はい!こちら『愛に溢れる探偵事務所』です!   作:枯華院 清日

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ダンジョン メイズ 池袋

 

 

 

 

 

 

 

 

 

無遠慮極まりない夏の陽射し。

日射はアスファルトを焼き付けて、照り返しは足元を焦がす。

 

日陰に移っても消えない余熱は汗を霧散させ。干上がる寸前の魚達みたく、口を開いては水分の失せる感覚と、炙られる痛みを疑似体験する。

 

「お天道様ってのは、手加減が下手か?」

 

漏れ出る愚痴は誰に聞かせるものでもない。

どうせ蝉の合唱と人ごみの雑踏がかき鳴らす合奏で誰の耳に入る事もないワケで。

 

「遅っせぇなぁー…」

 

俺と同じ名前の天体がうっとおしくて仕方ない。

 

夏休みが始まる少し前、テスト期間も明けて授業も大体は午前中に終わった今日このごろ。

バイトも無いので久しぶりに友人たちと冷房の効いたカラオケにでも洒落込もうかと話していたんだけど…。

 

「や、太陽くーん!」

「お昼は暑いね」

「おせぇよ…わかってんなら早く来てくれ…」

 

我が校が誇…れない、問題児に捕まったのが運の尽き。厄介事に巻き込まれる前に、颯も森山たちも蜘蛛の子散らすように逃げちゃったよ。

 

俺は生贄か。

 

「ごめんってぇ、ほら私が冷やしたスポドリあげるから許して?」

「いや要らねぇ…」

 

貼り付いた笑顔でスポーツドリンクを手渡そうとしてくるのは立神 葵。こいつは自称転生者、よく学校の物を壊す問題児A。名前の読みはタテガミアオイ。

「塩飴いる?」

「もっと要らねぇ…やめろ、ポケットに捩じ込むな!」

 

塩飴を俺のポケットにぶち込んでベットベトにしようとしてくるのは八月朔日 伊奈帆。自称神様、立神とかと喧嘩してそこらの物を壊す問題児B。名前の読みはホヅミイナホ。

 

立神は割とどうでもいいんだけど、八月朔日が苦手なんだよな。何せ神も仏もない境遇から捻くれずに真っ直ぐ育った俺なもんで…自分で言うことじゃない? それはまぁそうだな!

 

神様ってのが本当に居るなら、みんな幸せな筈だろ? 手が足りない、目が足りない。そして人間みたいに誰かだけをえこひいきする。そんな言い訳や人間臭さがあるならソイツは人間の上位存在でも無い。ただの便利な舞台装置に大袈裟なラベルを貼り付けただけの何かだ。

 

もし本当に、神様ってのが居るとしたら。俺みたいなのは……これ以上はやめとこうか、考えても落ち込むだけでロクな事にならねぇや。

 

そもそも八月朔日はいわゆる全知全能の神じゃなくて、農耕の神様だかって話だしな。植物を伸ばすみたいに俺の身長もあと五センチ伸ばしてくれねぇかなぁ。

 

「さっ行こうか!」

「はーい」

「へぇい…」

「なんか太陽くんテンション低くない? 美少女二人とお出かけなんて中々出来ないでしょ?」

「暑過ぎてテンション上がんねぇよ…」

 

美少女っていうか美女なら間に合ってる。事務所の二人も見た目だけは良いし、何より俺には天使もいる。見た目が良いだけの同級生なんかに靡かないぜ!

 

…ふむ…結構恵まれてる気がするな、俺。

 

 

 

 

 

 

 

日本には迷宮がいくつかある。

揶揄とかじゃなくて、中に入ればバケモノも出るし人死と行方不明者の羅列が増える事さえ日常茶飯事の本物の迷宮が。

 

一つは大阪の梅田駅。

ここが一番遭難率が低いそうだ。

謎の存在である『大阪のおばちゃん』に出会って飴ちゃんを貰えば、疲労は吹っ飛び探索に邁進できる。怪我と罠に気を付けてマッピングを忘れずに退路を確保しておけば戻ることは楽…らしい。

何入ってんだろうな、飴ちゃん…。

 

 

 

もう一つは東京の池袋駅。

梅田駅に次いで遭難率が低いらしい。

迷宮って割には入り組んでなくて『○○ロード』って何が出てくるか、どうやって対策すればいいかわかる場所がいくつか有る。もしも道がわからなくなっても『いけふくろう』が導いてくれるから、腕自慢のソロ冒険者には人気が高いんだと。

 

 

 

三つ目は新宿駅。

ここは階層がかなり広くて、魔物とか不可視の怪物とかよりも、切った張ったの物理一辺倒を得意とするゾンビとかファンタジー・ヤクザがよく出る。

変な罠とかが少ないので、歩くだけなら安全。と思いきや、ファンタジー・ヤクザの気配察知は鋭く、気が付いたら奇っ怪な掛け声と共に四肢が切られていたって話もよく聞く。

気軽に命のやり取りができると一部界隈からは人気だ。後から知ったんだけど、俺が以前後輩に連れてこられたのはここだったよ!

