はい!こちら『愛に溢れる探偵事務所』です!   作:枯華院 清日

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Nはそこにある 4

 

 

 

 それからしばらくしてフォンセルランドさんとタマさんが戻って来た後、事務所メンバー全員でどうにかして静かにブチギレている所長を宥めてから。

 

「ご、ごめんなさぁい!」

「……」

「いや、俺は別に謝ってほしい訳じゃ……」

 

 凄くね? 謎の怪獣バスター、英雄、日本の秘密兵器。と、この人のアダ名はとにかく物騒な物が多い。つまり個人で地球を壊せる男こと千々石さんが、俺に向かって土下座している。

 しかも土下座までがかなりスムーズだったぜ、事務所に入った途端、流れるようにというか地面に吸い込まれてるんじゃないかと勘違いする程に自然な土下座だ。こんな社会に毒されちまった千々石さん……見たくなかったぜ! 

 

「どっ、どうすればいいかな!?」

「どうって言われても……」

「責任! 責任は取るから!!」

「!?」

「いや別に……」

「それ、どういう意味ですか」

「えっ、こ、個人で取れる範囲なら何でもするよっ」

「なっ……!」

「千々石さんが何かしたって訳でもねえでしょ」

 

 責任も何も無くないか? 

 正直なところ、頼まれたのは俺で考え無しに突っ込んだのも俺。結果としてこうなっただけで、大体俺が悪いじゃんね。別に千々石さんは悪くないよな。

 というかレイリーは何に驚いてんだ、責任云々は社交辞令みたいなもんだろ。

 

「責任……け、結婚!?」

「え」

「何言ってんだ!?」

「ブフォッ」

「守も身を固める時かにゃあ」

「時代錯誤的な気もするが、何もしないよりはいいか」

 

 何を口走ってんだコイツゥー! 

 見ろよ、千々石さんとフォンセルランドさんが停止したりお茶を吹き出したりしちゃったじゃねえか。

 タマさんと所長はうんうん頷いてんじゃないよ! 

 俺の意思はどうした! 俺の意思は!? 

 

「何でそんな話になんだよッ全員アホかッ!」

「あ、うん。だよねぇ?」

「し、しないの……?」

「しねえよ!! そもそも何でンな話になんだ!?」

「だって責任といえば結婚って……」

「どこの世界の話ィ!?」

「メリーさんが」

「毒されるなッ! 九割与太話だぞ!」

「そんな事も……言ったような?」

「アンタが責任取れよ!? 発言にさァ!」

「太陽はまだ未成年者だからな」

「人間……じゃにゃくて、日本は十八以上だよね。結婚」

「要件満たしてればするような言い方ッ!」

 

 もうダメだ、割とツッコミ側の人間が全員ボケに回っちまった。ていうか何なの、事務所の方々は俺に身を固めてほしいの? どうしようもないフラフラ野郎だって言いたいのか? 

 だとしてもそれはマズいだろうよ、こんな身体だし。子供が欲しいってなってもどうなるかわかりゃしないんだからさ。レイリーには直接言ったけど、親御さんに申し訳が立たないじゃん。

 

「太陽の結婚相手については後にするか」

「あっ、やっぱり冗談だったんすね」

「そういう話は本気で取り組まねば、な」

「さては冗談じゃねえな?」

 

 話を切り替えようと所長が大きく呼吸をした。うん、冗談じゃねえのよ。二つの意味で。

 それはともかく視線を滑らせると、四六時中おふざけ人形もどことなく真剣な目つきになっているようだ。社会人だもんな、腐っても。いや腐ってるけど。

 

「さて、千々石」

「は、はい!」

「太陽が何故こうなったのか、理由はわかるか? 

 それと元に戻す方法だ。お前も知っての通り、猶予がいつまでかわからん。思った以上に事態は切迫しているかもしれない」

「まあ、その……ぼ、僕のせい、ですよね……。こちらでも大急ぎで調べてみました。そうしたら与田という職員の方が、ある伝承……『噂』を知っていまして」

「マジで!?」

「うん……それがね」

 

 

 

『虹を潜ると性別が変わる』

 

 主に海外、中東地方特にアルメニアやコーカサス地域で話される民間伝承。

 アルメニアには独自の土着信仰があった、それは日本と同じく自然信仰の面が強く、月と太陽のような天体から水、雷、光、植物等々。他宗教(ゾロアスター教やキリスト教)からの影響が見られつつも、自然現象を特別視する姿勢は地域が違えども変わらずにあった。

 そんなアルメニアにあっても虹は特殊な物として扱われている。つまり、天界と地上を結ぶ橋である。

 それを潜る罰当たりに対する神罰か、それともノアの洪水後のような神秘的な神との契約の印か、はたまた新たな生をさずける祝福かは、最早誰も知らない。

 

 これは、外つ国々で語られる話の一つ。

 

 

 

「っていう話らしくて……」

「ドンピシャじゃん!!」

 

 それだよそれェ! 絶対確実に何一つ嘘偽りなく、その『噂』が原因じゃんかよォ! そりゃあ幾ら日本の噂話を探そうとも見つからねえ訳だ、だって海外だもん。

 

