はい!こちら『愛に溢れる探偵事務所』です!   作:枯華院 清日

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てるてるぼうずと!

 

 

 

 

 

 

 

 

───トン、トン。

 

てるてるぼうず てるぼうず

 

あしたてんきにしておくれ

 

 

 

 

 

 

梅雨前線がまだ居座る今日このごろ。

いやおかしくね? 今って7月じゃん。

6月過ぎたらもう梅雨じゃなくて、ただの初夏じゃんね?

あくまで気圧の配置から梅雨前線と言ったりするだけなのだから、実際の年月やらは関係ないと言われればまぁ確かに。

納得するしないに関わらず、そうあるべしって問答無用な扱い。アレだな、ハイエナがイヌ科でもネコ科でもなくハイエナ科って扱いなのと一緒だな。

えっ、違う…?

 

「放課後になっても変わんねぇ〜」

「湿度の事を不快指数と言うだけあるな…」

 

帰りのホームルーム直前、湿度に対する不快感を露わにしても何も変わらないが。結局嫌なものは嫌だ。小雨が降ったり止んだり、豪雨が降ったり止んだりで辛い。これが本当の乾く間もなしってか、やかましい!

 

「爽やかスマイルで湿気を取ってよ颯えもーん!」

「無茶を言うなよ…」

「使えねぇなぁ!」

「ただの無茶振りをしておいて、その暴言はあんまりじゃないか?」

「出来たら出来たで怖いよな…近寄らんとこ…」

「お前…」

 

この颯とのやり取り…知能指数が大幅に下がってるのを感じるぜ。湿気と気温はそれ程までのデバフだ。INTマイナス10以上ってところだな。

 

「ひっ…」

「えっ、うわっ!?」

 

えっなになに? INTの判定の話じゃなくてSAN値が下がってるタイプの悲鳴が上がってるんですけど?

 

「當真…」

「どうしたん颯もん」

「ゆるキャラみたいになったな…じゃなくて」

 

俺と顔を向き合わせた颯が教室の廊下側の小窓を指差す。なんだ、虫でも着いてんのか?

 

そう思って廊下から3メートルほどの高さの小窓に視線を移すと。

 

──ぽ。

 

まだ見えるには些か早い、満月が覗き込んでいる。

 

──ぽ、ぽ。

 

色は真紅、簾のような黒い線が月光を遮って。

 

──ぽぽぽ…。

 

目が合った。

一瞬三日月になった紅玉が、俺を捉える。

 

「…いや、釈先輩じゃん」

「だな」

 

誤解なきように言っておくが、釈先輩の見た目は慣れていれば怖くない。ただ、上級生が下級生の教室に来るなんて滅多にある事でもないし、誰もが見慣れてるってわけでもないよねってことだ。

どちらかというと美少女……美巨女? の色々目立つ先輩、フルネームは釈 よう子さん。見た目はビッグバン、性格はゴールデンレトリバー。圧倒的身長(約2メートル半)から繰り出される飛び付きは最早交通事故なので注意しよう。労災は下りないぜ!

 

「どうしたんですか釈先輩」

「太陽くん、あのね! 噂を聞いたから、太陽くんにお話しようと思って来たの! でもホームルーム終わってないみたいだから、窓から見てたの!」

「ははぁ…」

 

小窓が高さ3メートル近くにあろうと関係ないですよね、ちょっと背伸びしたら届きますもんね…。

面と向かって、それ怖いから止めたほうが良いですよとは言えない。瞬間的に泣き出しかねない。

釈先輩の見た目とパワーはともかく、中身はおよそ幼女のそれと言って差し支えないのだ。田舎出身の箱入りお嬢様だから、それはもう純粋。プリティでピュアッピュアだ。

でも一般人相手にじゃれつくと、さっきまで命だった花が辺り一面に転がる、オゥイエイ。何がオゥイエイだよ。

それはともかく。

 

「どんな噂を聞いたんです?」

「あのね…」

 

 

 

 

『てるてるぼうず』

 

てるてるぼうずの歌には、本当は怖い歌詞がある。

 

一番と二番では綺麗な鈴に甘いお酒で、てるてるぼうずに対して晴れにしてくれた場合の報酬を。

わらべ唄らしさのある、可愛げさえ感じる歌。

 