 

 

 

最後に渋谷駅。

このダンジョンは地図が一切役に立たない。

他の所では迷宮に入った時にマッピングしておけば、帰り道は判別できる。ある程度の期間は構造が固定されるんだとさ。

では渋谷は地図が何故役に立たないのかというと、なんと! リアルタイムで構造が変化するから!

 

扉を見つけて開いてみれば壁しかなかったり鉄砲水が出迎えたり、炎と矢が一斉に飛んでくるなんてのもよくあること。無事に扉を潜れたとしても、元いた場所に戻れる保証は無い。

天井に落下して死んだり、水の一滴も無い砂漠で溺れ死んだりと、悪意のおもちゃ箱みたいな迷宮。それが渋谷駅。

 

 

 

迷宮内部に金銀財宝が数多くとも、命あっての物種だ。それを忘れた連中が、今日も今日とて迷宮に突っ込んで行く。

一攫千金を狙っても、あの世に金は持って行けないのを忘れちゃダメだな。

 

 

なんでこんな説明をしてるかって?

これから池袋駅に入るからですけど?

 

 

 

 

 

 

ちなみに、交通機関としての各駅は近隣に新駅として設置済みだ。迷宮と呼ばれるのは昔からある駅舎と構内のことを指している。

俺は昔の駅周辺をほとんど知らないんだけど、迷宮周辺は以前とは違う盛り上がり方をしているそうだ。

 

個人的には毎日が縁日とかお祭りっていうか、だ。どこにも許可を取ってないだろうって怪しげな露店にフードトラック、それと屋台。変な物を売買する店に割高な医療品店。銃刀法って言葉を忘れた武器防具屋、ヤバそうな店にも枚挙にいとまがないってヤツ。

 

「焼きアポリオンだよー!」

「飲んでよし、撒いてよしの聖水! 一本千円! 買い忘れてないか!」

「うお、キッショ…」

 

焼きアポリオンってなんだよ、パッと見の見た目が完全に首の無いデカいイナゴの丸焼きじゃん。

聖水もなんだ、透明なのにラメ入りってくらい輝いてんじゃないよ。下手に飲んだら色々発光しそうで怖いわ。

 

「なぁ、マジで入んのォ…? 腹痛ぇし暑いし俺やっぱ帰りたくなってきたんだけど…」

「チケット要らないの?」

「いや欲しいけどさぁ、命は惜しいじゃん」

「大丈夫、私達は死なない…前衛のとうまが守るから…」

「私達の中に俺は含まれてねぇのかよ」

 

街並みは百鬼夜行。檻から逃げ出した魑魅魍魎のクソデカイナゴ、アポリオンがそこらに跳梁跋扈。

養殖モノじゃなくて天然モノだから活きが違うらしい。

 

実は逃げ足早めの俺がこうして女子…女子? 二名に捕まったのには理由がある。女子が危ない所に突っ込んで行くのを無視できないとか、そんな高尚な理由じゃない。

 

 

立神がひらひらとこれ見よがしに舞わせている紙切れが欲しい!!

 

聞いて驚け、あれなるは旧都庁招待券…えっショボそう? 何を仰る。あれは社会科見学なんて目じゃない逸品だぜ! 昼・夕食付きで都庁内部を探検できる男の子の夢が詰まったツアーチケットだ。

いいよね巨大ロボ…ワクワクする…!

 

 

 

 

そう! この東京には巨大ロボが存在する!!

 

 

全長約240メートル! 変形後は約500メートルのその巨体! 動けば体は唸りを上げ、大地は揺れる!

その名は都庁ロボッ!!

 

怒りに身を任せれば内閣総辞職ビームを放ち。慈愛の心で動けば竜巻さえも蹴散らす! 皆の心を一つに込めて、振るうは必殺の選挙剣!

動力源は都民の消費税と専らの噂だ!

 

名前は公募中ッ!!

 

 

 

 

 

はい。

 

つまるところ、あのペラ紙は都庁ロボの中に入れるステキチケット。それを餌に釣られたのが俺。

 

……い、いいじゃん! 高校生でもでっけえロボには憧れるんだよ!

