はい!こちら『愛に溢れる探偵事務所』です!   作:枯華院 清日

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引き続き猫(視点)です、よろしくおねがいします。

上下合わせて二万字超えてますよ、アホかな?
ともかくゆっくり楽しんでください。


猫と七夕せよ 下

 

 

 

 

 

 

 

 

人間の面倒な所、その一つ。

 

「…でさぁ」

「本当にぃ?」

 

カメラを構えた先、レンズが切り取る瞬間。

仲睦まじい夫婦か何かかと見紛う、腕を組みつつ歩く二人が昼下がりにホテルへ入って行く。気温も手伝って、見ているだけで暑苦しくうんざりする光景。

つまりはそう、白昼堂々と万年発情期だとそこら中に喧伝している。

 

「…節操ねーにゃ」

『タマキさんって普段何やってんすか?』

「ん、人間観察?」

『へー…確かに連中変わってますもんね』

 

手狭なビルとビルの隙間、その排気口伝いにある室外機の上。夏場の正午頃ならば、誰もが項垂れて見ることのない都会の間隙、意識の空白地帯。

 

─カシッカシャッ…カシャン…

 

シャッターを切る。

ホテルを目前として仲睦まじくしている所を二枚、もう一枚は完全に入り口に足を踏み入れた決定的証拠。

 

「あとは…宿泊か二時間しか無かったか…。よし、今回は助かったよ。これ報酬の煮干し、残りは下の鞄に入れてあるから後でにゃ」

『ざっす!』

 

傍から見れば猫と会話している痛々しい人間に見えるだろう。アタシは猫である、名前は環。

人間の面倒な所をたった今写真に収めた仕事の出来る化猫だ。

 

言わずともわかる事だろうが、興信所や探偵がホテル近くで待機するなんて一つの用事しかない。

これは浮気調査。

今回の依頼人は男性。つまりは頭の中身が春爛漫な、ホテルの休憩時間に浮かれていた女の本来のつがいだ。

いや人間の契約上は夫と呼ぶべきだったか。

哀れとも不憫とも思わない。正確には、一々こういった不貞に心を砕いていては探偵なぞ出来はしない。

 

探偵の仕事でかなりの割合を占めるのは浮気調査と失せ物探しとストーカー対策。そしてこれは浮気調査、よくある出来事の一つに過ぎない。

人間の探偵は、探偵業をしている内に人間不信に陥りやすい。だがアタシらのような存在はそもそも人間に対して絶大な信頼を寄せてはいないので問題ない。

 

今回のように依頼人が男で女の浮気を疑う場合は、ほぼ確実にクロだ。アタシの毛色の話ではない。

逆に女が疑う場合は七割ほどでクロ。データはわざわざ取っていないが、そんな感じ。

これは女の勘が鋭いというより、数撃ちゃ当たるでも七割当たるから鋭く見えるということと、男の勘は決定的な部分まで働かないということ。

人間の勘なぞ大したものではない、哀れなり人間。

 

『しかしタマキさんも働き者っすね〜』

「まぁにゃ」

 

ウチの事務所ではこういった仕事は大体アタシが担当している。動きが鈍い上に見た目が派手で目立つメリーには任せられないし、高校生の子どもである太陽にはこんな人間の汚い部分をあえて見せたくはない。

いつか知る事だとしても、わざと大っぴらに見せてこれ以上傷付ける事もない。というのが太陽を除いた事務所全員の意見だ。ちなみに千々石も同意見。

それを知らせない為に、散歩や怠慢を装って、こうして仕事に励んでいる。本人が勘違いしてくれているなら僥倖だ。

 

「…暇だにゃ」

『寝ないんすか?』

 

寝たいけれども…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局二時間たっぷり待つ羽目になった。

ホテルから出た所も撮影済み。これでこの仕事は六割方終わりだ。

 

『かんづめおいしいね!』

『ねー』

『はぐ…はぐっ…』

『チビどもよく食っとけよ~!』

 

眼下には一家団欒の光景が広がる、こいつの嫁さんは車に轢かれたんだったか。それでも男手一つで立派に育てているものだ、人類よ猫を見習うがいい。

 

「カリカリはどうする?」

『そうっすね~…袋開けておいて、茂みに隠しておきますか』

「この辺で茂みって言うと…あの公園の辺りか」

『運ぶのお願いできます?』

「いいよ、今回は世話になったしにゃ」

『あざっす! チビどももタマキさんにお礼しろよ!』

 

元々は生意気なコイツも大人になったものだ。

昔はアタシのことを猫なのに人間好きの異常人間性愛者呼ばわりして来て殴った事もあったが。時間と環境は猫を変えるな…。ついしみじみとしてしまう。

 

『ありがとーおばちゃん!』

『タマキおばちゃんありがと』

『ありがとう…』

「は?」

『ばっ…やめろ!! 殺されるぞ!』

 

にっ…人間年齢ならまだ二十そこそこだぞ…!