しかし、この歌には続きがある。

三番では、晴天にならなかったらてるてるぼうずの首を切るという歌詞。

四番では、曇り空を眺めてみんなで泣こう。

というもの。

 

この中で消されたのは四番の歌詞。本来はこれが一番だっただの、中国の「晴掃娘」が由来だから、実は生贄の歌だの、憶測や類推が飛び交うわらべ唄。

実際には年代の特定さえ出来ない程古いものではなく、歌詞が書かれたのは日本の大正時代だそうだ。

 

これは。『本当は』という言葉で歪んだ噂。

 

 

 

 

「んん? でも、人に危害のあるタイプの話じゃないっすよね?」

「そうなんだけど、てるてるぼうずを外に飾って、雨が降ったらね。飾った人のおうちに、てるてるぼうずが首を切りに来るんだって」

「急にすげぇヴァイオレンス…!」

 

おのれ、猛暑で狂ったかてるてるぼうず。

八つ当たりか何かは知らんけど、流石に度が過ぎてない? 首を切られるのはお前らの番だってか。

 

「こりゃあロハかな…」

「ロハ?」

「なんでもないっすよ」

 

この話は厳密に事務所を通した依頼じゃない、つまりこれは個人的な相談事。なので料金は発生しないッ!

釈先輩のことだ、そんな小狡い事は考えていないだろう。それでも物騒な話を聞いてしまって、何もしないってのは俺の選択肢に無い。

一つやってやりますか!

 

 

 

───☆

 

 

 

「やぁ太陽くん、久しぶり…でもないかな?」

「あれ? 千々石さん?」

 

この自信なさげな挨拶、これで太陽系破壊爆弾なのが信じられないぜ。

心優しいイジられ…おじさ…お兄さん。政府お抱えの秘密兵器こと千々石さんが事務所にいた。

春に会ったのが最後だから、割と久しぶりだ。

 

「釈さんも…大きくなったね…!」

「お久しぶりです、千々石さん!」

 

いや、釈先輩は元々結構大きかったよ。何で久しぶりに再会した親戚の娘さんの成長に感動してるみたいになってんだ。ツッコミは居ねぇのか…!

…所長と俺か…!

 

「それで、何で釈さんがここに?」

「『噂』絡みっすよ、千々石さんこそどうしたんすか」

「僕もね、ちょっと協力を頼みたくて…」

「機関だけじゃ人が足りにゃいから来たんだってさ」

「代理!」

「いやぁ…ははは…お恥ずかしい…。実は協力してくれる忍者さんたちを除けば、僕を含めて三人だけの小さな部署なんだ、だから人手が足りなくなりやすくて…」

「うちの子をあんまりこき使うにゃよ、太陽の所属はお国じゃにゃくて、あくまでもこの事務所だ」

「うぅ…す、すみません…」

 

うぅん、正論だ。

というか千々石さんが室長をやってる政府機関って本人含めて三人だけなのか、人手不足が深刻過ぎて笑えないぜ。

いやとんでもない荒事も出来る国家公務員って考えたらそんなもんか?

 

「太陽、仕事だ。話は…」

「所長…所長!」

「あっ! 所長さん!」

 

俺達がいる事務所の二階に現れたその姿。

黒地のスーツをパリッと着こなす落ち着いた佇まい、ダンディなロマンスグレーの男性。やや高めの体躯に余分な物はおよそ見当たらない。

 

「…今日は俺も出る、仕事の話を進めるぞ」

 

貴重な完全人間態の姿をした犬飼所長がそこにいた。

カッコイイぜ…!

 

「千々石の話はまだ聞いてなさそうだな。今回の政府からの仕事は『てるてるぼうず』についてだ。なんでも、てるてるぼうずを飾り付けた後に雨が降ると、飾り付けた家の者の首が切られてしまうらしい、なので…」

「あー! 私の話とおんなじだー!」

「ん?」

「ホントだ、こりゃいいっすね」

「釈さんの話ってそういう事だったんだね」

「不幸中の幸いっすね」

 

対応が思った以上に迅速だな。遅きに失すれば人命が危ういんだからそれも当然か。

 

