はい!こちら『愛に溢れる探偵事務所』です!   作:枯華院 清日

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バンブーブレード・アンド・ニンジャ

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぢぃ…」

 

夏場はずっとこんな事を言ってる気がする。

気温は体温並み、湿度は四捨五入して100%、全身にまとわりつくような空気が汗と弱音を噴出させてくる。

 

近場のオアシスことコンビニに逃げ込んでも一時しのぎにしかならない。学校に着いてもエアコンのやる気のない唸り声で、涼しいはずの教室も体感温度は急上昇だ。

隣の席からも。

 

「本日も中々に暑いでござるなぁ…」

「その…マスク…? 取れば良いんじゃねぇか」

「今更取るのは恥ずかしいでござるよ…」

「そっかぁ〜…」

 

隣の席に座っているのは風間 小次郎、薄手のマスクらしきものを今日も身に着けている不思議な同級生。

言葉遣いが不思議と古式ゆかしい良いヤツ。

 

「當真殿も兵糧丸は如何でござる?」

「マジ? くれるなら、あの梅っぽい酸っぱいやつが欲しいかな…」

「あぁ水渇丸でござるか」

「そうそう、それそれ」

「なれば此方を」

 

そう言って懐から小さな小袋を取り出してくる。なんか知らんけど、兎に角色々と忍ばせているらしい。

 

「サンキュー…うぉ酸っぱ…!」

「淋代殿は如何か?」

「オレはいい…」

「左様でござるか」

 

周りへの気配りも忘れない。見た目の暑苦しそうな所と妙ちきりんな言葉遣いに目を瞑れば、ただのいいヤツなんだよね。

ちなみに、この水渇丸とかは風間お手製らしい。意外と美味しいのでレシピを聞いてみたが教えてくれない、何でも門外不出だとか。

 

「そういえばこの間、渋谷駅近くで迷宮から持ち出した怪物の首が跳ね飛ばされたって話があったんだけどさ。ニンジャがやったんじゃないかって…」

「當真殿」

「うん?」

「忍者なんて居ないでござるよ、現実はファンタジーやメルヘンではござらん」

「えぇ〜そうでござるかぁ?」

 

現実もだいぶファンタジーやメルヘンに片足突っ込んでる…というか腰まで浸かってる気がする。

風間はどうにもニンジャ否定派だ。何度か目撃したり会話もした事がある俺からすれば、どうしてこうも頑なに否定するのか不可解な気もするんだけど…。

 

「忍者なんて居ない、いいね?」

「お、おう…」

 

そういう話になると、風間の圧が強くなる。お騒がせなニンジャどもと、たぶん過去に何かあったんだろう。

俺にも触れてほしくない話題が二つ三つとあるんだから、あまり気にしないようにしなきゃな。

 

「そういやさ、今日剣道部に呼ばれてるんだけど、風間のお姫様も部活に参加してんの?」

「する筈でござるよ。姫が如何なされた?」

「マジか…じゃあ俺サンドバッグになるのか…」

 

風間が姫と呼んで慕っている人、剣道部のエース。結構怖いんだよね、鬼気迫るっていうか殺意を込めて竹刀を振るってる気がする。

 

「やや、成程。合点が行き申した。當真殿には随分と苦労をかけるでござるな」

「風間の方から手加減してくれるように言ってくれねぇかな…ダメ…?」

「それは無理でござる、姫は手加減をする御人ではござらぬ故」

「無理でござるかぁ…」

 

冷房が効き始めて、授業が始まるまでの取り留めのないウダウダした会話。早く涼しくならないものか。

 

それにしても、殴られ屋になったつもりは無いんだけどなぁ…。

 

 

 

 

 

 

 

そんなこんなで放課後。

古典の授業では風間が当てられて、チョークなのに見事な草書体を披露していたが、まぁそれは置いておこう。よくある話だしな。

 

「ェェェイッ!!」

「胴ォォォ!!!!」

 

剣道部の掛け声って凄いよな、剣道場の外にもめっちゃ響くじゃん。声枯れないのかね?

 

「ちわーす、當真で」

「面エェェェェイ!」

「顧問に呼ばれ」

「小手ァァイィ!!」

「部長の」

「アアァァイイッ!!!」

「うっせ…!」

 

俺の繊細な声が掻き消されちまう!