前言撤回、親猫のくせにまともな教育も出来ないのかコイツは!

 

『でもおばちゃん二十歳以上なんでしょ?』

『じゃあおばあちゃんなんじゃないの』

『タマキおばあちゃん…』

「ヒュ…!」

『ちょっ、やめ…!』

 

猫の年齢は、一歳で成猫。

これを人間でいう二十歳。

 

一歳年を取るたびに、そこに四歳足していく。

アタシの年齢は二十を超えている。

 

今、アタシの猫としての最低年齢を計算した奴は夜道に気を付けろよ。

 

「…カリカリ…置いてったら帰るわ…」

『あわわわわ…す、すんませんタマキさん! マジですんません!!』

『ありがとうおばあちゃん!』

『タマキおばあちゃんありがとー』

『おばあちゃん…』

「ウッ…!」

 

泣きそうだった。

 

人間の汚くて面倒な所と対峙したアタシに待っていたのは純粋無垢な言葉の剣だった。

しかも猫からすれば当たり前の事で、反論の余地が見当たらない。衝動的にキレて何か暴力的な行為に及ばなかった自分を褒めたい。

そもそも子供を産んだ覚えはない。

これが教育の大事さか…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ただいま…」

「おかえりなさ…どうしたんですか」

「…いや、にゃんでも…にゃんでもにゃい…」

 

乙女猫心は複雑だ、年月を重ねようと姿形の変わらない人形には、この心はわかるまい…。

 

怪訝な声色で、そうですか、と言ってくる友人に八つ当たりする気もない。無い無いづくしだ。どうか少しそっとしておいてほしい。今日はもうダメだ、労働意欲がすっかり萎びてしまった。

 

「がぁぁぁ…!」

「えぇ…?」

「ビール…ビールを…!」

「正気ですか」

 

どうせ今日はもう目立った仕事も無いのだ、一杯くらい昼下がりに嗜んでもいいんじゃないだろうか。いや良い。良いに決まっている。良いと決めた、今。

 

「さっきぶりっすー、貰い物持たされたんで届けに…どうしたんすかタマさん…?」

「…チッ」

「えっ舌打ちィ…? なんで…?」

 

間が悪いな太陽。

そもそもなんだよ、友達と遊びに行ってたんじゃないのか。名前みたいに脳天気な顔を見せに来て何がしたいんだ。

 

「にゃにしに来たんだよ…」

「偶然会った喜八のおっちゃんから、この前のお礼で持ってけって言われたんで。メチャ嵩張るしとりあえず置きに来たんすよ」

「はぁ?」

「颯〜!」

 

太陽が持っているのは何個か重なった桐箱と…札だろうか。いや、何も書いてない短冊? 生憎と事務所に笹は無い。観葉植物ならあるが、いくら何でも竹や笹は不釣り合いだろう。

 

「失礼します…當真、思った以上に前が見えないぞこれ」

「いいじゃん顔も隠れるし、実質モザイクで少年少女の何かを守れるナイスアイデア。俺って天才かな?」

「人の顔を猥褻物みたいに言うなよ…」

「うわ…」

「これはちょっと…」

 

仄かに甘い香り、葉の一枚一枚は青く、葉脈は平行に伸びている。茎の節々に皮が残っているこれは…。

 

「笹…?」

「そうっす、七夕なんで。素麺と短冊もセットでって」

「凄く大きいで…んんっ…お疲れさまです、淋代くん」

「いえ、お気になさらず。フォンセルランドさんはお元気でしたか?」

 

なるほど、縁起や風習に詳しい江戸っ子の河童らしい粋な計らいというものか。

素麺はたしか、織女、織姫の織物上手にあやかって、織り糸を素麺に見立ててこの日に食べるんだったか。

猫を被りだした友人は放っておこう。

 

「で、これはお前じゃにゃくて事務所宛に?」

「みたいっすよ」

 

置くの? この、どこぞのデカい女子高生並に大きい笹を? 事務所に?? 正気か? 事務所と不釣り合いだってアタシが今さっき思ってた所じゃん。

 

「ありがた迷惑ぅ~!」

「まぁ…そうっすね…」

 

置けなくはない、が。まず景観的にどうか。それとも日々の行事を大切にしてる親しみやすい探偵事務所って事に今からでき…ないんじゃないか。

相談しに来る依頼者達もこれを飾っている所を見れば流石に踵を返す気がする、浮かれ気分で探偵事務所に寄る奴なんて居ないだろう。

 