「…そうか。ともかく、市内のてるてるぼうずを飾り付けている民家には、ある程度の目星は付けてある。明日の雨までには回収と処分を済ませて、無害な噂を市に流す。回収には俺と環と千々石と太陽、噂を流す仕事はメリーが既に向かっている、戻ってきたら俺達は出るぞ」

「了解っす」

「はい」

「主人と出掛けるってことは、これって実質デートじゃにゃいか」

 

根回しに算段も済んでるって事か、本当に大人たちは頼りになるね。あとは地道なドサ回りだけってのは楽でいい。

なんか色ボケた事を言ってる奴はスルーだ。

 

「あ、あの…所長さん、私は…」

「当然だが、この仕事は危険を伴う。にわか雨が降らないとも限らない、君は暗くならないうちに帰りなさい」

「でもぉ…」

「釈先輩、大丈夫っすよ。それに千々石さんが来てるってことはかなりヤバいんです、お願いだから今日は大人しく帰ってください」

 

ね。と念を押しておく。

釈先輩からすれば、仲間はずれにされたような気持ちなのかもしれない。でも危ない仕事なのも本当なので、ここで帰ってもらえないと困る。

所長の言っていた通り、にわか雨が降り出したらスプラッターハウスでスプラッシュだぜ。血しぶきが。

 

「…はぁい」

 

不承不承って顔を隠しもしない返事だ、同じ高校生とは思えないな! しかも俺の先輩なんだぜ!?

 

「ただ今戻りました…何ですかこの空気」

「メリー、お客人のお帰りだ、送って差し上げろ。時間は少ない、すぐに行くぞ」

「えぇ? …かしこまりました」

 

押し付けた感じですまねぇフォンセルランドさん…!

でも以前俺に押し付けた事があるんだからこれで許してほしい。

 

「さぁて、行きましょうか」

「調子に乗んにゃ」

「ははは…」

 

冷たいわぁ、今の時季の雨より冷たいわぁ…。

 

 

 

───☆

 

 

 

てるてるぼうずを飾っている家については、目星を付けてあると所長が言っているだけあって、回収はかなりスムーズに進んでいる。

住所についてはフォンセルランドさんが事務所のパソコンで中継しながら、携帯で随時連絡しあっているので進行具合もわかるってワケ。

 

目的地までの移動手段は俺だけ近くの場所に徒歩で向かっている。車がある千々石さんは遠い所を回って、同じく車を持ってる所長は代理と一緒に遠い所に回収へ。

 

…これ、俺要る? もう全部所長たちだけでいいんじゃないかな。

くっ…悔しい…! 原付バイク買おうかな…。でも走った方が速いっちゃ速いしな…。

 

「すみませ〜ん、市役所の者ですけれど〜」

 

まずはインターホンを押して声掛けだ。

悔しさを噛み締めつつ、俺の分担の最後の一軒。市役所の人間ってのはもちろんそんなわけない。俺の所属は探偵事務所。でも考えてみてほしい、物騒なこのご時世、探偵事務所のアルバイトなんて素直に名乗ってもガン無視されるのが関の山だろう。

そもそも市役所の職員が金髪っぽい茶髪な訳がないって? 確かにそうだな、でもこれ地毛だぞ。差別か?

 

「な、何のご用ですか…」

「おっと」

「兄ちゃん…」

 

頭の中で容姿差別について声を上げていたら、恐る恐るって感じに扉が開かれた。

顔を覗かせたのは…男の子だ、それも小学生くらいかね。後ろには弟らしき子どもが、兄の背中に引っ付きながら、不安そうに俺の顔と兄の顔に視線を往復させている。

親御さんはこの時間まで留守か、なるほど共働き家庭ってヤツかな。

 

しかしまるで不審者に話しかけられたみたいな反応じゃねえの、市役所の職員を名乗るどう見てもチャラついた変な高校生に話しかけられたって風情だな。まったくもってその通りだぜ…!

納得してないで、こんな時用の小道具を使うしかねぇ!