扉をガラッと開けた音は聞こえてる筈じゃん! 手を止めてくれてもいいじゃん! もうね、ガン無視だよチキショウ。

 

「太陽くん、わざわざすまないね」

「長我部さん」

 

げんなりしていた俺を見かねてか、長我部さんが近寄ってくる。

身長は百八十センチくらい。声も見た目も涼やかで線も細い、殴ったら折れそうな感じの先輩。暑苦しい剣道場の清涼剤で、後ろに垂らした一房の髪が目印の剣道部の部長。

 

パッと見た時の印象は弱そうな感じ。でもよく見れば体幹がブレない動きをしていて、後ろにも目が付いてるタイプの隙の無さ。

この人が竹刀とか木刀を持っている時に後ろから近寄ったら、怪我じゃ済まない雰囲気がする。

 

「顧問の先生は職員会議で居なくてね、君の用件は…」

「サンドバッグっすよね」

「ご、ごめんね…?」

 

武器を持ってない時は、ちょっと千々石さんみたいに気弱な感じだ。いや良識があるって言えばいいのか。

…待てよ、本当に良識があるなら部外者をサンドバッグにしようとはしないんじゃないか?

 

「早速始めたいから、ちゃんと防具を着けておいて。君なら怪我はしないと思うし、一応あの子には手加減はしておくように言ってある…んだけど…」

「お姫様は聞かないっすよね…」

「…怪我しないようにね?」

「うっす…」

 

自分の頼られると断れない性分を恨むぜ俺。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それはそうと、手早く剣道場の予備の防具を着け…。

 

「…………」

 

着けたくねぇ!

 

おわかりだろうか。剣道の防具は丸洗い出来ない、精々が消臭剤を気休め程度に振り掛けて陰干しする程度。

 

しかし季節は夏。激しく動く老若男女問わずの汗が滲んだ防具。特に篭手の如何ともし難い臭気が俺の鼻孔に押し寄せる。

俺の鼻が人より効くのは別としても、剣道部とか柔道部ってよく耐えられるな…。

 

ぐだぐだしてても仕方ない、胴を着けて、手拭いを被って面を着けて…くっせ…。篭手を嵌め…くっせ…。

 

じゅ、準備完了…! 試合前から精神攻撃をしてくるとは卑怯なり剣道部! 武士道精神はどうした!?

 

「用意出来ました…!」

 

声を絞り出すってのはこの事だな。数分もすれば鼻が慣れるだろうけど、この装着するまでが本当にキツイ。行動すると精神が削られるのは防具としてどうなんだ、呪いの防具かこれ。

 

「よし! 皆! 真ん中空け! 一人ずつ前に、それ以外の者は打ち込みを続けて!」

「はい!」

 

よく見てんな長我部さん。しかも声もデカくてよく通るぜ。手に持った竹刀がビリビリと震える錯覚さえしてるよ。

 

「まずは僕から…いいよね?」

「うっす…」

 

面越しにはよく見えないけど、肩に手を置いてくる長我部さんの嬉々とした気配が伝わる。優しい顔して実はバトルジャンキーとかじゃないのかこの人、正体見たり…!

 

 

 

 

 

 

 

「礼!」

 

防具を外した審判役の部員の声で両者頭を下げる。

 

「構え……始めッ!!」

 

もうちょっと心の準備をさせて欲しいが、無理か。

辺りはさっきよりも静かだ。見稽古というか、剣道部部長兼主将の動きを皆が見ようとしている。

 

自身の構えは中段の構え、構えとしては恐らく最も一般的なもの。攻防のバランスも良く、初心者から上級者まで幅広く使われる。

 

「……」

 

対する長我部さんの構えは上段の構え、左手諸手上段だったか。身長の高さと左手の強さが要求される、攻撃的な構え。

肌に纏わりつくのは夏場の熱気だけではなく、この人の焦がすような殺気にも似た気配のせいもあるだろう。

注視するべきは手と足だけじゃない。よく相手をする怪異連中とは違う、来るという予感を察知しなくてはならない。それが例え出来なくとも、だ。

 

「…」

「…」

 

対峙するお互いの間で囁くのは摺り足と道着の擦れる音。握り込まれて軋む竹刀の悲鳴も聞こえそうだ。

 

長我部さんが息を吸う、吐く。

 

吸う…。

 

「シッ…」

 

吐く、今!