「…屋上に置くしかないか」

 

苦肉の策だが、そうするしかない。

主人も人からの貰い物を捨てろと断ずるタイプではないし、事後承諾の形にはなるが…。許してくれるだろう、たぶん…。

 

「短冊と素麺はどうすんだ、結構多いよにゃ」

「皆で消費するしかないっすよね」

「マジで言ってんのぉ〜?」

 

これもまた困る。すぐに食べないと駄目な物でもないが、お中元で定番のちょっとお高い素麺が複数箱。更に事務所の定員より遥かに多い枚数の短冊。

貰い物は捨て難いんだよ…! 加減を知らないお節介な親戚か、あの河童め。

 

「何把か貰って良いっすか?」

「良いけどさぁ…」

「やりぃ!」

 

素麺貰って無邪気にはしゃぐなよ、そういうのはカラフルなひやむぎを奪い合って見事に勝ち取ったときだけにしてほしい。

素麺の方はちまちまと消費するしかないか…。主人は麺類が苦手だがそれしかない。メリーも持って帰ってまで食べることはしないだろうから、事務所で食べさせよう。太陽も昼頃に来た時は道連れにしてやる。

短冊は…。そうだ。

 

「太陽、お前まだ外で遊ぶにゃ?」

「そのつもりっすけど」

「じゃあペン貸すから短冊使い切ってこい」

「リアリィ…?」

「勿体にゃいだろ」

 

物は無駄にしない。猫に小判は無用の長物の例えだが、アタシはエコロジカルな猫だ。使える物は何でも使う。というか本を正せばこんな物をほいほいと貰ってきた太陽が悪い。つまりこれは正当な責任と労働なので悪く思うなよ。

 

「えぇ〜」

「えぇ〜じゃにゃくて、責任を取れって事だ」

「しょうがないなぁタマえもんは…」

「猫型ロボっぽく言うにゃよ、んじゃそういうことで」

「は〜い」

「返事ははっきり!」

「はい!」

「よし」

 

面倒事が飛び込んで来たと思ったが、どうにかなりそうで一安心。すっかり落ち込んでいた気分も切り替わってしまった。

汚れ仕事を進めておくとしよう。ビールは仕事終わりまでお預け。折角だから主人と飲もうかな。

 

「んじゃいってきまーす!」

「お仕事中に失礼しました、それではまた」

「あー行ってこい行ってこい」

「お気をつけて」

 

まったく騒がしい奴だ。だがしかし、静かな方が好きだが、こういうのも嫌いではない自分がいる。

 

「…やるか」

「えぇ」

 

願わくば子供は健やかに。

これは、短冊にしたためるほどの無いもの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、残念ですが…。心苦しいとは思いますが如何でしょうか、現場を押さえた写真があった方が確実かつ後々有利になりますが。

…はい、ええ。かしこまりました、ではまた一週間後に、はい、失礼します」

 

昼過ぎの写真についての連絡。

浮気というのは、その期間、頻度、確実性を示す証拠を押さえるだけ押さえてしまった方が後の裁判や慰謝料について悪質性が認められ易く有利になる。しかしその分、それを集める間の心労や生々しい証拠が依頼人を苦しめる事にもなる。

だがまぁ、逃げ道を全て塞いでしまえば。法の鉄槌は男女問わず平等に振り下ろされるし、更に社会的地位の剥奪さえも有り得るので、結果的に溜飲を下げ易くもなる。

全てを失っても不貞を働こうというのだから、余りに愚かな人類も多々居るものだと常々思う。アタシは苦手だが、マタタビをキメた方がよほど建設的だ。

 

「はぁ…」

「お疲れ様です」

「ん、ありがと」

 

現像を終えて印刷された写真入りの封筒と、よく冷えた麦茶が机上に差し出される。少しばかり気が滅入ってたのを察してだろう、同類とは思えない程に気が利く友人兼事務員だ。

 

「続行ですか」

「みたいね」

「計上しておきます」

「頼んだ」

 

メリーも仕事となれば真面目なもので、空気を読んで手早く会話を切り上げてパソコンに向かう。

普段から真面目な面だけを見せていれば、見た目も相まって引く手数多な気もするが。

 

「余計なお世話です」

 

読まれていたか。古びた金具の軋む様な音をわざと立てながら、首だけがこちらを向いてくる。ホラーさながらといった様相だ。油差し忘れたのかな?