 しかしながら、そういった話程タチが悪い物はない。殴って終わりというシンプルな解決方法が通用しない上に、そもそも首謀者とか主犯が存在するでもない。

 虹を潜れば解決するってのがわかっても物理的に不可能なんだから、じゃあどうすればいいのかって所で話はふりだしに戻ってくる。この際、あの保健医が何でそんな事を知ってるのかっていうのも些細な話だぜ。

 

「ふー。結局颯が言ってた通りかァ」

「あっ、知ってたんだ」

「理解してたのか、それとも推理なのかはわかんないっすけどね。考えられる解決方法も合ってますよ。

 俺がそこらにある虹を潜るか、それともあのイカレたジジイの機械を直して虹を潜るか。このどっちかですけど、普通の虹は潜れねえ……って事は」

「うん……人工虹発生装置の設計図は、服部さんに頼んで急いで探してもらってるよ」

「良かったァー……!」

 

 光明が差してきたじゃあないかよ、ええ? 

 やっぱり善行ってのは積んでおくもんだね、徳とかいう目に見えない物が高まっていく感じがするよ。そうしたら万事いい感じに、良い方向に転ぶんだって河童のおっちゃんも言ってたぞ。

 それはさておき、アレだね。やっぱりあの研究所は壊すだけ壊して放置してたんだね。千々石さんってもしかしなくてもただの暴力装置としか扱われてなかったりする? 

 

「それよりも!」

「えぇー? 何すかフォンセルランドさん、いい感じにどうにかなりそうって雰囲気だったでしょ」

「まだ疑問があります」

「あん??」

 

 何かあったっけか。強いて気にするような所があるとすれば、颯が言ってた夏休み開けまで待つなら確実って話か? その話なら俺も気になってるんだよね。

 

「太陽くんのおっぱいのカップ数」

「オラァ!」

「メリッ!?」

 

 戯けた発言をしたボケ人形は人型キャットの暴力により沈黙! サンキュータマさん。

 

「Hカップでしたけど、ブラが入らなくなったらしいからもっと大きくなってますよ」

「レイリー!?」

「メリィッ!?」

 

 フォンセルランド復ッッ活ッッッ!! 

 じゃねえよ。この同級生は何を余計な事口走ってんだ、お口トコトコかこの野郎。言わなくていいんだよ、俺に関しての無駄な個人情報はさ。

 どうにかして話を変えてもらえないかと千々石さんと所長の方向へ目配せをした。そう、伝わってくれ俺のアイコンタクト。二人とも察しがよろしいからいけるって! 

 

「あのぉ……人前でそういう事は、あんまり……太陽くんも困ってるし。よくないと思うんですけど」

「じゃあ千々石くんは気にならないんですか!? デカパイギャルのカップ数が!!?」

「ギャルじゃねえよ!」

「見た目はギャルだよ」

「そもそも男の子の頃からギャル男だったでしょう!」

「違えって!」

「えっ、その、太陽くんですよ……?」

「やめておけ、こういう話は男が何を言っても藪蛇だ」

「そ、そうみたいですね」

 

 勢いに負けちゃったよ。千々石さんは反物質を使った破壊力以外クッソ弱いぞ、優しくしてやってくれ。彼はチワワなんだ。いや薄らデケえチワワだな。

 じゃなくてちょっと待ってくれ! 精神的には俺もそっち側だよ! 男だよ! 数日前までにはアタッチメントが付いてたんだよ、ホースが! 

 

 ──コン、コン。

 

 ん? 

 

 割と聞き馴染みのある、事務所のドアから発せられた軽やかで弾むような音。連続した音ではなく0.5秒程度の間隔が空けられていて、ほんの少し遠慮を含めたのか、それとも他の要因か。それはまだわからない。

 ホースだなんだと馬鹿な事を考えてる場合じゃないみたいだぜ。

 

「来客だ。千々石は元の仕事に戻っていい、が」

「はい。必ず、それと速く手立てを見つけます。

 僕のせいだからっていうのは当たり前ですけど、太陽くんを困らせたくないですから」

「そうだな、可及的速やかに頼む」

「はい!」

 

 いい大人…! 

 

「冷房の温度を上げましょう、早く」

「にゃんでよ、暑いじゃん」

「お客様をおもてなしする為ですよっ。汗で濡れたシャツから透ける、無防備な地肌をチラつかせるギャル……どうです?」

「アンタさぁ……客が女だったらどうすんのよ」

「女だってエッチなのは好きですが!?」

「冷房の温度変えてきます、むしろ暖房にします」

「レイリーちゃん? 最近そのバカに毒されてない?」

 

 いい大人がよォ……! 

 ちょっとこの事務所、一人が駄目な感じのせいでマトモかどうかのアベレージを下げてるな? 

 まあいいか、結局平常運転が大事ってことだ。

 俺が元に戻れるかは千々石さんの厚みが無い双肩にかかっているってワケで。だからといってコソコソと何も調べないのは性に合わない。信頼してない訳じゃないぜ、じっとしてるより動いた方がいいだろうってだけだからな。

 

 ま、そんなことはどうでもいい。

 恐らく依頼人が扉の外で待ってるんだろうから、あんまり待たせておくのはよろしくない。いや待てよ、こういうのって受付の仕事じゃないのか!? 