 

「面ェェンッ!」

「くっ…」

 

間に合った。まさしく首の皮一枚繋がる程度の防御。

真っ向から受け止めた手が痺れる。もしもこれが竹刀でなく木刀なら、竹刀と面ごと砕かれていたと思える。打突と言うに生温い、必殺の斬撃。

 

「面ェン! 小手ェェ!!」

 

間髪入れずに切っ先が飛来する。

数歩退いて間合いは取った筈だが、流れるような運足と、袴による踏み込みの判別の効き難さから、目測程の距離は離れる事が出来ていなかったようだ。

 

これは拙い。

確実に押し込まれる。

 

…でも反撃もアリだろ!

 

「突きィッ!」

 

たった一撃、剣道部主将なら事故にはならない。そう信頼して放つは怪我や負傷率から剣道において高校までは禁じられる一発。即ち突き。

上段構えは、そのがら空きになった首元こそ狙われる。練度が低ければ小手も同じく。しかし相手にそこまでの隙が無い。半ば破れかぶれの刺突。

 

「…あっ!?」

「あっ…!」

 

鎖骨を狙ったそれは、芯を外されて胴に吸い込まれた。そして、二人して声を上げる。

命中したからでも反撃に驚いたからでもない。

 

俺の持っていた竹刀がひしゃげて、節一個分へし折れたからだ。

 

「そこまで!」

 

審判の終了宣言。

続行不可能だもんね、うん。

 

 

 

 

 

 

「すんませんマジ、えっこれ、べ、弁償…?」

 

…やべぇなこれ、竹刀って一本おいくら?

ど、どうしよう…!? 云万円とか言わないよな!?

 

「気にしなくていいよ。数千円程度だから、実は防具の方が高いんだ」

「えっでも…」

「付き合わせてるのは僕らだからね。それよりありがとう、いい練習になった」

 

わぁ爽やか。さっきまで俺の事を両断しようとしてた気配は何処へやら、すっかりにこやかな長我部先輩に早変わりだ。

武器を持つと人格変わるタイプじゃないか?

…流しそうになったけど数千円って結構高くね?

 

「じゃあ次は…太陽くんには悪いけど…」

「あ、はい…」

 

弁償しなくて良さそうだと考えたのもつかの間。この嫌な前置きは間違いない。

 

「朝倉さーん!」

「…はい」

 

うわ出た。

 

「……」

 

立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花。そんな言葉がある。美人への慣用句だったかな。

見た目だけならその通り。しかしこいつの実情は違う。

 

立てば静寂座れば無言、歩く姿は壁の花。それがこいつ、朝倉 姫咲蘭。友達と話したりしている所はほぼ見ない、鉄面皮の女。

下の名前のキサラちゃん、なんて朗らかに呼ばれてるところも見たことが無い。だいたい皆朝倉さんとしか呼ばない、呼べない、クラスの違う同級生。

姫様姫様と熱心に話し掛けるような物好きは、ウチのクラスの風間くらいのものだ。

 

ちなみに壁の花ってのは、パーティで誰とも話さずいるような人間に向かって言う言葉であって。朝倉の一部が平坦って意味では…。

 

「…何か」

「…何でもねぇよ…?」

 

防具越しの冷たい視線が刺さっちゃった…。

怖…風間はこのお姫様の何が良いのやら。

 

「…審判は僕がやるから二人とも用意して?」

「ういっす」

「……」

 

朝倉は一礼のみを返事として剣道場の真ん中に進む。

そもそも居るのか知らねぇけど友達無くすぞ…!

 

 

 

 

 

 

 

「礼! …始めッ!」

「……」

 

いや怖いわ。めっちゃ殺意感じる。

何だっけこの構え、中段といえば中段の…。

 

「あれは霞の構え…!」

「知っているのか風間!」

「うむ…あれなるは…」

 

そうそう霞の構えね、それだそれ。

 

…待てや、長我部さんの時は居なかったハズなのに、いつの間に居たんだよ風間。しかもしれっと解説役になってんじゃないよ。

知ってるのか、とか言ってる奴は誰だよ。

 

「少々変則的ながら、上段の構えへの対策として使われる構えでござる。小手と面を警戒しつつ相手の右小手へ剣先を差し向ける物…よもや部長殿の構えに対しここまで練り上げるとは…」

 

そうなんだ…。

っていうか長我部さん対策なのね、そんで俺は実験台か何かってことか。俺のことは眼中にないってやつだね、うん。

な、なんか納得いかねぇ…!

