はい!こちら『愛に溢れる探偵事務所』です! 作:枯華院 清日
嘘です、滅茶苦茶体調が悪いです。吐きそう…。
引き続きホラー風味です。
─しゃく、さく。しゃり。
「珍しいなぁ、そいつは屋敷のお嬢さんだ」
酷い驚きようだったんだと思う。まるで何かをやらかしてしまったのを見られたみたいな、そんな狼狽の原因を清一郎さんに訊ねられてからのこと。
「屋敷の…?」
「おう、ここらで一番でっかい屋敷の。ぼんと同い年くらいのお嬢さんだよ」
冷えたスイカを食べながらしている答え合わせ。
スイカは塩がなくとも十二分に甘い。
─しゃり、しゃり。
─ちりん。
「難儀なもんでな、どうにも滅多に外には出してもらえんらしい。ばあさんが聞いた話じゃあ、普段は座敷牢に入れられてるとか」
今時座敷牢とは、時代錯誤も甚だしい。
何故?
どうして?
学校は?
「詳しい話は知らんけどなぁ…何かよくねぇモノがツキやすいから、人が多いとこには行けないって話だぞ」
「そんなのって…」
俺も友人が決して多い方ではない。だが。
それでも、あの人は本人の何が悪いでも無しに、人とのふれあいさえ奪われなければならないのか。
「なぁ、ぼん。考えてもみりゃあよ、ちょっと前からこの国はおかしくなってる。
けったいな円盤が空を飛んでれば、そっから出てきた笑顔をべったり貼り付けただけの宇宙人がオトモダチになろうとか。
夜に山の裾野を行けば、そこで万一転んだら何かにそのまま頭から食われておっ死んじまう。
案外よ、大事な娘さんを守る為に、仕方なくやってんのかもしれねぇぞ?」
いつになく真剣な面持ちで清一郎さんが言った。
一理あるというのは理屈だけなら納得できる。
確かにそうだ。何でも、噂が広まってしまえば。人が怪物になったり、またはあっさり死ぬような事になったり、元の人間ではいられないと聞いたことがある。
でも、それは…。
「大人の、勝手な理屈ですよ…」
「……んだなぁ…」
この後は俺たちがスイカを食べ終わるまで、そよ風と風鈴の音だけが冗舌だった。
───ちりん。
この田舎、清一郎さんとトメさんの家に厄介になってからというもの。以前よりも更に忙しなく手伝いを申し出るようになった。
大抵、家事はトメさんに断られ、清一郎さんも趣味の農業を軽くしか手伝わせてくれない。子供でもタダ飯食らいを心苦しく思うのは、察してくれないらしい。
今は手持ち無沙汰を持て余して、山…というか、ガードレールすらない、アスファルトのみが敷かれた山間の峠道をふらついている。
当然虫除けスプレーは振りまき済みだ。アブも蚊も怖い。
「おっ?」
「あれ…!?」
そういえば、この田舎に来てから初めての友人が出来た。ここらでは輪をかけて珍しい、同性でなおかつ少しだけ年下の、中学上がりたての男子。
変声期を迎える前の高い声、夏休み中にも関わらず身にまとうどこかの制服。
まだ本物はお目にかかった事はないが、野生の猿みたいに周囲の木々を登っては飛び移って。今日も何かを探している様子だ。
「猿かな…!?」
「違ぇよ、シゴトで探しもんしてんだって言っただろ。忘れたのか坊ちゃん」
こいつは口が減らない、というか。かなり生意気だ。
歳上を敬え何て言うつもりはないけれど、それにしたっていつも不機嫌そうでピリついている。
「ここ連日ずっと探してるのにまだ見つからないなら、そもそも場所が違うんじゃないか」
「いや、この近くにあるらしいんだよ。どんな物かはざっくりとしか教えてくれねぇし…人使いだけは荒いってんだから、大人ってのは面倒くせぇや」
「大人…大人か…」
大人。
