はい!こちら『愛に溢れる探偵事務所』です! 作:枯華院 清日
今日ほど慣れた物に対して緊張するという不可解な事態に直面したことはない。
いかがわしい看板を見なかった事にして、探偵事務所一階のエントランスを抜けて。ちょっと小洒落た感じの木製ドアが目の前で静かに待っている。騒々しいのは自分の心音、落ち着けというのも無理な話だ。
「開けようか?」
「いやッいい……! こ、こういうのは自分で開ける!」
慌てるな、落ち着け。
無表情の下に心配の二文字を潜ませた、頼りになるミニ同級生ことレイリーがこちらを覗いてくる。本人にその気は無かろうとも、視線に射竦められてる気分だぜ。
結構目の面積が大きいんだよな、目は口ほどに物を言うってことわざがあるけどレイリーに関しては、本当にその通りだ。睨みが効いてる……は違うな。
俺は當真 太陽、よくいる高校二年生で。この扉の先に待っている方々。私設探偵事務所の職員様方に雇われている男子……だった。
世間様が謳歌している夏休みはまだまだ長いっていうのに、原因も断定出来ないまま何故か身体が女性になってしまった、不幸を背負った悲しき男の子である。悲しきモンスターじゃねえぞ、メンズだメンズ。
「ふー……」
「…………」
いやね、やっぱり緊張するじゃん。この変な緊張感は、恐らく大怪我した時に似ていると思うんだよ。より細かく言うと、大怪我した事を内緒にしていた時、どこかでばったりと親しい人に会ったみたいなさ。もっと端的に述べるならバツが悪いっていうの?
怪我してたんなら言ってよー、とかさ。そういう事を言われると困るじゃん、別に見舞いに来てほしかった訳じゃないし、心配させたいって気持ちが有る訳でもなくて。
「……よォーし」
「…………」
ただなんて言うかさ、大事にしたくないっていうのと心配しなくてもそのうち治るって感じなんだよ。
まぁこの状態が自然に治るか? って言われると、確実に治らないというか戻らない訳で。
でもわざわざ他の人達の手を借りたい訳でもないし。それって申し訳ないじゃんね。俺が面倒事を抱えて、おやっさん達の手を煩わせるのもなぁって。
ちなみになんだが、体調戻ったんで今日は行けますって連絡はしてあるんだよ。それ以上は会った時に話した方が色々と誤解が少ないだろ?
「よ、よし。ふー……」
「開けるね」
「なんとォー!?」
ちょっと待ってよレイリーさァん!!
「おはようございます」
「あら? レイリーちゃんが一番……?
太陽くんも来るそうですが……」
「……っす」
「……あらぁ」
レイリーは思い切りが良くていらっしゃるね。俺がうだうだやってたのが悪いんだけどね?
「こほん。ようこそお客様『愛に溢れる探偵事務所』へ」
やっぱその名前はダメだと思うぜ!
「さ、さ。直に私共の所長もやってきますから、こちらのソファへお掛けになってお待ちください」
「え、あ、そのォ」
完全に機を逸した感があるな。というかね、アホなエンジンに火が点いてなければウチのフォンセルランドさんはちゃんと仕事が出来るんだよ。
「……」
「……」
「お茶がよろしいですか? それともコーヒー?」
「だ、大丈夫っす……」
「それではお茶にいたしましょう、レイリーちゃんも同じものでいいですね?」
「はい」
はいじゃねえよ、口下手なのは重々承知してるけど先陣を切って説明してくれてもいいんだぜ!?
「少々お待ちくださいねっ」
「あ、ああー……」
「メリーさん、仕事が早いね」
「お前さ……」
「なに」
「なんでもねぇ……」
扉を開ければいつもの事務所。背格好が劇的に変わってないから、見えるものもいつもと同じ。いつもと違うのは俺が依頼人と勘違いされてること。レイリーはこの状況を楽しんでるんじゃないか?