 

「入るよー?」

 

いけねぇ、ちょっと一繋ぎの夢にトリップしてたわ。これが本当のワンピース、これから入る先に夢と希望が一欠片欲しい。

 

「へぇい」

「テンション低い…」

 

逆に聞きたいんだけどさ、万が一死ぬかもしれねぇのにテンション上がるのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

立神が先導して入った迷宮の内部は外の炎天下を忘れるようなひんやり加減。真っ暗な入口と階段を抜けた先。

どうやら熱気ではこちらを殺す気はないらしい。

 

「あ゛あ゛涼しいぃ〜…」

「とうまの方がゾンビみたい…」

「ちゃんと前衛やってよー?」

「わかってるよ…」

 

避暑地かと勘違いしそうになるが、暑さは避けられても命の危険は避けられない。光源さえ見当たらないのに不気味な程明るい迷宮内部、レンガっぽい白い壁とタイル模様の地面を一歩、また一歩と慎重に進む。

下手に油断すれば即ち死ってヤツだ。

 

「そういやさぁ、何か武器とかねぇの? こんなとこに来る予定無かったから丸腰で普段着なんですけど?」

「えっ欲しいの、武器」

「何で要らないと思ったのォ…?」

 

さっき迷宮入口付近の屋台で焼かれていたアポリオンの大きさは大体中型犬から小型犬程度の大きさ。

わかるだろうか、基本的に動物って大きくて俊敏だと危険なんですよ。ダニが人間サイズだとビルの高さまで跳べるみたいな話ね。

そして武器とか防具が無ければ人間って案外ひ弱なワケ。

 

「しょうがないなぁ當真クンは…」

「そんな渋々感出す? 俺が死んだらどうすんの??」

「笑う」

「どんなメンタルしてんだよ、クラスメイトが死んだらもっとこう…あるじゃん!」

「あははっ」

「そこで笑えって意味じゃねぇよ!?」

 

いのちだいじにって言葉が欠如してんのかコイツ…。頭の中の辞書に叩き込んでやろうか…!

 

「とうま」

「あァ?」

「はい、あげる」

 

ぼーっと立神と俺のやり取りを覗き込んでた八月朔日が何処からともなく手渡してきたのは…。

 

「…お前これ…」

 

先端の毛先は深緑色、長年の疲労からか頼りなく広がりを見せる。毛の結われた胴体は木。元々はニスが塗られていたのだろう、誰もが持つ部分は変色して年季の入を感じさせられる。

 

一般的な用途は研磨・清掃にあり、しつこい汚れを容赦無くこそぎ落とす。不真面目な男子学生ならばかなりの人数が振り回した事のある名もなき業物。つまりこれは。

 

「どう見ても学校のデッキブラシじゃん…」

 

デッキブラシでした。

 

「大丈夫、壊れないようにしてある」

「そこじゃなくてね、わかる? これ絶対学校の備品だよな? いつ持ってきた? 許可とか貰ってんの?」

「細かい…」

「盗品かどうかは細かくねぇよ?」

「うるさい…」

「人間のルールってわかるか女神さん? そもそも装備品がデッキブラシってなんだよ、装備が心許無いとかじゃなくて、掃除の兄ちゃんが迷い込んじゃった感じが出ただけじゃん!」

「うるさい…!」

「…うるさいってお前…いや…俺が悪いのか…!?」

 

八月朔日に押し付けられちゃった…デッキブラシ…。しかも返さなくていいってどういう事だよ、ダブルミーニングか? 少なくとも学校には返さなきゃダメなんじゃねぇかな。

 

ちなみに立神はずっと笑ってるぞ、もしかして人間としての性根と倫理観がゴミなの?

成程、先に清掃しなきゃならねぇのが居たようだな…!

 

「ほら、とうまがうるさいから…」

「えぇ…酷くない…?」

 

何かが迷宮の壁から、滲み出して来た。

 

─びちゃり

──びちゃ

 

「…こいつは…?」

 

滑らかな曲線を描く体、体色は赤錆色、各部に御丁寧にもフジツボをデコレーションされている。

人間の胴体程度の大きさをしたハサミを二つ備えた大型の…エビ?