どうもさっきの清一郎さんの話が浮かぶ。
人を心配する気持ち、これはわかる。それが大切に思っている家族に向けてのものなら、余計に強くなるのも仕方ない…かもしれない。
じゃあ縛り付けられる本人は、何を思って感じていても、庇護という名前の真綿の籠で包まれて、じっとしていなければならないのだろうか。
「……い、オイ!」
「あっ、悪い。考え事してた」
「んだよ。このクソ暑いのにボーっとしだすから、熱中症でにでもなったかと思ったぜ」
「心配してくれたのか?」
「してねーよ! お坊ちゃんは日が暮れる前に帰れや!」
素直じゃない、というより。粗暴に振る舞っていても、人の良さが隠しきれていないヤツだ。
これは、多くは知らない友人の、間違いなく良いところだ。
この生意気なのと出会ったのは、ここに来てから一週間ほどしてからのこと。
その時は探し物じゃなくて、晩御飯の調達なんて言って川辺に釣りに来ていた。野生児じゃあるまいし、宿か家にでも帰れば食事にありつけそうなものだが。
─あんまり大人の世話になりたくねぇんだよ。
だそうだ。
何があったのかは知らないけれど、中学生が見せる、特別な理由のない反抗期って訳でもなさそうだった。
お互いにまだまだ子供だ、俺みたいに親が居ないとかの事情がなければ普通に話し合えばいいのに。
それから、少ない釣果を器用に捌いて、これまた器用に火起こしと串打ちから串焼きまでをこなすこいつと言葉を交わして。俺たちは知り合いの間柄から、奇妙な友人関係を築くことになった。
「で、何で坊ちゃんは帰らないで着いてきてんの?」
「遭難したら寝覚めが悪いだろ」
「はぁ? 遭難? 誰が??」
「ユー」
「ミー?」
「ザッツライト」
「ワッザッファ○ク!!!」
どうも大人を忌避しているのはわかるが、同年代の俺と接する分には、割とノリがいいヤツだと思う。
見た目は不良っぽいのに。もしかして、巷に聞くギャップ萌えとかを狙っているのか。
「結局お猿さんは、何を探してるんだ?」
「あー…石塊っつーか…石像っつうか…」
「歯切れ悪っ」
「変な勘違いされたくねぇからだよ」
今現在、俺たちの居る場所は、既に山の中あるいは山奥と言って差し支えない。ただの石ころなら、見渡すまでもなく横たわっている。
よほど目立つ石像というなら話は別だが、何故こんなに言葉を濁すのだろうか?
「…ホトケさんだよ、ホトケさん」
「それって…」
こんな、山奥に?
仏を?
なんの為に?
「あっ! 勘違いすんなよ! ホトケはホトケでも、死体とかじゃなくて仏像だかんな!」
「良かった…てっきり遺体探しで一人スタンドバイミーごっこでもしてるのかと思った」
「なんでだよ! 第一人数足りねぇからやたら寂しいし地元でもねぇ、沼も無けりゃ蒸気機関車じゃなくて電車じゃねぇか」
たしかに。
スタンドバイミーごっこにしては風情が足りないかもしれない。沼があるのか無いのかは知らないが、もしやろうとしても難しいだろう。
それはそうと、お互い神も仏も信じない年頃だろうに。こいつの言うシゴトが、どんなものなのか少しばかり気になってくる。
もし聞いても、愉快そうな顔はしないだろう。前にその話題に触れた時。上司も同僚も上から目線で無駄なお節介焼きばかりの面倒な所だと、苦々しく言っていた。
中学生が働こうというのだから、何かしら言い難い事情もある。あくまで推測するなら、牛乳とか新聞の配達員か。
だとすると、石像、それも仏像を探しているのはおかしいか。なら地図屋とか、国土地理院的な測量の仕事かもしれない。
意外とニッチだな? というかそういう所で中学生から働けるのか?