依頼人用に置いてある複数人がけの横長ソファと、背の低いテーブル。それを挟んで一人がけソファが二つ事務所の中央面積を専有している。まさか自分が座らされる日が来るとは思わなかったぜ。
それと職員用デスクが三つ窓側に設置してある、前は二つだったんだけどね、レイリーが来てから増設したってワケ。
堂々たる正面奥の机には、おやっさんこと探偵事務所所長のネームプレートが不在を示すように倒れて……倒れてないな?
「おあっざーす、レイリーちゃん早いにゃ」
「おはよう」
おやっさんの私室に向かうための扉が、僅かな軋みも立てずにぬるりと開く。うん、よく油差してるからな、俺が。いい調子だぜ。じゃねえ!
そうだよここは探偵事務所兼おやっさんのハウス…! 居て当たり前じゃん! っていうか、今日は全身人間じゃないですかァ、今日ってば満月? へぇー。
「おはようございます二人とも、レイリーちゃんが依頼人を連れてきたようですよ」
「えっ」
「……ん?」
ああやっぱり? 絶対にそういう勘違いされると思ってたんだよね、髪色はともかく全体的な見た目がいつもと違うどころじゃ済まないからさ。
えっ、って驚いたのはレイリーね。誰も彼もがお前らと同じような察しの良さをしてるとは思っちゃいけないぜ。いやアレは察しが良かったんじゃなくて俺の住んでる所だからか、泥棒じゃないから居て当たり前だわな。
「マジィ? その子が……ん?」
「恐らくは。いやはや、太陽くんとは毛色の違うお友達とは驚きましたが。どうでしょうか、この恐るべきボイン具合、目測で違っていたら申し訳ありませんが、カップ数はIかJでは?」
「うぇ!?」
「うわキモ。人前ではやめにゃよ」
「しかし……!」
「まあワンアウトってところかにゃ」
オイオイオイ何だよ、このボケ人形はよ。人のどこを見てやがんだ、胸か。いやそうじゃねえよ、顔認証システムはあれど胸認証システムはねえんだよ。
「ああっ、そうして腕で隠すのも奥ゆかしい。太陽くんが居なくて良かった……こんな刺激に慣れてしまっては将来大変な事になりますよ、しかもノーブラとはね。
私、今日という日に感動して」
「!?」
「え、ノーブラ?」
「メリー」
「はい!」
「それ以上喋るな」
「はい」
「ツーアウトだにゃ」
マジで? バレるの??
恥を偲んで昨日買った下着を着けようとしたんだけど、何か入らなかったんだよね。ホックが届かねえの、物理的に。確かに成長期だけど一日二日で数センチ伸びたら怖いだろ、何がどうなってんだか。
「そういう趣味だったの?」
「入らなかったんだよ……!」
「嫌味?」
「違えよ!?」
パンツも入らなかったから男の時の物を履いてるぜ! 今のところ服が入るだけ御の字だけれども、これで入らなくなったらどうすればいいんだろうな。レイリーの服でも借りるしか……無理か。
「チッ」
「痛ててて! 掴むなッて! 背丈の話だよッ!」
「…………」
「何も言ってねえのに酷くねぇ?」
いやだわこの子ったら、感情表現がアグレッシブにございますね。もげるかと思ったわ、乳が。乳をもぐのが許されるのはイタリアの世界的スターだけって相場が決まってるのを知らないのか?
「さて……」
「アッ」
うん、説明する前にアホなやり取りをし過ぎたな。対面のソファにおやっさんがゆったりと座って、エアコンの冷気に反発するような湯気が出てる飲み物がタマさんの手で出される。
「いや、あの……」
「話を聞こうか」
お茶の匂いより自然に染み入る声で、おやっさんこと我らが探偵事務所の所長が話しかけてくる。
どう説明すればいい?
いっそ他人のフリをするか?
信じてくれるとも限らないぞ?
嫌な思考があっという間に頭の中身を埋める。
「……言い難い理由か?」
「いや、その、そうじゃなくて」
言葉が続かない。
「ふむ……」
「あの……」
これから叱られるのを知っている子供の気分だ。
「まず一つ。以前言ったが、もう一度言おう。
大人を頼ることは恥ずかしい事じゃない、失敗を恥じるなら次に活かせ。忘れてしまったか?」
「え……」
忘れてなんていない。それはあの夏の出来事の後に言われた言葉だからだ、何があろうと忘れはしない。
でも、その言葉を何で……?