 

「これでも結構口説かれるんですよ、私」

「へーぇ? でもそういう相手作らにゃいじゃん」

「選り好みしてるんです。軽薄な方が多くて困りますよ、こういう仕事と付き合っていると誠実な方が何よりだと思えますし」

「下手に見た目が良いのも大変だにゃ」

「そういうことです」

 

一目惚れは信じない。白馬の王子様の内心も、決して完璧とは限らない。高望みしている訳ではないだろう。それでも見た目が滅法良ければ、近付いて来るのは下心が大半か。

 

「まぁそのうち出来るか」

「あっ、ムカつきますね。その余裕綽々って言動、何ですか。やっぱり夜は所長とズッコンバッコン…」

「してにゃいって」

「ベッドの上では立場が入れ替わって、代理が上で所長が下なんでしょう!? い、いやらしい…!」

「お前の頭の中でどうにゃってんだよアタシたち」

「それはもう、環はなめネコで所長はバターけ…」

「ナマモノではやめとけよ!」

「ナマで!?」

「言葉狩りすんにゃ!」

「狩りじゃなくてカ…」

「やめろって!!」

 

クソ…こいつ絶好調だな。

そんなこんな。時には真面目な話、時に馬鹿っ話を交えて今日出来る分の仕事を消化しつつ夕暮れを越して夜が降りてくる。

よくあることだ、退屈もしないしちょうどいい。

 

「そろそろちょっと戻るわ」

「ケッ、ぺっぺっ! どうせ二人でイチャコラしてくるんでしょう! 塩撒きますよ、清めの!」

「自傷行為かにゃ?」

「潮じゃなくて残念でした〜!」

「アタシにそっちの気は無いし、職場でそれは引くわ…」

「そうですね」

 

そうですね、じゃないよ。オンオフスイッチが壊れてるのか、そのテンション。

…いつものことか…。

 

トン、トン、トン。

小気味良い音を鳴らして階段を上る。

事務所の扉から出て、すぐ近くの階段を上る。

 

このビルは主人の持ちビルで、一階は玄関、二階が事務所、三階以上に自宅兼資料室。

つまり何時でも会える場所に主人がいる。

足音を立てて主人の自室に近付くのは驚かせない為、気遣いが出来る猫だろう?

ノックを挟んでアタシと主人の間を隔てる板を退かして一言。

 

「今日の晩御飯どうする?」

「何か考えがありそうだな」

「そうそう、太陽が喜八さんに素麺とか色々沢山貰ってきたの。それで、仕込みとかまだにゃら今日は素麺にしておかにゃい?」

「そうしようか、メリーの分は?」

「やっちゃおう! 太陽も呼び出して皆で食べよ!」

「…そうだな」

 

わかりにくいけど、彼は少し笑っていたと思う。

お互い静かな方が好きだけれど、騒がしいのも嫌いじゃないのだ。

 

「あ、あとねぇ。屋上に笹と短冊飾っていい?」

「なるほど、そういえば七夕か」

「笹も大きくて短冊も沢山で…」

「…大体わかった、派手好きの喜八らしいな。よし、俺が運んでおくから仕事の区切りを付けておいてくれ。素麺も作っておく、太陽への連絡は任せた」

「は〜い」

 

会話の終わりに頭を一撫でされる。活力が湧いてくるのは夜行性の性だけではないだろう。

さてはこれが撫でポって奴? 既に好いている相手にされてそうなるのは言葉の意味と関係あるかは知らないが、似たようなものだろう。

 

「こんばんは〜っす」

「んぁ…?」

 

昼頃にも聞いた間の抜けた声、ウチのアルバイトのものだろう。…まだ連絡はしていないはず。

 

「タマさん! 見てくださいよこれ!」

「うわ、にゃんだそりゃ…」

「手あたり次第に書いてもらってきたんすよ!」

 

太陽が提げているビニール袋一杯に詰め込まれた願いの札、あまりの量に怨念とか籠もってそうだと思う。

しかしいい笑顔で報告してくるな…。

 

「で、お前。これを届けに来たのはわかったけど、この後はにゃんか予定あるのか?」

「えっ、無いっすよ。養父の出張もかなり長くなるみたいなんで、帰ったら自分の分の晩飯作って食って風呂入って寝るだけっす」

 

なんか…健全な高校生なようでかえって不健全な気がするな。高校生ってもうちょっと夜ふかししたり、夜遊びに繰り出したりするもんじゃないのか?

 

「じゃあ晩御飯も食べてけ、メリーも。今日は主人お手製の素麺だ」

「えぇ? いいんすか?」

「子供が遠慮してんじゃにゃいよ」

 

遠慮も謙遜も、慣れてしまうにはまだ早い。

アタシたちの前でくらい、歳相応の子供らしい顔でいてほしい。

 

「オギャァ! あぶぶぶ!!」

「赤ちゃん人形…!?」

「メリーは遠慮じゃにゃくて配慮しろよ、色々台無しだぞ」

「私ほどBPOに配慮している者は居ないと思いますが…?」

「その自信はどっから来たんだ。TPOを弁えろって事ね? わかる?」

「環はいいお母さんになりますよ、正確にはおかーちゃんとかヤンママの方ですけれど」

 

今の会話のどこでその評価を下した?