 

「突きッ!」

「ぅおっ!?」

 

憤慨している一瞬、そこにあって当然と置かれるような突きが喉元へ滑り込んでくる。

当たれば致命傷、面の保護も貫くと言わんばかりの空気を潰す音が耳に届く。

 

「……」

 

正しく小手調べってヤツか、紙一重で避けても気配は変わらず。瞬時の攻防は無かったかのように、流れる所作で元に戻る。

面越しの能面から、呼吸の乱れを感知することなど出来ない。さも当たり前といった動き。

 

長我部さんが炎だとすれば、朝倉は鋭い氷。意気の質が違う。

隙が出来るまで圧殺してくる長我部さんの攻め方と、冷静に仕留める朝倉。どちらも強いが、対峙する緊張感と感触がまるで違う。

 

…剣道の練習だったよな??

まぁいいか!

 

「………」

「…フッ…!」

 

摺り足から跳んで間合いを開ける。

恐らくカウンター狙い、ならそれには乗らず向こうから攻めさせてやろうじゃねぇの。

 

「むぅ、當真殿が距離を取り申した」

「後の先を狙う朝倉さんに、あえて攻めさせようってことだな?」

「左様にござろう、しかし…」

 

何だよ! 何で言っちゃうんだよ!?

しかも目論見が当たってるし!

 

後で覚えてろよ風間と…誰か知らんけど解説役その二、鍔迫り合いに持っていったら道場の壁に叩きつけてやる…!

 

「……」

「……」

 

生憎、俺には気の起こりってヤツはわからない。

正確には朝倉とか長我部さんレベルの相手の気配は、何となくじゃ掴めたもんじゃない。

さっきの回避もそうだし、長我部さん相手にやったのも同じ。

 

打ち下ろす前の呼吸を耳で聞き。

踏み込む動きを目で捉え。

空気の震えを肌で捕らえる。

使える五感を総動員しての察知。

 

──ギ

 

来る。

 

「小手ッ!!」

「せッ!」

 

研ぎ澄まされた鋭利極まる小手打ちを弾く。

 

来るとわかれば話は早い。

 

距離がある分飛び込まなきゃいけない。だから足先が床に食い込む力みを察知しただけのこと。諸事情で人より感覚が強めだから出来た芸当ってワケ。

 

「……」

「…はぁ…」

 

授業でしか剣道やったことが無い俺がここまでやってんだから、少しは驚いてくれてもいいんじゃないか。まったくゥ、ため息が出ちゃうぜ。

 

「…!」

「うわ…」

 

これはヤバい。

聞こえない程度に抑えた俺のため息を耳聡くも聞いていたのか、試合とかのレベルじゃない敵意が朝倉から出て来てる。拙いってより最早危険、ヤバい、デンジャラス。

 

「姫が本気になり申した…!」

「まさかアレを!?」

「うむ…!」

 

待ってくれ! アレって何だよ!

明らかにさっきよりも敵意とか殺意が強くなってるだけ…じゃねぇのか!?

お前のお姫様は嘗められたら殺すタイプの侍なの!?

 

「……」

 

ジリジリ半歩分、そしてまた半歩分と詰めて来てる。

冗談じゃねぇよ…油断したら竹刀じゃなくて骨が折られてもおかしくねぇ感じがする。

 

どうする、往なすか、避けるか、受けるか。

 

「小…」

 

動け!

 

「くっ…!?」

「手ッ!!」

 

とりあえず受ける!

 

手を狙い澄ました瞬撃、どうにか受け止めきったが、新しく貸してもらった竹刀が細やかな悲鳴を上げた。

でも防御は出来た、とにかく一旦退いて…。

 

すかさず、朝倉の諸手が変わる。

この構えは俺でも知ってる。

 

竹刀を使う剣道ではまず滅多に見ない型。

日本刀で相手を袈裟斬りにし易い構え。

 

八相の構え。

 

「面ッ!!!」

「ざっけ…!」

 

巫山戯んな、と口を突いて出た言葉。

見える、しかし常人には避けるに能わず。

 

必殺技と言うに相応の一撃。

読んで字の如く。これは、必ず殺す技に相違ない。

 

「でぇりゃッ!!」

 

跳んだ。

 

余人に避けられないならば、慮外の力にて。

床板は足で撃ち抜かれた。須臾の間隙に遅れて轟くのは、同じく竹刀が床を破壊せしめる破砕の残響。

 

「そこまでッ!」

 

剣道とは名ばかりの、狂った舞踏の足跡を見届けてから、剣道部部長兼主将の止めが入った。

 

そうだね、死合じゃないもんね。

 

 

 

 

 

 

 

「すんませんマジ、えっこれ、べ、弁償…?」

 

…これさっきも言ったな?