 

「失礼、私、こういう者でして…」

「はぁ…」

 

通報される危険が危ないと俺のセンサーが警告を発すると同時に、手の平サイズの長方形の紙、いわゆる名刺を取り出して手渡す。

印字されてる肩書は【日本国機密機関 民間協力者】というもの、丁寧に透かしのロゴマークも付いてる。こういう仕事の場合は、トラブル回避用として千々石さんに持たされているのだ。これはこれで胡散臭い気もするが、書いてある電話番号とか所在地なんかは本物で、ちゃんとしている。

ちなみに不審に思って電話を掛けると、しっかりとしたオペレーターさんが出てくれるらしいぞ。うちのメリーさんと交換しません?

 

「それで、何の用なんですか」

「簡単なお願いでやって参りました。もしもこちらのお宅で『てるてるぼうず』を飾っておいででしたら、回収させていただきたいのですが…」

「……」

 

不審者を見る目が突き刺さる。みなまで言うな、わかってるよ。怪しさ百点の男が更に怪しいお願いをしに来たって言いたいんだろ。これじゃ怪しさ百二十点だな!

弟の方は不安気な顔をしたままだし、兄の方は一瞬驚いた顔をした後めっちゃ睨んでくる。なんにせよ、どうにかして『てるてるぼうず』を軒先から降ろさねぇと。

 

 

 

──ぽつ。

 

あ、ヤバい。

 

「雨…?」

「早くてるてるぼうずを家の中に入れろッ!」

「でも明日…」

「いいから、早く!」

 

何時から飾ってたとか、それこそいつの間に、なんて疑問は関係ない。

弟くんが言いそびれた言葉は何か。明日は休みだから家族でお出かけとかかね?

しかし何であろうと事ここに到っては用をなさない。

 

条件が揃っちまった。

 

「急いで家の中にしまえば見逃してくれたりは…」

 

───とん。

 

「しねぇよなぁ…」

 

──とん、とん。

 

足音が聞こえる。

さっきまで。少なくとも半径二十メートル程の距離には、俺たち以外の生き物の気配や物音は無かった。

 

「二人とも家の中でじっとしててくれ、外は見るな」

「は? それってどういう…」

「兄貴の方は弟を守っとけって事だよ」

 

子ども二人に今置かれている割と最悪な状況の説明をしきれていない。背に腹は代えられない、猜疑から困惑に変わった表情を見せている子どもたちを家に押し込む。外を見んなよ、フリじゃねーから。

 

ただ、不幸中の幸いか。千々石さんも所長たちも回収は済んでいるみたいだし、非常に拙い状況なのは俺だけだ。

何より十全に動けなくなるから、雨ってのがよくない。これだから梅雨ってヤツは嫌なんだ。

愚痴っぽくなる前に連絡しなきゃな、気が重いぜ。

 

「…あ、もしもし。フォンセルランドさん? そうそう、俺俺。違うよ? 詐欺じゃないよ? えっ、何で俺が金を振り込む話になってんの…? ってふざけてる場合じゃなくてさ、最後の一軒だったんだけど回収の前に雨が降ってきてて…そう、家の前。うん、雨だから何かあったら所長たちによろしく…いや申し訳ない…マジでごめん」

 

─とん、とん、とん。

 

「お客さんが来ちった、んじゃよろしくお願いします」

 

連絡終了。

戦闘開始を告げるゴング代わりの雨音はけたたましく鳴りっぱなしだ。

 

「手加減してくれよ『てるてるぼうず』俺は手加減しねぇけどな」

 

─とん。

 

「顔ぐらい見せろよ、色男か美人かもわかんねぇじゃん。噂相手に気にしても仕方ねえけどさ」

 

雨に濡れた白い布で姿を隠された人影。

足らしき物の隙間から、鈍色が溢れている。

 

「今どき日本刀か? …いや、うん、カッコイイよな。ところで雨が止むまでこうしてお喋りして、そのまま見逃したりはしてくれっ…!」

 

一閃。

 

「る訳ねぇし、邪魔者の首もちょん切るって事かよ!」

 

空気が裂ける、雨粒が裁断される。

人の首を両断する為に、刀が振るわれる。

 

「寡黙過ぎてもダメって教わん無かったか?」

 

お喋りに興じる気は微塵も無いってか、最近の『噂』連中はこれだから困る。もっと釈先輩やフォンセルランドさんを見習…わなくていいわ。

 

それにしても手が見えない、長物をどうやって振り回しているのか検討がつかない。不思議な何か、念力のようなもので動かしているのか。

 

避ける、避ける、避ける。

 