 

「環が母親で所長が父親、私が長女で千々石くんと太陽くんが弟たち…どうです?」

「さらっと俺の序列低くないすか?」

「メリーさん、そろそろ私達も付き合いを考えた方が良さそうですね」

「織姫と彦星より距離が離れましたね…心の…!」

「その…まぁ…ちょっとキモいっすよ…」

「太陽くん! お姉ちゃんになんてことを言うんですか!」

「えっ、まだ続けるんすか? マジで?」

 

冗談とわかってはいるが、人付き合い、否。人形付き合いも考えものかもしれない。

アタシはまだ独身だよ、よりによって急にデカい子供が三人もできるわけ無いだろ。いや、そういう問題でもないけどさぁ。

 

子供…親…孫…おばあちゃん…。

これがデジャヴュか、少し辛くなってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

屋上までは階段で向かう、エレベーターはあるけれども屋上にまで繋げていないのだ。大きい洗濯物が出た時くらいしか使う場所でもないのであまり気にしたことはない。

 

「フォンセルランドさん、軽くなりました?」

「口説いてるんですか太陽くん。はっ…! だっ、駄目ですよ! 私たちは血の繋がった姉弟で…!」

「引っ張り過ぎじゃないっすか。ってか知ってるでしょ、俺孤児ですよ」

「痛っ! 今、足ぶつけましたよ! もっと丁寧に、お姫様を運ぶように運んでください」

「だからお姫様だっこじゃないっすか。そもそもワレモノ注意って程度でしょ。タマさん…この人そこらにぶん投げても…痛てててッ!?」

「やめとけ…」

 

屋上まで何分でもないのにバカやってる二人を尻目にさっさと屋上に出る。

アタシの手には短冊とビール、それと日本酒。

扉を開け放ち待っていたのは、簡易的な机と椅子に涼しそうな氷と素麺が入った器。何より大事な、これを用意してくれた人。

 

「早かったな」

「太陽がちょうどよく戻ってきたからね」

「呼ぶまでもなかったか」

 

目を細める主人、苦笑しているのだろうか。

考えてもみれば今日はアタシとっては結構騒がしい日だった。主人はたまの休日を有意義に過ごせたか気になるが、声色の柔らかさから察するに、存分にゆっくりと過ごせたのだと思う。

 

「つゆをよそうから環は…」

「いいよ、座ってて?」

「ん…ありがとう」

 

そう言って手ずからかつお節の匂いがする汁をそれぞれのお椀によそう。

市販の物よりも匂いが複雑になっている麺つゆ。おそらくだが、出汁を別に取ったのだろう。主人の凝り性なところが存分に出ている。

見れば青ネギに生姜のすりおろしも小鉢に入れてある。これは冷蔵庫のストックかな、細やかな心遣いが感じられて良い。

 

「こんばんはっすおやっさーん! …暑くないんすか?」

「暑いには暑いが、そこは慣れだな」

「舌ちょっと出てるじゃないっすか…」

「む…すまん、見苦しかったか」

「全然! でもやっぱ扇風機とか無いと…屋上にコンセントありましたっけ?」

「いいんですよ太陽くん。どうせこの二人、この後には汗以外の物でベチョベチョのグチョグチョに…」

「メリー」

「はい」

「静かに」

「はい」

 

事務所内ヒエラルキーは主人が最強だ。舌鋒鋭い訳ではないが、暴走人形を鶴の一声で静止させられるのは、流石の一言に尽きる。

 

「短冊は食べてから皆で飾るとしよう、いただきます」

「いただきまぁす」

「所長たちの分の短冊は残してありますよ! いただきまーす!」

「いただきます」

 

素麺は夏に初めて食べる最初の一口が最高だと思う。

氷水を張った容器に入れていても尚伸びず、舌触りは滑らかなまま。一本一本にコシはあれども、まとわり付かない歯切れの良さ。

つゆの海に潜らせても、互いの風味の邪魔にならない控えめな小麦の主張を確かに感じる。

 

「美味しいにゃ〜」

「そうか、喜八に返礼しなくてはな」

 

特にお手製のつゆが良い、とは作った本人にあまり伝わっていないのか。ウチの事務所の男衆は変なところで鈍い。

一番割合の多いかつお節の匂いと、どこか微かな苦味の煮干し臭、甘いのは昆布出汁に、味が濃いのは干し椎茸か。他はオーソドックスな砂糖と醤油に酒と味醂だと思うけれど…不思議な清涼感と酸味がある。

これはなんだろうか…野菜?

