悪いけれど、今がチャンス。今がその時だ。
そう考えて身支度をさっさと済ませて、気合もいつもより充填された感覚で、いざ。
買い物は道すがらコンビニエンスストアで済ませました。いいよねコンビニ、何がいいってスーパーマーケットの類よりも店員さんやお客さんが無愛想というか、相手にする人数の多さと時間を惜しむ方々ばかりなので、我関せずといった感じで流れ作業のまま買い物を終わらせてくれるところが。
他人がほとんど干渉してこない、入店・会計・退店以外に人の目が無い。そんな自由を堪能できるところがいいと思う。
さぁ彼の自宅への最後の直線、私を阻むものなどありはしないのです。これが本当の乙女ロード、池袋にあるという通称乙女ロードとは別の含みがある。
さっきから私のテンションがおかしいとお思いの方も多いと思いますけれど、夏の熱気が私の何かを暴走させてるんです。あくまで外見上は無で通していますのでご安心ください。無です。
「あっ」
「おや?」
無が崩れた。無とはいったい……!?
どこか見覚えのある背格好、立ち姿さえ様になる。高校性として学業を生業とする傍ら、モデル業も営む人が居ました。
最近になって彼の身の上話を聞けました。彼は淋代 颯くん。天才で人の心薄めだった、実は寂しがり屋なんじゃないかと思う私の友人の一人。
「レイリーさんも看病かな?」
「……そうだよ」
レイリーさんも。も……!?
いつもの爽やかな笑顔と同時に放たれる言葉ですが、先日の彼の話以来何か含みがあるのではなかろうかと勘ぐってしまう。
むしろ含みしかないんじゃなかろうか、おでんの手間暇かけてよーく煮込まれて、結果しみっしみになったがんもどき並みにたぷたぷと何かを含んでるんじゃないか。そう思えて仕方がない。
「同じ様な文面が届いたようでお互い残念だった、それだけだろう? そんなに睨まないでほしいものだが……」
「…………」
「気を取り直して、早く行こうじゃないか。病人は心細いものだろうからさ、ここで時間を使うのも憚られる。他人の目もあるからね」
確かにその通り、ご近所さんに悪評を轟かせてはならないというのは至極真っ当な指摘。
それはそれとして、まさかと思うことを私の方から指摘する。
「颯くん」
「ん、なんだい」
「いつもより髪型決まってるね」
「ははは、まさか。そんな事は……」
「…………」
「あるよ!」
あるんじゃないですか。
彼の身の上話の最後。何のとは言わなかったけれども、ライバルかもしれないという意味深な言葉。そして弱った太陽くんの所に差し入れや看病しに行くというだけで、このバッチリとした気合の入れ様。いつものさらりとした髪が、ふわり・さらり・ぱさりという三重奏と化しています。
というか颯くんの手には、それは見事なフルーツバスケットが。リンゴにバナナにメロンって。しかもつるりとした表面のメロンじゃなくて、網模様が見事な高そうなやつ。本気だ、彼は本気で看病をしようとしている。
これは……何かしらの鞘当てが行われていませんか。何かの鞘が削れる程ぶつかる音がしていませんか。
「オレはね。常々思ってたんだ」
「何を?」
差し入れには本気を出すべきとかそういう話だろうか。少なくとも普段からそう思っていても、高そうな果物の籠を用意するのは気が引けると思うよ。
「野上さんもレイリーさんも、もっと化粧や小物、服装に気を使うべきなんじゃあないかって」
「……!?」
あれ……思ってたんと違う……!?
それから太陽くんの住んでいるマンションの部屋前まで、長々と移動式オシャレ講座が開講していました。
やれレイリーさんは透けるほど白いから、クリアカラーの原色が似合うだとか。確かに黒も似合うけど、頼り過ぎてはならないだとか。アイラインも薄っすら引くくらいなら学校でもバレないから、肌に優しいメーカーの物を紹介してくれたりだとか。
長い、長いよ颯くん。何より滅茶苦茶詳しいね、流石モデルさんだね。腐っても女子というか、腐ってなくても女子の私よりもオシャレに詳しいのは敗北感がふつふつと滲み出てくるからやめてほしい。
「確かにレイリーさんは可愛らしい。が」
「が?」
「可愛いだけじゃ、ダメなんだ」
「…………」
そっか。
後でメモしておくね。
カワイイは作れる・盛れる。そんな講座を半ば聞き流しつつ、目の前に迫ってくる彼の住む一室。
緊張感が凄い。とにかく緊張感が凄い。それと颯くんの力の入れ様を聞こうとしても有耶無耶にされた感じも凄い。
「インターホンは?」
「オレが声掛けしよう。レイリーさんの方にも来なくていいという文言があっただろう?