足が踏み込む様子は見られず。ひたすらに執拗に、鋭利な刃が絶え間なく、空から降る水のように止め処なく首元に降り注ぐ。

 

「クソッ…」

 

キリがない。

この調子じゃあ相手の体力切れも無いだろう。

刀の重さもどこ吹く風。隙の一切無い一振り、それを避ければ返す刀でもう一発。手で動かしてる訳じゃないからか、慣性の法則を無視した動きで鋼鉄が首を狙ってくる。

当たれば人の首はへし折れて、その後すっぱり切断ってところか。

 

どうする、このままじゃ埒が明かない。少なくともこっちには体力がある。ほんの少しでも気が緩めば、頭と胴体の結び付きは無くなるだろう。

さてはこれが本当のゆるふわ系(物理)か。

緩いのは物質的な結び付きでも無ければ、ふわふわするのは頭の所在じゃねえよ!

 

「うお…っ」

 

馬鹿な事を考えてる場合じゃなかったな。

こうなりゃ一か八かだ。

 

「…シッ!!」

 

狙ってくる場所はわかっている。

なら紙一重で躱した直後、凶器を殴り飛ばしてからてるてるぼうずの頭を全力で殴れば…!

 

「破ァッ!」

 

これで終わり。

 

「はァ?」

 

ではなかった。

 

「なんだそりゃ!」

 

拳から伝わるのはふんわりとした感触。事も無げに布の位置が戻る。

柔軟剤使ってんのかなぁ!?

雨でもっと湿っとけよ!!

 

「ってやば…!」

 

拳を振り抜いた体勢、油断、隙だらけ。

機械的に動く相手がこの隙を見逃す訳もない。

迫る白刃。

 

呆気ないもんだな、まだ死にたくはないが。死の瞬間なんてそんなもんか。

誰でも覚悟が出来たタイミングで死なせてくれるって訳じゃねぇよな。

 

…ちくしょう…。

 

──ガギン。

 

金属が硬質な何かと擦れる音。

諦めかけたその時のこと。

 

「怪我はないか?」

「えっ…」

 

低めの声。

いつも事務所のパソコン越しに聞く声。

これはそう、我らが探偵事務所の…。

 

「所長!」

「遅くなったな、太陽」

 

犬飼 歩所長、その人の声だ。

 

「少し待っていろ。今からこいつを地面に縫い付ける、そこを叩け」

「はい!」

 

俺に声掛けしてから肩にポンと手を置いたと思えば、みるみる間に所長の顔と身体が、正しく変身をしていく。

 

眼は鋭く吊り上がり、耳の位置が頭の上に。

およそ人の持ち得る大きさではない歯、小型の刃物を思わせる犬歯。

灰色の体毛が全身を覆う。

骨格は人と動物を合わせた何かに。

まさしく変貌を遂げた。我らが【愛に溢れる探偵事務所】の所長に取り憑いている噂話の一つ。

 

 

 

『狼男』

 

ウェアウルフ、ワーウルフ、ヴェアヴォルフ、ライカンスロープ、リカントロープ、ルー・ガルー、ヴィルカシス等々。

東西問わず様々な呼び名で偏在する怪物。

起源は東ヨーロッパや北欧ともされる、神話のウールヴヘジンやベルセルクにも影響を受けたとも。

毛皮を被った戦士の話は古代ギリシアのイリアスにも記述がある。祖先を狼とする狼祖伝説をルーツにする国家、日本でも祀られている神社があったりするように、神聖視もされる狼。

一方、十六世紀頃のドイツでは狼男を絞首刑にかけたり、十七世紀初頭のフランスでは狼憑きの少年が生涯幽閉を言い渡された、厄介者の狼男。

二十世紀には文学作品や映画の題材に扱われ、人喰いの怪物、銀の弾丸が弱点、噛んだ者を同族にする、といった特徴も増えて、驚異的なバケモノとしての地位を確立した。

 

これは。創作物によってカタチを変えた伝説と噂。

 

 

 

標的を変えた白い布地の殺意が襲い来る。

 

「フン…」

 

振るわれる白刃を避けもせず。弓矢に似た視線が対象を二つとも射抜く。

 