 

「あっ!」

「隠し味に気付いたか」

「トマト…?」

「正解だ、環は凄いな」

「お、俺だってわかってましたよ!?」

「何張り合ってるんですか、大人しく食べなさい」

「ぐぬぬぬ…」

 

今朝食べたトマトの余りを入れていたのか、それにしてはつゆが濁っていない。

恐ろしく手間だと思うが、すりおろしてから絞ってすこし煮詰めたのか。こだわりが詰まってる。否、最早これは愛情では…?

 

「はぁーっ! 所長、白ワインとかありませんか?」

「あるにはあるが…」

「持ってきてください」

「…珍しいな? わかった、持ってくる」

「ダッシュで!」

「あ、あぁ」

 

どことなく不機嫌になったメリーが主人を顎で使っている。何だ急に大声で横柄な。

 

「ヤッテランナイ成分を検知しました」

「にゃに言いだしてんだ…」

「べっつにぃー!? 勤務時間外だからセーフですよ!」

「俺はフォンセルランドさんを責められないっす…」

「はぁ…?」

 

意味がわからん…。

大方、この暑さにやられたのだろう。こちらが気にしても仕方ない。

 

「ンー…」

「市販のより凝ったつゆっすよね、後でおやっさんに何入れてるか聞いてみよ…」

「つゆが薄まった所に生姜を溶かし込むと綺麗ですよ、ほら。私と同じくらい綺麗ですよ」

「めんつゆと容姿で張り合ってる人初めて見ましたよ俺」

 

ネギも良い。嫌味なネギ臭さはつゆの香気にかき消されて歯触りだけが前面に来る。

生姜はアクセントとしては良いが、これは入れ過ぎてはかえって駄目だな。箸でほんの一つまみ程度を素麺に載っける程度が良い感じ。

 

「待たせたな、冷えてはいるが氷も一応持ってきた。ロックで飲んでも面白いから飽きたら試してみてくれ」

「ラ・マンチャのシャルドネ…ふむふむ…」

「アタシも後で貰うわ」

「環はビール飲んでて下さい」

「にゃんでよ、いいじゃ〜ん」

「…何か、お酒の会話って…大人って感じがしますね」

「太陽はもう少ししてからだ」

「うっす」

「うーん…パックワイン侮り難し、ですね」

「やはり麺類は食べ難いな…」

「アタシがあーんってしよっか?」

「いや流石に悪い…むっ…?」

「冷たっ、って痛っ! メリーお前何すんだ! おい!」

「暑いですねぇ〜! 何か余計にぃ!」

「俺はフォンセルランドさん責められないっす…」

 

霰が横から降ってきたりもする騒がしい晩御飯。

団欒のひととき、これはこれで、だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では飾っていこうか」

「おやっさん書くの早くないっすか!?」

「お前が遅いだけだにゃ」

「人のを見たら駄目ですよ、デリカシーが大事です」

「いやもう何個か見ちゃってますし。ていうか筆跡で誰のか何となくわかりません?」

「知らぬが仏、言わぬが花、ということだ」

 

食後の運動…にはならないが。本日最後に飛び込んできた仕事、短冊の飾り付け。

太陽が言う通り、誰の願いかは何となくわかる。しかし主人の言や正しい、秘めてこその物もある。まぁ見覚えのない筆跡もあるから、全部わかるのも太陽だけだろう。

 

結構な量の紙束たちだが、こちらは四人がかり。あっという間に笹が彩られる。

 

「これって一番高い所にあるやつが叶いやすいとかあるんすかね?」

「急にどことにゃく即物的にゃ感じだにゃ」

「関係ない筈だが…」

「そもそも噂が憑いてる訳でもなければ、そう簡単に叶う物でもないでしょう」

「ロマンティックの欠片もねぇ事を…!」

 

ロマンを丸っきり無視すれば、こんな星も無い夜空では織姫と彦星に願いも届かないと思う。都会の暗幕の濃さの前には、ささやかな請願も大言壮語も等しく。夜闇に吸われて人知れず消えるのかもしれない。

 

それでも良いから。そうと知りつつ願うのを止められないのが人間という生き物なのかもしれない。

願いの多寡、思いの強弱、望みの清濁、夢の軽重を誰が測れるものか。

 

「うっし、これで終わりっすね!」

「片付けはこちらでやっておく、太陽は今日はもう帰って休むといい」

「の、のけ者っすか…!?」

「睡眠は大切だぞ。男性の場合は成長期が終わっても、およそ二十五歳までは身長も伸びるそうだ」

「當間 太陽、帰って風呂入って寝ます!!」

 