いやでもどうしよう…流石に加減してる場合じゃないし、避けなきゃ砕けてたのは俺の頭蓋か鎖骨だろうし…。

これ緊急避難って事でどうにかなんねぇかな…。

 

「まぁ…不可抗力、だよね?」

「当たってたら俺死んでましたよ!?」

「う〜ん…そうだよね…」

 

長我部さんも仕方ないなぁって顔してないでさぁ!

もっとこう、いたいけな男子学生を心配するとか無いのぉ!?

 

「當真さん、失礼しました」

「え!? お、おう」

 

びっくりした…防具を外した朝倉が話しかけてきたよ。普通に話すとそんな声してたんだな…高校二年になって初めて知ったわ。

これはまさかあれかな、次は必ず仕留めるってサインかな?

 

「床はこちらにお任せください」

「いや、俺も壊した訳だし…」

「風間」

「はっ!」

 

違うな、これは社交辞令ってヤツだ。

しかも無視のおまけ付き。なんなのこの人…おもしれー女は十分間に合ってるよ。

風間もスッと控えてんじゃねぇよ、なんだその手荷物。唐草模様の風呂敷とか今日日見ねぇ物どこから出したんだ。

 

「某が直しておくでござるよ、當真殿は他の方と手合わせを続けてくだされ」

「えぇ…?」

 

風呂敷を解くと大工道具が出るわ出るわ。

いくら何でも用意が良過ぎないか、こいつもしかしてこうなるって予期してやがったな?

 

だったらせめて先に言っておいてくれねぇかな。ここから入れる保険って、もうありませんよね! って瞬間が全力で襲いかかって来たんですけど。

 

「姫は手加減の苦手な御人でござる故。當真殿には申し訳無く思う所存にござる」

「お前の姫様、パワーアップしてない? ハッキリ言うと人間辞めかけてない?」

「ござござ〜」

「何その返事…」

 

誤魔化しか? 誤魔化しで合ってるのか?

 

「太陽くん、他の子たちとも頼むよ」

「へい…」

 

釈然としねぇ…!

 

「じゃあ次は…」

 

 

 

 

 

 

 

正直、長我部さんと朝倉並にトチ狂った腕前の剣道部員はそういない。いてたまるか。

 

「よろしくお願いします!」

「おう、来い来い」

 

ほとんどは突っ込んできた所に合わせて。

 

「め…」

「小手ッ!」

「…一本!」

 

竹刀を置いて、当てるか。

 

「胴…なっ!?」

「面ッ!」

「一本!!」

「がぁぁぁ! パ、パワーが違い過ぎる!」

 

無理矢理鍔迫り合いに持っていって、弾き飛ばしてから面を打てばいい。どんなリアクションだよ。

さぁ次次。

 

「ふっ…皆不甲斐ない。見てろよ、ボクのデータによれば…」

「始めッ!」

「この間合いなら確実に抜き胴が…!」

「ゴチャゴチャうるせー!」

「この速さ…デ、データに無いぞ!?」

「胴ッ!!」

「ぐわぁぁぁ!」

 

データキャラとかやめとけよ、剣道だと眼鏡が面当の邪魔じゃんね。

そういえばこいつ、さっき風間と何か解説してた奴だな。そういう役回りが好きなのか…?

 

 

 

 

 

 

 

 

「一同、礼!」

「ありがとうございました!!」

 

最初の強敵二連戦が終われば、あっさりと一巡を終えて気付けば部活終わりの時間だ。

あの二人の時が一番大変だったとはいえ、何だかんだ疲れたな。バイトが無くて良かったぜ。

 

「はー…帰ろ帰ろ」

 

うぅん…この体の各部から漂う臭い。これが青春の香りって…いや違う、少し慣れただけで臭い物は臭い。

私物の手拭いも臭いが移ってるし、手にもすえた臭いが染みついちまった。この臭いって一日取れないんだよなぁ…。

 

「…失礼します」

「それでは皆様、某達はこれにて!」

 

相変わらず最低限の一言と、付き人みたいな風間を後ろに引き連れて朝倉が帰宅していったみたいだ。

仲が良い…のか? 朝倉と同行しているのは風間だけだから多分良いんだよね? 実は風間が、朝倉が何も言わないのをいいことに堂々と付きまとってるって事はないんだよね?