獣の体毛、特に狼の毛は獅子の鬣と同じように首元を厚く防護している。衝撃は柔らかく受け止られ、毛束は刃の侵入を許さない。

本来刃物は振るうだけで何でも切れる物ではない。勢いだけで、引き切る動作を無くしては、斬れる物は体毛の薄い人間のみだ。

 

中空に浮く日本刀が動作を変える。

一太刀で駄目なら二度、あるいは三度、四度…。

 

しかし。

 

「太陽とは」

 

布の塊を叩くような音。

愚直にも続けられる単純動作。

 

「相性が悪かったようだな」

 

飽いたと言わんばかりに玉鋼が軽く受け止められる。

片手で掴まれたそれは、今までどのように動いていたのか知る由もないが。現在は万力で固定されたかにすら見えた。

「グル…ォオ!」

 

咆哮。

 

恐らくはこの狼男を切り裂かんとするだけの虚しい抵抗もあったのだろう。

保持された刀は、呆気なく刃先を元の持ち主に向けることとなった。

 

「…終わりだ」

 

雨音に掻き消える呟き。

 

それが消えぬ内に、持ち主を変えざるを得なかった刀が、無力な布塊を貫き、地面に突き立つ。

 

異様な速さ、異常な耐久性、異質な膂力。

 

これこそが、とある探偵事務所所長の実力であった。

 

「太陽、後は頼んだ」

「は、はい! …破ァッ!!」

 

 

 

 

───☆

 

 

 

 

留守番してた子ども達に、所長を加えて説明を済ませて、これで一段落だ。

落ち着いた印象の大人が増えての説明だからか、話はつつがなく進んだよ。これって第一印象差別じゃないか? 好きでこの髪色してるんじゃないんですけど?

 

そんで、子ども達から話を聞いた訳だが。てるてるぼうずなんて古風な物で晴天を願った理由は、何となくそうじゃないかと思ってたもので合ってた。

詳細に言うと、共働きの両親と自分たちの休みが重なった明日。家族揃って遊園地に行く予定だから前々からてるてるぼうずを用意してたそうだ。

穏やかでありきたり、それでも最高に素敵なお願いだぜ。無事にどうにかなって良かったよまったく。

 

いやぁそれにしてもカッコイイよな、狼男。っていうかうちの所長。普段はどっしりと構えてて、いざとなったら百人力。寡黙なだけじゃない、揺るがぬダンディズムを感じるぜ。

結構消耗するらしいんで、満月って条件を無視した場合では月に数回しか見られないって所もメチャカッコイイ。いいよな、条件付きの変身って…。

 

「おうおう、終わったかー?」

 

静か目のエンジン音が止まる音、路肩に所長の車が停められる。大きな車体で小さな駆動音の特別仕様車だとか。

声は代理のものだ。実はタマさんって運転免許持ってるんだよね、フォンセルランドさんも。無いのは俺だけだよ、見てろよ…18歳になったらすぐに取得してやるからな…!

 

「今し方終わったところだ、千々石の方も済んだらしい。これで依頼完了だな」

「まさか下手やらかしたの俺だけ…!?」

「こういう時もある、怪我人も出て無いようだから気に病むことはない」

「あの、主人?その…うーん…それがさぁ…」

「なんだ?」

「お…怒らにゃい…?」

「場合によると思うが…」

 

代理がビクビクしてる、珍しいな。まさか怪我人を出したとか、来るまでに事故でもやらかしたのか?

 

「…出て来にゃ」

 

ひょっとして人攫いをやらかしたのか!?

うちはクリーンな探偵事務所なんだからやめてよォ!

 

「あ、あのぅ…ごめんなさい…」

「釈先輩?」

 

おどおどした綺麗な電柱…じゃねぇわ。

釈先輩だこれ! 本日二度目だな。でもフォンセルランドさんが見送りして家に帰ったんじゃなかったか。

毎度思うけど、よく車の中に収まりますね?

 

「君には帰るように言ったはずだが…?」

「あの、太陽くんが心配で、わ、私が持ち掛けた話で怪我したら、とっても嫌だから、その…」

「帰らずについて来ていたと…」

 

所長の圧で先輩がヤバい。

後半ちょっと涙声になってる。どうにかして助け船を出さなきゃ…!