傍から聞いていると、そのチョロさに心配にすらなってくる。というか身長とか気にしてたのか、意外と子供らしい一面があったな。

 

「あぁー…私は手伝えませんし、事務所の方で待機してましょうか。一時間くらいでいいですか?」

「具体的にゃ時間は必要か?」

「まさか所長…早ろ」

「メリー」

「はい」

「休んでおけ」

「はい」

 

太陽に続いてメリーも席を外す、気を遣ってくれたのはわかるが。その余計な一言は絶対いらない。何か期待している目でチラチラとこっちを見ずにさっさと下に行っててくれないだろうか。

 

ゆっくりと目視範囲から消えた友人を見送って、主人のお猪口に日本酒を継ぎ足す。

 

「ありがとう」

「いいよ」

 

自分の分のビールは缶なのでプルタブを引くだけ。

「改めてお疲れ様、環。乾杯」

「ん、乾杯」

 

アルミ缶と陶器だから、小気味いい音はしない。

そもそも小さな音にまで耳を澄ませてしまうと、余計な雑音が混ざり込んで来る。

車が休みなく走る音。酔って気の大きくなった迷惑な酔っぱらいの喧騒。くだらない会話と耳障りで下品な笑い声。

自分が野良猫だった時から変わらない、無駄を煮詰めて撒き散らした音たち。

猫であることに嫌気が差してしまう程度には、耳の良さが仇となる。うんざりするが、これも日常か。

 

並んで座る主人に目を向ける。

夜空は何も映さないし、都会のビル群は綺羅びやかで明る過ぎるくせに灰色だらけで退屈だからだ。

 

「…どうした?」

「相変わらず器用だにゃって」

 

口を大きく開いて、お猪口の中身を一呑み。

まさしく丸呑みの様相。

ヒトとは違うマズル故に仕方がないのだ。

アタシの主人は『噂』が二つ憑いている。

 

 

 

 

『人面犬』

 

ある目撃例が二つあった。

一つは深夜の高速道路、車に対して時速百キロ程で追い縋り、追い抜かれた者は事故を起こす。

二つ目は夜の繁華街、ゴミ漁りをしている犬らしき後ろ姿に声をかけると、放っておいてくれ、と言い返して立ち去る。他にも何かしらの捨て台詞を言ったともされている。

 

人面犬の顔は中年男性のそれであり。はっきりした出どころは他の噂や都市伝説と同じく不明。

にも関わらず、1970年代の怪奇漫画をルーツとしているとか映画作品がきっかけとか、江戸時代の民間伝承からだとか。口々に起源は何ぞと主張が聞こえる不思議な噂。

 

これは。人を食べない犬たちの、人を喰ったような顔の噂。

 

 

 

 

 

 

「慣れだよ、この体とはいい加減付き合いも長い」

 

くく、と彼の口の端が歪む。

主人は『人面犬』の噂に憑かれている。

普段は人面犬が強く出ているので、精悍な人間の顔立ちを持った犬の身体。それも不便極まりないので、顔だけ狼犬の顔を持った『犬面人』として生活している。

こういったモノと付き合いが長くなれば、どうにかして変異も出来るが故の芸当だ。

もしも融通がきかないとしたなら。身近な所で考えるとメリーは誰彼構わず呪い殺す人形のままで、千々石にでも消されていたか、はたまた違う何者かに処分されていたかもしれない。

 

「環には苦労をかけるな」

「持ちつ持たれつ、お互い様でしょ」

 

主人が苦労少なく完全な人の姿に戻れるのは新月か満月の時だけ。他の時にも変身は可能だけれど、後の反動が凄まじくキツいらしい。

アタシが普段の買い物や探偵業を代理としてやっているのはこういう事情からだ。もう一つの噂は…そのうち見られるかな。

 

人面犬か犬面人を目の当たりにして、平静を保っていられる人間はほぼ居ない。良くて通報か、悪くて排除か攻撃だろう。

人間どもの品位を疑うね。

 

「ん…」

「……」

 

密かに出した尻尾で背中を撫でる。お互いアルコールを嗜むが、ニオイが変わるのだけはいただけない。

これはマーキング、独占欲、好きに言うがいい。猫は自由だぞ人類。カテゴライズなんて烏滸がましいとは思わないか。

 

「メリー選手の入場です!!!!!」

「うわっ!」

「…そんなに時間が経っていたか」

「知ってたにゃら言ってよう!」

 

猫が気付けない程音もしなければ気配も無いってどういう事だ。しかもメリーはドッキリ成功ですってクスクス笑ってるし、いい雰囲気がぶち壊しだよ。

主人はあんまり驚いてないけど、なんでだろう。耳はこっちの方がいいはず…。

 

「その…ニオイがするとは中々言い出し難くてな」

「セっ、セクハラ…!!」

「いや待て、この鼻だぞ? これは不可抗力だ」

「これからはマスクしておく?」

「流石にこの顔では合うものが無い…」

「まさか普段から皆のニオイを!? 探偵事務所所長としてあるまじき行為なのでは?」

「息をするなというのか」

「冗談です、半分ほどは」

 

さてはこいつ、タイミング見計らってたんじゃなかろうか?