「ったく、どいつもこいつも。いつまで人をガキだと思ってんだか」
「…ふっ」
子どもだよ、お互いさ。
それからしばらくの間。お目当ての仏像を探しながら、他愛もない話をしていた。
話す内容は普通のこと、漫画がどうとか、周りで何が流行っていたとか。一際面倒な夏休みの宿題がかったるいだのといった、いわゆる恋愛話なんて微塵もない、普通の男子中学生の会話。
ここらへんには俺たちの同世代なんて殆どいない。俺が知る限りでは、さっき知ったばかりの、大きな屋敷に軟禁されているあの人だけだ。
だからどうにも気の抜けるような会話ができる相手は、これもお互いにとって貴重だった。
「そういえば今日さ、でっかい屋敷に住んでるらしい女の子を見たんだ」
「ほーん…どんな?」
「身長が俺らより高くてさ、そりゃもう生け垣より高くて。それで黒くて長い髪に白い帽子で、目が綺麗な赤色だったんだ」
「…へぇ。よく覚えてんな、一目惚れでもしたのか?」
「ばっ…! ち、違うっ!」
「ふぅぅぅん…」
「違うって! 珍しいから覚えてたんだよ!」
悪手だった。
珍しい物を見た事を共有しようとしたが、俺をからかってやろうという魂胆がありありと顔に出ている。
本当に生意気なやつだ。そこを治せば、周りの大人とも良好な関係を築けるだろうに。
「坊ちゃんの初恋かぁ〜! 田舎で起こるひと夏の恋。羨ましくもねぇけど、青春だな!」
「違うって言ってんじゃん…そっちこそ、都会の方なら色んな人もいて目移りし放題じゃないのかエロ猿」
「エロ猿ぅ!? て、てめぇ、エロって言った奴がエロなんだぞお前!」
「ふーん…?」
「キーッ!!」
猿というか、野生児というか。野生の猿は見たことが無いけれど、猿みたいな反論…ではなく、鳴き声をする人間は初めて見た。
互いにからかい合って、尚も散策をしていると。
「あ…?」
「どうした?」
俺がじっと見つめる先は、相変わらず一面の緑。しかし、変に空の色が透けている。
違う、木々の拓けた空間がそこにある。
「ビンゴ、かな」
歩み寄れば正体が見えた。長く放置されていて、駅の看板と同じように元が何だったのかもわからないそれ。苔の塊にも見える物は。
「仏像…それに…」
「こんなに沢山って…」
上は数えて五段、高さは3メートル近く。横に広がらず、ぐるりと円を描いている。
彼らは人気の無い山で、何を祈念しているのか。
「…ーい…!」
「えっ?」
「げぇ……チッ…」
人の声だ。
嫌そうな声と舌打ちは隣から聞こえる。
他人のことを言えた義理ではないが、いったい何をしにこんな辺鄙な場所に来たのか。
「ぉーいっ!!」
「はぁ…」
あぁ、友人の苦虫を噛み潰したような顔を見れば得心行った。おそらく大人が、お迎えが来たんだ。
「悪い、先に戻るぜ」
「いいよ。気をつけてな」
「わかってるよ、ったく。どいつもこいつも…」
悪態を吐きつつ今日会った時みたく、木々の中空をするりと駆け抜けて行く友の背を見送って。自分も帰ろうと決めた。
「……ゃ山奥まで入る馬鹿がどこに…!」
「…せぇな、シゴトなんだろ…!?」
またも猿と化して下山して行く友人と、その保護者らしき声が木霊する。驚くべき身のこなしの軽さ、俺より田舎出身らしさがある。
それにしても二人とも結構、いや、かなり声が通るようだ。
心配してくれる人がいるのは有り難いことだと、何時になればあいつは気がつくのだろうか。
自分も含めて、中学生なんて素直とは縁遠い。そんなものなのかもしれない。
「…?」
ふと、さっきの光景が脳裏に過る。
仏像の円陣、あるいは円錐形の慰め。
あの中に何か碑銘らしきものがあったような。
…そうだ『養う』の漢字が使われていた。
まさかとは思うが。
あれは何かを供養する為の仏像?
だとしたら、余りに管理されていない。首から上が慈しむ黙祷の顔ではなく、我が物顔で苔玉の座っているものが一つあったくらいだ。
「うーん…」
清一郎さんとトメさんに相談してみよう。
俺も信じてはいないが、せっかくの物だ。縁がないとはいえ、手入れをすることにバチがあたる訳もない。
────ぼっ
夏だというのに、薄ら寒い山風が吹いた。
さっきまでの深緑はどこへやら。いつしか辺りは真っ赤な日に照らされて、枝垂れは黒い簾髪のよう。
───ぼ、ぼ
風が続く。
どこかで溜められた空気が、押し込められていた所を解放されたような低い破裂音。
独りの心細さがそう見せるのか。木漏れ日は蘇芳の眼光。木の幹はか細い身体に、白い鳥の巣を浮かべて戴く梢はこちらを手招く腕と頭に錯覚する。
──ぼぼっ
「…帰ろう」
峠の境界を越えて、物寂しい山を後にした。
自分の声が木霊することも、返事が戻ることもない。
─ぼ
まるで男の声と同じ、風の音を除いては。
御意見・御感想・御評価、質問疑問、誤字脱字等々ありましたら賜りたく存じます。
や、優しくしてね…!