 

「當真殿は失礼でござるなぁ!」

「うぇ!? お、お前朝倉に付いて行ったんじゃ」

「ござござ〜」

 

やっぱりそれ誤魔化しなんだな?

 

朝倉と一緒に帰ったはずの風間が後ろから話しかけてきた、俺の心臓を止めるつもりなのかもしれんね。

風間の正体は暗殺者かニンジャだな、俺の小さなハートがそう告げてるぜ。

 

「當真殿。忍者は居ない、いいね?」

「あっ、はい」

 

確かに…同級生にニンジャが居るなんておかしいもんな…。俺としたことが、クラスメイトに変な言いがかりをする所だったぜ。偏見は良くないもんな。

 

「では、當真殿。某と共に帰るでござるよ」

「そうだな」

「僕も途中までいいかな?」

「長我部殿!」

「いっすよー」

 

長我部さんもかぁ…ちょっと嫌な予感がする。具体的に言うと学校から出た後数分後に何度もした話が振られる予感。

 

そして、さしたる間も置かずに予感は的中した。

 

「太陽くん、剣道部に入ってくれないかな…?」

「またっすか」

 

長我部さんは電車通学なので、駅に向かうまでのほんの数分。俺と帰路の重なる時間、こんな話だろうと思ったよ。

 

また、と返すだけにこの手の話は何度も振られている。長我部さんだけじゃなくて、他の部活からも何度も勧誘はされている。その度に断ってるんだけどさ。

 

「毎度言ってますけど、俺はバイトがあるんで…」

「まぁ、そう言われるとは思ってたよ」

「當真殿はいつもこうでござるからなぁ、たまの寸暇を楽しむも学生の本分の一つと某は思うでござるが」

「学費とかあるんでね、大学の学費も稼いでおきたいし。そんな訳ですんません長我部さん」

「ダメ元って話だから気にしないで、こうして手伝い…手合わせをしてくれるだけでも有り難いよ。僕と朝倉さんで試合をしたら、怪我をさせちゃうかもしれないからね」

「それは一大事にござるな」

「風間くんがやってくれてもいいんだけどね?」

「ややや、某など長我部部長殿達の足元にも及びませぬ」

「…そうかなぁ」

 

朗らかに話してるけど結構怖いな。怪我をする、じゃなくて、させちゃうって心配か。

 

「何よりね、太陽くんは色々鋭いし、手加減も凄く上手だから助かるよ。体も頑丈だから怪我も無いし」

「やっぱりサンドバッグ扱いっすよね?」

「はははは!」

 

風間に向けている視線からしてもそうだけれど、この人は内心がとんでもない戦闘狂な気がする。さっきの試合も竹刀が折れなきゃどうなっていたか、考えるだに恐ろしいね。

 

「じゃあ僕はこっちだから、二人とも今日はありがとう。購買とかで必ずお礼するからね」

「うっす、その内お願いしますよー」

「また明日お会い致しましょうぞー!」

「またね」

 

失礼かもしれないけど、肩の荷が下りた気分だぜ。長我部さんは悪い人ではないし、わかりやすく威圧的な人でもない。それでもやっぱり上級生って気を遣う。

しかも剣呑な気配が視線から滲んでる気もするしな。見えない抜き身の刀を持っている相手と話してるんじゃないかと錯覚するわ。

 

穏やかで気弱な感じは千々石さんに似てるけど、似てるだけで別人で別物だ。

 

「長我部殿は中々に愉快な方でござるなぁ」

「そうかぁ? 修羅って感じじゃね?」

「言い得て妙にござるな。あの御方、剣道と出会っていなければ今頃どうなっていたやら」

「急に怖い事言うじゃん…」

 

夜になっても蒸し暑い時に背筋が凍るタイプの話をしないでほしい。

そういった手合は普段のバイトの時だけで十分お腹いっぱいだ。

 

夏じゃなくても怪談だらけ、それを話せるだけ日本は今日も平和ってことだな。

 

「ところで風間、お前朝倉と一緒に帰ってたけど。実は分身とか出来たり」

「當真殿」

「おう」

「忍者はいない」

「そうかな…そうかも…」

 

でもな…ニンジャに会った事あるしな…。

 

 

 

 





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や、優しくしてね…!
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