…だとしたら効果てきめんだよ。憎たらしいなぁもう。

 

「はぁ…」

「どうしたんですか環、幸せが逃げますよ?」

「とっくに飛んでったよ…って誰のせいだと…」

「ふふふふふふ…」

 

いや絶対狙ってたわ、さてはとか言ってる場合じゃないわ。人の幸福を壊す邪悪な人形だこいつ。

いつか縛って粗大ゴミで出してやろうか。

 

「亀甲縛りでお願いしますね」

「んにゃもん出来るか!」

 

どこまで心の声が聞こえてるんだ…? ちょっと不安になってきたぞ…。

 

「冗談はさておき、お二人は短冊に何を書いたんですか?」

「言ったら叶わにゃいんじゃねーの?」

「それは英語圏でよく言う迷信だな」

「そうにゃの!?」

「そうですよ、ここは日本ですし。折角ならメリーさん、二人の口から聞いてみたいなって」

 

この面子で何をかわい子ぶってんだ…?

 

それはそうと、あまり気に留めていなかった短冊を見る。

 

【無病息災 家内安全】

この達筆な字は主人のものだろう。普通はもう少し個人的な欲望を出すものじゃないのか、人間らしからぬ所も素敵だが…。

 

【素敵な彼氏】

パッと見て印字した物かと間違えそうになるのはメリーの字だ、主人のものとは逆に俗過ぎる。人形としてのプライドとか無いのか。

…ん、裏面にも何か…?

 

「あんまり見たら恥ずかしいメリ☆」

「ぐぇ!」

 

首締めと目隠しが襲いかかってきた。自分で話題を振っておいてこれとは恐れ入る。猫より自由な人形、恐るべしメリー。その語尾はなんだ。

 

「離せぇ…!」

「ダメでーす。私はネタバレに優しいメリーさんでーす」

「にゃんのだよ…!」

「迷信だとしても、プライベートなのは確かだ。あまり見ないようにな。俺のは隠すものでもないから言うが、無病息災と家内安全だ」

「商売繁盛は無くていいんですか?」

「この仕事が繁盛してもな…」

「それはそうですね…」

「ギブギブギブ!」

「おっと」

 

加減が下手くそ! 普通に折れるかと思ったわ!

ようやく視界の自由と首の稼働が自分の物に戻ってきた。最近の人形はこれだから困る、精密作業も得意な割には力加減がダメ。これだから細かな場所の掃除はアルバイト任せなのだ。

 

「あ~…ったく…」

「反省してくださいね」

「メリーはケチだにゃあ」

「普通ですよ、普通。私のお願いは素敵な彼ピッピですが、環は?」

「あぁ? …言わにゃい、恥ずかしいじゃん」

「えっズルいですよ、所長も私も言ったじゃないですか!」

「そっちが勝手に言ったんでしょ、それにズルくていいもーん」

「まぁ勝手に言ったのはその通りだな」

「二体一ですか!? 一方的に攻められるのは…アリですけど! そうじゃなくて!」

 

無視だ無視。

第一、好き好んで心の底からの希望を大っぴらに言うことも無い。短冊に書きはしたが、これを片付ける主人も公言するような人ではないから書いたのだ。

 

日々は豊かに時々騒がしく、子供達は元気に。

言わずとも、自分の身の回りとその人間たちに普遍的な穏やかさがあればそれでいい。

あとはまぁ…。

 

「どうした環?」

「アレじゃないですか、猫が部屋の隅とか虚空を見つめる…」

「ちげーよ!」

 

気心知れた友人と。

 

「にゃふふふふ…」

「目の前でイチャつかないでくれます?」

「後でブラッシングしようか」

「おねが~い」

「無視? 無視ですか? 泣きますよ、ご近所さんから通報されるレベルで泣き喚きますよ」

 

想い人が隣にいれば。それだけで。

 

猫は恋人、覚えておけ人類。

 

 

 





ネコと和解せよ。



追記

話の中に出てくる(スペイン)ラ・マンチャ産シャルドネの3リットルのパックワインは素麺と合わせてロックで楽しんでください。
商品名は書きませんがおすすめです。

そして今更ですが御意見・御感想・御評価、質問疑問、誤字脱字等々ありましたら賜りたく存じます。や、優しくしてね…!
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