 

「大変お待たせして申し分けございません『愛に溢れる探偵事務所』の事務員、メリーと申します。本日はどのような御用件でしょうか?」

 

 は、速いッ……! 

 切り替えが……! 

 

「こちらぁ、探偵事務所、ですよね?」

「えっ、ええ。そうですが……」

 

 フォンセルランドさんが扉を開けて出迎えた先。

 今さっきまでシャワーでも浴びていたのかと思えるような、長い長い黒い髪の毛。比喩的にしっとりした鴉の濡れ羽色どころじゃなくて、本人が着ているロングスカートの丈、その半ばまである長い髪の先には水滴が付いている。

 本日は快晴、蒸し暑く感じさせる嫌に高い湿度はあれども空から水は落ちてなんかいない。

 

「人探し、を、依頼したいんですぅ」

 

 先入観は失礼の元。そんな事はわかってる、だがどうやら依頼人が持って来た仕事も、依頼人すらも一癖二癖以上はありそうな予感がした。

 

 

 

 ───☆

 

 

 

 探偵事務所の一室、開業時間が来るや否や飛び込んで来た依頼人は、毛髪から服まで、頭から爪先までのほぼ全てから水分を湛えていた。

 

「それで……人探しとのことですが」

「ええ、そうですぅ」

 

 対応に当たるは探偵事務所所長。落ち着きのある男性らしい印象を相手に与える犬面人。

 であるが、本日の月齢により包帯の一つも体に纏わせていない。見た目は完全に普通の人間である。

 自身の事務所に置いたソファがみるみるうちに湿気から水気、水気からずぶ濡れといった様相になっていくが、依頼人もわざとそうしたい訳ではない。それを知っている。なにせ、本人が椅子には座らないように遠慮した程である。

 この探偵事務所では一名、水に濡れるのを忌避する人形が働いているが、そこは人形か。眉一つ動かさずに席への案内自体を済ませて自身は退散している。

 人探しを依頼しにきた女性、ソファに現在進行系で潤いを与えている者、名前を浜姫というらしい。

 

「失礼かもしれない事は重々承知していますが、浜姫さん。一つお伺いしてもよろしいでしょうか」

「ええ、はい、どうぞぉ」

「では単刀直入に。

 浜姫さんは『濡女』……もしくは『磯女』ですね?」

「……はいぃ」

 

 

 

『濡女』

 

 本来は海や川辺に出没する女妖怪。

 人の首、あるいは頭部のついた蛇。あるいは下半身が蛇そのものである女。

 九州や東北、あるいは新潟と福井など複数の地方で、髪が濡れている半身が蛇になっている存在についての記述や伝承があり、呼称も様々。

 九州地方での呼び名、磯女の場合。海辺に表れては人の生き血を吸う、見たものの命を奪う等々ヒトを害する伝承が多い。しかし濡女と呼ぶ地域、新潟・福井方面では恐ろしい存在であり体長は三町(現在での単位に換算すると300m)先まで届く尾を持つとされるが、こちらは資料に乏しい。

 共通点としては、濡女は害を為すということ。海辺にまつわる女の妖怪であるということ。半身が蛇であるということの三点である。だが浮世絵師の河鍋暁斎の絵にある『ぬれ女』は、目鼻の無い顔に長い舌と大きく開いた口、髪が蛇に変化したおどろおどろしい完全なヒト型の妖怪の姿で描かれている。

 

 これは、雨粒のように正体が散らばる話。

 

 

 

「……ご出身はどちらですか?」

「島根、ですぅ」

 

 島根県? 九州や東北近辺ではなく? 

 そう思い、所長の犬飼は眉を僅かに動かした。

 余計な詮索かもしれないとも逡巡していたが、何か引っかかる答えだ。油断はできない。

 相手には決して悟られぬように、ほんの少しの緊張感を孕みつつある気配を見ないまま、犬飼は質問を追加した。

 

「それはそれは、島根と東京では勝手が違うかと思いますが。暮らしやすいでしょう、ここは」

「ええ、そう思います、だって色んなヒトがいますからぁ。私たちみたいなのも、あまり目立たなくて」

 

 人種どころか種族の坩堝と化している日本。その中でも人口の多い東京にあっては、濡女程度では最初は驚きこそすれ馴染みやすい。顔そのものが犬になっているよりは、顔が人である分、人々も存外好意的であるようだ。

 

「私たち、と言いますと?」

「はいぃ……探してほしい人、のことですぅ」

「その方は……」

 

 鬼が出るか蛇が出るか。ありきたりな慣用表現であるが、目の前に下半身が蛇でもおかしくない濡女もいる。ロングスカートで巧妙に隠してあるので不明瞭とするのを意識した装いだろう。

 長い雨靴だけが、素肌を隠してちらりと見えている。

 

「私の、双子の、弟ですぅ」

 

 嫌な予感が雲の切れ間に見える陽射しに似て、一際鮮烈に悪寒を漂わせた。

 

 





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