ここは一つ、オレにいい案がある」
「お任せします」
「任されよう。まずインターホンを押して……」
いいアイディア……爆発するとか?
「郵便でーす!」
「わっ」
「……こうすると當真は必ず出てくる。風邪で無理をさせるのも忍びないが、普通に入ろうとすると確実に無視か門前払いをされてしまうからね」
「なるほど」
すっごい爽やかな感じのする大声だった。声だけで郵便業務に従事する人当たりの良さそうなお兄さんが、キラキラと輝く汗を流しながら言っている、そう思わせる感じです。
颯くんは普段から耳に優しいタイプの声ですが、それをわざと低くして年齢を誤魔化した感じですね。
これがっ……天才の所業……!
「ちょ、ちょっと待ってくださァーい!」
「ん?」
「……あれ?」
扉の先から聞こえてきたのは、まったく聞いたことのない声。というか女性の声でした。
おかしい。太陽くんの他に住んでいる人は学校の理事長である義父さんだけで、他には居ないはず。あっ、もしかして秘書の人? 秘書さんは女性だって言っていたような。
「すんません待たせちゃって! 印鑑で、すよ……ね」
「…………」
「…………」
「なん……だと……?」
印鑑じゃなくて拇印でもいいですよ。
そう、ボインでもね。
玄関を開けた先には、ボインが居ました。
「當真……か?」
「あぁぁー……いや、その……」
「泥棒?」
「人聞き悪ィな!」
こ、このツッコミは……?
「……来んなって言ったのにさァ」
「風邪と言ったのはそっちが先だ」
「そりゃあそうなんだけど……仕方ねえな、上がっていけよ。風邪って嘘ついて悪かった」
そうして自室へ招かれました。謎のお姉さんに。
もう一度脳内で反芻しますが、謎のお姉さんに。
この人さり気なく太陽くんのシャツを着ていますね。ゆ、許せない……!
えー。現実というのは、時に私達の想像を超えます。
『噂』が現実になってしまう日本の今日この頃。
何だかんだ平和なグンマー国だったり独立国家と化した川崎だったり。民国として、これもまた独立している大阪。土地に入るだけで試練の待ち受ける北海道などなど。都道府県単位で変な事になるのもしばしば。
私は雪女になりかけてしまうし、私の担任教師は元男性で現女性。世の中不思議が当然という顔をしてそこら中に闊歩している。
つまり単純明快な事として受け止めなくてはならない事が一つあります。
何が起きてもおかしくはない、それがどんなにおかしい事でも。ということ。
「お茶でいいよな?」
「うん」
「お構い無く」
「ほらよ、ペットボトルので悪いな」
「うん」
「ありがとう」
リビングルームに通され、大きいテーブルと椅子に座るように言われてゆっくりと着席。配置の方は私と颯くんが横に並んで、お姉さんは対面に。
うん。お茶は落ち着くね。やっぱり日本生まれ日本育ちとしては、たとえペットボトルからという温かみが薄まる要素があっても、人が手ずから注いでくれたという事実だけで感謝の心を持って日々の恵みを有り難く感じるところです。うん。
ところで私さっきから、うん、としか言ってない。