「不思議そうな顔をしているが、わからない訳がないだろう。それとも、俺たちはまだ信じられないか?
太陽」
「えっ、い、いつから……?」
「アタシは喋った時のリアクションと声かにゃ、見た目以外は結構変わってねーし。声も……んー、おめーの家族に居てもおかしくにゃい感じ。何か似てんだよにゃ」
「は……!?」
「私はすぐにわかりましたよ。言うなれば、見た目は変わっても魂はそのままという訳ですね」
「なん……えぇー?」
「ニオイが同じだったんでな。それと、レイリーくんとの距離感も同じだろう。間違いようが無い」
全員、俺とレイリー以外の三人とも、何を今更と言いたげにあっけらかんとしている。
……なんていうかさ、情けねえんだけどちょっと泣きそうな気分になってるんだよ。やっぱりこの人たちは頼りになるとか、信じてなかった自分の馬鹿さ加減とか。色々な気持ちが混ざってさ。
「ん……?」
「どうかしましたかレイリーちゃん」
目頭が加熱されて、目尻に水分が溜まっている感覚を堪えていた時。レイリーが何かに気付いたのか、声を零した。
「じゃあメリーさんは太陽くんにわざとセクハラを?」
「……」
「……」
「……」
「はいっ!」
「スリーアウトだにゃ。チェンジだチェンジ」
「あっ! 環! まっ、待ってください! デリバリーならまだセーフ! セーフの範囲です! 怖いお兄さんが出てくるまで猶予があと一回は!」
台無しだよ。
「……気を取り直して」
「そっすね」
ウチの事務員を名乗る粗大ゴミはタマさんに連れて行かれたぞ。因果応報ってこういうことだな。
「それで。何故太陽が女性になってしまったのかだが、心当たりはあるか? もしくはおよその原因がわかっていたりするだろうか。それと解決方法の目処だな」
「実は俺も全部わかってる訳じゃないんですよ、颯が言うには虹が関係してるって口振りでしたケド。
解決方法っつうか男に戻るには、虹を潜るか、それとも一昨日の千々石さんの手伝いでブッ壊した物を直さなきゃならないか。間に合うかわかんないけど、夏休み開けまで待つか、らしいっすよ」
「夏休み開けまで?」
「それなら確実って感じでしたね。結局何するんだかはわかんねえっす、そういう事言わねえんだから……」
「ふむ……」
「ど、どうしたんです?」
細い経緯は説明はしてないけど、とりあえず現在ハッキリしている事だけを話しておいたんだが。
何だろうか、所長がずいぶんと難しい顔をして席をお立ちになられたよ。そのまま自分用のデスクに行って……電話を取った?
「千々石を呼び出す」
「え!?」
「元はと言えば俺とあいつの責任だ」
「ちょ、そんな大事にしなくても!」
「最初から大事に決まっているだろう、お前の将来に響く問題になりかねないのだから。
勿論別件に軽々しくお前を貸した俺も責任を取るが、あいつにも出来得る限り責任をとってもらう」
「あ、あれー??」
ちょっと予想外だな!?
というか所長、何か怒ってないか!?
「ねえ」
「なんだよ!?」
「所長さん、怒ってない?」
「たぶんかなりキレてるよ!」
「ああ、有り体に言ってキレている」
「わあ」
「わあ、じゃねえのよ!?」
どうしたんだおやっさん! いつものクールな感じはどこに行っちまったんだ!?
「と、とりあえず冷静になってくださいよ!」
「ああ冷静だ。冷静に怒っている」
「声がデカくなったりしてないだけで冷静でもないっすよね!? 受話器、受話器一旦起きましょ!」
「太陽くん、大事にされてるんだね」
「今言う事かそれ!?」
オオゴトなのかダイジなのか、大変判別し難いねこりゃ。まあ、いい大人に大事にされてるのは伝わるよ。
少なくともフォンセルランドさんよりはな!
後で俺もあの人殴っておこう、今は同性だから許されるだろ、たぶん。
ここまで御読了有難う存じます。
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