 

「迷宮ザリガニだねー」

「ザリガニかぁ…」

「あんまり美味しくない…」

「食ったことあんの…?」

 

美味しくないんだ…そっか…。

 

「って気持ち悪いなオイ!!」

 

こちらを侵入者と見るやザリガニの動きは素早い。

捕食の為かは知らないが、どうにも無遠慮に振るわれる甲殻類のハサミは当たれば必死。運悪く挟まれれば死神の鎌に等しいだろう。

 

「目、狙ってー」

「わか…ったよ!!」

 

眼と思しき部分、頭から伸びている黒い玉がそれか? 他に当ても無い。立神の助言に従って、とにかく目を狙うしかない。

 

「ふっ…!」

 

前傾姿勢をとる。不意に髪が風でなびくが、気にすることでもない。バカでかいザリガニのお手手が頭上を通過したってだけだろう。

 

跳ぶ。

 

天井は約5メートル程度、この高さなら片足でジャンプしても届く。

甲殻類は構造上、人間で言うところの後頭部にまで手が届かない。天井を蹴って、その空間へ飛び込む。

 

「せいっ!」

 

天地が逆さになったまま、曲芸的な動きでデッキブラシを振るう。狙いは言わずもがな、狙ってくれと言わんばかりに鎮座している黒玉。

 

─ぶちゅん

 

片側の眼球を潰した。

手応えとしては硬めの水風船か。ゴム製のボールに水を入れた物を叩き潰した感触。

無言でもう一撃。

 

──ぐちゃり

 

フジツボ塗れの足下から飛び上がり、そのまま刈り取る。

 

次第にザリガニの動きは鈍くなって…止まった。

 

「…めっちゃキモいなこれ!?」

 

目玉らしきものだった黒いヘドロが壁を濡らしてからの感想。いやね、感触も気持ち悪いしさ。あと妙に生臭いしデカくて気色悪い。

迷宮ってこんなんばっかりかよ、誰が入りたがるんだ。

 

「とうまの動きもキモい…」

「凄いねー、本当に人間?」

「めっちゃディスるじゃあん…」

 

労いの言葉とか無いのか、無いか…。

 

 

 

 

 

 

 

 

その後は割りと順調に迷宮内部を進んだ。

 

 

 

例えば多種多様な罠。

 

「ほわぁぁ!?」

 

矢が眼前に飛び込んでくれば避け。

 

「あちアッ!! あちィ!!」

 

炎が吹き出せば潜り抜け。

 

「ぬぁぁ!?」

 

電気が地面を奔れば跳ぶ。

 

見よ、俺の華麗な罠回避を!

悲鳴ばっかり? 気のせいだぜ!

 

ついでによくわからん迷宮のバケモノどもは、俺が食い止めてる間に立神が雷を落として始末したよ! 緊急時でもないと結構苦戦するもんだな。

 

…いや最初からそうしろや!

 

「クールタイムとかあってさぁ、ごめんねー」

「ごめんで済んだら警察はいらないって言うじゃん…」

 

クールタイムなぞ知った事じゃ無いが。前衛が居ないと危ないから誘ったって訳ね。そっか、じゃあ仕方な…くねぇよ、迷宮に入る前に家で勉強してろよ。学生の本分は勉強だってアイちゃん先生も言ってたろ。

 

「まぁ過ぎた事はいいじゃん、ほら、今回のお目当てが見えてきたよー」

「そういや聞かなかったけど何が目的なんだ…? 別にバケモノどもから何も取ってねぇし、他にめぼしい物も無いし」

「あそこのいけふくろう、の…羽…」

「は? 羽?」

 

仰々しくも台座に鎮座している石像が見えてきている。あれは昔から、この池袋駅がダンジョンになる前からあったらしい石像。

以前は待ち合わせ場所にも使われていた物、名前はいけふくろう。

 

どうやら今回の目的は、そのいけふくろうの羽らしい。

 

「えっこれぇ?」

「そうそう、この石像の羽」

「復活するから取っても問題ない」

「取れんの…?」

「簡単に取れるよー、でも少し重いから太陽くんが持ってね」

「荷物持ちも兼務っすか」

 

皆も契約条件はしっかり確認しような!

俺との約束だ!