「いやおかしいでしょ」
「…………」
「……だよなァ!?」
「あ、ああ。すまない、混乱していた」
「何で二人とも普通に部屋に入ってんのかと思ったわ! 俺がおかしいのか!? いやおかしいんだよ、俺が!」
「そうだね」
「そうだな」
「知ってるよォ!!」
うん。
「まずは整理させてほしい」
「何を!?」
「落ち着け當真…當真?」
「落ち着けるか!? 朝目が覚めたらこんなんなってんだぞ!? 髪は邪魔になるくらい伸びてるし胸は馬鹿みてえに出てるし、それに下に付いてるべきアタッチメントがどっか行って戻ってこねえんだよ!? ホースがねえんだ、ホースが!!」
「落ち着け」
「あァ!?」
「落ち着いて」
「お、おう……」
「當真の當真についてはさておき」
「さておけねえッ……!」
「……ふー」
冷静。冷静になりましょう私。いつだってハートはホットに、頭脳はクールに。
ここに来てまさかのドッキリでも無ければ。目の前で狼狽えているお姉さんは、どうやら太陽くんであるらしい。いやーまさかね、まったくそんな事があるなんて、レイリーびっくり。
「……じゃなくて!」
「うおッ!?」
「遅れて衝撃が来たようだ」
「どうっ、どうして女の子に!?」
「俺が聞きてェー……」
「台湾とか行く!?」
「何でだよ!」
「結婚するから!?」
「受け答えに自信がねえなッ!」
余談ですが、台湾では同性婚が認められています。
さて。とんでもなく取り乱した所で、情報を整理させてください。
目の前で手慣れたツッコミを披露した何者かは、自己申告上では恐らく太陽くんであるということ。
例え見た目が。身長はそこまで変わらず、髪色や瞳の色もそのままに、女性として出る所が無闇矢鱈に自己主張してバインだのムチッだの擬音がうるさい感じの身体になっていても。
普段の髪型とは違って全体的に伸びた髪のいわゆるウルフカットのようなものになっていても。あっ、後髪だけ長いんだね、そこの長さだけお揃いかも。
じゃなくて。
「どうして目付きがキツ目のお姉さんに……?」
「ギャルって言わないだけありがたいぜ」
「レイリーさん、ほぼ全部口から出ていたよ」
「……何故バッチリとした白ギャルに?」
「夢野先生みたいな喋り方になってるな」
「何でちょっと考えた後に言い直したんだよ。なった記憶がねえんだって、目が覚めたらこの仕上がりだぜ。どうなってんだオイ」
しかし、しかしながら、ですよ。事ここに来て未だ確信が持てずにいます。あまりにも不条理、あからさまに不思議、唖然とするほど不可解の極み。
そう簡単に不自然を納得できるほど私は不可思議な現象に耐性が出来ている訳ではないのです。
「質問をします」
「は? 何だよ急に」
「貴女が當真 太陽であると確信が持てないんですよ。かくいうオレもそうだ、もしもアイツに何かあったのだとしたら、そして貴女がその何かをしたのだとしたら。オレもレイリーさんも何を仕出かすかわからない」
「えっ怖……」
「第一問!」
「クイズ形式!?」
ここから始まるのは不正解の場合命を落とす闇のゲームですよ。覚悟の用意をしておいてください!