 

「しょ、所長! 俺が学校で安請け合いしたのも悪いんです、だから…」

「そうだな、確かにお前は何でも安請け合いする。それは人への優しさという長所でもあるが、間違いなく短所でもある。お前は一人しか居ないのを忘れるな。それと、矛先を自身に向けようとしても無駄だ」

「穏やかに! 穏やかに!!」

 

だ、駄目そう…!

所長ってば思ってる以上に怒ってる感じがする。

 

「どうしても、という場合なら人の言う事を聞かないのも仕方がない事もあるだろう。だが今回は違う。君は帰るように勧めた時に、嫌嫌ながらもそれを肯定した。つまりこれは、太陽を含めたこちらとの、例え軽くとも約束を破った事になる」

「そ、そんなつもりじゃ…!」

「だろうな、だが覚えておきなさい。太陽もそうだが、心配する人が居る事を忘れてはならない。君の一件に関わった俺達は、君が思っている以上に君のことを大事に思っている。そして、そういった人間との言葉を軽々しく違えることは、いつか信頼に関わる」

「…ごめんなさい…」

 

理詰めの説教。頭ごなしに怒鳴られるのとは違って萎縮もイライラもしないが、これはこれでキツイ。

キツイっていうか、すげぇ落ち込むよね。わかるってばよ釈先輩…。

 

「長くなったが、話は以上だ。環、他に隠している事は無いな」

「ゔぇ!?」

 

代理? まだ何かあるんすか? 代理??

 

「実はそのぉ〜…こ、これ…」

 

黒髪の合間から垣間見える額が濡れているように見えるのは気のせいではないだろう。にわか雨はとっくに止んでる。つまりあれは冷や汗。

目を泳がせながら代理が所長に差し出したものは…。

 

「これは…」

「さっき俺たちも見ましたね…」

 

モップみたいに解れた白い布の塊と、飴細工みたいに折れ曲がった刀…だったもの。

これ、さっきの『てるてるぼうず』と、その刀じゃね?

でも代理に本体の布はどうにか出来ても刀は…あっ。

 

「…手伝ってもらった、か」

「はい…」

「………はぁ…」

 

さっきのにわか雨で出た、首切系バイオレンスてるてるぼうずは一体だけじゃなかったと。

それで、いつ会ったのかは知らんけど釈先輩に手伝ってもらったって事か…。オイオイオイめっちゃ一般の人巻き込んでるじゃん!!

いくらちょっと…だいぶデカくても先輩の扱いは一般人だよ!?

 

「代理…流石にマズイっすよ…」

「当分の間、家ではカリカリだけだな」

「主人! そんにゃ殺生にゃ!!」

「反省しろ」

「にゃあー!?」

 

これが断末摩か。

代理も反省しようね、すぐでいいよ!

 

「俺達の仕事はこれで終わりだ、後始末は政府のアレが済ませるそうだ。車を置いて千々石とメリーを回収してから打ち上げに行くぞ。釈くんも来るといい」

「えっ、えっ! 私も行っていいのー!?」

「面倒を掛けたようなのでな、迷惑料として払わせてもらうので費用は気にしなくていい。太陽もな」

「マジっすか所長!? あっ、でも俺は家に帰って晩飯作んねぇと…」

「お前主夫みたいにゃこと言ってんにゃ」

「問題ない、あいつは今夜から出張だそうだ」

 

えぇ、そうなのぉ?

んもー養父ったら、それなら先に言ってくれないと。晩飯の予定だってあるのにぃ。

 

「何かキモい事考えてにゃいか」

「いやーテンション上がりますね! 何食べよっかな!」

「わーい!」

「環はノンアルだ、未成年組の帰りは送ってやれ」

「にゃあー!?」

「行くぞ、載せてあるサングラスを忘れずに持っておけ」

「うっす!」

「はーい!!」

「にゃぁ〜…」

 

冷房の効いた飲食店で、仕事終わりに好きな物を人の金で食べる!

雨のもたらす不快指数も吹っ飛ぶってもんだぜ!

 

「主人とのサシ飲みがぁ〜…!」

 

このキャット反省してないんじゃない??

 

 

 




御意見・御感想・御評価、質問疑問、誤字脱字等々ありましたら賜りたく存じます。
や、優しくしてね…!
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