 

「荷物持ちって言っても簡単だよー、片方は今使っちゃうから」

「その皆さんご存知って感じで理解が間に合わない事言うの止めてくれねぇかな。俺、迷宮初心者、オーケー?」

「いいから片方持って…」

「八月朔日って人の話聞かないよな…結構重いぜ!?」

「んじゃ帰るよー」

「は? どうや」

 

どうやって、と言い切る前に景色が曖昧に混ざり込む。

 

迷宮の中で俺が最後に見た景色は、立神がいけふくろう像から取った石造りの羽を地面に叩きつけた瞬間だった。視界が暗転する。

 

「ぅ…おぇ…!」

 

視覚と三半規管を縦横無尽に振られた感覚。

 

「やー、何回やっても慣れないね!」

「なんだこれ…」

 

強い橙色の光、閉塞感は消え失せて広がる光景は外の物。しかも…。

 

「迷宮の外…? ってか駅前?」

「そう、いけふくろうの羽の効果」

「やっぱ事前に説明してほしいんだけど…うぇ…吐きそう…」

 

原理は知らないが、いけふくろうの羽を砕くと迷宮から脱出できるのか。どうりで池袋駅は遭難率が低い訳だ、いやぁ納得納得…出来ねぇ! 意味がわからん!

 

「それじゃあ私は換金してくるから、太陽くんと伊奈帆はちょっと待っててー!」

「ん」

「換金…?」

 

そのまま俺が持っていた石の羽をぶん取って、立神が人混みの中に消えて行った。さては二人とも説明とかする気が無いな?

 

「えぇー?」

「………」

 

どうすんだよ、俺は八月朔日の事が苦手なんだって。

 

「……」

「………」

 

やだ…無言…!

 

どうする。ほぼサシで話したことがない女子(女神)と二人きり、こいつについて知っている事は出席番号と名前程度だ。なんなら女神だっていうのも他のクラスメイトから聞いたんだぞ。

 

強いて他に知っている事を挙げれば、運動が苦手でクラスから物理的に浮いているくらいだぜ。

八月朔日って浮いてるんだよ、地面から数センチ。

 

だがここで、八月朔日って浮いてるよな! とか言ってもみろ。返答は無言と冷たい視線が関の山だろう。

く、空気が死んで腐ってる!

 

「とうま」

「ん!?」

 

しまった機先を制された!

何を言ってくるつもりだ八月朔日、女神らしく人の心が無い発言で俺を傷付けるつもりか!?

神っていつもそうですよね! 人間のことなんだと思ってるんですか!? いい感じの玩具? だろうね。

 

「今日はありがとう…」

「は…あぁ、別にいいよ。あのチケットが欲しいってだけだしな」

「そう…」

 

驚いた。

どうやらこの目の前におわす神様ってのは、人間に御礼の言葉をくれるらしい。

憎まれ口とも無愛想ともつかない台詞で返しちまったけど、まぁ許してくれるだろう。

 

それから会話らしい会話は無く、立神の戻ってくる数分の間。さっきよりは居心地の悪くない静けさのまま、人の喧騒を聞きながら時間が過ぎていった。

 

「お待たせー! それじゃあこれが太陽くんの取り分…二人ともどうしたの? 何かあった?」

「何もねぇよ?」

「うん」

「…ふーん?」

 

相変わらず底意地の悪そうな笑顔で八月朔日と俺を見る立神。マジで何も無かったんですけどね、今まさに邪推してますって顔してんじゃないよ。

 

「ま、いいや! とにかくこれ、取り分とチケットね!」

「ヒャア! 待ってろ都庁ロボ、その姿を目に焼き付けてやるぜ!」

「何そのテンション…」

 

何だよォ! 男子がワクワクしてちゃダメなのかよ!

やっぱ普通の神様ってのはダメだな、俺の女神様は一人だけって事でよろしく。

 

「そういや取り分ってなんだ、聞いてねぇけど」

「いいからいいから、貰っといてー。それじゃあ、またよろしくね!」

「次は無ぇかな!」

「またね」

「無ぇかんな!!!」

 

人の宣誓を無視してそのまま去って行ったよ。軽んじられてる感が半端ないな。

そもそも普通に死にたくないから迷宮探索なんてこれっきりにしたい。今回だってたまたま運が良かっただけだろう、謙虚さってのは大事だぜ。

 

それにしても、変に厚みのある封筒だな。何が入ってるかわからないのも怖いし確認しておくか。

 

あっ、そういやこのデッキブラシどうしよう…確かに八月朔日が壊れないようにしておいたって言ってたのは正しく、バケモノを突いたり薙いだり殴ったりしてもヒビ一つ無いけど…学校の備品だしなぁ。

 

「じゅっ…えっ…は!?」

 

封筒の中身は、現金でした。

 

 

 

あまりの驚きにデッキブラシが地面にぶつかって、からりからりと音を奏でた。

 

金額は言わないけど、ハイリスクハイリターンってのはこういう物なのか。

迷宮探索…ちょっとアリなんじゃ…いやダメだダメだ! 俺は真っ当に生きるの!!

 

 

 

 

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