「太陽くんと私の出会いは?」
「お前……あー、レイリーが転校初日の朝に校舎でフラフラしてたら階段ですっ転んだ時だろ」
「……正解」
「オレと當真は?」
「中一の時、お前がこころさんの迎えをしてた時に目が合ったろ。ていうか、この話昨日もしたじゃんか」
「ふむ……」
颯くんと太陽くんの出会いと仲良くなるまでの事を昨日私に話した。その事実を知っているのは、知人の範囲で言えば確かに私と颯くんのみだ。
「私が告白したのはいつ?」
「え、言っていいの? イヤだろ、レイリーが」
「いいよ」
「……バ、バレンタインの時。チョコは貰ったけど、こんなんだから断った。そんでそのまま俺の話もした」
「うん」
「オレと親友になった時は?」
「お互いチン……アレをハミ出させたりチラ見せさせながら『邪視』を捕まえて、警察に突き出した後に川原で殴り合った時。これまだやんのか?」
「結婚する?」
「しねえよ」
「ヒモでもいいよ?」
「絶ッッ対イヤだ!!」
「じゃあオレとするか?」
「気持ち悪ィこと言うなや!」
「専業主婦どころかニートでもいいぞ?」
「最早クイズじゃないじゃん! 颯は話聞いてた!?」
「…………」
「…………」
誰にも言ってはいないし、周りで聞いてもいないだろう恥ずかしいエピソード込みで詳細に話せる。
しかも結婚に後ろ向き、ヒモについても断固拒否。これは、まさか。
「本人……?」
「俺が一番戸惑ってるよ??」
「……あともう一つだけ試させてほしい。結果如何ではあるが、最悪の場合どんな贖罪もしよう」
「はァ? 疑り深ぇな……まあいいけど」
「ありがとう」
「で、何すりゃい」
瞬間。
何度か聞いたことのある、何らかのボタンを押したようなカチリという音。それとほぼ同時に空気が爆ぜる音が遅れて耳に響いた。
何が起きたのかというと。颯くんが恐らく本気で、対面の人に向かって手刀を放ったのです。
そして推定太陽くんはそれを一瞬で見極めて避けたと思いきや。
「何のつもりだ?」
「…………」
私の目の前、前髪が風圧で持ち上がってしまう程の勢いを保ったままの手刀を。眼からほんの数センチまで迫る颯くんの手を自傷も省みないで、手を軽く火傷させながら捕らえたのでした。
「何したのかわかってんのかって訊いてんだよッ!」
「……本物だな」
「だね」
何をしたのか。有り体に言ってしまえば、颯くんが対面のお姉さん諸共私を殺そうとした。ということ。
「あァ!? お前ッ、俺が止めてなけりゃ今ので死んでたかもしれねえんだぞ!?」
「すまない。落ち着いてくれ」
「お茶飲む?」
「俺が入れたんだよ!?」
うん。絶対に本物だね。
……表面上は限り無く冷静を装っている私ことレイリーですが。別に内心はそんなことありません。
し……死ぬかと思ったぁー……!
何、今の手刀。以前消音用で試した事のある亜音速弾より少し遅い程度には速かったんですけど。恐ろしく速い手刀、私じゃなきゃ見逃しちゃうね。とか考えてる暇もありませんでした。
まさかね、せっかくだから私を不具か亡き者にしようなんて考えてないよね。でもライバルって言ってたし、あわよくばって思ってなかった?
もしそうだとしたら、ちょっと人の心薄めの天才さんは考えることが違いますねえ。お姉さんに殴ってもらった方がいいよ、心臓とか。
「思ってないよ」
「…………」
「少しアリか考えたけどね」
「っ!!」
「ははっ冗談、冗談だよ。ぐっ!? いっ痛い痛い」
「何なんだよお前らさぁ……」
「……鈍い所も痛っ、當真だ痛っ!?」
「ホント、昨日から仲良くなったな……」
「掻い摘んで説明しよう痛っ」
にぶちんくんに向けての補足説明を颯くんがしました。太ももを私に殴られながら。
つまり、この目の前に居る派手な髪の白ギャルが太陽くんを騙る偽物だった場合。まず手刀が避けられなくてアウト、そのまま始末できる一石二鳥の判別法。
それが回避可能な程度に強い人だとしても、私を守る為に傷を負ってでも動きはしないだろう。目的によるけれど、敵意を持っているなら事故として扱って私を排除させた方が都合がいいだろうから。というお話。
ちなみに私が考えている所感ですが。これは太陽くん本人なら私を必ず守ってくれるなんて好意的な要素を足したものではなく、彼であれば何者であろうとも人が傷つけられるのを黙って見ていることは無い。そんな認識も含んでいるんだろうなと思います。
「そういう痛っ、訳だ」
「レイリーはいつまで殴ってんだよ」
「……」
「甘んじて受けよ痛っ!」
「あぁそう……にしても。疑いが晴れたのはいいけど、これからどうしたもんかね……」
それは確かに。放っておけばどうにかなるとも限らない。今こうしている間にも時間は有限で流れていく、否が応にも日は傾いていくものです。
少なくとも私は今すぐにでも戻ってほしいですからね。最悪の場合はアジアなら台湾か、ドイツやカナダ、アメリカにでも行くしかない。
何でって?
同性婚が認められている国だからですよ?
ここまで御読了有難う存じます。
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